ミュージカル俳優やシンガーとして、多彩な活動を展開している海宝直人が、2025年に舞台芸能活動30周年を迎えた。30周年を記念して、海宝は今夏、オーケストラコンサート「more」を3都市で開催。そのうち、7月21日に東京・Bunkamura オーチャードホールで行われた「more in TOKYO」の模様が、このたびWOWOWで放送・配信される。
番組に先駆けて、ステージナタリーでは海宝にインタビュー。オーケストラコンサートで披露したミュージカルナンバーやこだわりの“音”、そして海宝が記念碑的なステージに込めた思いをひもとく。
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取材・文 / 大滝知里撮影 / 大木慎太郎(fort)ヘアメイク / 友森理恵(Rooster)スタイリスト / 津野真吾(impiger)衣裳協力 / PUBLIC TOKYO、FUSE
“響き”を探った「more in TOKYO」
──1996年、7歳のときに劇団四季ミュージカル「美女と野獣」チップ役でデビューされた海宝さんの、舞台芸能活動30周年の記念に行われた「more」は、ご自身にとって、2020年の「Break a leg!」以来のオーケストラコンサートになりました。オーケストラの演奏に乗せて、全編ミュージカルナンバーで構成した「more」を振り返り、どのような思いが浮かびますか?
厚みがあるオーケストラのサウンドの中で歌わせていただける機会は、とてもぜいたくですし、幸せな時間でした。普段の音楽活動や舞台作品での音作りとは違い、オーケストラは音の響きが大きいので、僕自身、歌い方にも調整が必要だったんですね。「more」の前に、僕のバンド・CYANOTYPEのメンバーも出演したコンサート「ever」(参照:海宝直人30周年コンサート、公演名は「ever」日程・出演者も明らかに)を2カ月ほどやっていたのですが、「ever」からの変化・変遷を経験できたのも自分の中では大きくて、面白かったなと感じます。
──歌い方に関してはどういう調整が必要だったのですか?
「ever」「more」の共通点としては、どちらもミュージカルの楽曲を歌うので、“演劇的な部分を大切にする”というのは前提としてあったのですが、音の響きが大きいホールだと、それによって言葉(歌詞)が散漫としてしまうことがあるんです。これはミュージカル作品でも同じで、ちょうど坂本昌行さんとの2人ミュージカル「MURDER for Two」で各地の劇場を巡っているのですが(編集注:取材は9月末に行われた)、仙台公演の多賀城市民会館大ホールがとてもよく響く空間で。そういう劇場ではほかと同じテンポでセリフをしゃべっても、お客様が耳でキャッチしづらくなってしまうことがあるんです。劇場やホールによってベストな響き方があるので、「more」では各会場で“響き”を探っていく作業をしました。
オーケストラのサウンドが映え、海宝直人の生き様が見えるセットリスト
──「more」のセットリストは、何を核に選ばれたのでしょうか?
30周年なので、まずは過去に自分が出演した作品をギュギュッと凝縮したセットリストにしたい!という思いがありました。そして、オーケストラの演奏といえば、やはりダイナミックさ。ノリが良かったり、アップテンポだったりする楽曲は、オーケストラの演奏だと歌うのが難しかったりするんです。そのため、今回は30年間に出会った大切な作品群の中から、オーケストラの演奏でこそ輝く、オケのサウンドが映えるようなクラシカルな楽曲を中心にお届けしようと考えました。また、僕のことを最近知ってくださったお客様にも、海宝直人がどういう作品と出会い、どういった部分を大事にしてきたかを感じてもらえるような公演にしたいという思いもありましたね。
──「more in TOKYO」では、ミュージカル「アラジン」「ミス・サイゴン」からディズニー映画「魔法にかけられて」まで、さまざまな楽曲が披露されました。1幕ラストのミュージカル「ウィキッド」のナンバー「Defying Gravity」は非常に盛り上がりましたね。
どの曲も個人的に思い入れがあるものなのですが、1幕の終わりは、その後の幕間の時間、お客様の心をつなぎ止めておかないといけないので、構成として盛り上がる楽曲を持ってきたんです。「Defying Gravity」は、僕がフィエロ役の声を務めた映画「ウィキッド ふたりの魔女」でのアレンジも音楽監督の(森)亮平に取り入れてもらって。春に映画が公開されたばかりでしたので、曲になじみがあるお客様も多いでしょうし、アレンジが違うと新鮮な感覚になってもらえるかなと。これまでも歌ってきた、僕の大好きな楽曲でもありましたが、新しい形で楽しんでいただけたのではないかなと思います。アレンジによって、より膨らんだ楽曲の世界観をお届けできていたらうれしいです。
──海宝さんは今回、演出としてもクレジットされていますが、構成・演出面で大切にされたことは何ですか?
