静岡芸術劇場(Photo by Eiji Nakao)

今、劇場が動き出す──始まった新たな日常 第5回 [バックナンバー]

止まるのではなく、動き続けることを選んだ、SPACの実行力

演劇が不要不急のもの“ではない”人へ、演劇を届ける

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宮城聰が芸術総監督を務めるSPAC-静岡県舞台芸術センターは、専用劇場である静岡芸術劇場、舞台芸術公園を活動拠点に、国内外の気鋭のアーティストを紹介する「ふじのくに→せかい演劇祭」や中高生鑑賞事業、アウトリーチなど、世界に目線を向けながらも地域に根差した活動を積極的に行ってきた。昨年は、新型コロナウイルスの影響で「ふじのくに→せかい演劇祭」が中止に。しかしすぐさまオンラインフェス「くものうえ↑せかい演劇祭」へと発想を切り替え、大小さまざまな企画を実施した。さらにその活動は“劇配”として継続され、演劇が不要不急のもの“ではない”、演劇を求める静岡の、そして全国の人々のもとへと届けられた。

今年2月、SPACは「ふじのくに→せかい演劇祭2021」の開催を発表。3月のプレス発表会では、宮城が開催に向けた思いや、演目の詳細を語った。邁進し続けるSPACの“エンジン”である制作スタッフたちは、どのように現場を支え、状況に対応し、動いてきたのか。「くものうえ↑せかい演劇祭」から「ふじのくに→せかい演劇祭2021」まで、SPACのこの1年の動きについて、SPAC芸術局長の成島洋子、制作部の丹治陽に話を聞いた。

取材・/ 熊井玲

SPAC-静岡県舞台芸術センター / 芸術局長 成島洋子、制作部 丹治陽

左からSPAC-静岡県舞台芸術センター制作部 丹治陽、 芸術局長 成島洋子。

左からSPAC-静岡県舞台芸術センター制作部 丹治陽、 芸術局長 成島洋子。

まさか「ふじのくに→せかい演劇祭」まで中止になるとは

──コロナへの危機感が高まりつつあった昨年1月下旬、SPACは「グリム童話~少女と悪魔と風車小屋」を上演中で、また2月15日の「メナム河の日本人」初日に向けて稽古中だったと思います。当時、すでに何か、コロナ対策を始めていましたか?

成島洋子 「グリム童話」のときはまだで、意識し始めたのは「メナム河の日本人」の幕が開いてからだった気がしますね。

丹治陽 そうですね。

成島 SPACでは平日に中高生向けの鑑賞事業をやっていて、「メナム河の日本人」も、チケットを自分で購入して「観たい」と思って来てくださる一般の方とは別に、学校を通じて観に来るお客様が大半を占めていました。なので、私たちが公演をやるか否かということ以上に、学校側がどういう判断をするかということにヤキモキし始めたのがその頃だったと思います。

丹治 公演の実施についてリアルに影響が出たのが、2月26日のイベント自粛要請。「全国的なスポーツ、文化イベント等については、今後2週間は、中止、延期または規模縮小等の対応を要請する」と安倍(晋三)前首相の発言があり、その翌日には静岡県も、県主催のイベントは3月中旬まで中止、ということになりました。ただ、県からは「SPACは独自で判断してください」と言われていたので、内部で議論し、結局残りの数公演を中止することになりました。でもまさか「ふじのくに→せかい演劇祭」までも中止にしなければいけないとは。

成島 私は海外のカンパニーとやり取りをしていて、1・2月頃ってそろそろビザの申請やフライトの手配などをしないといけないタイミングなんですね。でも海外のほうがロックダウンの状況が先行していたので、「今はそんな場合じゃない」と海外のカンパニーから言われ始めた、という感じでした。

