東京芸術劇場

今、劇場が動き出す──始まった新たな日常 第1回

開館30周年、東京芸術劇場が直面した試練と挑戦

劇場公演にこだわり、劇場を開け続けるには

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東京芸術劇場は、2月26日に安倍晋三総理(当時)によりイベントの自粛要請が出されたことを受け、3月2日に初日を迎える予定だった「カノン」の中止を決定した。その後、緊急事態宣言が発令された4月7日以降、主催公演が次々と中止に。5月25日に宣言が解除されると、音楽部門は6月18日の「東京芸術劇場ナイトタイム・パイプオルガンコンサート」で、演劇部門では7月24日に初日を迎えた「赤鬼」で自主事業を再開した。

今年、開館30周年の同劇場では、海外のアーティストを迎えたさまざまな公演が予定されていた。それらの多くは中止・変更を余儀なくされたが、その一方でオンラインを活用した貴重なトークイベントや、舞台映像の無料配信といった新たな取り組みも積極的に実施した。日本の公共劇場を代表する劇場の1つ、東京芸術劇場のコロナ禍での対応と今後について、副館長・高萩宏と、制作担当課長・プロデューサーで、「東京芸術祭2020」の芸劇オータムセレクションディレクターでもある内藤美奈子に10月下旬、話を聞いた。

取材・/ 熊井玲

東京芸術劇場/ 高萩宏副館長、内藤美奈子プロデューサー

左から内藤美奈子、高萩宏。

左から内藤美奈子、高萩宏。

演出上欠かせないハイタッチをどうするか

──新型コロナウイルスのことが少しずつ話題に上るようになってきた1月下旬、東京芸術劇場では佐藤隆太さんの一人芝居「エブリ・ブリリアント・シング~ありとあらゆるステキなこと~」を上演中でした。観客参加型の公演で、観客が演技に参加したり、多数の観客と佐藤さんがハイタッチしたりと、舞台の臨場感を楽しめる作品でしたが、今となってはあの公演が、ずいぶん昔のことのように感じます。

高萩宏 本当ですね。あの作品は、2月5日に東京千秋楽を迎えたあと、新潟・長野・愛知・大阪・高知とツアー予定だったんです。でも最後の2月29日と3月1日の高知公演はコロナの影響で中止になりました。東京は、公演自体はやり切ったんだけど、ハイタッチのシーンをどうするかは考えましたね。

内藤美奈子 そうですね。ハイタッチは演出の一部ということもあって東京ではそのまま残しましたが、お客さんから少しでも「怖い」というリアクションがあったら考え直したほうがいいんじゃないか、という話をしましたし、ツアー先では、各主催者と制作担当が都度話をして、お客さんとコンタクトするシーンをどうするか考えていきました。もしあと2週間くらい公演時期が後ろだったら、もっと中止になった公演が多かったかもしれません。

劇場入り口に設置された消毒液。

劇場入り口に設置された消毒液。

──「エブリ・ブリリアント・シング」東京公演の後、eyes plusシリーズのてがみ座「燦燦」(2月7日~16日)と烏丸ストロークロック「まほろばの景 2020」(2月16日~23日)が上演されました。

内藤 コロナのことを当然意識はしていたと思いますが、当時はそこまではまだ……。

高萩 その頃はSARS、MERSのときとちょっと似ているなっていうか、「海外は今、SARSみたいなもので相当大変なことになっているけれど、日本国内ではインフルエンザのほうが大変だ」という認識でした。ただ2月26日に催し物の自粛要請が出たときは、かなりびっくりしましたね。そのとき、芸術監督の野田(秀樹)さんはちょうど「One Green Bottle」の海外ツアー中だったんですけど、野田さんは「劇場の灯を消してはいけない」という思いが強い方なので、その時点で野田さんに「もしかすると劇場を止めなきゃいけない事態が起こるかもしれません」と連絡していました。

内藤 芸劇としては、直近で3月2日に「カノン 」の初日を控えていました。貸館公演(編集注:劇場の主催公演ではなく外部主催者に会場として貸している公演)の場合は、主催者それぞれの事情があるので一方的にシャットダウンできませんが、劇場の自主事業はこの状況下で積極的にはやれないだろうという判断になり、「カノン」は全公演中止となりました。

