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無音ミュージックガイド (前編) [バックナンバー]

ジョン・レノンやOrbitalが“何も音がしない曲”に込めたメッセージとは

ジョン・ケージ「4'33"」初演から70年、今改めて振り返る“無音の音楽”

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「4'33"」という曲をご存知だろうか? 現代音楽の巨匠ジョン・ケージが作曲したこの曲は、演奏中に一度も音がしない無音の曲だ。そしてそんな音楽の常識を覆した曲が初演された1952年8月29日から、今年で70年を迎えた(補足すると、9月5日にジョン・ケージの生誕110年、8月12日に没後30年も迎えている)。

このアニバーサリーイヤーに際して、本稿では「4'33"」と同じように音のない新旧洋邦の曲を、「無音ミュージックガイド」と銘打って前後編に分けてたっぷりと紹介していく。聴きたいときにいつでも好きなだけ音にアプローチできるサブスク時代だからこそ、あえて何も音がしない静寂の世界に浸ってみるのも乙なもの。何も聞こえない、何も聞かせてくれない、そんな“無”の音楽をこの記事を読みながらたっぷりとご賞味あれ。

/ 橋本尚平

「4'33"」よりも前から存在していた無音の曲

そもそもジョン・ケージの「4'33"」とはどんな曲なのか? すでにたくさんの先行する研究資料があり、それだけで本1冊分になりそうなほど語ることの多いテーマであるため詳しい説明は避けるが、簡単に言えばこの曲は全3楽章からなり、楽譜には各楽章に「TACET(長い休み)」とだけ書かれている。つまり演奏者は4分33秒という決められた演奏時間の中で一切音を出さずに休まなければいけない。その間に観客は、周囲の物音や自分が発する音などの環境音を音楽として聴き、完全な静寂が存在しないことに気付かされるのだ。この「4'33"」は音楽に限らず思想や芸術などさまざまな分野に影響を与え、現代音楽を代表する曲の1つとなっている。

ただ、「4'33"」が音楽史に残る非常に画期的な曲だったことは間違いないが、“無音の曲”というものは実はそれ以前にも存在していた。

エルヴィン・シュルホフ「5つのピトレスク Op.31: No.3. In futurum」

伝統的なアートを拒絶するダダイズム運動の旗手であり、クラシックにジャズを取り入れた最初の世代として知られているチェコの作曲家、エルヴィン・シュルホフが第一次世界大戦後の1919年に発表した「5つのピトレスク」の第3曲「In futurum」は、譜面すべてがさまざまな休符とアゴーギク(テンポの緩急の変化)の指示記号だけで構成されている。楽譜をパッと見るとたくさんの書き込みがあるためにぎやかな曲に見えるが、この指示に従えば演奏者は曲が終わるまで常に休み続けることになる。ちなみに彼の音楽はその後、ナチス・ドイツに退廃音楽の烙印を押され、彼自身も迫害を受けて強制収容所にてその生涯を閉じている。

アルフォンス・アレー「Marche funebre composee pour les funerailles d'un grand homme sourd」

さらに古い例として、フランスのコント作家アルフォンス・アレーは1884年に「Marche funebre composee pour les funerailles d'un grand homme sourd(偉大な聴覚障害者の葬儀のための葬送行進曲)」という、1つも音符のない24小節のスコアを書いている。曲名から不謹慎なブラックジョークのように思えるが、そうではなく「人は大きな悲しみの中で沈黙するので、葬儀の参列者に迷惑をかけないため、演奏者は騒音を出す代わりに小節を数えることに専念すればいい」という意図があるのだという(※1)

「Marche funebre composee pour les funerailles d'un grand homme sourd」の楽譜の1枚目。パブリックドメイン。Wikimedia Commons(※2)による。

「Marche funebre composee pour les funerailles d'un grand homme sourd」の楽譜の1枚目。パブリックドメイン。Wikimedia Commons(※2)による。

イヴ・クライン「Symphonie Monoton-silence」

全編無音だけの曲というわけではないが、青色の可能性を追求したモノクローム絵画などで知られる芸術家のイヴ・クラインは、1940年代後半に「Symphonie Monoton-silence」という交響曲を創作している。40分あるこの曲は、前半20分はドローンのように持続させた単音を全員でユニゾンで演奏し、後半20分は演奏をやめて無音になるというものだった(※3)

世界各国のアーティストによる「4'33"」のカバーいろいろ

ここからは、さまざまなアーティストが「4'33"」を演奏した音源を紹介していく。

Dead Territory「4'33" Death Metal Cover」

「4'33"」は現代音楽やクラシックというジャンルの枠を超えてたくさんの人々に演奏されているが、近年もっとも話題になったのはこの動画だろう。オーストリアのメタルバンド・Dead Territoryが2015年にYouTubeで公開した「4'33" Death Metal Cover」だ。スタジオに入ってきた強面のメンバーたちが楽器のセッティングを終え、ドラムロールが威勢よく鳴った直後、全員が無言で静止するというこの映像は、あまりのバカバカしさから当時ニュースサイトなどで紹介されSNSで拡散された。

フランク・ザッパ「4'33"」

ロックのアーティストがカバーした例はほかにもあり、ケージが亡くなった翌年の1993年に発売されたトリビュートアルバム「A Chance Operation: The John Cage Tribute」にはあのフランク・ザッパの「4'33"」が収録されている。

A Chance Operation: The John Cage Tribute

「A Chance Operation: The John Cage Tribute」
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ちなみにこの頃ザッパは前立腺がんで闘病中だったため、「ケージのトリビュートアルバムに参加して何かカバーしてほしい」というオファーに対して「時間がないから」と一旦は断ったが、あきらめきれない企画者から「お時間を取らせない方法があります。4分33秒以上は」と「4'33"」のカバーを提案され、この話を面白がり快諾したという(※4)。なおトリビュートアルバムが発売された約1カ月後の1993年12月、ザッパはこの世を去った。

