イギリスやアメリカ・ニューヨークで話題となった一人芝居が日本初上陸を果たす。一人芝居と言うと、俳優が舞台上で、1人でパフォーマンスする姿を想像するだろう。しかし、この「エブリ・ブリリアント・シング ~ありとあらゆるステキなこと~」は一味違う。出演する俳優は1人だが、ユニークな手法で観客を巻き込みながら物語が展開していくのだ。谷賢一が演出する日本版には、今年デビュー20周年を迎える佐藤隆太が出演。今回のインタビューでは、アメリカ・ユタ州で同作を観劇し、絆を深めて帰国した2人に、日本版へ向けた思いを聞いた。また特集の後半には、野田秀樹が始動したプロジェクト「東京演劇道場」のワークショップレポートや、演劇ジャーナリストの徳永京子によるコラムを掲載している。
取材・文 / 興野汐里(P1)、熊井玲(P2) 撮影 / 祭貴義道(P1)
何なんだ、この作品は!(佐藤)
──2013年にイギリスで開幕した「エブリ・ブリリアント・シング ~ありとあらゆるステキなこと~」は、2014年以降世界中で翻訳上演されている話題作で、今回が日本初上陸となります。佐藤さんがこの作品への出演を決めたきっかけは何だったのでしょうか?
佐藤隆太 初めにお話をいただいたとき、あまりの想像のつかなさに「何だ!? この作品はっ!?」と(笑)。一人芝居はもちろん、ここまでお客さんを巻き込みながら、というのも初めてなので一瞬怯みつつも、同時にものすごくワクワクしたんです。こんなスタイルの作品のオファーをいただけることなんてこの先もないと思いましたし、1マスしかないキャスティングボードに僕の名前を挙げていただいたのなら、思い切って飛び込んでみようと思いました。「こりゃ大変だぞ……」という予感がした作品って、今までの経験上、自分にとって大きな意味を持つ作品になることが多いんですよね。やり切ったとき、「ああ、貴重な体験だったな」って思えるというか。
──谷さんはこれまで「三文オペラ」などの作品で、観客との関係性を意識した作品作りをされてきましたが(参照:KAAT「三文オペラ」谷賢一×志磨遼平)、「エブリ・ブリリアント・シング」はまた違ったアプローチの作品になりそうですね。
谷賢一 はい。自分の中でかなり、観客参加型演劇を作るノウハウが蓄積されてきましたし。そもそも観客参加型演劇に抵抗がある人ってけっこう多いと思うんですよ。僕もダサいのは本当に恥ずかしくなっちゃうし。でも「エブリ・ブリリアント・シング」は一般的な観客参加型の作品とはまったく違う形式をとっていて、手法が非常にオシャレ、洗練されている。お客さんも抵抗なく入って来られる、すごいポテンシャルを秘めた作品です。作者のダンカン・マクミランとジョニー・ドナヒューの練りに練った台本上の仕掛け、これには日本のお客さんも舌を巻くと思いますし、必ず素晴らしい公演になるでしょう。
何があっても、その場で起きたことを認める(谷)
──9月半ばには、カンパニーの皆さんでアメリカ・ユタ州での公演を観劇したそうですね。
佐藤 本当に観に行ってよかったです。自分がこの作品に出演するということを一旦忘れて、1人の観客として純粋に公演を観ることができたし、本当に素晴らしい時間でした。自分が携わる前にこの作品のことを大好きになれたことがうれしかったです。
谷 僕は以前ルーマニアでも観ているのですが、今回は特に質の高い公演でしたね。脚本を読んだときに感じたかわいらしさや面白さ、「この展開が切ないんだよなあ」ってところを見事に全部拾っていて素晴らしかったです。
──「エブリ・ブリリアント・シング」では出演俳優から番号付きのカードを渡される場合があり、劇中に自分の番号が呼ばれたら、カードに書いてある言葉を読み上げたり、ちょっとした演技を披露したりすることがあります。お二人はユタでの公演で何らかのカードをもらいましたか?
谷 僕は自分のカードに書いてある単語をシャウトする役目だったんですけど、すごく緊張しました。
佐藤 いやあ、緊張しましたねー(笑)。
谷 「タイミングを外したらどうしよう」とか、「Rの発言が下手なのを笑われたらどうしよう」とか(笑)。
佐藤 僕はまず英語がそこまで得意ではないので、その時点でさらにドキドキでしたよ(笑)。
──実際に公演をご覧になって、日本版のイメージは湧きましたか?