高萩 政府の判断に続き、東京都の意向がはっきり示されたので。

内藤 ただ野田さんは「一度閉じてしまった劇場を開けるのは本当に大変だから、なんとか続けられないか」ということはずっと言っていました。

目の前の対応に追われた2・3月

劇場入り口に設置されたサーモグラフィ。

劇場入り口に設置されたサーモグラフィ。

──「カノン」が中止になったときは非常に衝撃的でしたが、その後どんどん中止公演が増えていきました。

内藤 あの時点で、秋になってもダメージが続くなんて全然思っていませんでしたし、世界中がこんなことになるとも思ってなかったですね。「One Green Bottle」は台湾公演後にニューヨークで上演したのですが、千秋楽の3日後にニューヨークがロックダウンになりました。直前までニューヨークではインフルエンザのほうが騒がれていて、「日本はコロナで大変そうだなあ」と思っていたくらいだったんです。ものすごい勢いで急に世界が閉じていった感じでしたね。

高萩 そんなふうに見通しが立たないまま、目の前のことに対応していたのが2・3月。3月19日からは芸劇eyesで玉田企画が公演予定だったので、玉田企画の稽古場へ行って、「こういう状況なので、劇場を閉じなきゃいけないかもしれない。その場合、劇場として劇場費は返せるけれどそれ以上の補償はできないので、どうしますか」と主宰の玉田(真也)さんに説明して。玉田さん、すごく悩んでいましたね。だから公演を全部やり切ったあとの千秋楽の日のすごくうれしそうな顔は、今でも忘れられないです。そのあと4月1日から公演予定だった温泉ドラゴンの稽古場にも説明に行って、温泉ドラゴンは結局、映像だけ録って公演は中止になりました。

内藤 2・3月はそういった感じで、玉田企画のようにやり抜けた公演もあるし、温泉ドラゴンのように中止になったり、二兎社「立ち止まる人たち」のように公演は中止になったけれど収録映像をYouTubeで無料公開した公演もありました。

高萩 その中で、4月7日に緊急事態宣言が発令されて、「こういうものが出てしまうんだ」とまたびっくりして。

内藤 それまでは政府や東京都から公演自粛を“お願い”されていた状態だったので最終的な決定権はこちらにありましたが、緊急事態宣言が出て以降は強制力が増して、なのにこのまま経済的な補償がない状態が続いていくことにもさすがに疑問を感じ始めたんですよね。

──緊急事態宣言が出たタイミングでは、どのくらい先の公演まで中止・延期の可能性を考えていらっしゃいましたか?

内藤 4月の公演は無理だろうと思っていましたが、4月7日の時点では緊急事態宣言の期間が5月6日までということだったので、5月30日が初日予定の木ノ下歌舞伎「三人吉三」は、なんとかなればやるつもりだったと思います。

高萩 その頃はいろいろと微妙で、3月に中止になった公演を5月にずらしたりっていう調整を続けていましたね。

内藤 そうでしたね。当時、キャンセルになる公演も多く、劇場が空いていたので。

高萩 例えば梅田芸術劇場主催の「VIOLET」は当初4月7日から26日までプレイハウスにて上演予定で、仕込みも済み、舞台稽古をやるところでした。

内藤 でもセットを舞台上に残したまま、劇場が休館になってしまいました。

高萩 その次の公演もなくなったので連休中も撤去せず、もしかしたら5月末に舞台映像だけでも撮れるかもしれないってことで、そのまましばらく舞台上にセットが残してあったんです。まあ最終的にはそのタイミングでは上演できなくて、撤去されてしまったんですけど(編集注:「VIOLET」は結局9月に改めて上演された。

──そんな最中、5月14日に緊急事態舞台芸術ネットワークが発足しました。緊急事態舞台芸術ネットワークには、東京芸術劇場をはじめとする公共劇場、民間劇場、演劇イベントの主催団体、スタッフ会社など多数の団体が参加していますね。

高萩 Zoomのおかげなんですけど、2.5次元から商業演劇、小劇場、公共劇場まで、みんなで集まって話し合ったんです。そんなことはこれまでなかったので、今まで話したこともなかった人たちと話ができたのは驚きでした。みんなに共通していたのは、どこも同じようなスタッフ会社と仕事していたってこと。彼らがつぶれてしまったら、緊急事態宣言が解除されても公演ができなくなるぞ、という危機意識を持っていました。

内藤 また、それぞれの劇場や主催者団体が、例えば感染予防のためにどんな取り組みを行ったか、どんなマニュアルを作っているかということを、惜しげもなく情報共有し合っていて、それはすごいなと思いました。

再開は、野田秀樹芸術監督が手がける「赤鬼」で

「赤鬼」A team公演より。(撮影:篠山紀信)

「赤鬼」A team公演より。(撮影:篠山紀信)

──自粛期間中、劇場は表向きはお休みでしたが、中では劇場再開に向けてどんな動きをしていたのでしょうか?

