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小室哲哉、涙の引退会見「悔いなし、なんて言葉は出てこない」

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小室哲哉

小室哲哉

雑誌「週刊文春」で看護師との不倫疑惑を報じられた小室哲哉が、これを受けて本日1月19日に東京・エイベックスビルで記者会見を実施。本日1月19日をもって、音楽活動から引退することを明かした。

「週刊文春」が報道した記事は、小室が通院していたクリニックで親密になったシングルマザーの看護師を自宅などに招いて共に過ごしたという内容。小室は会見場に集まった約150人の記者やカメラマンに向かって「妻であるKEIKO、家族、ファンの皆さまにご心配をおかけし、ご相手の方にもご迷惑をおかけしたことをお詫びします」と挨拶し、「言動が支離滅裂になるとよくないから」と昨晩書いたというメモを見ながら、「僕なりのこの騒動のけじめとして、引退を決意しました」と語り始めた。

彼はまず、2011年にくも膜下出血を発症して療養中のKEIKOの現状について説明。現在は身体的な後遺症はないものの高次脳機能障害によりあらゆる欲を失ったとのことで、「KEIKOは歌手として大きな存在だったと思うんですが、残念ながら音楽への興味は日に日に減ってきています。カラオケに誘ったりCDを聴いたりしても興味を持ちません。最初期に無理やりレコーディングスタジオに連れて行って1曲歌ってもらったけど、それ以降はもう歌うことはなくなりました」「夫婦として、大人としてのコミュニケーションが日に日にできなくなってきています。電話をしても、最初は1時間話していたのが10分、5分、3分とだんだん間が持たなくなって、自分も疲れ始めてしまったところがあります」と話した。

2009年に詐欺罪で執行猶予の判決を受けたのちも、エイベックスのおかげでいろいろな素晴らしい仕事をもらい、「それまで当たり前だと思ってた仕事が当たり前ではなかったと気付き、本当に幸せな日々でした」と語る小室。しかし3年ほど前から仕事をしながらKEIKOをサポートすることが不可能な状況になり、スタッフからの支援がないと追いつかない状況だったという。そんな中、小室は仕事での無理がたたって2017年夏にC型肝炎を罹患。夫婦2人が共に病気療養中という生活になってしまったが、小室は「芸能活動を縮小して、もう少し2人の時間を大切にするべきだったのかなとも思ったけど、ついつい皆さんの期待に応えようとしてしまった」と音楽活動は続行していた。小室はその後、C型肝炎は陰性になったが治療の副作用で骨折し、さらにストレスが原因で突発性難聴に。現在も左耳がほぼ聞こえず、常にキーンという耳鳴りがするという。そして彼は8月に入院し、複数の医者や看護師と邂逅。治療を経て退院したものの、生活が不規則なため通院できない時期があるため、早朝や深夜のイベント終了後、滞在先のホテルなどで急に具合が悪くなったときに時間と場所を選ばずに往診してくれる、今回報道されたクリニックを利用するようになったという。

普通の雑談をすることがない状態が何年も続いていた小室は、この往診で彼を担当した不倫相手と報道されている看護師との会話を通して「メンタルケアと言うときれいな言い方ですが、なんとなく容認してもらってるのかなという気持ちになりました」と説明。相手も、あくまで看護師という立場で自分の話をするようになり、2人はだんだん親密になっていった。これについて小室は「お医者さんと2人になることは多々あるのですが、女性の看護師さんなので誤解を与えてしまうのは当然だと思います。一緒にいる時間が長すぎるのではないかと怪しむのも当然だと思います。でも、女性として来ていただいたことは一度もなく、男女の関係というのはまったく考えていないです」「彼女が精神的な支えになっていたのはかなりありましたが、そこに一般の男性が思う女性への感覚はありません。本当にお恥ずかしい話ですが、この5、6年は男性としての能力がなくなっています」と釈明し、誤解を招いたことに対して「不徳の致すところ、重々承知しております。世間の皆さまに不快な思いをさせてしまい申し訳ございません」と謝罪した。

また彼は最近の音楽活動について「耳鳴りがどうしても治らず、10年前では考えられなかったことなんですが、楽曲制作が滞り、締切を3日から1週間ほど遅れるようになりました。特に歌手の方に提供する曲は悩み、やり直しをすることも増えています。そうしてやっとの思いでできあがって、すぐ次の仕事という日々が続きました」と語り、60歳を目前にして不安や自信のなさが日増しに大きくなっていることを明かした。KEIKOがピアノ演奏を聴いても興味が30秒と持たない状況だということもあり、小室はそういった悩みを頼りにしていた看護師に相談していたという。今回の「週刊文春」の報道について小室は「年末に、こういう事態が起きるだろうという胸騒ぎがしていました。思っていたんですが、彼女への依存が非常に強くなっていました。もうここまでだなと思っていた矢先に『週刊文春』さんが来たので、これは自分への戒めみたいなものなのかなと思いました」とコメント。同誌の取材を受けたときのことを「2010年に僕は裁判所にいました。そのときに裁判官から判決を聞いたときのような気分になりました。罪があれば必ず償い、罰を受けなければいけない」と振り返った。

