BUDDHA BRAND。
「さんピンCAMP」より。

「さんピンCAMP」とその時代 第1回 中編 [バックナンバー]

3000人のヘッズだけが目撃した伝説のステージ、土砂降りの野音で何が起きていたのか?

関係者が語る「さんピンCAMP」の裏側|本根誠×荏開津広×光嶋崇 鼎談

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予想外のことばかり起こって、舞台監督はもちろん、映像クルーも全員キレてた(笑)

──映像ではILLMARIACHIの映像がすべてカットされています。これは出演者の中で唯一ですが、その部分はECDさんと共有できていましたか?

光嶋 そうですね。しっかり言っておきたいんですがILLMARIACHIのパフォーマンスを全カットしているし、カットしようと決めたのは監督である僕です。それはあのときのTOKONA-Xのライブのクオリティが、ほかのアーティストとは釣り合っていなかったから。

本根 石田さんはそれを了承した?

光嶋 相談したら「いいよ」と。その後、刃頭さんに会ってその事情を話したら「俺も今はわかるから」と言ってくれて。でもTOKONA-Xさんは亡くなってしまっているから、それを直接説明することもできなくなってしまったし、TOKONAさんからもそのときの話を直接聞くことができない。それをすごく後悔してる。だからこそ、これからも悩むと思う。

──当時のTOKONA-Xはまだ17歳ですね。しかも東京に活動拠点を置くアーティストがほとんどの中、名古屋から参加するというアウェイでもあった。

光嶋 そんなアーティストが大規模なイベントに出て、映像化されたら自分のシーンだけが全カットされていたという心境を慮ると、本当に申し訳ない。でも、あのときの彼のライブは、みんなの知ってるTOKONA-Xじゃなかった。ZeebraMUROYOU THE ROCK★というメンツのパフォーマンスと比べると、映像的に収録するのは難しかった。その話をZeebraさんにしたら、「あの挫折があるから、その後のTOKONA-Xがあるんでしょ」って言ってくれて。

Zeebra。「さんピンCAMP」より。

Zeebra。「さんピンCAMP」より。 [拡大]

──のちにリリースされるILLMARIACHIの楽曲「NAGOYA QUEENS」など、TOKONA-Xが「親名古屋 / 対東京」のスタンスを明確にしたきっかけでもあるだろうし、それが“TOKONA-Xを中心にした名古屋シーンの確立”へとつながる部分はありますね。

光嶋 もう1つカットしたかったのがHACちゃん(笑)。彼女とは一緒にレコード屋さんで働いてたし、曲も好きだし、仲もいいし、人間として大好きです。でも「さんピン」でのパフォーマンスはあんまりよくなかった。これはHACちゃん自身にも言ってる。それで石田さんに「カットさせてください」って言ったら、「ダメだ」って。当たり前ですよね(笑)。

荏開津 コンピレーションにも入ってるし。

光嶋 でも、今は結果としてHACちゃんを入れてよかったと思うし、Zeebraさんも「男が会場でみんな歌ってたよ、野太い声で」って言ってくれて(笑)。

──その意味でも、光嶋さんはライブのクオリティを重視していたんですね。

光嶋 あとはメッセージとライブならではの流れですよね。Mummy-Dさんの「まだだぞ」のパートもカットしようとすればできるんだけど、カットしてない。あれは入れなきゃいけないんです。

本根 生々しくていいよね。

Mummy-D。「さんピンCAMP」より。

Mummy-D。「さんピンCAMP」より。 [拡大]

MC SHIRO(宇多丸)。「さんピンCAMP」より。

MC SHIRO(宇多丸)。「さんピンCAMP」より。 [拡大]

光嶋 そう。あと、Kダブさんの厚生省のくだりとか。熱い人たちを撮っているけど、僕自身は出演者と共有するような熱は持っていないから、すごく客観的に見てる部分があるんですよね。そのうえで興味深く感じたシーンを入れて作ったのが「さんピンCAMP」の映像です。

──いわゆる「通しリハ」ってやってるんですか?

本根 やりました。関わってたスタッフが誰もあの規模のコンサート制作をわかっていなかったんですよね。だから進行表には曲名と人名が書いてあるだけで、曲の時間や、舞台の入りと捌けのカミシモも書いてない。その状況を見かねて、舞台監督が「じゃあランスルーしましょう。それをまとめて進行表を作ります」と言ってくれたんだけど、みんな「……ランスルーってなんですか?」ってレベルで(笑)。

──すごい(笑)。

本根 いざランスルーをやることになったんですけど、MUROが当日リハスタに来なかったんです。それにRHYMESTERのMummy-Dがキレて「MUROは何やってんだよ!」って怒っちゃって。

──なんで怒ったんでしょうか。

本根 リハを見せるということは、自分の手の内を別のグループに明かすということですよね。だから「俺らは見せたのに、MUROはなんで隠してるんだ」ということだったと思う。

一同 あー。

MURO。「さんピンCAMP」より。

MURO。「さんピンCAMP」より。 [拡大]

──今のようにライブの映像や資料が豊富にあるわけじゃないし。

光嶋 それで当日になったら、MUROのステージにはあの人数が登る(笑)。

──のちのNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDにつながるメンツなど、10人近くがステージに上りましたね。

光嶋 そうやって予想外のことばかり起こって、舞台監督はもちろん、映像クルーも全員キレてた(笑)。進行表も資料も適当だから、「誰がどっちから出てくるの!?」「俺(光嶋)もわかんないです」「わかんないじゃねえだろ!」みたいな。しかも、あの日のHACはゼブラ柄の衣装だったじゃないですか。そうしたらインカムでカメラ担当者から「光嶋くん、あれがZeebra?」って(笑)。

一同 あははははは!