内藤 職員はほとんどリモートワークで……。

高萩 私は家が近いこともあって毎日来てましたが。

内藤 それぞれ払い戻しの対応に追われたり、劇場をどうやったら開けられるのか、どうしたら劇場が安全だと言えるのか、ということについて、情報を求めていましたね。

高萩 で、再開のためにルールを作ろう、ということになったのですが、政府は新型コロナウイルス感染症対策本部が作ったルールをもとに、業界ごとに自分たちでルールを作らせるということにしたんですね。舞台芸術では、公文協(全国公立文化施設協会)がガイドラインをまず作って、緊急事態舞台芸術ネットワークもそれを参考にしながら劇場や稽古場のルールを作っていきました。ただ、飛沫感染を避けるべきか接触感染を避けるべきか、コロナの現状もよくわからないまま動き出して。

内藤 最初のうちは、客席にパーテーションを作る実験をしたりしましたね。

高萩 どこまで怖がるか、どこまでのルールにするか、ということを考えていって。

内藤 東京芸術劇場が再開後、最初に観客を入れて上演したのは、6月のパイプオルガンと貸館での落語の公演でしたよね?

高萩 音楽はパイプオルガンだね。演劇は……。

内藤 7月24日初日の「赤鬼」ですね。

──5月末に緊急事態宣言が解除されてから、約2カ月後ですね。

高萩 演劇は稽古をしなきゃいけないから、宣言が解除されてすぐには再開できないんですよね。しかも最初は、客席数半分じゃないといけませんでしたし。

──でも野田さんの演出作品で劇場が再始動したことは、意義深かったのではないでしょうか。

内藤 偶然ではありますがよかったですね。

高萩 よかったよね。

内藤 緊急事態宣言が解除されて、野田さんとどの公演から再開していくかと相談する中で、自主事業で一番公演が早かったのが「赤鬼」だったんです。で、ここから始めましょうか、ということになったんですが、出演する東京演劇道場のメンバーがどう感じるかわからないという思いもあって、出演してもらいたいと思っている道場生たち全員と、Zoomで話したんです。そこでは「心配がある人は出演しなくても大丈夫」「今回出なかったからといって今後の道場の活動に影響はない」「今の自分の状況で判断して良い」ということを説明しました。また「やるからには感染防止のために万全の策を講じるのでそれに応じてほしい」「それでももしコロナウイルスに感染してしまったら、決して責任を感じる必要はない」と話して、「それでも参加してくれる人は一緒にやりましょう」と呼びかけました。

──「赤鬼」の稽古場では、手指消毒、検温、マスク着用、うがいなど基本的な感染予防策はもちろん、定期的に扉を全開にし換気を行ったり、消毒用アルコールを含ませたモップで床を拭いたり、椅子や机の消毒を消毒したりと、徹底した防止策を行っていました。

開場中から上演中まで常にロビーの扉は開放されている。

開場中から上演中まで常にロビーの扉は開放されている。

内藤 当時作られつつあったガイドラインや、いち早く有観客で公演を行った、PARCO劇場さんのマニュアルなどを参考に、「私たちだったらこうかな?」ということを、野田さんと制作と舞台監督さんとで話しながら実施していきました。でも実際に稽古が始まってからも、例えばうがいの回数を増やしてみたり、喫煙所の密を避ける工夫をしてみたりと、あとから付け加えていったルールもあります。

高萩 劇場によっては、演目を変えて一人芝居にしたり、密を避けるような演出にしたりってこともしていますが、「赤鬼」はそういう作品ではないですしね。

内藤 そうですね。だから舞台稽古が始まったときに、やっぱりアクティングエリアと客席を区切らないと、お客さんが精神的に不安になるのではないかと考えて、客席と舞台の間にビニールのカーテンを垂らしました。何もないときなら絶対にやらなかったと思いますけど、今回は演出家(野田)も「そうだよね」と受け入れてくれて。そうしたら想定外の効果が生まれて、不思議と良い具合になったんですけど。

高萩 ビニールに蜃気楼が映るみたいに見えてね。

内藤 あれよりしっかりしたビニールだと透明度がなくなるし、あれより薄いものだとペラペラ揺れるしで、舞台監督さんがちょうどいいビニール幕を探してくださいました。

高萩 ただ本当に、今や誰がどこでかかっても不思議ではなくて、電車の中でも、外食しても、何らかのきっかけでコロナにかかる可能性があるし、家族がいる人は家族から自分も、という可能性がある。だから誰がかかってしまったとしても責めない、ということは、みんな思いが一致していました。

コントロールが利かないものと闘い続けた

劇場入り口にはパーテーションを設置。

劇場入り口にはパーテーションを設置。

──そんな中で初日を迎えて、どんなお気持ちでしたか?

