11月から12月にかけて上演されるゴジゲンの新作公演「きみがすきな日と」にて鑑賞サポートが実施され、一部公演でバリアフリー字幕タブレットの貸し出しが行われる。映画監督でもあるゴジゲン主宰の松居大悟が、自身の監督作で日本語字幕・音声ガイド制作の現場に参加したことがきっかけで、ゴジゲンの本公演で初めて鑑賞サポートを導入することが決定。「きみがすきな日と」の鑑賞サポートを担うのは、松居の監督作にも携わった文化芸術専門バリアフリーコンサルティングのPalabra株式会社(パラブラ)のメンバーだ。「きみがすきな日と」の上演に向けて、同作の作・演出を手がけ出演もする松居、パラブラスタッフの小嶋あずみ氏、岡田詩野氏に、映画・映像、舞台芸術の現場における鑑賞サポートの現状、彼らが今後目指すものについて話を聞いた。
取材・文 / 興野汐里撮影 / 藤田亜弓
エンタメを楽しむ裾野が広がる予感
──小嶋さん、岡田さんが所属するパラブラでは、万能グローブ ガラパゴスダイナモスの川口大樹さんが脚本、松居さんが演出、小山田壮平さんが音楽を手がけた万能グローブ ガラパゴスダイナモス×ゴジゲン×小山田壮平「見上げんな!」(2025年)、いずれも松居さんが監督を務めた映画「不死身ラヴァーズ」(2024年)、映画「リライト」(2025年)、現在公開中の映画「ミーツ・ザ・ワールド」(2025年)などで日本語字幕・音声ガイドの制作を担当しています。まずは岡田さん、小嶋さんの具体的な業務内容を教えていただけますか?
岡田詩野 私は制作進行を担当しておりまして、基本的にはクライアントサイドから台本や素材映像を受け取り、全体のスケジュールを組む進行管理を担当しています。
小嶋あずみ 私は主に、字幕のクオリティ管理を担当しています。パラブラでは制作の過程で、日本語字幕、音声ガイドユーザーである当事者、映画製作者、私たち字幕と音声ガイドの制作者が一堂に会したモニター検討会を実施しているのですが、私は字幕検討会の司会も務めています。
──お二方はどのようなことがきっかけで、日本語字幕・音声ガイドなどの制作に携わることになったのでしょう?
小嶋 もともと映像作品が好きで、翻訳字幕の制作会社に勤めていたのですが、ちょうど10年ぐらい前に、日本にもバリアフリー対応の日本語字幕・音声ガイドを制作する業務があることを知り、面白そうだなと思って勉強を始めたのがきっかけです。以前は洋画ばかり観ていたんですけど、今は仕事柄、邦画を観ることが多くなりました。
岡田 私も映画がすごく好きで、Webで見つけたパラブラの紹介記事を読み、「こんな世界があるんだ!」と知って。同じ頃、パラブラの代表取締役・山上庄子が出演したラジオを聴く機会があり、さまざまな偶然が重なって、パラブラへ入社することになりました。パラブラには私たちと同じように、映画好きが高じて入社した社員もいると思います。
──やはり映画が入り口になった方が多いのですね。松居さんが主宰するゴジゲンではこれまで、紙台本の貸し出しを行っていましたが、今回初めてバリアフリー字幕タブレットの貸し出しを実施します。ゴジゲンでバリアフリー対応を導入することにしたのは、松居さんが日本語字幕・音声ガイドに触れたご経験からでしょうか?
