音楽は物語を伝えるための“旅”、ボブ・テルソン(音楽・歌詞)&小山ゆうな(演出)が語るミュージカル「バグダッド・カフェ」

花總まり、森公美子らが出演するミュージカル「バグダッド・カフェ」が、11月2日よりシアタークリエで上演中だ。原作となる映画「バグダッド・カフェ」は、日本で1989年に公開され、ミニシアターブームを巻き起こした作品。2024年には4Kリマスター版が上映されるなど、劇中歌「コーリング・ユー」の知名度と相まって、カリスマ的な人気を誇っている。

原作映画の監督パーシー・アドロンとその妻エレオノーレ・アドロンが脚本を手がけたミュージカル版は、2000年代初めにスペインで初演。今回は、小山ゆうなの演出により、日本キャスト版が新たに立ち上げられる。ステージナタリーでは初日から一夜明けた11月3日、名曲「コーリング・ユー」の作曲家として知られ、ミュージカル版の楽曲と歌詞を手がけたボブ・テルソンと小山の対談を実施。公演を観たばかりのテルソンが、劇中の楽曲制作秘話、日本版だからこそ浮かび上がる作品のメッセージについて、小山と語り合う。

取材・文 / 大滝知里撮影 / Junko Yokoyama(Lorimer)

大事なのは、ディテールではなくフィーリング

──同名映画を原作とするミュージカル「バグダッド・カフェ」が、シアタークリエで開幕しました。劇中では、アメリカ西部の砂漠にたたずむバグダッド・カフェを舞台に、店を仕切るブレンダ(森公美子)と、旅行中に夫とけんか別れしてバグダッド・カフェにたどり着いたドイツ人のジャスミン(花總まり)が、それぞれ悩みを抱えながらも距離を縮め、友情を深めていく様子が描かれます。テルソンさんは日本公演をご覧になって、どのような感想を持ちましたか?

ボブ・テルソン 私は自分が作曲した作品に、演奏家として関わることもありますが、そうではないこともたくさんあるんです。そういうときに、観客として客席から作品を観ると、初めて観るお客様と同じような感覚になれます。時には「こういうふうにやったんだ」「こうやってほしかったな」「こうなったらよかったな」と観劇中に細かいことを考え始めることもありますが、しばらくすると不思議なことにリラックスして観られるようになって、感謝の気持ちが湧いてくるんです。本作についても、自分が作った音楽を素晴らしく演奏してくれ、そして、たくさんの方が私の生まれたところから遠く離れた日本という国で、何年も前に思いを込めて作った作品を楽しんでくれたと思うと、とてもハッピーな気持ちになりました。私にとって最も大事なことは、ディテールではなくフィーリング。原作映画では、アメリカの黒人女性と異邦人であるドイツ人女性が、葛藤、共鳴し、やがて理解し合いますが、今回は日本出身の女性2人が演じるということで、「どうやるんだろう?」と思った部分もあります。でも、深く考えてみると、これはまったく違う2人の人間が、“お互いにとっての大切な存在になる”という物語を通じて“希望”というメッセージをお客様が受け取ることができる、という作品なんです。そういう意味で、すべて日本人キャストとなる今回のプロダクションは、今までとはコンテクストが違いますが、大事なメッセージ、そしてフィーリングが美しく伝わってくる作品になったと思います。

小山ゆうな そんなふうにおっしゃっていただけてうれしいです。

ミュージカル「バグダッド・カフェ」より。(写真提供:東宝演劇部)

ミュージカル「バグダッド・カフェ」より。(写真提供:東宝演劇部)

テルソン 私は作曲するとき、子供を育てるような気持ちになるんです。生まれた子供の面倒を見て、成長に寄り添っていくと、ある日、子供は外の世界へと旅立つ。そうすると、その子に起きることを自分自身はコントロールできないので、「幸せな人生を送ってほしい」と願うわけです。今回の日本の「バグダッド・カフェ」のプロダクションも、自分の“子供”として世に出て、幸せな道を歩んでくれていると思っています。

小山 ボブさんがおっしゃるように、この物語は国も人種も違う2人の出会いを描いていますが、日本で、台本通りの出自の異なるキャスティングで上演することは難しいですよね。一方で、作品が持つ“多様性”というテーマをどう表現するかは、演出家としての課題の1つでした。でも、作中のボブさんの音楽を聴いて、登場人物がそれぞれ違う音楽を持っていて、さらにそれらが融合していくことを発見しました。だったら日本でも、人種や文化の違いを音楽を通して表現できるのではないかと。そのあたりをそれぞれの音楽を生まれながらに体内に持っているわけではない俳優さんが演じることになり、稽古場でも「難しいね」と皆で話していたので、ボブさんがどう感じられるのか、ドキドキしていました(笑)。

テルソン とても成功していたと思いますよ。私はアフリカンアメリカンの伝統的な音楽が大好きで、特にゴスペルが歌のスタイルとしても一番好きなのですが、生まれた頃からそういう文化的背景を持っていない日本の俳優の皆さんに、まったく同じように即興的な歌唱表現を求めていたわけではありませんでした。でも、ブレンダ役の森公美子さんは、バックグラウンドが全然違うにも関わらず、彼女なりの表現方法を見つけてくださった。それが非常に興味深くて、ある種、クラシカルなオペラ作品をオペラ歌手ではない人が歌うような新しいパフォーマンスになっていて、胸を打つものがありました。

左から小山ゆうな、ボブ・テルソン。

左から小山ゆうな、ボブ・テルソン。

他者と交流する術を身に付けている花總ジャスミン

──物語の中心となるのは、ダイナー兼ガソリンスタンド兼モーテルのバグダッド・カフェを1人で切り盛りする、森さん演じられるブレンダと、バグダッド・カフェを訪ねてくるジャスミンです。ジャスミン役を演じる花總まりさんにはどのような印象を受けましたか?

