彩の国さいたま芸術劇場(撮影:小川重雄)

今、劇場が動き出す──始まった新たな日常 第2回 [バックナンバー]

公演再開まで9カ月、彩の国さいたま劇場の選択

コロナの時代に、子供や高齢者も参加できる演目を目指して

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11月、彩の国さいたま芸術劇場が藤田貴大演出「かがみ まど とびら」で9カ月ぶりに演劇公演を再開した。2月にイベントの自粛要請が出て以降、同劇場は海外のダンス公演や彩の国シェイクスピアシリーズ第36弾「ジョン王」、高齢者たちによる舞台芸術の祭典「世界ゴールド祭」など、劇場の柱となる大きな公演を次々と中止してきた。

来年2月には高齢者演劇集団さいたまゴールド・シアターの公演を控える同劇場は、初代芸術監督・蜷川幸雄のレガシーを受け継ぎつつ、観る人・演じる人のさまざまな事情を考慮しながら、コロナの時代における舞台芸術の在り方を模索している。彩の国さいたま芸術劇場の取り組みについて、業務執行理事兼事業部長・渡辺弘に話を聞いた。

取材・/ 熊井玲

彩の国さいたま芸術劇場 / 渡辺弘 業務執行理事兼事業部長

渡辺弘

渡辺弘

4公演を残して中止になった「ヘンリー八世」

──1月の中頃にコロナが話題になり始めたとき、彩の国さいたま芸術劇場ではNoism1+Noism0「森優貴 / 金森穣 Double Bill」が上演中でした。当時はどのような状況でしたか?

通常通りで、特に何も感染症対策をしていなかったですね。ちょうど「ヘンリー八世」が稽古中でしたし、まさかこんなことになるとは思ってもいなくて。

──2月14日には彩の国シェイクスピア・シリーズ第35弾「ヘンリー八世」が開幕しました。

「ヘンリー八世」より。左から阿部寛、吉田鋼太郎。(撮影:渡部孝弘)

「ヘンリー八世」より。左から阿部寛、吉田鋼太郎。(撮影:渡部孝弘)

その頃には少し、「どうなるんだろう?」と半信半疑な感じはありましたが、まだそこまで深刻ではなかったですね。でも2月26日に自粛要請が出たのを受け、急きょその日の夜に会議が開かれました。さいたま芸術劇場は県の劇場なので、国から要請を受けて埼玉県がどういう判断をするかを待ちながら協議しましたね。結果、「公演自粛せざるを得ない」ということになったので、翌27日の昼公演の前に当時の理事長が、「28日以降の公演を止めざるを得ない」という説明をカンパニーにしたんです。それなりに覚悟をされていたようで、特に大きな混乱はなかったんですが、残り4公演が突然中止になったので、キャストの皆さんはその日はかなり気合いを入れて演じていましたね。そのあと、福岡・大阪と旅へ行く予定だったんですけど、結局どちらも公演中止になり、「ヘンリー八世」は中途半端な形で終わってしまいました。

──多くの公演が2月26日の自粛要請を受けて中止・延期を発表する中、バットシェバ舞踊団 / オハッドナハリン「Venezuela─ベネズエラ」は、2月23日の時点で中止を発表しました。当時の状況ではかなり早い段階での発表でしたが、この時点で渡辺さんの中では、コロナの問題が現実味を帯びてきた感じがあったのでしょうか?

いや、その頃はまだですね。海外とは普段からいろいろとやり取りはしているけれど、それぞれの国の状況についてまた日本の状態がどう伝えられているのかよくわからず、2月上旬の段階でバットシェバから、「行きません」という連絡があったときも「イスラエルはそういう判断をするのか」という感じでした。

スタッフ・キャストにどのような保証をするか

──その後、3月はすべての主催公演が中止になりました。

そうですね。ただ3月20日から22日の「ART」は貸館公演(編集注:劇場の主催公演ではなく外部主催者に会場として貸している公演)だったので、やってるんです。主催者とかなり話をしましたが、「興行ができない」というリスクがあまりに大きすぎて、さいたま公演だけ、なんとかやって。でもそのあとのツアーはすべて中止になりましたね。

