都内のライブハウスで歌うアフロ。

東京ウブストーリー 第1回

長野出身・アフロの上京物語

20年近く経った今でも解けない、心の引っ掛かりがある

2

18

この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。

  • 2 10
  • 6 シェア

来たる新生活に向けて住み慣れた街を離れ、期待と不安を胸に東京での暮らしを始める人も多いこの季節。本連載では地方出身のアーティストに「上京」をテーマにエッセイを依頼し、東京に“ウブ”だった頃の思い出をつづってもらいます。第1回は長野県小県郡青木村出身のアフロさんが登場。これから上京する人はもちろん、かつて上京を経験した人もそうじゃない人も、アフロさんが紡ぐ上京物語をお楽しみください。

渋谷でポケットティッシュを受け取ったあの日からずっと……

18歳の春は一度も満開の桜を見ることができなかった。3月末、まだまだ冷たい風が吹く故郷、長野県上田市。上田城跡公園の桜はまだ7分咲きといったところ。その蕾混じりの桜を背に、新幹線と電車を乗り継いで辿り着いたこの街では、ひと足先に春が訪れていて、花びらはもう地べたに寝そべっていた。
その上を大きなリュックサックと周囲より一枚多く着込んだ俺が歩く。その姿はなんだか
「田舎から出て来たところです!」
と宣伝しているようだった。頬を赤らめたのは、あたたかさなのか、それとも気恥ずかしさのためか。多分両方だったと思う。

早く田舎を出たいと思って学生時代を過ごしていた。遊び場に出かけるにしても親に車で送ってもらわなければならない情けなさ。雑誌のストリートスナップを見て通販で取り寄せた洋服は、その写真の背景が都会だからこそ映えていたんだ、と思い知った田んぼ道。黄昏て歩くにも、牛舎の匂いが邪魔をする。とにかく東京に、都会に憧れていた。

そんな俺が歩く初めての渋谷のスクランブル交差点。人々が交差する道路の真ん中で、ようやく本当の人生が始まる、そんな気がしていた。
「よろしくお願いしまーす」
手元に差し出されるままに手にした、この街での最初の戦利品。コンタクトレンズのチラシが入った、何の変哲もないポケットティッシュだった。でもこれを渡されるということは、東京の人、と認識されたということ。
「この街にいてもいいよ」
と言われた気がした、なんて言えば大袈裟だけど嬉しくて大事にポケットにしまったのを覚えている。

初めて借りたアパートはとても狭く、それでいて一軒家の実家よりも自由がギュウギュウに詰まっていた。ここでなら貧しくても、地獄をみても、不幸になってもいいと思えた。
それくらいに気分絶頂だった。だが、真っピンクに染まった心にたった一滴だけ落とされた黒インク。それはアパートの住所が千葉だということ。「東京まで20分と少しだし、ほぼ東京じゃん!」
と言い聞かせていたがずっと引っ掛かっていた。そしてその引っ掛かりは未だに解けないままだ。
例えばライブのMCで
「今年37歳を迎えました! 18で上京したので人生の半分を東京で過ごしたことになります」
と語り出したい、なのに
「19歳、20歳は千葉なんだよなぁ」
という躊躇が生まれてしまう。
実際に千葉なんだから半分じゃ無いじゃん、と思う方もいるだろう。わかってる、でもわかった上で言いたい。卒業式を終え、長野を発つ3月末の俺の気持ちは明らかに「上京」だったのだ。アパートの最寄駅が幕張本郷駅だとしても、東京だ!と思って(思い込んで)暮らしていたし、休日は必ず渋谷に遊びに行っていたし、故郷を後にする時も友人達に『東京に行く人間』という括りで送り出してもらった。そもそも
「19、20は千葉で、21から東京で~」
なんて注釈はテンポを悪くするし、言っても言わなくても話の本筋は変わらない。なのに言わなきゃダメ? ダメなのかなぁ。

振り返れば俺の人生はこんなことばかりな気がする。なんだか歯切れが悪いというか、振り切れないのだ。髪型はボウズ、なのに名前はアフロ。漁師顔なのに美容師免許を持っていたり、ラッパーを名乗りながらもライブにDJはおらず、アコギの相方と二人組のバンドで活動してきた。ストイックで硬派な歌詞を書いたかと思えば、浮ついた雰囲気のCMのナレーションもやる。なんだか自分を説明する時に、やたらとややこしいのだ。

そんな人間でも唯一、わかりやすく、ブレずに、胸を張って言えることがある。
それは今も東京に憧れている、ということ。
住みながらにして、まだ掴みきれないこの街は無数の触り切れない体温で溢れている。
知らないどころか想像さえできない職種、一生をかけても把握できないであろう飯屋、スナック、飲み屋、その一つ一つに今日もドラマがある。
それが東京だ。
未来を見据える視力が限りなく0に等しい、その後に沢山泣くことになる俺にぴったりの戦利品。コンタクトレンズのチラシが入ったティッシュ。
あれを受け取ったあの日から、俺はずっと東京に夢中。
この街にいてもいいよ、って誰かに言われたいと今でも思っている。

東京スカイツリー(撮影:アフロ)

東京スカイツリー(撮影:アフロ)

ナイトプールで泳ぐアフロ。

ナイトプールで泳ぐアフロ。

アフロ

1988年生まれ、長野県小県郡青木村出身のラッパー。2008年に高校の同級生だったギタリストのUKとMOROHAを結成し、2024年12月に活動を休止した。俳優としては映画「さよなら ほやマン」に主演し、「第78回毎日映画コンクール」でスポニチグランプリ新人賞を受賞。2025年12月に自主企画ライブ「再就職」を開催する。著書に「俺のがヤバイ」。
アフロ (@MOROHA_AFRO) / X
MOROHA

この記事の画像(全3件)

読者の反応

  • 2

奇迷館 @b_kimeikan

文章上手い。

幕張にいたことに後ろめたさを感じるというのは東日本人だからで、西日本の人の感覚では千葉も東京。 https://t.co/z76vYDFtjP

コメントを読む(2件)

MOROHAのほかの記事

あなたにおすすめの記事

このページは株式会社ナターシャの音楽ナタリー編集部が作成・配信しています。 MOROHA の最新情報はリンク先をご覧ください。

音楽ナタリーでは国内アーティストを中心とした最新音楽ニュースを毎日配信!メジャーからインディーズまでリリース情報、ライブレポート、番組情報、コラムなど幅広い情報をお届けします。