日比谷公園大音楽堂は吉澤がアーティストを志すきっかけとなった思い出の地。彼女にとって初の野音ワンマンは本来昨年5月に開催を予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大の余波を受けやむなく中止となり、このたび1年越しのリベンジとなった。梅雨真っ只中の開催とあり天候が懸念されていたが、前日から続いていた雨は上がり、厚い雲に覆われながらもわずかに夕日が差す良好なロケーションでライブはスタートした。
鳥籠の提げられた小さな木のオブジェが中央に置かれたステージに1人で現れた吉澤は、アコースティックギターを手に訥々と「東京絶景」を歌い始める。近くを走る車や上空を飛ぶヘリの音などがうっすらと聞こえる中、ビルに囲まれたまだ明るい野音に「東京はうつくしい」と歌う吉澤の声が響き渡った。すると、吉澤の左手にあるさらに小さな木のオブジェから「ふわー。……あれ、嘉代子ちゃん?」と、過去のライブにもたびたび登場した吉澤の愛犬・ウィンディが顔を出す。吉澤は眠りから覚めたウィンディに「今日はこの日比谷野外音楽堂で歌う、大切な1日なんだよ」と、ずっと夢に見ていたライブが始まったことを説明。ウィンディは「もちろん知ってるよ。僕も楽しみにしてたんだ。ねえねえ嘉代子ちゃん、いよいよ夢が叶うね」と大切な友達である吉澤の晴れ舞台を誰よりも喜んだ。
「吉澤嘉代子の日比谷野外音楽堂、始まります!」という吉澤の合図で、バンドメンバーのゴンドウトモヒコ(Bandmaster, Horns, Sequence)、伊澤一葉(Key / 東京事変、the HIATUS)、
5曲を連続で歌ったところで、吉澤は8人のバンドメンバー、そして大事な相棒ウィンディを紹介し、「それでは次の曲、ドーン!」の合図で演奏を再開。「麻婆」「えらばれし子供たちの密話」「サービスエリア」と続くうち、野音はだんだんと夕闇に包まれていく。「地獄タクシー」では伊澤が怪しいタクシー運転手に扮し、「日比谷の野音前」に行きたい吉澤を「日比谷の地獄前」へと誘う。ユーモラスな演出を交えつつスウィングする演奏に、観客はハンドクラップで応えた。にぎやかな「地獄タクシー」を終えると、吉澤は椅子に腰かけて1冊の本を手に取り、2人のぶらんこ乗りの物語を描いた小説を朗読する。コントラバスの弓を引くノイズやフルート、ギロなどでバンドメンバーが効果音を加え、伊澤が奏でる寂しげなアコーディオンの音色から「ぶらんこ乗り」へ。メランコリックなムードに包まれる中、吉澤は「ルシファー」「刺繍」を続けて披露し、アコースティックギターを手に取るとバラード「残ってる」を優しく歌い上げた。
「はあ、幸せだなあ……」と野音のステージに立つ喜びをしみじみと噛み締める吉澤。元来引っ込み思案で人前に出るのが苦手な彼女は、17歳のときに初めて野音で観たサンボマスターのライブに衝撃を受けて「向こう側(ステージ)に行きたい」と衝動的にアーティストを志し、晴れてメジャーデビューできたものの、さして大きな野望・目標は持っていなかったという。そんな中で唯一夢に描いていた「野音ワンマン」を今まさに実現しているという事実に「すごく不思議な感じですね……」と少し困惑した様子。すると愛犬ウィンディが「ねえねえ嘉代子ちゃん、今日は僕にとっても大事な日だから、お手紙を書いて来たんだ」と、吉澤に宛てた手紙を読み上げる。「大好きな嘉代子ちゃんへ。あなたが初めて野音でライブを観た日、僕にだけこっそり教えてくれたよね。いつかあの舞台の向こう側に行くんだって。それからずっとこの場所に立つことを想像して、歌い続けてきたね。あの頃はこうして舞台の上で会えるなんて想像もしてなかったよ。連れてきてくれて本当にありがとう」。野音に大きな拍手の音が鳴り響く中、「movie」のイントロが流れ出す。吉澤は「movie」「泣き虫ジュゴン」「ストッキング」と3曲を続けて歌うと、ひと呼吸置いて「今日、最後に歌おうとずっと思っていた歌を歌います」と、彼女に野音への道標をくれたサンボマスター・山口隆(Vo, G)から提供された「ものがたりは今日はじまるの」を熱唱。いつの間にかすっかり暗くなっていた野音のステージに明るいライトが灯り、華やかにラストシーンを迎えた。
アンコールを求める拍手を受けて再びステージに上がった吉澤は、改めて野音のステージに立つ感慨を口にする。「自分の夢を叶えるという、自分のためのライブをさせてもらったんですけど、“夢”って言葉自体、最近はあまり聞かなくなった気がします。自分も何か願うこと、叶えたいと思うことが、今の生活にプラスになることというよりは、今までの生活にどうやって戻すか、マイナスからどうやってフラットに戻すかと考えるようになって。今回おこがましくも自分の夢を叶えるなんて大それたことをしてもいいのかと不安になったんですけど……リハーサルをしていくうちに、自分が生まれてから大人になるまでが思い出されてきて。今までの自分に対してもですけど、これからの自分にとっても、今日は大切な日になりました。いつもは物語の中の誰かになりきって歌うことが好きだし、それが自分が楽しく歌う術なんですけど、今日は自分のまんま、ありのままの自分で、ケガしてもいいから出て行こうと思ってやって参りました」と、いつものライブとは違う心持ちで挑んだ野音ライブへの思いを打ち明けると、このライブの模様が映像化され、秋にBlu-rayでリリース予定であることを報告した。
2008年4月6日、Bブロック3列目12番の席で聞いたサンボ山口の言葉「僕は3000人に歌いに来たんじゃない、あなたに歌いに来たんです」にしびれてアーティストを志した吉澤は、それから13年と75日が経過したこの日、「今まで言わなかったけど、やりたいなと思っていることがあって……」とステージを離れ、客席のほうへと向かう。野音のド真ん中、客席中央に立った吉澤は、この日のために購入したという緑色のエレキギターを鳴らしながら、17歳のときに「みどりの月」と題して書いた楽曲を当時のまま、手直しをせずに披露した。
バンドメンバーが集まるステージに戻った吉澤は、自身のTwitter(@yoshizawakayoko)で事前に公開していたバンドメンバーそれぞれの“夢”を紹介しつつ、メンバー1人ひとりに感謝を告げる。そして最後に「もう1曲だけ歌いたい歌があるので聴いてください」と、子供の頃からの親友に向けて書いた「雪」を披露。この日が誕生日だったウィンディを抱き抱えてステージをあとにした。
吉澤嘉代子の日比谷野外音楽堂
2021年6月20日 日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)セットリスト
01. 東京絶景
02. ユートピア
03. 月曜日戦争
04. 怪盗メタモルフォーゼ
05. 鬼
06. 恥ずかしい
07. 麻婆
08. えらばれし子供たちの密話
09. サービスエリア
10. 地獄タクシー
11. ぶらんこ乗り
12. ルシファー
13. 刺繍
14. 残ってる
15. movie
16. 泣き虫ジュゴン
17. ストッキング
18. ものがたりは今日はじまるの
<アンコール>
19. 未発表曲
20. 雪
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うすやま @usuqui
アーティストが直々に野音の抽選に行ったのは吉澤さんが2人目だそうだけど、1人目が誰なのかも調査したらすぐ出てきそうなので調べたい
https://t.co/q4roptpHoM