──4月1日には、5月に上演予定だった「かがみ まど とびら」の中止が発表され、その6日後の4月7日に緊急事態宣言が発令されました。多くの劇場の公演中止・延期が発表される中、6月公演の「ジョン王」だけは、この段階ではまだ何も言及されませんでした。

「かがみ まど とびら」はファミリーものなので、藤田(貴大)さんと話をし、今はやらないほうが良いのではないかと判断して、延期することにしました。「ジョン王」については、劇場の会員やファンクラブ用のチケットがすでに売り切れていましたし、地方公演も予定されている。また主演の小栗旬さんがこの時点でアメリカ在住なので、彼が本当に日本に来られるのか?という問題もあって……すごく慎重に判断しましたね。でも結局無理だとなって、5月7日にコンドルズの「Golden Slumbers ゴールデン・スランバー」と共に「ジョン王」の中止を発表しました。

劇場の感染症対策の様子。

劇場の感染症対策の様子。

──自粛期間中、劇場は表向き、休館していたと思いますが、スタッフの方々はどんな動きをされていましたか?

基本的にはリモートワークでしたが、週に1・2回は劇場に来て、先の公演を中止するのか延期するのか、チケットの発売日を延期するのかとか、そういう会議ばかりしていました。また公演が中止・延期になるのは仕方ないのですが、中止・延期する場合のスタッフ・キャストの保証をどうするかという問題は、経営に大きくのしかかってきて。そこでほかの劇場と連絡を取り、どう対処していったらいいかという話をしました。そうした動きがやがて緊急事態舞台芸術ネットワークにつながっていきます。「公演中止・延期」と言っても、チケットの払い戻しにも1枚数百円の手数料がかかりますし、保証などの経費が出てきます。また劇場の収入源である貸館も次々に中止や延期となり、返金が急増していって。クリエーティブな仕事をしているはずなのに、事態を収拾する仕事ばかりしていました。東日本大震災のときにも公演が中止になりましたが、あのときは復興という希望があった。でも今回は希望が見えないのが一番つらいです。どこに向かって何をすればいいのかがわからない。そこから「それでも何かやっていこう」と思うまでには、少し時間がかかりました。

劇場の感染症対策の様子。

劇場の感染症対策の様子。

9カ月ぶりに演劇公演再開

──渡辺さんご自身としては、具体的にはいつ頃から公演再開を考えていたのでしょうか。

4月の時点では、ワクチンができるまでは無理だろうなと思っていました。僕らはライブの仕事なので、ワクチンができるまではこれまで通りにはできないだろうと思ったんです。むしろ1・2年でこの状況が終わればいいなと思いました。

──ただ公演はできなくても、自粛期間中にさいたまネクスト・シアターがWebを通じてさまざまなアクションを起こしたり、6月1日には劇場までの導線を動画で見せるというような取り組みも行っていました。

何かやらないと、という思いはやっぱりありましたし、ネクスト・シアターの若い俳優たちも一生懸命「何かやりましょう」って言ってくれるので、トークをやってみたり、ネクスト・シアターの有志メンバーによる第7世代実験室が配信企画をやってみたり、トライできることはとりあえずやってみようと思いました。余談ですが、僕は蜷川さんと仕事してきた時間が長いこともあって、蜷川さんゆかりの役者さんたちと、「蜷川さんだったらこの事態にどう対処したのかな」「蜷川さんなら1人カッコいいマスクをつけてこの事態に対処してたのかな」っていう話をしましたね(笑)。ただやっぱりなかなか公演には踏み切れなくて、11月になってようやく9カ月ぶりに「かがみ まど とびら」を上演しました。この公演は出演者が4人だけだし、スタッフの数も限られているので、これならスタートできるかなと。もちろん子供が観に来る公演なので、キャスト・スタッフはPCR検査を2度やりましたし、細心の注意を払っての上演でしたが。

「かがみ まど とびら」より。(c)井上佐由紀

「かがみ まど とびら」より。(c)井上佐由紀

──初日を迎えてどんなお気持ちでしたか?