100人のZoom会議で議論した

「くものうえ↑せかい演劇祭」のトーク企画 <ワジディ・ムアワッド×宮城聰>より。

「くものうえ↑せかい演劇祭」のトーク企画 <ワジディ・ムアワッド×宮城聰>より。

丹治 その後、3月中頃には海外からの入国に制限がかかるようになり、渡航者は2週間の隔離が必要になりました。それでいよいよ海外からの招聘演目はできないかもしれないということになって。3月19日の緊急ミーティングで招聘演目を諦めることになり、SPACの演目だけで「ふじのくに→せかい演劇祭」をやる、という方向になったんです。ただ当時は、渡航者の2週間隔離という制限が4月末まで、と言われていたので、「5月1日に来れば隔離期間がなくてもいけるのではないか」という、今考えるとちょっと信じられないようなことを考えてはいたんですけど(笑)。

成島 当時としても信じられないような思考ではありますが、でも当時は「5月1日に来日して、2日に公演してくれないか」という話を、海外のアーティストに本当に伝えていました。正確に言うと3月19日の段階では海外の演目を諦めることを決定したわけではなく、海外作品のチケット販売をストップすることを決めたんですね。上演できるかわからない演目を売り続けるのは、厳しいだろうということで。

丹治 その後、3月下旬にはオリンピックの延期も決まり、数日後にSPACのメンバー全員でZoom会議をしました。そこで宮城さんが「SPACの演目だけで『ふじのくに→せかい演劇祭』をやろうと思ったけれど、我々も稽古場には集まれないのではないか」と発言し、「ふじのくに→せかい演劇祭」の中止が決まりました。でも中止と共に、「じゃあ何をやろうか」と100人がZoomで議論して……。

成島 そのときが初めてのZoom会議だったんですよね。

丹治 機材的なトラブルで、会議の開始まで1時間くらいかかりました(笑)。でもその会議で、いろいろな意見が出たんですね。記録映像の配信という案も出たけど、それはSPACがやるべきことなのかという意見や、今は何もしないで充電期間にすべきじゃないかという意見とか……。それで、「とりあえず今みんなが思っていることをメールで寄せてくれ」と言ったら、大量にアイデアが出てきたので、「だったら、止まるんじゃなくて何かしら活動を続けよう」という選択をしました。宮城さんがよく言っていますが、「世の中には演劇が不要不急“ではない”人がいて、そういう人たちに対して、こういう状況下でも“演劇っぽいもの”を届けるんだ」とSPACでは決めた。それで、みんなから上がったさまざまなアイデアを片っ端からやっていこう、ということになったんです。

「ふじのくに」から「くものうえ」へ

「くものうえ↑せかい演劇祭」の開幕メッセージ映像。

「くものうえ↑せかい演劇祭」の開幕メッセージ映像。

──4月3日に「ふじのくに→せかい演劇祭」の中止を正式発表、同時に「くものうえ↑せかい演劇祭」の実施を発表されました。1週間後の10日にはラインナップ第1弾を発表されているのでかなりのスピード感です。また100人でZoom会議とは、想像しただけで大変そうですが、そもそもSPACのメンバーにとっては全員で集まって会議するということは、普段から行われていることなのでしょうか?

丹治 毎月1日に、メンバー全員が劇場に集まって、今後の予定を確認したり宮城さんの話を聞いたりする会があるんです。それまでは実際に集まってやっていたのですが、オンラインではそのときが初めて。でもオンラインにしたことで、普段は参加できない人や遠方にいる人も参加できたので、結局100人近くのスタッフと俳優が集まりました。

──先日宮城さんにインタビューをさせていただいたとき、「ふじのくに→せかい演劇祭」が中止になったことで、俳優さんたちの落胆など、気持ちの揺れがあったと伺いました。スタッフの方たちは「ふじのくに→せかい演劇祭」から「くものうえ↑せかい演劇祭」に向けて、どんなモチベーションで取り組まれましたか?

