CHAiroiPLINがシェイクスピア作品をダンスによって立ち上げる“おどるシェイクスピア”シリーズ最新作「RARE~リア王~」が、8月に東京・島根・徳島にて上演される。振付・構成・演出を手がけるスズキ拓朗は、老王・リアと3人の娘たちをめぐる悲劇を、“愛”と“nothing(ない)”をキーワードに、とあるレストランのオーナーシェフとシェフたちの物語として大胆に再構成。さらにリア王の重臣・グロスター伯爵とその息子たちを、ソムリエとソムリエ見習いとして登場させる。
ステージナタリーでは7月下旬、CHAiroiPLINの稽古場を訪ね、リア王役を演じる佐藤誓、グロスター役の伊藤キム、そしてスズキの座談会を行った。今年、おどるシェイクスピア「PLAY!!!!!~夏の夜の夢~」ほかで芸術選奨舞踊部門 文部科学大臣新人賞を受賞するなど、活躍著しいスズキが、今作で挑戦しようとしていることとは?
取材・文 / 熊井玲撮影 / 宮川舞子
予期せず決まった「リア王」
──CHAiroiPLINではこれまでも「夏の夜の夢」「ロミオとジュリエット」「十二夜」「ハムレット」などの作品を取り上げてきました。今回、「リア王」をやろうと思われたのはなぜですか?
スズキ拓朗 シリーズでやってみたい作品の候補に、実は「リア王」は入ってなかったんです。というのも主人公が年配者なので、僕にはまだ理解できないところがあると思っていたんですけど、でも誓さんに「次、シェイクスピアシリーズで何をやるの?」と聞かれたことがあって「まだ決まってないんですけど」と言ったら「俺、『リア王』がいい。リア王役がいい」と言われて、じゃあ決まり!みたいな(笑)。
佐藤誓 島根でね(笑)。
スズキ そう(笑)、2年前にCHAiroiPLINの「おどる絵本『じごくのそうべえ』」という作品で誓さんに出演していただき、その島根公演のときに言われました。次のシリーズについて考えているときで、「マクベス」「オセロ」「ベニスの商人」で悩んでいたんですけど、「なるほど『リア王』か!」という感じでした。
佐藤 リア王役は一度やってみたいと思っていたんです。それで拓朗なら、もしかしたらやらせてくれるんじゃないかなって思って……。
スズキ ぜひ!と思いました。
佐藤 CHAiroiPLINのシリーズは何本か観ていますが、いわゆるシェイクスピアをよく知っていらっしゃる方が観ても「こんな捉え方ができるんだ!」と面白がれると思いますし、逆にあまり知らない方が観て「これってどういうこと?」と思ってしまうようなところもダンスの面白さで楽しんでもらえると思うんです。……ただ、今回ここまで変わるとは思いませんでした(笑)。もう少し原作寄りなのかなと思っていたんですが、今の稽古の様子だといわゆる「リア王」とは全然違うところもあって、そこが面白いです。
──伊藤さんは今回、CHAiroiPLIN初参加となります。伊藤さんとスズキさんは、これまでどのようなご関係があったのですか?
スズキ キムさんはコンテンポラリー界の巨匠ですが、最初にお会いしたのは僕が桐朋学園の学生だったころで、キムさんは特別講義の講師としてワークショップをやってくださいました。その後、キムさんが振付された演劇を観たり、伊藤キム+輝く未来の舞台を観たり、授賞式の飲み会などの場でお会いしたりして、「キムさんと何かできないかな」という思いが心にずっとありました。で、「リア王」のキャスティングを考えているときにCHAiroiPLINのメンバーの中からキムさんのお名前が挙がって、ご連絡してみる?という話になり、今回初めてご一緒できることになりました。
──伊藤さんがご出演を決められたのは?
伊藤キム うーん……今までずっとダンスをやってきましたけれど、20年かな、あんまり昔ほどダンスそのものをガンガンやろうという感じではなくなってきて、枯渇してきたというか、飽きちゃったというか……マンネリにどうしてもなるんですね。
スズキ 「飽きちゃった」って言ってみたいですね(笑)。
伊藤 それで刺激が欲しくて、演劇や音楽などダンス以外の活動にも手を染めてみたいなと思い、オファーをいただくとなるべくお受けするようにしています。CHAiroiPLINに関しては、作品はチラチラと拝見していて、あんまり芝居っぽくないなと感じていました。また言葉遊びがあるのが私はとても好きで、音楽的な要素と演劇的な要素、ダンスの要素を含みつつ、言葉を解体して組み上げていく舞台が面白いなと思っていたんです。そうしたら今回誘ってもらったので、ぜひという感じでした。
スズキ キムさんは「じごくのそうべえ」を観に来てくださったんですよね?
伊藤 はい、あのちゃぶ台のシーンの……。
佐藤 そうですそうです!
伊藤 あのシーン、良かったですね。CHAiroiPLINってそういうカンパニーだとは思っていなかったんですけど、面白いし、ジーンとくるし、両方あるなって。
スズキ キムさんがXで、「泣きそうになったけど泣かなかった」というような感想を書いてくださって、それを見たメンバーも「キムさんが観に来てくれた!」と感激していました。ということもあってキムさんにオファーしたんです。
ブリテン王リアは、オーナーシェフ・リアに
──本作の舞台はレストランです。なぜレストランを舞台にしようと思われたのでしょうか?