引退について小室は「自分が作るものは本当に優れているのか、めまぐるしく変わるエンタテインメント業界で自分の役目は何があるのか、自問自答を続けているうちに、引退という言葉がどんどん頭をもたげてきました。グラウンドの真ん中でスポットライトを浴びながら『おつかれさま』と言ってもらう、野球選手の引退セレモニーの夢を見たこともここ数カ月はありました。自分の甘さから、そういう環境ではなく、決して勇退とは言えない状況で引退することになってしまいましたが、自分の行動による罪を償います。『報道された』と言うより『報道していただいた』と言う感じです」と涙を浮かべながら胸中を吐露。「音楽の道を退くことが私の償いですが、つい最近まで作ってきた曲は自分の子供のように愛着があります。エイベックスにとって大事な曲、ほかのアーティストにとって大切な曲もあったかなと思います。そういう楽曲はこれからも退かず生きていてほしいなと思います。曲は僕のものではなく、歌っている方のものなので。自分の行いで楽曲に影響が出てしまうのは僕が望んでいないことです」と願いを口にした。

今後については「現在引き受けさせていただいている仕事があります。そういう方々とはまだお話をしていません。もし望まれるのであれば期待に応えるべく仕事を全うしたいと思いますが、自発的な音楽活動は本日をもって退こうと思います」とコメント。今後の身の振り方は時間をかけて考えていきたいとのことで、音楽以外の活動に関しては「まだ引退を決めてから1週間足らずなので、どこまで許されてどこからできないのか、まだ何も判断できない」と発言を控えた。また、「僕はバンドをずっと続けて東京ドームをいっぱいにしたような人間ではないので、どういう方が僕の曲をいいと思ってくれているのか正直しっかりはわからないんですが、ソーシャルネットワークの時代なので、その方たちの声は目にすることはできますので、読ませていただきたいと思っています。その中から今後の答えが出てくるかなと思います。『なんでもいいから、生き恥晒しても音楽作れ』という世論が何割あるのか、その数字に従いたいかなと漠然と思っています」と、将来復帰する可能性がゼロではないことも示唆している。

そして彼は「僕は芸能人になりたかったわけではなく、音楽家になりたかった。ヒット曲を作りたかったのではなく、好きな音楽を作りたいと思っていた」と自身の音楽人生を振り返り、現状について「90年代、自分でも想像の付かない枚数を売り上げましたけど、今は能力は枯渇していき、自分でも飽きてきている」「ブームだった90年代に影響がありすぎて、『あの時代は素晴らしかったよね』と言っていただけることがほとんど。あの頃が基準になってしまっているので、それを超えることはもちろんできないし、下回ると『レベルが下がった』と思われて期待に応えることができない」複雑な思いを語った。

記者による質疑応答では、引退についてKEIKOにどのように報告したかを聞かれ、LINEで「ごめんね」「わかったよん」という簡単な単語でのやり取りをしたと説明。なおKEIKOは年に数回、スムーズな会話ができるようになるとのことで、そのときに彼女は「私、普通じゃないよね」と話すという。KEIKOとの離婚を考えているのかについて聞かれると「女性というよりも子供のようで、今のKEIKOのほうが愛情は深いです。離婚という大人の言葉が浮かんでこないです」と答え、1人で引退を決めたのかという質問に対しては「たった1人の判断です。誰にも相談していません」と回答。「この35年で音楽活動で一番うれしかったこと、つらかったことは?」という質問には「一番は非常に難しいけど、90年代に書いたヒット曲をみんなが楽しんでくれる姿を見るのが幸せです。一番つらいのは今日です」と返し、「引退後、幸せになっていこうという気力は持っているか」と聞かれると、彼は「今は皆さんの前で話すエネルギーだけで精一杯です。会見が終わったら涙があふれ出て、『なんてことをしてしまったのか』と悔いる可能性は正直十分あります。『悔いなし』なんて言葉は出てこないです。ただ、今日この環境だからそう思っているだけで、例えば自分の誕生日にラストライブをしたり、楽しく勇退できる環境だったら『悔いなし』と言えたんでしょうが。遅かれ早かれこうなったので」と言って切ない表情を浮かべた。

スタッフが会見の終了を告げると、小室はそれを遮って最後にひと言「僕1人の言動で日本の社会が動くとは思っていませんが、高齢化社会、介護、ストレスだったりの問題について、少しずつですがこの10年で触れることができたので、こういったことを発信することで、何かいい方向に、皆さんが幸せになる方向に進んでくれたらいいなと、心から思います。微力ですが、何か響いてくれたらいいなと思います。ありがとうございました」と挨拶した。

※記事初出時、本文に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。

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