成島 もう状況が切迫し過ぎていて、やることが多過ぎて……いつもと違うことをまったく違うタイムスケジュールで、実質2・3週間で組み立てていったので、目の前にあることをなんとか実現させるためにずっと走っているという感じでしたね。

丹治 ほかの劇場もそうだったかもしれませんが、公演がなくなるとやれることがなくなってしまった人たちが多くいる一方で、映像を撮るとか編集するってことが得意だったメンバーには一気に仕事が集中しました。制作についても、トーク企画を立ち上げたり映像配信のために国内外のアーティストたちと連絡を取ったり、ウェブサイトの編集やSNSの投稿をしたり、それから俳優やスタッフから寄せられた大量のアイデアをどう整理していくかなど、大量の仕事が発生したんですけど、それを丁寧に振り分けたりする時間もない、という感じで、みんながやれることを自分で見つけてやっていましたね。

成島 衣装スタッフはずっと大変そうでした。「SPACの会」の会員を対象に、マスクを受注生産したんですけど、思った以上に注文が来てしまって、てんやわんやしていました。

丹治 そうでした(笑)。

成島 また「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」は、稽古場に集まらないと決めたあとも舞台美術や衣装を完成させるところまではやることにしていたので、その制作も続いていました。

お客さんの顔が見えない…手応えが感じにくかったオンラインフェス

ブロッサム企画「コロナにまけるな!!~免疫力アップのうた~」より。

ブロッサム企画「コロナにまけるな!!~免疫力アップのうた~」より。

──「くものうえ↑せかい演劇祭」ではかなりの数の企画が実施されました。制作チームはどのようなフォロー体制だったのでしょうか?

丹治 コア企画とブロッサム企画があって、コア企画は「ふじのくに→せかい演劇祭」の代替企画として、制作主導でやりました。「ふじのくに→せかい演劇祭」は静岡と世界がダイレクトにつながるということを大事にしているので、コア企画では宮城と海外のアーティストがオンラインでつながってトークするのがいいだろうと考え、来日するはずだったワジディ・ムアワッド、オマール・ポラス、クリスティアヌ・ジャタヒー、オリヴィエ・ピィ、キリル・セレブレンニコフと宮城のトーク企画を実施しました。また、その演出家たちの過去作品を配信したいと考えたのですが、海外の演出家たちは、上演作品自体の配信には消極的だったので、映画作品以外は、各自が現在の自分たちの表現を映像に撮ったものを配信するなどしました。あとは、公演が開催される予定だった3日間、公演の時間帯に野外劇場「有度」の様子をライブ配信した「おちょこの傘持つメリー・ポピンズのいない劇場」など、「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」の俳優たちの企画が多数実施されたり、「アンティゴネ」に関連して、一般の方たちからも盆踊り映像を募集する企画「BON Dance on the cloud~雲間を超える送り火~」などが行われました。

成島 一方で、俳優主導のブロッサム企画はとにかく企画数が多いので、制作は各企画の中には入らず、できあがってきた内容について公開して良いかどうかを判断する役割を担いました。

丹治 同時に、オンラインでは届かない、インターネット弱者もいるだろうということを意識していて、そういう方には手紙を書いたり、「でんわde名作劇場」のように、電話でつながりを作るようにしたりと、オンラインではつながれない人に演劇を届ける手段も考えていました。

「でんわde名作劇場」の様子。(提供:SPAC)

「でんわde名作劇場」の様子。(提供:SPAC)

──4月下旬から5月上旬は、まだオンラインフェスなどがあまり行われていなかった時期だと思います。「くものうえ↑せかい演劇祭」実施については何か参考にした事例はあったのでしょうか?

成島 なかったですね。でも「ふじのくに→せかい演劇祭」を「くものうえ↑せかい演劇祭」にしていくうえで、相互関係がどう作れるかということは考えていたので、その視点から何が必要かを考えて、プログラムを組み立てていきました。

丹治 あの頃は海外の劇場、特に劇団のある劇場がどう動いているのかを常に情報共有し合っていました。ベルリナー・アンサンブルは今何をやってるんだろう、コリーヌ劇場はどうしているのか、という感じで。

──「くものうえ↑せかい演劇祭」で、お二人それぞれ、どんな手応えを感じられましたか?

