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無音ミュージックガイド (後編) [バックナンバー]

CDやストリーミングの時代になり、それまでと違う役割を持った“音のない曲”

ジョン・ケージ「4'33"」初演から70年、今改めて振り返る“無音の音楽”

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ジョン・ケージが作曲した無音の曲「4'33"」が初演されて70年を迎えたことを記念し、世界各地の音のない曲を紹介していく「無音ミュージックガイド」。前編では無音であることにメッセージ性を感じさせる曲を網羅したが、後編ではCD時代、そしてネット配信の時代になって新たに生まれた無音トラックの使われた方など、さまざまな無音の曲について書いていこうと思う。

/ 橋本尚平

悪ふざけか真面目か

無音の曲はある種のいたずらのようなものとしてもしばしば制作されてきた。ここからはそんな、悪ふざけとしか思えないような無音の曲の例を挙げていこうと思う。

Bloodhound Gang「The Ten Coolest Things About New Jersey」

アメリカのミクスチャーバンド、Bloodhound Gangが1999年にリリースした「Hooray for Boobies」は、曲間に寸劇などさまざまなショートトラックをはさんだ構成のアルバム。軽快なロックチューンの合間に「ボーカルのジミー・ポップとその母親の電話での会話」「ポルノ女優のモノローグ」「激しく咳き込む音」など、ふざけたような音源が楽曲として扱われ収められている。このアルバムに収録された「The Ten Coolest Things About New Jersey」は10秒間の無音トラック。「ニュージャージーで最もクールな10のこと」というタイトルで何も音がしないこの曲は、逆説的に「ニュージャージーにクールなことなど何もないぞ」と伝える冗談めかした当てこすりだろうか。

Ciccone Youth(Sonic Youth)「(silence)」

Sonic Youthは、代表作と評されるインディーズ最後のアルバム「Daydream Nation」の発売直後、メジャーデビューアルバム「Goo」の発売前という、バンドが注目され始め勢いに乗っている1989年に、Ciccone Youthという変名を名乗ってアルバム「The Whitey Album」をリリースしている。このアルバムには、当時のヒップホップのビートを自分たちなりの解釈で取り入れた曲を中心に、ローファイな演奏によるマドンナのカバー、ただのカラオケをバックに歌ったロバート・パーマーの歌、Neu!の曲を流しながら世間話をしているだけの音源など、Sonic Youth本体とは違った意味での実験的な曲の数々が収録されている。そんな好き放題にやっているこのアルバムは、1曲目が終わると約1分間の無音トラック「(silence)」に突入。何も知らずにアルバムを聴き始めた人はきっと「あれ? まだ聴き始めたばっかりなのに、このアルバムもう終わったの?」と勘違いしてしまうことだろう。メンバーはこの曲について、アルバム発売時に「NME」誌に掲載されたインタビューで「ジョン・ケージの『4'33"』をスピードアップしてカバーしたもの」と説明している(※1)

Snivlem(Melvins)「Pure Digital Silence」

Melvinsも「あのNirvanaに多大な影響を与えた」という意味ではSonic Youthと共通するアメリカのオルタナバンドだが、彼らも代表作であるメジャーデビューアルバム「Houdini」を発表した直後に、バンド名を逆につづったSnivlemという別名義で実験的なアルバム「Prick」をリリースしている。実験的というと聞こえはいいが、このアルバムは「間違って買ってはいけない地雷盤」とファンの間で注意喚起されるほどひどい内容で、悪ノリしつつも音楽的にも楽しめるCiccone Youthの「The Whitey Album」とは違って、メンバー自身も本作を「完全にナンセンスで冗談のような作品」「社会的な価値は全くないし、今までで一番くだらないレコード」と認めている(※2)。このアルバムの9曲目「Pure Digital Silence」は、冒頭で「And now for your listening pleasure, A few moment's of pure digital silence」というダミ声でのつぶやきが流れたのち、曲が終わるまで約1分半無音が続く。

Prick

Snivlem(Melvins)「Prick」
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なお、この曲はオーストラリアのグラインドコアバンド・Blood Dusterが1998年発表のアルバム「Str8 Outta Northcote」でカバーしており、こちらは冒頭のつぶやきもなく完全な無音トラックとなっている。