内藤 緊張しすぎていて、よく覚えてないかもしれません。もちろんうれしかったのですが、通常のように初日乾杯もできないので、ロビーに集まって野田さんから一言いただいたのち、エアーで乾杯しました。

──しかも「赤鬼」は4チーム連続上演だったので、初日が4回ありました。

内藤 そうなんです。出演者たちは気力をずっと保ち続けるのが相当キツかったんじゃないかと思います。後半のチームは自分たちの出番が来るまで感染対策に神経をはりつめながら稽古していましたし、前半のチームも自分たちの本番が終わっても、そのあと1週間は人との飲食などを避けてもらったりしました。本番中もお客様とも面会できず、打ち上げもなく、ホッと息つく時間がなかったと思います。

──公演が終わってホッとされましたか?

内藤 いや、もう本当に、近年まれに見る疲労で。自分が神経を張り巡らせて万全に準備すれば大丈夫、というものではなく、まったくコントールできないものと闘っているという思いが稽古・本番中とずっと続いていたので、公演後も1カ月くらい、精神的にダメージを受けたままでした。

高萩 本当に、何もなく公演が終わるってことがこんなにも幸せなことなのかって。変な時間に電話が鳴ると怖くて。

内藤 そうですね。

高萩 役者たちも本当に大変だったと思います。

内藤 自分のところでバトンが切れるのは避けたい、という強い思いを持っていて、自分の出番の組が終わっても、みんな最後まで気にかけていましたね。

Zoom稽古で立ち上げた「真夏の夜の夢」

東京芸術祭2020 東京芸術劇場30周年記念公演「真夏の夜の夢」より。(撮影:田中亜紀)

東京芸術祭2020 東京芸術劇場30周年記念公演「真夏の夜の夢」より。(撮影:田中亜紀)

──10月15日から11月1日まで上演された「真夏の夜の夢」では、演出のシルヴィウ・プルカレーテさんがルーマニアから日本に来られない、という事態に見舞われました。

高萩 正直、8月の時点では絶対に公演できないと思いましたよ。

内藤 どこも海外のアーティストが来日できない状況になり、芸劇でも中止になったものがいっぱいありました。

高萩 ほかの劇場でも海外の演出家がリモートで演出したケースがありましたけど、「真夏の夜の夢」もまずは演出家にZoomで稽古を進めてもらうことはできるかと相談しました。そうしたらプルカレーテさんは「やってみましょう」と受け入れてくれて、Zoomで稽古が始まったんです。これが素晴らしくて、プルカレーテさんからどんどんアイデアが出てくるんですね。そんなふうに稽古は進行しつつ、同時に私たちは、なんとかプルカレーテさんに来てもらえるよう策を練って。

内藤 かなり直前まで来日は難しい状況だったんですが、初日の3週間前にようやく来日でき、最初の2週間はホテルで隔離状態で、最後の1週間だけ舞台稽古に参加してもらえました。

高萩 隔離中の2週間は、日本のホテルからZoomで稽古に参加していましたね。

内藤 そんなわけで奇跡的に舞台稽古には立ち会ってもらえましたが、やっぱりZoom稽古はコミュニケーション的に難しかったとプルカレーテさんは言っていました。

あくまで、劇場公演を大切に

──夏に上演された「赤鬼」が、YouTubeにて期間限定で無料配信されています(編集注:配信は11月30日まで)。配信については今後、どのようにお考えですか?

内藤 配信も1つの手段ではありますが、ほかの作品でも常に配信を考えているというわけではありません。

高萩 正直なところ、配信が収益力強化になっているかと言うと、難しい部分もありますし、芸劇はあくまで劇場公演を大切にしていきたいなと思っています。

──また9月にイベントの人数制限が緩和されましたが、東京芸術劇場では今後、どのように対応していかれますか?

高萩 観劇中の掛け声禁止やマスク着用など、基本的な感染防止策は引き続き、呼びかけ続けていきたいと思っています。ただ、基本的にはマスクをし、しゃべらない限り、隣に座ったとしても大丈夫とのことなので、10月30日と11月1日にコンサートホールで開催される、「『フィガロの結婚』~庭師は見た!~」は、配席制限をかけずにチケットを販売しています。今後の公演もこれまで通りに戻していきたいとは思っています。

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