松居大悟 そうですね。僕が監督・脚本を務めた映画「ちょっと思い出しただけ」(2022年)をCINEMA Chupki TABATAさんで上映していただいたときに、日本語字幕・音声ガイドを付けていただいたんです。「ちょっと思い出しただけ」の日本語字幕・音声ガイドは別会社の方が担当してくださったのですが、その後、パラブラさんと出会い、バリアフリー対応の知見を深める機会をいただきました。これまでになかった視点で、視覚や聴覚を意識して映画を観た経験によって、エンタメを楽しむ裾野がもっと広がるんじゃないかという予感があり、今後もこの取り組みは続けていくべきだと感じたんです。同じタイミングで、ゴジゲンのプロデューサーである半田(桃子)さんもバリアフリー対応を重視した取り組みを始めていて、ゴジゲンの公演でも鑑賞サポートを導入することを決めました。
モニター検討会で気がついた、当事者の解像度の高さ
──先ほど小嶋さんからお話があった、映画のモニター検討会について詳しく伺わせてください。2025年1月、松居さんがご自身のXで映画「リライト」のモニター検討会に参加された旨をポストされていましたね。
松居 そうなんです。2025年初頭は、映画「リライト」「ミーツ・ザ・ワールド」関連の作業をしていたので、週2くらいのペースでパラブラさんに通い、丸1日パラブラさんにいることもありました(笑)。振り返ってみると、ものすごく充実した日々でしたね。
岡田 当事者の方を含む7~8人が参加するモニター検討会では、日本語字幕付きの映像や音声ガイドの内容をチェックします。日本語字幕の確認と音声ガイドの確認は少し手順が異なり、日本語字幕の確認は、字幕付き映像を一気に鑑賞したあと、字幕リストをもとに1つひとつ字幕をチェックします。音声ガイドの確認は、15~20分ごとにパート分けされた内容をチェックしていく、という形式で進めています。
松居 僕のほうでは、セリフの日本語字幕はもちろん、BGMを説明する日本語字幕のニュアンスが合っているかなどを確認しつつ、「このような意図で映画を作ったので、このシーンではこういった言葉を使っていただきたいです」ということをお話しさせていただき、1つひとつの言葉を検証していきました。
岡田 松居監督は「このシーンは音にこだわっているので、一度日本語字幕を入れてもらい、皆さんと一緒に鑑賞してみたいです」というような具体的な提案をしてくださるので、深みのある議論をすることができ、私たちとしても非常にありがたかったです。
小嶋 たとえば、もともと耳が聴こえないろう者と、中途で耳が聴こえなくなった方とでは、日本語字幕に関する捉え方が異なる場合があるんです。ろうの方だと、音楽が流れていることがわかれば良い、または「穏やかな音楽が流れている」というざっくりとした日本語字幕が表示されていれば良いという方もいます。一方、音楽を聴いた経験がある場合、今どのような音楽が流れているのかを具体的に知りたいという方がけっこういて。モニター検討会でもさまざまな立場からいろいろな意見が出ますが、司会として参加するにあたり、どんな意見も否定をせず、一度持ち帰って整理することを心がけています。また、日本語字幕で説明をしすぎてしまい、ミスリードが起こらないように、聴者の方がどのように感じながら映画を観ているかについても意識しながら、最終的な判断をしています。
松居 主人公が不安な気持ちを抱いているときに、遠くでサイレンが鳴っているとします。製作サイドが意図して乗せている音だったら、日本語字幕を付けたほうが良いけど、現場で偶然マイクに乗った音だった場合は、日本語字幕を付けないこともあるんですよね。映画「ミーツ・ザ・ワールド」では水が重要な役割を果たしているのですが、タイトルバックで登場人物が水たまりを踏み、パシャッという音がするシーンがあって、そこは自分としても特にこだわったポイントだったので、あえて日本語字幕を入れていただきました。そういった作業を通して、「自分はこういうポイントを大事にして撮影に臨んでいたんだ」ということが改めてわかったのも大きな収穫の1つです。また、モニター検討会に参加して驚いたのは、当事者の方々が映画を観るときの解像度の高さについてでした。1つの画から情報を読み取り、理解する能力がとても高く、「そこの意図まで読み解いてくれるの!?」とビックリしましたね。
小嶋 そうなんです! 当事者の方にとって不親切にならないように、たくさん日本語字幕を付けないと……と思いがちなんですけど、当事者の方から「画を観るだけで、登場人物の感情が十分伝わってきますよ」というアドバイスをいただくこともあって。
岡田 音声ガイドを検証する際にも、モニターの方から「セリフの抑揚だけで、登場人物が涙を流していることがわかるので大丈夫です」と言っていただくことがあり、監督がおっしゃったように、私たちもハッとさせられることが多いです。
次のページ »
アドリブシーンの日本語字幕は…



