目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。8月の歌舞伎座 第三部では十八世中村勘三郎と野田秀樹のタッグにより生まれた「野田版 研辰の討たれ」が上演される。2001年初演、2005年に再演され、20年ぶりの上演となる本作では、研屋上がりの主人公・守山辰次を中村勘九郎が演じる。ステージナタリーでは7月中旬、野田と勘九郎に作品の思い出や、上演に向けた思いを聞いた。さらに後半は、笑いが絶えない稽古場の様子をレポートしている。
取材・文 / 川添史子撮影 / 平岩享
すべてはワークショップから始まった
──2001年初演、十八世中村勘三郎さんと野田さんのタッグ第1弾として上演された傑作を久々に上演。今作は木村錦花作の「研辰の討たれ」を、“野田版”として新たな視点で捉え直した新作です。そもそも当時、なぜ“研辰”を選ばれたのでしょう?
野田秀樹 すべてのスタートはワークショップでした。まだ勘九郎時代だった(十八世中村)勘三郎には昔から「歌舞伎を書いてくれ、書いてくれ」と言われ続けていましたが、「歌舞伎のことは全くわからないから」と返事していたんですね。でもあまりに言われるもんだから「それなら一度、ワークショップをやらしてくれない?」と提案した。そのときに彼が持ってきたのが錦花版の“研辰”だったんです。ワークショップにはいろいろなメンバーが集まったんですよ。古田新太や羽野晶紀、それから柄本明さん、吉田日出子さん……。それで歌舞伎チームが僕の「贋作・桜の森の満開の下」を、現代俳優チームが“研辰”をやったんです。
中村勘九郎 豪華な顔ぶれですよね。
野田 最初「何なんだよ、ワークショップって」と懐疑的だった勘三郎が、一度体験した途端「またワークショップやろう!」と態度がコロッと変わったのがおかしかった(笑)。
勘九郎 すごく楽しかったみたいですよ。僕自身も刺激を受けましたね~(笑)。コクーン歌舞伎で串田和美さんの演出は受けていましたが、当時はまだ十代。ワークショップは型も縛りも何もない、「自由に演技をしてみてください」という場で、最初は思うように動けなくて悔しかった思い出もあります。
「とんでもないことをしてしまったかもしれない」という心配
──その後「歌舞伎座で野田作品を」という流れは、どう生まれたのでしょう?
野田 大きく展開したのは、新橋あたりで勘三郎と飲んだとき。相変わらず「早く歌舞伎を書けよ」という話になり、「じゃあさ、とにかく劇場を見てよ」と、突然夜の歌舞伎座に連れて行かれたんです。守衛さんが通してくれて前の歌舞伎座に奈落から入ってね。全部人力で動かしていそうな時代感で……。
勘九郎 さすがに前の歌舞伎座でも電動でしたよ!
野田 あちこちに手のあとがついていて、とにかくものすごいインパクトだったんだよ(笑)。でも舞台側から客席を眺めると、押し寄せてくるような空間じゃないですか。思わず「うわ、これいいな」と言っちゃったら、勘三郎が間髪入れずに「じゃ、決まった!」と言って、翌日自分で「野田が書く」と松竹さんに電話を入れていたんです。「NODA・MAPの公演だってあるし」と言っても「大丈夫、大丈夫」なんて押し切られて、「大丈夫じゃないよ」と思った(笑)。
勘九郎 「是が非でも書いてもらう」という執念と行動力でしょうね(笑)。
野田 あと酔っ払いの勢い(笑)。
勘九郎 それで実現したわけですから、すごいですよ。
野田 仕方ないからスケジュールをやりくりしましたが……あの年は「贋作・桜の森の満開の下」再演(2001年6月)もあったし、稽古をしていた新国立劇場に小さな部屋を借してもらって、稽古後に必死で台本を書いて。
勘九郎 そうだったんですね! 初めて知りました。
野田 それで一場を書き上げたタイミングで勘三郎に見せた。すぐ電話が入って「もうゲラゲラ笑った、このまま書いてくれ!」と言われてね。“研辰”にはいろいろなバージョンの台本があるじゃないですか。それを全部読ませてもらって、自分なりに組み立てていった。「竹刀でじらして、されるがジェラシー」ってセリフが冒頭にあるじゃない? 勘三郎は「ジェラシーなんてカタカナを歌舞伎座で言っていいのかな」と内心ドキドキしていたらしい。でも執筆中にそんなことを言うと僕が不安になるから言わなかったと、あとから聞きました。
勘九郎 だから客席があのセリフでドンッと受けて、「よし、行ける!」と胸をなで下ろしたらしいです。
野田 彼の中にもいろいろな葛藤があったんでしょう。初日に楽屋から舞台に送り出すときなんて「俺たちとんでもないことをしてしまったかもしれない」って、お互い涙目(笑)。“研辰”の前の「勢獅子」も、澄ました顔で踊りながら全員が内心、心ここにあらずだったんでしょ?
勘九郎 初日は後ろに座りながら、この後の幕のことを考えて気が気じゃなかったですね(笑)。
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稽古場で化けた勘太郎