成島 アンケートなどを見ると、普段は演劇祭に来られない人たちにも届いたんだということがわかり、それはすごくうれしかったです。ただ、観に来てくれてる人が一体誰なのかがわからない、顔が見えないという問題はあり、それはオンラインフェスの難しいところだなと思いましたね。

丹治 僕もそうですね。手応えを感じることができない要因は、お客さんの顔が見えないことでした。あとから書き込みや動画再生回数を見てお客さんの存在を感じることはありましたが、トークの最中やその前後で、お客さんの顔がまったく見えてこなかった。ただ、「おちょこの傘持つメリー・ポピンズのいない劇場」でチャット欄に、お客さんたちがすごく書き込んでくれて、宮城さんや俳優たちも書き込みに参加するようになって、あのときは文字だけですがリアルタイムでお客さんの顔がちょっと見えた気がしましたね。

──そういった思いが、6月以降の「SPACの劇配!~アートがウチにやってくる~」につながっていったのでしょうか?

丹治 そうですね。4・5月といろいろやってみたり考えたりした中で、「これは演劇に近いんじゃないか」と思えるものを、6月以降、集中的にやっていくことになりました。それで、先にお話しした「でんわde名作劇場」や、高齢者施設の庭などでガラス越しに俳優が朗読する「SPAC出張ラヂヲ局~電波で演劇とどけます!~」などを実施したんです。また教育現場の役に立てるんじゃないか、という思いから、教科書の朗読動画を100本くらいアップしたり、児童クラブなどにSPACの衣装デザイナーや舞台美術デザイナーが、身の回りの廃材を使ってアート作品が作れるキットやレシピを届けたりしました。それが8月まで続きましたね。

「次はリアルだ」の思いで、秋→春のシーズンがスタート

「みつばち共和国」より。(撮影:三浦興一)

「みつばち共和国」より。(撮影:三浦興一)

──秋に入り、SPACはセリーヌ・シェフェール演出「みつばち共和国」を10月に上演。続けて11月から今年2月にかけて「秋→春のシーズン2020-2021」が開催され、第1弾にジャン・ランベール=ヴィルド&ロレンゾ・マラゲラ演出の「妖怪の国の与太郎」再演、第2弾にノゾエ征爾さん演出「病は気から」再演、第3弾に宮城さん演出の「ハムレット」が再演されました。10月頃はまだ、配信上演のみの作品や、上演と配信のハイブリットなども多かったと思いますが、劇場での上演に決めたのはなぜですか?

成島 「次はリアルだ」という思いが強かったので、稽古を再開するには何が必要かを考え、まずガイドラインを作成しました。先ほどもお話しした通り、SPACでは中高生向けの鑑賞事業がベースにあり、中高生に劇場で公演を観る、という体験をしてもらうことが大前提なので、中高生に劇場へ来てもらうため、どういう感染対策を取っているかを示す必要もありました。中には学校の判断でキャンセルになったところもありましたが、修学旅行がなくなった代わりに新規で申し込んでくれた学校もあって、なんとか公演をやり遂げました。

丹治 8月に稽古を再開させるとき、我々はとにかく「公演を中止しない」「お客さんと約束した演目はすべてやる」と決め、中止にしないためにはどうしたらいいかを考えました。それで、舞台上でもマスクをしたり、消毒をしたり、アンダースタディをつけて万が一に備えることにしたんです。

受付の様子。

受付の様子。

──再開後第1弾の「みつばち共和国」の初日を迎えたとき、どんなお気持ちでしたか?

丹治 「みつばち共和国」は、もともとキャパが小さな屋内ホール「楕円堂」で上演だったんですが、さらに客席を減らして、30人くらいしか入れずにやったんですね。

成島 かなりぜいたくな空間でした。

丹治 そのとき、お客様が、すごく喜んでくれていることがわかって。

成島 その直前にスタートしていた「妖怪の国の与太郎」の中高生鑑賞事業公演では、劇場でどのくらい「いらっしゃいませ」とか「検温をお願いします」という声を発していいのかもわからなくて、中高生もシーンとしながら劇場に入ってきた感じがあり、かなり緊張しました。一般公演はだいぶお客様の反応が違って、喜びをあらわにしている方が多かったです。「やっと来れました!」って喜びを伝えてくださって。

丹治 会場が舞台芸術公園だったというのも良かったと思います。ちょうど天気が良くて富士山も綺麗に見えたし、山の中をトコトコと歩いて劇場まで行くというのが、少しお出かけしているような感じがしたのではないかなと。

