令和のアーティストとファンベース 第3回 [バックナンバー]
Takram佐々木康裕がD2C観点から提言、ファンの心を捉えて離さない“ナラティブ”とは
ファンを理解したうえでずらしていくことが大事
2021年7月27日 17:00 1
SNSが日常生活に根付いた今の時代において、アーティストがファンとの関係をどのように築き深めていくべきかを探る本連載。第3回では“デザイン・イノベーション・ファーム”Takramディレクターであり、ビジネス書「D2C 『世界観』と『テクノロジー』で勝つブランド戦略」の著書である佐々木康裕氏へのインタビューを実施した。一般的に小売業界・流通業界において使われるD2C(direct-to-consumer)が、アーティストが音楽活動するうえでどのように活用できるのか。ストーリーとナラティブの違い、アーティストの世界観とファン目線のバランス、ビジネスモデルのあり方など、多岐にわたるテーマで話を聞いた。
取材
作り手と受け手の間にあった2つの壁がなくなった
──D2Cの方法論はアーティストの音楽活動にも通ずる部分があるのではと思い、お話を聞かせていただきます。まず、読者の方に向けてD2Cはどういう業態やマインドセットを指すものなのか教えてください。
D2Cは基本的に小売り、流通業界の話ですが、モノの作り手もコンテンツの作り手も根本は同じだと思うので共通する部分はあると思います。小売りの話で言うと、モノの作り手と受け手の間にはこれまで2つの大きな壁がありました。1つは流通の壁です。例えばソニーが新しいオーディオ機器を販売する際、基本的に消費者は家電量販店で買うことになりますよね。もう1つはコミュニケーションの壁です。ソニーにしろほかの企業にしろ、これまで広告代理店を経由してお客さんとコミュニケーションを図っていて、お客さんに直接声を届けられなかった。近代的な流通の仕組みができて以来、この2つの壁があることによってモノの作り手と受け手の関係が分断されていました。しかしインターネットの力によってこの2つの壁がなくなったというのがD2Cですね。Eコマースを通じて製品を消費者に直接販売することができ、SNSなどを通じて自分たちのメッセージも発信することができるようになりました。
──自分たちのメッセージを発信するという点で、プロダクトにどういうメッセージを込めるかも大切になってくるのでしょうか?
それはもちろんそうです。そこにはまた違う文脈があって、例えば白いTシャツをユニクロで買っても無印良品で買っても正直あまり変わらなくて、みんな情報を買っているんですね。物があふれている中でプロダクトの訴求ポイントが変わってきているわけです。「安いです」とか「長持ちします」だけでは消費者には響かなくて、ストーリーを届けることがすごく重要になっています。
ストーリーとナラティブの違い
──アーティストはストーリーを作ることは得意な一方、D2C文脈の話によく出てくる“ナラティブ”に関しては苦手な印象があります。アーティストのストーリーが広がりづらいと言いますか。どちらも“物語”という意味の英語ですが、ストーリーが広く語られるために重要なポイントをお伺いできますか?
確かにストーリーテリングとナラティブは違います。前者は一方通行で、後者は双方向と言えばわかりやすいでしょうか。アーティストの方は「この曲はこういう体験をもとに生まれました」と語るのは得意だと思うんですが、SNS時代にはストーリー自体にお客さんも参加できることが必要で、その点みんながみんなできているわけではないかもしれません。そんな中でBTSはすごく上手な印象があります。制作風景とか日常のワンシーンのような映像をYouTubeなどで共有していますが、余白があって、ファンも自分がストーリー作りの参加者として振る舞えるところが重要なポイントだと思います。
──ナラティブという言葉がわかりづらい面もあると思うのですが、佐々木さんがナラティブを定義するとしたらどういう言い方になりますか?
難しいですが、「ユーザー参加型でコンテンツやアーティストについての世界観を双方向的に作っていく運動体」みたいな感じですかね。ストーリーテリングはカチッと決まった世界観がありますけど、ナラティブは日に日に変わっていくイメージ。ストーリーテリングが過去形なのに対し、ナラティブは現在進行形と言いますか。
──ファンと共体験できるライブのような存在こそが、ナラティブの重要なファクターということでしょうか?
僕は必ずしも共体験しなくてもいいと思っています。TikTokがいい事例ですけど、ある曲を使ってみんなが振り付け動画を投稿することもナラティブの一部として捉えていいと思うんですね。ライブでの共体験だけだと、ちょっと狭い感じがしますね。
──なるほど。以前佐々木さんは別の対談でナラティブについて「世界観のコンテナを作る」という言い方をされていました。アーティストの世界観を反映したものが中心にある容器に、いろいろな人がコンテンツを入れていくというイメージですね。
コンテナという表現をしたこともあるし、額縁というメタファーも使うこともあります。例えばルーブル美術館のロビーに額縁を置いて、その中で誰でも自由に描写できるくらいの縛りだと思っていて。ルーブル美術館に置いてあって絵画であるという時点でだいぶコンテクストは決まっているけど、そこから先は自由というくらいが、ユーザーの参加を促すにはいい塩梅だと思いますね。
──星野源さんが昨年コロナ禍で発表した「うちで踊ろう」はまさにそのイメージですね。例えばSNSでファンからお題に対するエピソードを募り、それをもとに曲を書くことはナラティブになりますか?
そういうのもあると思いますけど、ナラティブの定義を個人的に突き詰めてやったことがないので、「それがナラティブかどうか」のジャッジを今ここでするのはちょっと難しいですね。ただ、その手法はわりと昔からあると思うんですよね。僕が面白いと思うのは、ユーザー同士の横のつながりが起きていたり、ユーザーとアーティストのやりとりが誰でも見られたりする状態で、例えば曲の制作過程も公開しながら作っていると現代的でナラティブな作り方だと思いますね。
──一方で共創しないというか、プロセスを見せずにサプライズで発表するよさもあると思うのですが。
そうですね。これは当たり前の話なんですけど、ユーザーって欲しいと思ったものを届けられてもそんなに喜ばないんですね。顧客アンケートを実施して、「この機能が欲しい」という意見をもとに作っても喜ばれない。「俺が言った通りやってくれたんだな」くらいで(笑)。期待を超えるサプライズの要素は絶対に必要なので、全部公開するというのもそんなに得策ではないと個人的には思いますね。
“What”ではなく“Who”が大事
音楽ナタリー @natalie_mu
【連載:令和のアーティストとファンベース】
Takram佐々木康裕がD2C観点から提言、ファンの心を捉えて離さない“ナラティブ”とは
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