オーケストラコンサートは今まで、オーバーチュアで始まるものが多かったので、そこはまず外せないだろうと思い、亮平に「オーバーチュアをメドレーで作ってほしい」と頼みました。「ever」と違い、オーケストラコンサートではつなぎの音楽を考えるという演劇的なことはせず、基本的には楽曲単体で魅せていくことに徹したので、まずは印象的なオーバーチュアで幕を開けたいなと。実は今回、ミュージカル「この世界の片隅に」(参照:“自由の色”に染めて、昆夏美・大原櫻子らがミュージカル「この世界の片隅に」開幕に意気込み)の劇中歌「この世界のあちこちに」でスタートしたいという気持ちがあったんです。「この世界の片隅に」は僕にとって直近の舞台作品でしたし、オリジナルミュージカルで、しかも日本が舞台の作品。個人的にもとても思い出深い作品でした。また、「ever」では「この世界の片隅に」の音楽を手がけたアンジェラ・アキさんが、テーマソングとも言える楽曲を作ってくださって、それも含めて大きなご縁をいただいたミュージカルでしたね。コンサートでは毎回、お客様をどうやって楽曲の作品世界に誘えるかを必死で考えています。今回はぜひ、「この世界のあちこちに」から、このコンサートを楽しんでみてください。
──「more in TOKYO」では、スペシャルゲストに星風まどかさんを迎えられました。初共演でしたが、星風さんと歌われて、いかがでしたか?
とてもピュアでいながら力強く、ご自身の芯を感じさせる、美しい歌声をお持ちの方です。ご出演されたミュージカル「アナスタシア」の「Journey to The Past」は、アレンジは違うのですが、楽曲に対する愛をものすごく感じました。いろいろなものに対して、誠実に愛を持って接する方なんだなと、感動しましたね。星風さんの素敵な衣裳も見どころです! ステージに出てきた瞬間、「わあ~」っと息を飲むほど美しく、照明にも映えるので、衣裳のディテールにもぜひ注目してください。
その先に何かがあると信じているから続けてこられた
──「more in TOKYO」では、海宝さんのこれまでをたどるように、出演作のナンバーが立て続けに披露されます。過去の楽曲と再び対峙するとき、ご自身の中ではどのような思いが湧き上がりますか?
やっぱり、曲が流れてくると、出演していた当時の思い出が浮かび上がりますね。何より、演じていた役の感情が呼び起こされます。過去に演じた役というのは、その時間が過ぎると消え去ってしまうのではなく、心の中にずっといるんです。歌うときにひょっこり出てくるような、友達が増えていくような感覚です。
──芸能生活30周年を振り返って、これまでの海宝さんの道のりはどんなものでしたか? たとえば登山で言うとしたら、まだ先に険しい道が続いているのか、綺麗な景色が見渡せる尾根にいるのか、休憩所がある平たい丘にいるのか……。
いやあ、休憩できる瞬間は来ないんじゃないですかね! この世界はずっと険しい道のりが続くのだと思います。登っても登ってもその先に道が見えて、たとえいやになるような瞬間があっても登り続けるんだろうと思います。もちろん、この山を降りたいと思う瞬間はたくさんありますが、その先に絶対に何かがあると信じているので、続けていられるんだと思います。
──今回歌われた楽曲群の中で、海宝さんがアーティストとして大きな転機を迎えられたと感じた作品はどれですか?
すべてですね。でも、ミュージカル「レ・ミゼラブル」は大きな転機となった作品の1つです。マリウスというプリンシパルをいただいたこともうれしかったですし、マリウスを演じることで自分の歌や表現をたくさんの方に観ていただくきっかけになりました。それが2015年でした。以降、自分自身で変化を感じ取ることは難しいですが、観てくださっている方からは「海宝くん、変わったね」というお声もいただくので、気づかないところで少しは成長しているのかなと思います。