DEV LARGEが「ライブは全部レコードの2枚使いでやるから」と突然言い出した

本根 話をランスルーに戻すと、舞台監督に叱られながらランスルーが終わったら、今度はBUDDHA BRANDの反省会が始まっちゃったんです。「俺たちはトリだから、あとには引けないぞ」とDEV LARGEがピリピリしてて。しかも、ランスルーかリハのあとに「ライブは全部レコードの2枚使いでやるから」って言い出したんだよね。ビデオ化するのが決まってるのに、オリジナルトラックじゃない「人間発電所」が入るライブなんて商品価値がなくなるな……と頭を抱えた。しかも、それがほかのスタッフや上長にバレたら「絶対阻止しろ!」と言われるのがわかりきってるから、見て見ぬふりをしなくちゃいけないし、もうなるようになれ、と(笑)。

──Run D.M.C.やPublic Enemyといったヒップホップ曲のトラック使いはもちろん、マーヴィン・ゲイの「After The Dance (Instrumental)」から、The Whole Darn Family「Seven Minutes of Funk」へとつなぐ展開は、今観てもスリリングですよね。

光嶋 そう! あそこでDEV LARGEが被せる「ワンツー! ワンツー!」がめちゃめちゃカッコいい。

DEV LARGE。「さんピンCAMP」より。

DEV LARGE。「さんピンCAMP」より。 [拡大]

本根 でもマーヴィン・ゲイが流れた瞬間に「あ……もう著作権的にも映像化は完全にダメだ」と思いましたよ。結果知らんぷりしましたけど(笑)。

荏開津 RINOさんが口笛でパフォーマンスを始めるのもランスルーでやってましたっけ?

本根 あれはやってなかったと思う。だから、よくあの位置(ターンテーブルの裏側)にカメラがあったよね。

光嶋 ステージ裏のカメラは無事だったので。

本根 タカちゃんの演出で好きなのは、出演者が会場入りするシーンを撮影しているところ。あれは僕が思うに、ラッパーが化けていく瞬間じゃん? 会場に入るときと、イベントが終わったときで、アーティストとして、社会的なステータスまでも変わっていくという、人生の分岐点の瞬間を捉えてるというか。本当に素晴らしい演出だと思う。

光嶋 ただ、僕は「さんピンCAMP」を納品して、その日から10年近く、ラップを聴かなかったんですよ。もちろんカッコ悪いとか嫌いになったとかはまったく思ってない。YOU THE ROCK★をはじめ、出てる人全員カッコいいと思ってる。だけどもうヒップホップはご馳走様という感じで、別の方向に進むようになった。それくらい作業はしんどかった。

荏開津 同時代のアメリカのヒップホップのメインストリームはディディ(ショーン・“ディディ”・コムズ)が帝王のような存在となって時代を築き、すさまじいお金をかけて映画みたいなミュージックビデオを撮影するようになるわけじゃん。ほんの数年でヒップホップがガラッと変わった。だからその頃タカちゃんが「もうラップを聴くのはいいかな」って離れた気持ちはすごくよくわかる。

光嶋 もちろん、デザインや制作でヒップホップには関わるんだけど、積極的にコミットしようとは思わなくなりましたね。特に最先端と呼ばれるものには。

<後編に続く>

本根誠

1961年大田区生まれ。WAVE、ヴァージンメガストアなどCDショップ勤務を経て、1994年、エイベックスに入社。cutting edgeにてディレクターとしてECD、東京スカパラダイスオーケストラ、BUDDHA BRAND、SHAKKAZOMBIE、キミドリ、Fantastic Plastic Machineなど、さまざまなアーティストを手がける。「さんピンCAMP」では、主催者であるECDを担当ディレクターとしてサポートした。独立~東洋化成を経て現在、再びエイベックス勤務。

本根誠 Sell Our Music _ good friends, hard times Vol.9 - FNMNL

荏開津広

東京生まれ。執筆家 / DJ / 立教大学兼任講師。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリートカルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーションワークも手がける。「さんピンCAMP」では、スーパーバイザーとしてコンセプトや構成に携わった。

荏開津広_Egaitsu Hiroshi(@egaonehandclapp) | X
荏開津広_Egaitsu_Hiroshi(@egaitsu_hiroshi) | Instagram

光嶋崇

岡山県出身。アートディレクター / 大学講師。桑沢デザイン研究所卒業後、スペースシャワーTV、レコードショップCISCO勤務を経て、ドキュメンタリー映画「さんピンCAMP」を監督。のちにデザイン事務所設立。スチャダラパー、MURO、クボタタケシ、かせきさいだぁ、BMSG POSSEなどのデザインを手がける。

designjapon.com
光嶋 崇(@takashikoshima) | X
光嶋 崇(@takashikoshima) | Instagram

※文中のアーティスト表記は、原則的に「さんピンCAMP」開催当時に沿っています。

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kyriakos @kyriakos7586621

@natalie_mu 😉😉😉😉🫠🫠🫠

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