テルソン とても美しく歌ってくださいました。と同時に、“違い”も感じられましたね。元の映画では、ジャスミンはどこに行っても居場所がない女性なんです。そのことに自分自身もどこか居心地の悪さを感じている。映画ではそんな、どちらかと言えば身体が大きく、官能的な部分もある女性が変身していく様子が描かれますが、花總さんは、すぐにでもディナーに誘いたいと思わせるくらいの素敵な方ですし、すでに他者と交流する術を身に付けている、“オープン”なジャスミンだという印象を受けました。そのあたりのダイナミクスは原作とは異なるかもしれませんが、お互いにまったく違う2人が心を通わせるという物語が、お二人の演技でとても素敵で、特別なものになっていると感じました。

ミュージカル「バグダッド・カフェ」より。(写真提供:東宝演劇部)

ミュージカル「バグダッド・カフェ」より。(写真提供:東宝演劇部)

──小山さんは、花總さん、森さんが演じる日本版のジャスミン、ブレンダの物語をどのように感じましたか?

小山 お二人とも新しいことにチャレンジされていますよね。花總さんはいかに皆の中では異質な存在でありながらも、日常的な生活感を感じさせるように演じるかという部分を稽古場で試行錯誤されており、稽古終盤で花總さん独自のジャスミン像をつかまれました。そんなジャスミンがお客様にも受け入れられている様子はすごく素敵だなと感じました。森さんもブレンダとして歌唱するときにどのように即興性を持ち、どのように激しい感情の振幅を音楽で表現されるかアイデアをいろいろ出してくださいましたし、森さんのブレンダという人物を良い形で完成させてくださったと思います。

ミュージカル「バグダッド・カフェ」より。(写真提供:東宝演劇部)

ミュージカル「バグダッド・カフェ」より。(写真提供:東宝演劇部)

1人ひとりが個性を持って生きられる舞台を作りたい

──「バグダッド・カフェ」は、画家のルディ(小西遼生)、ブレンダの長女フィリス(清水美依紗)、カフェ店員のアブドゥラー(松田凌)、ブレンダの夫サル(芋洗坂係長)、地元の保安官アーニー(岸祐二)、カフェのモーテルに住むボヘミアンのデビー(太田緑ロランス)、長男サル・ジュニア(越永健太郎)など、さまざまな人物がカフェに集う群像劇となります。小山さんは演出面でどこに“核”となる部分を置いていましたか?

小山 このバグダッド・カフェに集まる人々は、それぞれ生きようとするエネルギーは高いのに、みんな居場所がないんです。そこで、アンサンブルメンバーも含め、1人ひとりがきちんと個性を持って生きていける舞台を作りたいと思って稽古をしてきました。先ほども少し言いましたが、登場人物が担う楽曲自体にもそれぞれの個性が表れていたので、音楽チームと相談をしながら、1人ひとりの“色”が出るように工夫しました。

ミュージカル「バグダッド・カフェ」より。(写真提供:東宝演劇部)

ミュージカル「バグダッド・カフェ」より。(写真提供:東宝演劇部)

──テルソンさんがミュージカル版に書き下ろされた楽曲は実に種類が豊富で、ロック、ソウル、レゲエ、ラップ、クラシックといった幅広いジャンルのナンバーが取りそろえられています。これらのジャンルを盛り込んだ理由を教えていただけますか。

テルソン 私はいつも、自分の仕事は“旅を作ること”だと思っています。それは、物語を伝えるための“旅”なのですが、モーツァルトとショパン、メジャーコードとマイナーコード、それぞれ聴いたときの感覚は違いますよね。同じように、劇中の登場人物、もしくはあるシーンで、一番表現したいことに最も合うジャンルの音楽を選ぶ必要があると考えています。私はいろいろなジャンルの音楽を愛していますし、実際これまでも、演奏家としてさまざまな公演に参加してきました。フィリップ・グラスの元でモダンクラシカルの曲を弾いたり、R&Bのバンドで来日したりしたこともあります。そうやって演奏を重ねる中で、“さまざまな音楽的言語で語る術”を学んできたんですね。「バグダッド・カフェ」では、いろいろな音楽体験の旅ができる。たとえばルディの「俺の人生を描く」はロマンチックな感情にあふれていてルディのキャラクターにぴったりですし、「羽飾り」という曲と併せてルディがどういう人間かということをうまく示している。日本版でルディを演じてくれた小西遼生さんは、ロマンチックでありながら、男性的な強さも併せ持つという役の魅力をきちんと作り上げてくださっていたように思います。