スズキ チラシには「オーダー。愛のこもった料理をください」ってコピーがあるんですけど、リア王は愛を計量化しようとしたことが悲劇なんじゃないかと思うんです。ただ何百年も前の話である「リア王」と、現代人の我々との間にどうやったら接点が見出せるか、普遍的な部分で寄り添えるところは何かを考える中で、誰にでも家庭の食べ物の思い出ってあるなと思い“食”がフックになるのではないかと思ったんです。その“食”から発展して、“衣をまとった王様が、衣を脱いで真っ裸になり、地位も財産もなくなってどうなるのか”とか、言葉遊びでリア……レア……レア肉……と展開し、rareって「珍しい」という意味もあるので、“珍しい料理”を目指して王様になったリアの傍らで、コーディリアが「本当はなんでもない食卓を、ただ一緒に囲める生活のほうが良かったのに」と言っている姿が浮かんで……それで、舞台をレストランにしようと考えました。
──それでレストランなのですね。本作では佐藤さん演じるリア王はあるレストランのオーナーシェフ、伊藤さん演じるグロスター伯爵はソムリエという設定になります。お二人の台本を読んだ印象は?
佐藤 “なるほど、こうきたか!”と思いましたね。お客さんにとって一番親しみが持てるのは何かと考えて食を選んだのはすごいことだと思いますし、そもそも「リア王」にはいろいろなテーマがあり、それを全部網羅しようとすると大変なことになる。でも今回は原作から何を抽出するのか、この「RARE」では何がやりたいのかがはっきりしているからお客さんにもわかりやすいのではないのかと思います。ちなみにパンフレット用のアンケートで「思い出の食事はなんですか?」という質問があって、台本を読む前だったんですけど、僕が書いたのは「我が家のカレー」でした(笑)。「RARE」の劇中でも、カレーが1つのポイントになっています。
伊藤 台本を読むという感覚があまりになく、私の場合は現場に行って稽古場で体感する、ということが大切なのですが、今回も文字や言葉を頭の中で理解していくというより、生理的な感覚で、身体で感じるのが僕には面白いですね。
──インタビュー冒頭でスズキさんは、もともとあまり「リア王」が候補に入っていなかったとおっしゃいましたが、クリエーションが進む中で思いが変化したところはありますか?
スズキ 面白いなと思いましたね。学生のころ読んだときは、リアがちょっとわがままなおじいちゃんなのかなっていう印象だったんですけど(笑)、自分も年をとってみたら、愛が欲しいとか、これだけがんばってきたんだからそれは褒められたいよねとか、「わかるな」と思う部分はある。また娘たちも、ゴネリルとリーガンは悪い姉たちという描かれ方をよくされますが、実は誰もそんなに悪くないんじゃないかと思ったり。お互いに愛を欲しがっているんだけれど、それがすれ違っている人たちなんじゃないかと感じたりしました。またその背景には戦争があって、今回は戦争の背景については特に触れないのですが、そういった背景も考えるとより一層、みんな悪い人ではないんじゃないかな、全員欲しがっている人なんじゃないかなと感じて、面白いなと思うようになりました。
──台本を拝読すると、グロスター伯爵と息子たちの歪な親子関係もビビッドに描かれています。
スズキ 稽古が進む中で「あ、グロスターが掴めた」と感じたのは、グロスターが息子を信じることができなかった人だと気づいたとき。エドガーにしてもエドマンドにしても、グロスターが息子を信じることができれば悲劇は起きなかったんじゃないかなと思います。グロスターには“見えていると見えないことがあり、見えないからこそ見えてくることがある”というテーマがありますが、彼は息子たちを疑ってしまったことに大きな後悔がある、ということが表現できればいいんじゃないかなと思いますし、それはリアにもつながっている話だと思います。
という点でも、キムさんがご家庭やお子さんの話をされてるのを聞くのは面白いし、そういったお話が作品にも反映されていく気がします。
伊藤 あと、本作には「ない」というセリフがよく出てきますよね。「無くした」「欠けた」といった、完璧ではなく今まであったのにどこかに行ってしまったとか、もともとなかったとか。でも「ない」というのは一見するとマイナスではあるけれども、何かがないということに豊かさとか深みといったプラスを見出して行こうというところがあって……闇に手を突っ込んでいるような感じがします。
佐藤 “ないがないと、あるがわからない”ということはありますよね。nothingを発見する、ということはこの作品のテーマという感じがします。
──そのテーマは、原作の中からスズキさんが発見されたテーマなのでしょうか、それともご自身の中にそもそもそういった思いがあって、原作を通じてそれが表に現れたのでしょうか?
スズキ 原作を読んで、ですね。コーディリアがよく「何も」って言うんですけれど、その言葉になぜ自分が引っかかったのか? その意味を考えたいなと思っています。
伊藤 あ、思い出した! 僕が昔作った歌が「ない」で始まるんですよ。
スズキ 歌! ちょうどいいじゃないですか、その歌をなぜ今回、歌ってくれないんですか? (笑)
伊藤 え? 歌うんですか?
スズキ まずは聴いてみたいです!
一同 あははは!