佐々木康裕

令和のアーティストとファンベース 第3回 [バックナンバー]

Takram佐々木康裕がD2C観点から提言、ファンの心を捉えて離さない“ナラティブ”とは

ファンを理解したうえでずらしていくことが大事

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“What”ではなく“Who”が大事

──D2Cの場合、ブランドが注力するのは当然プロダクトになりますが、アーティストの場合は本人がプロダクトになると思います。一方で、曲をプロダクトと考えることもできると思うのですが、アーティスト本人と曲、どちらを立たせるべきでしょうか?

D2Cの世界で今起きていることを言うと、プロダクトの差別化ができなくなってきているんですね。“What”の差別化ができないので、“Who”の部分、つまり誰がやっているのかという部分が非常に重要になっています。プロダクトがちゃんと市場に受け入れられているかを示す「プロダクトマーケットフィット」という言葉があるんですが、最近は「ファウンダーマーケットフィット」という言葉もあって、ブランドの創業者自身がマーケットに合っているのかという考え方があります。例えば僕が生理用品のD2Cブランドを作りますと言っても「儲かりそうだからやるんだろう」と思われるでしょうが、PMSで数年間悩んでいる人がやると説得力がありますよね。

──おっしゃる通りですね。

なのでD2Cの世界でも「誰が」の部分がすごく大事になっているという前提はあります。そのうえでミュージシャン本人とコンテンツのどちらを立たせるかで言うと、これは一般論としてですけど、本人にファンが付いたほうが持続力があるんじゃないでしょうか。曲が興味の対象になるとアテンションスパンが短くなりがちだけど、人が対象だと曲を作っていなくてもファンを喜ばせることができますよね。犬の散歩をしている動画をアップするとか。

──なるほど。

最近アメリカで「NewNew」という面白いサービスが誕生したんです。例えばある人が昼食に何を食べるか悩んだとしますよね。パスタを食べるか、ラーメンを食べるか、どっちがいいかをユーザーに投げかけるんです。それで投票数が多いほうをその人が実際にやるという。ユーザーが投票する動機付けとしては「好きな人が自分が言った通りのことをやってくれた」というところ。「パスタに票を入れたから俺の推しがパスタを食べてる」みたいな感じですごくうれしいわけです。そういう形でアーティストが自分の時間や日常の意思決定そのものを売ることができる時代になっています。アーティストのこれからの経済を考えると、曲ではなくアーティスト自身が注目されるというのはすごく大事なポイントかと思いますね。

──ファン投票でどの曲のミュージックビデオを作るか決めるようなことは日本の音楽業界でもありましたが、アーティストの行動まで左右するのは避けてきたというか、考えもしないですね。この価値観は日本人からすると怖い感覚もありそうな気がしますが、日本のD2Cブランドですでにそういうことをやっているケースはあるのでしょうか?

いや、まだ全然ないです。でも投げ銭の文化はすでに日本人に受け入れられているので、NewNewのようなプラットフォームがあれば、意外と使う人は多いんじゃないかと思いますね。

佐々木康裕

佐々木康裕

リリースは終着点ではなくてスターティングポイント

──著書でD2Cブランドの特徴として、非常にクオリティの高い雑誌を作るなど、プロダクトの世界観の重層性についても大事なポイントだとおっしゃっていますが、“世界観の重層性”とはどういうものでしょうか?

先ほど製品のストーリーを届けることが大事という話をしましたけど、そのブランドのプロダクトについて、一見して「カッコいい」「かわいい」と思われることが大前提なんですね。パッと見で「なんかよさそう」と消費者に思ってもらえるかどうかの分岐点があるので、まずはそこを通過しましょうと。次に価格のフィルタがあるのでそこも通過しましょう。その先に世界観の話があって、「実はこういうところこだわってます」とか、「私がロンドンに旅行したときにこの素材に出会ったので日本の皆さんにもお届けしたくて」みたいなストーリーがある。カッコよさ、値段、ストーリー、そこをちゃんと複層的に準備しておきましょうという話ですね。さらに言うと買ってくれたあとも「今こういう形で新しい商品を考えてます」とか「皆さんからいただいた意見をもとにこういう改善をやろうとしてます」みたいな新しい展開があると、ミルフィーユのようにどんどんストーリーを重ねていくことができますよね。アーティストもまず、いい曲作りましょうという話だと思うんですよ。そこがスタートというか、まずは「いい曲だな」と思ってもらわないと。

──確かに最終的にコンテンツの強さが重要だと思っていて、そういう意味では極論を言うといい曲を作ることにすべてのリソースを投下したほうがいいのかなとは思います(笑)。そのうえでお客さんとちゃんとつながりを持てているのかが重要だなと。

ホントそれが前提ですよね。昔みたいに1年に数回シングルリリースして1年に1回アルバムを作るだけではダメで、リリースとリリースの間にユーザーとつながるチャネルを持ってないといけない。さらに今は新型コロナウイルスの影響もあってアルバムを携えてツアーというのも以前ほど簡単にできなくなっているので、作り手側のコミュニケーションの仕方はより必要だと思いますね。

──戦略を考えるにあたって、日本の音楽業界ではこれまでCDという単発的なモノをどう売るかに注力していて、ファネルの終着点がCDだったのですが、日本にストリーミング文化が定着して、従来のビジネスモデルからの脱却が必要になってきています。

おっしゃる通りこれまではCDを買ってもらうことがファネルの終点だったわけですよね。だけどそれは1つの通過点でしかないどころか、もはやそれがスターティングポイントになっている。なのでCDを買ってくれたらそこにはイベントの案内があって、イベントに参加してみたら楽しくてファンクラブに入る、といった導線が必要だと思います。CDを買ってくれた人がファンクラブに入ってくれればトランザクション型のビジネスからメンバーシップ型に変わりますよね。ファンとの関係の長期化にマーケティングのリソースや費用を割いていくべきだと思いますね。

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音楽ナタリー @natalie_mu

【連載:令和のアーティストとファンベース】
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