Whitehouse「Birthdeath Experience」

暴力的なノイズをバックにアジテーションを繰り広げる“パワーエレクトロニクス”というジャンルの元祖、Whitehouseが1980年に発表した1stアルバム「Birthdeath Experience」は、不気味で耳障りな電子音と、耳を傷めそうな絶叫がたっぷり収録された、ノイズミュージック史における重要な1枚。しかしこの悪意に満ちたアルバムの最後には、過激な音を求めるリスナーの期待を裏切るように、ノイズミュージックの真逆と言える無音が表題曲「Birthdeath Experience」として収められている。

なお、Whitehouseと同じくイギリスで1980年代初頭に結成されたノイズバンド・The New Blockadersも、何も収録されていない無音のカセットテープ「Simphonie in O Minor」を1991年にリリースしている。

Type O Negative「The Misinterpretation of Silence and its Disastrous Consequences」

アメリカのゴシックメタルの代表格であるType O Negativeが1991年にリリースした1stアルバム「Slow, Deep And Hard」には、まったくダンス向きではないゆっくりとしたリズムなのに「Glass Walls of Limbo(Dance Mix)」と名付けられた曲が終わったあとで、最後の曲が始まる前に1分ちょっとの無音トラックが収録されている。その曲のタイトルは「The Misinterpretation of Silence and its Disastrous Consequences」で、日本語に訳すと「沈黙の誤解とその悲惨な結末」。要するに「音がしなくなったからって、これでアルバムが終わったと思ったら大間違いだぞ」と言いたいのだろう。気を抜いているとリスナーは、その後に収録された「Gravitational Constant: G = 6.67 x 10⁻⁸ cm⁻³ gm⁻¹ sec⁻²」という強烈な1曲を不意にお見舞いされることになる。

BELLRING少女ハート「男の子、女の子(off vocal)」

BELLRING少女ハートが2014年にリリースしたシングル「EPEP EP」には、カップリングとして「男の子、女の子」という曲が収録されている。この曲でアレンジに初挑戦したディレクターの田中紘治は「楽器が弾けないから」という理由で、楽器の代わりにすべてのパートをメンバーの声だけで制作(※3)。シングルには「男の子、女の子」のインストバージョンのほか“オフボーカル”バージョンも収められているが、声だけで作られた曲から声を抜けば、当然それは無音になる。

マルセル・マルソー(偽)「The Best Of Marcel Marceao」

1970年にリリースされた「The Best Of Marcel Marceao」は、「パントマイムの神様」「沈黙の詩人」と呼ばれたマルセル・マルソーのステージを記録した実況録音盤。A面B面ともに、20分近い無音のあとで観客による盛大な拍手喝采が沸き起こる……という体だが、これは本当に公演の様子を収録したわけではない、本人非公式の冗談レコードだ。

余談だが、このアルバムを作ったマイケル・ヴァイナーはMGMレコードのプロデューサーで、のちにヒップホップのサンプリングネタとして大定番になるIncredible Bongo Bandの歴史的名作「Bongo Rock」を制作したことでも知られている(※4)

「Companion To T.V.」

1957年に発売された「Companion To T.V.」は、「テレビを観ながらでも再生できるレコード」という、ある種の便利グッズとして発売された商品。要は最初から最後まですべて無音なのだが、A面は「ドラマ、ミステリー、アドベンチャー、午後の連続ドラマ」、B面は「パネルショー、インタビュー、ニュース、天気予報、スポーツ」に適していると書かれている(※5)

なお、このレコードはラジオ司会者のアル・クラウダーが商品開発する、「BunaB」という役に立たないガジェットのシリーズ第5弾として発売された(※6)

坂本龍一「Silence」

ネット上で大量の情報を次々に摂取できるようになった現在、Apple MusicやSpotifyなどのストリーミングサービスの利用者のうち、約3分の1の人が曲を再生してから30秒以内に次の曲にスキップしているという。2021年にバルセロナのレーベルから発売された「PRSNT」は、そんなリスナーの現状に注目して作られたコンセプトアルバム。すべての収録曲が32秒で構成されている(※7)。この作品にはローリー・シュピーゲル、パスカル・コムラード、ライラ・プラムク、Visible Cloaksら新旧の電子音楽家たちとともに坂本龍一も参加しているが、坂本の曲は32秒間すべて無音。もしかするとこの曲で彼は「じゃあ逆に、30秒くらいであれば無音であってもスキップされないのでは?」という仮説を検証しているのかもしれない。

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アルバムをコンセプチュアルにする無音

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