子供たちがすごく喜んでいたのがやっぱりいいなと思いましたね。終わった瞬間にすごく温かい拍手を子供たちがしてくれたのがうれしかったです。

──そして12月19日にはフランソワ・シェニョー&ニノ・レネ「不確かなロマンス-もう一人のオーランドー」を招聘しました。本公演は埼玉公演ののち、京都・福岡と3都市ツアーが行われます。

春から夏の間は渡航制限が厳しかったんですが、10月に「在留資格をきちんと取り、受け入れ側が責任を持って14日間の待機を実施すれば全世界からの入国が可能」となり、さまざまな人の力をお借りしながら、シェニョーは在留資格とビザが取れ、来日できることになったんです。ただ14日間の待機期間を取りつつ、3都市ツアーを実現するために、当初の予定から公演スケジュールを動かすことにはなったんですけど。そこに至るまでに、文化庁や大使館といろいろなやり取りを重ねましたし、実際にカンパニーとは、「何かあったときにどちらがどのような保証をするか」という取り決めをしたり、劇場側もスタッフ全員、アルバイトさんも含めてPCR検査を受けたりと、いろいろなルールを取り決めました。だから公演をやれること自体はもちろん良いことなんだけど、みんなリスクを負っているという意味で、違う緊張感がありましたね。

さいたまゴールド・シアターの新たな挑戦

──12月25日から27日にはさいたまネクスト・シアター×小川絵梨子「作者を探す六人の登場人物」、2月にはさいたまゴールド・シアターの「聖地2030」が上演されます。

実は今年、オリンピックを前提に、8月末から9月にかけて「世界ゴールド祭」を企画していたんです。ヨーロッパや沖縄などから高齢者の団体を呼ぶ準備をしていて、ゴールド・シアターも参加予定だったんですが、オリンピック延期と共に中止になりました。さいたま芸術劇場は、オリンピックまでの5年間、高齢者を中心としたイベントをやっていこうと思い、蜷川さんのレガシーであるさいたまゴールド・シアターの公演、そしてそこから派生したゴールド・アーツ・クラブという1000人くらいの高齢者の集まりの群集劇公演を続けてきました。でも県からの要請でゴールド・アーツ・クラブは解散することになり、ゴールド・シアターに関しては、これまでと違う形での上演形態を考えざるを得なくなりました。

というのも、蜷川さん演出で10年前に上演された「聖地」の映像を見返したら、ゴールド・シアターの人たちが今より10歳若いので、しゃべるスピードも動くスピードも今よりずっと早いんですね。それを観て、「今はこういうふうにはできないんじゃないか」と切実に感じ、またこのコロナ禍で稽古もはたして満足にできるのかと思い悩み、松井(周)さんや制作担当と話し合いました。そこで松井さんから出てきたのが、シンポジウム形式でやるというスタイル。特にセリフを覚えなくても、その場の即興性を取り入れつつ、物語を運んでいく若い人たちを脇に用意した形で、「聖地」の上演を模索できないかと思っています……とメンバー全員に説明して、それでも出演したいと思った人に今回は出てもらう予定です。結論や途中の展開が違ってもいいから、新しい形での「聖地」が上演できたらと思います。ただゴールド・シアターのメンバーは高齢なので、コロナにかかった場合、重症化するリスクはあるわけです。でもその一方で、メンバーは自分たちで体を鍛え、表現したくてしょうがないと強い想いを持っているのがひしひしと伝わってきます。今世界中で高齢者が家にこもり、何もできずにいると聞きますが、その状況を「聖地2030」でなんとか少しでも突破したいと思っています。

──劇場によっては、実演と配信の両方を取り入れていく劇場や、市民参加型の公演形態を変えるなど、これまでの取り組みとは方針転換を余儀なくされているところも多くあります。さいたま芸術劇場は、今後の展開について、どのような考えをお持ちですか?

公共劇場なので基本的には市民に開かれていないといけませんから、劇場に来ていただいたり、あるいはこちらから出かけていったりということは今まで通り考えています。ようやく公演が始まってみると、改めて同じ場所で同じ息を吸って感じ合えるライブの大切さを実感しています。しかししばらくは今まで通りとはいきませんので、あまり多くはありませんけど、今後は配信もやっていこうと思っています。配信で高齢者の方や子供たちに何か楽しさやうれしさを届けたい! まさに今、企画中です!

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