V.A.「STUMM433」

2019年10月には、ダニエル・ミラーが創設したレーベル・Mute Recordsの40周年企画作品として、新旧アーティストが「4'33"」を演奏した5枚組ボックス「STUMM433」が発売された。この作品にはNew Order、Depeche Mode、Einstürzende Neubauten、マーク・スチュワート、Wire、Phewなど58組にもおよぶアーティストが参加。それぞれ「4'33"」を独自に解釈し、無音だけにとどまらないさまざまな解釈と発想でカバーに挑んでいる。

ヤン富田「4'33"」

国内ではヤン富田による「4'33"」のカバーが有名だ。1992年発売のアルバム「MUSIC FOR ASTRO AGE」に収録されたこのカバーは、冒頭でTR-808のカウベルが1度鳴るだけで残りの時間はすべて無音。本人はこのカバーについて、アナログレコードの時代からCDの時代になり、針音のない無音状態を作れるようになったことで実現したと解説している。同アルバムには「4'33"」のダブバージョン「4'33" Dub」も収録されているが、こちらは全編にわたって電子音が鳴っており無音ではない。

MUSIC FOR ASTRO AGE

ヤン富田「MUSIC FOR ASTRO AGE」
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なおヤン富田は1996年に、「4'33"」初演時のピアニストだったデヴィッド・チュードアに4分33秒間ピアノの前に座ってもらい、そのときの脳波や心拍のデータを記録するという「4'33"」の“バイオフィードバックバージョン”を制作する予定だったが、これはチュードアの健康状態から叶わなかったという(※5)

ムジカ・ピッコリーノ「4分33秒」

ほかにも国内の例として、NHK Eテレの音楽教養番組「ムジカ・ピッコリーノ」内で浜野謙太在日ファンク)ら出演者たちによって演奏された音源がアルバム「ムジカ・ピッコリーノ ピッコリーノ号の冒険 I」に収録されている。「ムジカ・ピッコリーノ」は音楽が失われた大地・ムジカムンドを舞台にした、音楽や楽器の記憶を閉じ込めたオルゴール“モンストロ”を治療する“ムジカドクター”たちの物語。「4'33"」が演奏されたのは2013年9月放送の1stシーズン21話「鳴かない!?」の回で(※6)、主人公たちは静かな音楽を求めるモンストロを砂漠に連れていき、そこで「静寂の中にも実はさまざまな音が鳴っている」ということに気付く。ちなみにアルバムに収録されている音源は、時間を計るストップウォッチの音が鳴っているため無音ではなく、4分33秒どころか30秒程度でフェイドアウトしている。

A Halo Called Fred「15'00"(4'33" Extended Dance Mix)」

アメリカ・ニュージャージーのバンド、A Halo Called Fredが1998年にリリースしたアルバム「Necessity Is The Motherfucker Of Invention」には、「4'33"」をDJにとって使いやすくしたロングバージョン、という体の15分間の無音「15'00"(4'33" Extended Dance Mix)」が収録されている。この曲は冒頭でキックが一発鳴るのみで、以降はずっと無音のまま。原曲の3倍以上の静寂を楽しめるので、「4'33"」を繰り返し聴きたい人にはお得なカバーと言えるかもしれない。

Cage Against The Machine「4'33"」

2010年にはCage Against The Machineというプロジェクトにより、「4'33"」のカバーおよびその複数のリミックスがリリースされた。

このプロジェクトが行われた背景として、クリスマスシーズンに音楽チャートの首位争いが盛んになるイギリスで、当時オーディション番組「The X Factor」のその年の優勝者が4年連続で1位を獲っていたことがあった。これを面白くないと感じていた人は多かったようで、Facebookではオーディション優勝者の5年連続1位を阻止しようという有志たちにより、Rage Against The Machineが1992年に発表した曲「Killing in the Name」を1位にしようという運動が勃発。圧倒的な差を付けて「Killing in the Name」を首位にすることに成功したのだった。

Cage Against The Machineはその翌年に「今度は無音の曲でヒットチャート1位を狙おう」と行われた企画。ビリー・ブラッグ、U.N.K.L.E.、Orbital、Coldcut、The Big Pink、The Kooks、Enter Shikari、BO NINGENらがロンドンのスタジオに集まって、大人数で押し黙ったまま「4'33"」をレコーディングした(※7)。配信されているオリジナルバージョンを聴くと、再生して4分34秒経ったところでレコーディングの終了を喜ぶ参加者たちの拍手喝采を聴くことができる。

The Planets「A One Minute Silence(After Cage)」

こちらはカバーではないが、10代から20代前半の男女8人で構成されたクラシックバンド、The Planetsが2002年に発表したデビューアルバム「Classical Graffiti」には、「A One Minute Silence(After Cage)」というタイトルの約1分の無音の曲が収録されている。しかしこのアルバムのプロデュースを手がけた作曲家のマイク・バットは、この曲の作曲者クレジットを「Batt / Cage」と記したため、ジョン・ケージの楽譜を出版する出版社から著作権侵害として訴えられてしまった。バットはこの曲を実際に演奏し、自分の作った曲とケージの「4'33"」が別物だと証明しようとしたが、結局その後、出版社に多額の和解金を支払ったという(※8)

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無音に込められたメッセージ

読者の反応

増田聡 @smasuda

ジョン・レノンやOrbitalが“何も音がしない曲”に込めたメッセージとは | 無音ミュージックガイド (前編) https://t.co/JYAc2PN9FG 後編もある。勉強になっておもしろい

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