令和のアーティストとファンベース 第3回 [バックナンバー]
Takram佐々木康裕がD2C観点から提言、ファンの心を捉えて離さない“ナラティブ”とは
ファンを理解したうえでずらしていくことが大事
2021年7月27日 17:00 1
自分たちのコンテンツをだしに使う
──曲と出会ったところがスタートという視点はすごく面白いというか、まさにそうだなと思いました。これからのアーティスト活動でとても重要な考え方だと思います。
活動を続けるにあたって、結局どうやってマネタイズするかですよね。例えば1回ストリーミング再生されても1円も入らない。それを1億回聴いてもらうのか、もしくは1万人に1000円払ってもらうのかみたいなことだと思うんですけど、雑誌「WIRED」の創刊編集長のケヴィン・ケリーが書いた「千人の忠実なファン」というエッセイがあって、1000人に年間1万円払ってもらうことができれば1000万になるから十分食べていけると言っているんですね。何百万人に愛される曲をがんばって作るやり方もあると思いますが、自分のことを好きな人のためにニッチに刺さる曲を作ったり、その人たちのために活動したりするほうが今の時代に即していると思いますね。
──そのとき、アーティストは自分の世界観で曲を作っていくのか、ファンに寄せて作っていくのか、どちらがいいのでしょう?
ハイブリットがいいんじゃないでしょうか。先ほども話しましたが、ファン目線で作るとノーサプライズで置きにきた感じがどうしても出ちゃうので。例えば「朝5時半に聴いてほしい音楽」というコンセプトで作って、実際に朝5時半にリリースするとか。そういう文脈があると、ファンもがんばって早起きして聴いてみようかなと思いますよね。ファンのことは理解したうえでずらしていくバランスが大事かなと思います。
──ファンに向けたプロダクトで言うと
世界観の構築が上手だと思うのは、日本で言うと「北欧、暮らしの道具店」というECサイト、海外で言うとA24という映画製作スタジオですね。
──A24は映画「アンカット・ダイヤモンド」のポップアップショップをアメリカ・ニューヨークに作ってましたし、「ミッドサマー」のプロモーションも秀逸でしたね。
そうですね。ファンが参加できる感じに上手にナビゲートされてるなと思ったのは、「ミッドサマー」の劇中に出てくるルーン文字とかいろんな設定に対して、Webサイトに公式の解説があるんですね。だから観終わってもなお面白い。公式プレイリストもあるので映画を観終わった帰り道で曲を聴いて余韻に浸ることができたり。
──「ミッドサマー」を観たことが原因で別れたカップルに期間限定で無料セラピーを提供するキャンペーンもやっていましたよね。
そうそう。自分たちのコンテンツをだしに使って、その周辺でいろいろやっちゃうのがいいですよね。
──だしに使うってわかりやすいですね。旧来の映画業界からするとなんでそこまでやるのかという意見もある中での試みだと思うんですけど、その作品の世界観をコアに拡張させていくということですね。
今言った映画の謎解きとかカップルのセラピーって文脈がちゃんとつながってますからね。そこでまったく文脈がないものをやっても人は付いて来ないと思うので。
インターネットのルールを理解した者が成功する
──D2Cに精通している佐々木さんから見て、日本の今のアーティストが取り入れられそうなものがあれば教えていただきたいです。
難しいかもしれませんが、アーティストが持っている権利をどんどん手放していくのも1つのやり方としては面白いんじゃないでしょうか。音源を無料公開してどんどんマッシュアップしてもらう。それで作ってくれた人がいたら、自分のプレイリストに入れてあげるとか、動画を作ってくれる人がいたら紹介してあげるとか。音楽業界は著作権を守る方向で考えようとしますが、逆に手放していくと、それこそナラティブがたくさん生まれると思います。
──まさに一部のアーティストは今佐々木さんがおっしゃったようなことをしていますね。
そうそう! まさにそんな感じですね。
──そしたらアーティスト1人じゃできないものがどんどん生まれて、ファンと一緒に広がっていくというか。
本も全文公開したほうがいいという話があって、僕も一時期自著を無料公開して売り上げがブーストされたことがあります。ほかのコンテンツでも実証されているので、それはぜひ取り入れるといいのではないでしょうか。僕はLobsterrというメディアの運営もやっていますけど、「Lobsterrにインスパイアされてメディアを始めました」という声をいただいた際には、「どんどんやってください」とメッセージを送るようにしていて。インターネットの時代ではどうやって人のアテンションを取るかがすごく大事になりますけど、ある意味自分の変わりにそれをやってくれているとも言えますよね。コンテンツは流通したがるのでその流れをせき止めず開放していくと、今のD2C的なスタイルに近付いていくんじゃないでしょうか。
──面白いです。
(PCで検索して)今拝見しましたけど、こちらも素晴らしいですね。
──Eveも「Eve Official Art」というアカウントで同様のことをやっていて、佐々木さんのお話に出てきたことを実際にやっているアーティストがしっかり結果を残しているのが面白いなと思います。最後に、佐々木さんから日本の音楽業界やアーティストにメッセージというか、D2C観点から大切にすべきことを教えていただけたらと思います。
D2Cで起きたことはメタ的に全業界で起きることだと思っています。音楽の作り手も今まで業界構造の縛りによって自由にできなかったことがいっぱいあると思うんですよね。例えば権利の話とか作品の流通の話とか。でもインターネットはそういう縛りから解放させてくれて、ゲームをするためのルールが書き変わった状況だと思います。これまでの音楽業界のルールじゃなくて、インターネットを中心としたルールに変わってきていると思うので、そのルールを理解した人がアーティストとしての成功確率も高まるんじゃないでしょうか。それに加えて言うと、新しい世代の価値観の理解ですね。ミレニアル世代とかZ世代と言われますけども、彼らが何を大事にしていて、何に惹かれるのか。そういうところの理解も大事だと思いますね。
佐々木康裕
Takramディレクター / ビジネスデザイナー。D2Cを含むリテール、家電、自動車、食品など幅広い業界でコンサルティングプロジェクトを手がけるほか、大手家電メーカーのデザインアドバイザリーやベンチャーキャピタルMiraiseの投資家メンターも務める。ビジネス×カルチャーのメディアLobsterrを運営。著書に「D2C 『世界観』と『テクノロジー』で勝つブランド戦略」がある。
https://twitter.com/yasuhirosasaki
https://ja.takram.com/
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音楽ナタリー @natalie_mu
【連載:令和のアーティストとファンベース】
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