佐藤 観客参加型ということでやはり不安はあったのですが、ユタ公演を観て本当に勇気付けられました。彼とまったく同じことはできないと思うんですけど、観ているお客さんが1時間をあっという間に感じられるように、いろいろな表情を見せながらいいテンポ感で芝居を進めていきたいですね。
谷 隆太さんは心を開いてお話してくれる方なので、お客さんとやり取りするときにそれがいい効果を生むと思うんです。決してグイグイ来るわけではないんだけど、いろいろなところに気を配って声をかけてくれるので、お客さんたちと素晴らしい空気を作ってくれるんじゃないかなっていう予感がしています。
佐藤 漠然とですが、海外の俳優さんって、お客さんが想像もしないリアクションをしてきたときに、うまくフォローしつつ、その出来事をプラスに変えるような素晴らしい一言を添えるのが上手なイメージがあるんです。「そんな言葉、すぐ出る!? よく出たな!」「うわあ、オシャレだなあ!」みたいな。そういうところが素敵だなと思います。僕もそんな気の利いたことが言えたらと思うんですが、あまり瞬発力がないんですけど……(笑)。
谷 ははは(笑)。
佐藤 観劇後、ユタのホテルへの帰り道で谷さんが「僕は、日本での公演がいいものになるんじゃないかなって思いますよ」って言ってくださって、それがすごく心強かったです。ご本人を目の前にして照れ臭いけど(笑)、谷さんと一緒に僕たちなりのいいお芝居が作っていけるはずだ!と、より強く思えたんです。
谷 僕も、アメリカでの隆太さんの素敵なエピソードがあって。隆太さんって何を食べても「うまい!」って言うんですよ。
佐藤 そこ!?
谷 素晴らしい能力ですよ。アメリカの俳優さんに「どんなことを大切にしながら演じていますか?」って聞いたら、「何があっても、その場で起きたことを認めることが大事」って言ってたんです。これって、隆太さんが何を食べても「うまい!」って言える能力に近い。だって、何を食べても悪いところを見つけて指摘することはできる。でも隆太さんは必ずいいところを見つけて言っていた。最終的に、作品に表れるのは俳優の人間性ですからね。
佐藤 すごくありがたいんですけど、あれはただ純粋にご飯がおいしかったんだと思います(笑)。
一同 ははは!
──「エブリ・ブリリアント・シング」は主人公に起きた悲しい出来事が物語のベースになっています。アメリカの観客は観劇後、どのように受け止めていた様子でしたか?
佐藤 僕もそうでしたが、不思議と心が温かくて優しい気持ちになって劇場をあとにする……という感じだと思います。
谷 まさにそうだと思います。物悲しいペーソスを残したまま終わるんだけど、すごくいいものを観たという高揚感が客席全体にありました。観客全員が主演俳優の好演を讃えながら、観客同士でも健闘を讃え合うような不思議な空気が生まれていましたね。
佐藤 指定された役を演じたり、カードに書かれたセリフを言ったり、いろいろな役割のお客さんがいますけど、そのバランスが実に見事で、みんなで走り抜けたような一体感があるんです。日本の劇場でも、僕たちなりにあの温かい空気感を作りたいですね。
あとはお客さんとの出会いを待つだけ(谷)
──谷さんは今回、演出に加えて翻訳も手がけられます。この作品を日本語に訳すうえで、こだわった部分があれば教えてください。
谷 とにかく、日本のお客さんが観たときにストレスを感じない日本語にしたいと思っていて。訳してまどろっこしくなるくらいならいっそカットしたい。原文のよさはもちろん残したうえで、観客と対話するにあたって最適な情報量になるように、稽古で調整していければと思います。
──下訳を拝読して、一般的な台本よりト書きや脚注などの書き込みが多い印象を受けました。
谷 実際に上演を観ると、軽妙というかテンポがよくて、流れるようにお話が進んでいくので、ずいぶん印象が変わるんじゃないかなと思います。
──台本に「客席は可能な限り民主的な形、理想としては円形」という指定がありますが、日本版の舞台美術はどのような形を想定していますか?
谷 先日、美術会議で舞台の形状について話したんですけど、せっかくこういう演目をやるんだから、逃げも隠れもできないような、四方が客席に囲まれる形式でいこうということになりました。それこそ、スーツケース1つ持っていればお芝居ができるくらいミニマムなものになると思います。「こんなに何もないところで、こんな奇跡を起こすことができるんだ!」ということを感じてもらえたらうれしいですね。
──一般的な一人芝居とは少し異なる形式なので、稽古をどんなふうに進めていくか想像のつかない部分があるように感じます。
谷 まず隆太さんと2人で作戦会議をしながら稽古をして、徐々にギャラリーを増やして実戦形式に近づけていく……というようなステップを踏もうかなと。
佐藤 今はまだ楽しみと不安の間を行ったり来たりしていますが、「今日はどんな人(観客)と出会えるんだろう?」ということに目を向けられるようになれば、稽古も一層充実したものになる気がします。
谷 まったく不安がないと言ったら嘘になるけど、心配事が本当に少ないんですよね。脚本も発想も素晴らしい作品なので、濃密に稽古して練り上げて、あとはお客さんとの出会いを待つだけ。演劇の醍醐味って、“今日だけのものが観られる”ことだと思うんですけど、こんなに“今日だけのもの感”がある演目ってまずないですから、ぜひ劇場に足を運んでほしいですね。日本のお客さんも、ただ劇場に行くだけじゃなく、何かしら参加できるような作品を求めてるんじゃないかなと思っていて。「エブリ・ブリリアント・シング」には劇場を一つにする工夫がちりばめられているので、観客参加型の演劇で残念な経験をした人にこそ、この作品の魅力を体感してほしいですね。
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「東京演劇道場」の軌跡 ─日々是好日─ その2
2020年2月21日更新