──良い劇場再開になったんですね。

丹治 そうですね。そういう意味では、規模が小さい公演だったからこそ、お客さんも私たちもお互いに安心して再開できたのかもしれません。「妖怪の国の与太郎」の中高生鑑賞事業を先行事例に、一般のお客様を受け入れる体制作りができたのも良かったと思います。

異質なもの、他者に出会える演劇祭に

「ふじのくに→せかい演劇祭2021」プレス発表会の様子。(撮影:中尾栄治)

「ふじのくに→せかい演劇祭2021」プレス発表会の様子。(撮影:中尾栄治)

──今年の「ふじのくに→せかい演劇祭」についてはいつ頃から動き出し始めたのですか。

成島 いつもは前年の「ふじのくに→せかい演劇祭」が終わってしばらくすると、翌年に向けて動き出し始めますが、今年に向けてのスタートは少し動き出しが遅かったです。昨年中止した公演は基本的に延期を前提にしていたので、新たに考える部分はそれほど多くはなくて、ただどういうコンセプトで2021年の「ふじのくに→せかい演劇祭」を組み立ていくのかということを考えていきました。その段階で、「リアルでやる」ということと「これが本来やりたかった『ふじのくに→せかい演劇祭』だ、というものを見せる」という話が出たので、そこを軸にしていったんです。

──海外演目についてはどのように考えていきましたか?

成島 「2021年も海外作品を招聘するのは難しい」という結論を出したのは、昨年末くらいです。それまではキープという感じで、上演日程の調整など、各アーティストと話し合っていたのですが、いよいよ詳細を告知する段階になったときに、「本当に招聘できるかどうかわからないものを告知するのはどうか」と考え、キャンセルしました。その議論の過程では、日本のカンパニーを新規に入れてプログラミングしようというアイデアもあったのですが、仮設舞台を組む予算を考えると新たなカンパニーを追加する選択肢もなくて……。

──先ほど丹治さんから、「せかい演劇祭」では“世界とつながる”ことを大事にされているとお話がありました。今年はその部分についてどのようにお考えですか?

丹治 そこは実は、どうしようかなと思っている部分で……。

成島 でも、“世界とつながる”って単純に、海外からアーティストや作品が来るということだけではないと思うんですよね。

丹治 そうですね。そもそも「ふじのくに→せかい演劇祭」というネーミングにし、「国際演劇祭」って言葉を使わなかったのは、“せかい”という言葉は海外という意味だけじゃなく、自分の脳内や半径1m以内の“せかい”も指すと考えたんですね。自分とは異なる人たちと交流することで、自分の小さな世界が変わっていく。そういった意味を込めたいと思ったんです。なので、今回は初心に返るといいますか(笑)。

成島 今は国外というだけでなく、県外であっても、自分たちの外側に対して恐怖とか異質なものを感じるところがあると思うんです。でもだからこそ、自分と同質なものだけで固まらないようにしたいと思っていて。昔は、同じ村の中で同じ文化の人たちが楽しむのがお祭りだったと思いますが、私たちがやろうとしているフェスティバルでは、違う価値観の人同士が隣り合わせで同じものを観ることによって、ある種の耐性がつくこと、コミュニティを強くすることを目指しています。そのように、「ふじのくに→せかい演劇祭」は異質なものや他者に出会える演劇祭でありたいと思っています。

──昨年から今年の「せかい演劇祭」へのお話を伺うと、宮城さんを中心としつつ、SPACがよりアクティブで強い集団になったのではないかと感じます。

丹治 本当に、劇団で良かったなと思います。いろいろな人がいて、みんながいろいろな意見を言うことが、こんなにも強いものかと。今まで自分たちがあまり経験したことがない状況に直面して、どう動いたらいいかわからない中、1人で閉じこもらずに済んだのは劇団だったから。お互いにクリエイティブな話ができる環境だったというのは、活動を続けるうえですごく大事だったと思いますね。

成島 走り続けた1年でした。大変な状況はまだ続いていますが、今年もお互いに大変さを分かち合い、尊重し合いながらやっていけたらいいなと思っています。

※「ふじのくに→せかい演劇祭」「くものうえ↑せかい演劇祭」の「→」ならびに「↑」は、各方向への相互矢印が正式表記。

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