2010年代のアイドルシーン Vol.7 [バックナンバー]
“楽曲派”と呼ばれるグループたち
齊藤州一、田家大知、田中紘治、本間翔太が語る“アイドルである意義”
2021年5月11日 20:00 73
こんなに下手でも成立するんだ!
――皆さんがクオリティの高い楽曲を作ろうと努力していることには頭が下がりますが、それをアイドルに歌わせる必要ってどこにあるのでしょう? 純粋な歌唱スキルなどを考慮すると、原曲のよさをもっと上手に表現できるアーティストもいるはずです。
齊藤 僕の場合、話の順番が逆だったんですよ。自分がやりたい音楽をアイドルグループのメンバーに歌わせるのではなく、
田中 えー、ホントですか!?
齊藤 本当ですよ! ライブを観たら、さらに衝撃を受けましたけどね。歌がめちゃくちゃだったから(笑)。「こんなに下手でも成立するんだ!」という今までの音楽体験にはなかった気付きがあったし、フリーダムさにやられてしまいました。やられたという意味では、本間くんの
本間 それはわりと単純な話で、特別に選ばれた人間ではない普通の子たちが必死にがんばっていく姿をtipToe.では見せたかったんですよ。それを永遠にやるのでは意味がない。未来のことよりも目の前の3年間をどれだけがんばれるかに意味があるのであって。
──とはいっても、ビジネスとして考えたら同じメンバーで続けたほうがいいに決まっていますよね。投資した額を回収しないといけないわけですし。
本間 マンガでも、主人公が強くなりすぎると面白くなくなるじゃないですか(笑)。面白くないというか、強すぎると見てる側として自分に重ねられなくて、「あの人たちもがんばってるから自分もがんばろう」と思いにくい。
齊藤 話としてはわかるけどさ、自分にはない感覚だったから驚かされた部分が大きかったな。
本間 tipToe.は甲子園を目指す高校生の物語であって、そのあとでプロ入りするとか大リーグに移籍するという部分を見せようとは考えていないんですね。今は幸いにして2期生にもファンの方がついてくれていますし、そこで新たなストーリーが生まれていることに手応えも感じています。
メンバーのスキルアップについて
──ゆるめるモ!のジャケットデザインは、洋楽ロックへのオマージュが目立ちますよね。そういうところも楽曲派と呼ばれるゆえんかと思われるのですが。
田家 例えばNeu!というカッコいいバンドがいます。あるいはESGでもSuicideでもいいんですけど、このカッコよさを一部の音楽オタクだけでなく、もっと多くの人に知ってほしいという単純な思いがあったんです。実際、アイドルを通じてだったらそれが可能ですからね。そもそも音の部分での影響を示しただけだと中途半端なオマージュになっちゃうから、僕らはビジュアル面も含めて先人たちにリスペクトを表明したかったんです。
田中 そんな深い意味があったとは(笑)。
田家 どれとは言いませんけど、有名なジャケットのデザインだけを真似したような作品ってあるじゃないですか。いかにもデザイナーの趣味みたいな感じで。僕はああいうのって好きじゃないんです。確かにゆるめるモ!はPrimal Screamのジャケットをオマージュしていますけど、当然、それは音も絡めてのオマージュなんですよ。だから「スクリーマデリカ」をメンバーの人数分だけ買い、「これ聴いといてね」って配っていますし。
──もしかしたら、ゆるめるモ!の歌唱法はボビー・ギレスピーから影響を受けている?
田家 それはわからないですけどね(笑)。でも最低限のリスぺクトはメンバーも持っていないとダメだろうし、メンバーの中には「このPrimal Screamっていうバンド、めちゃくちゃカッコいいじゃないですか」とか言い出す子もいますよ。
──楽曲派アイドルでよくあるのが「曲はいいんだけど、パフォーマンスが追いついていない」という評価です。運営サイドとしては、メンバーのスキルアップをどのように考えているんですか?
本間 「曲はいいけど……」というのは初期の頃にさんざん言われましたね。「そうなのかもしれないけど、スキルがすべてじゃないでしょう?」と思ってました(笑)。そもそも僕自身が好きだったバンドも「うまいか? 下手か?」という価値基準がすべてじゃなかったわけです。むしろ必死で歌っているボーカルの声がしゃがれていたら、そっちのほうがカッコよかったりするわけで。
齊藤 ああ、わかるな。僕自身は歌やダンスは徹底的にやらないとダメだという考え方なんですよ。「下手だけど味があっていい」なんて、少なくとも自分のグループでは許されないと思っていましたし。だけどそれだけじゃないんですよね。かなりその本人たち次第なところはあると思います。
本間 もちろんメンバーはうまくなりたいと考えているんですよ。ボイトレもダンスレッスンもがんばってくれてますし。だから今できるすべてを見せてくれて、それでもできないことは悔しがってまた努力してくれてればいいかなと。
田中 初期のベルハーはパフォーマンスがたどたどしい子が多かったので、とにかくがむしゃらにグチャグチャッとやるしかなかったんですよね。ところが途中からある程度ロックを歌える子が入ってくると、同じようにやっても絵にならない。うまい子がわざと下手にやるって難しいですから。ステージで水とか吹いていても、「狙ってやっている感」が出ちゃうと愛されない。
本間 そのへんはメンバーによって違うということですか。
田中 そうですね。「ベルハーは下手糞だ」という意見は多かったけど、気にしてるメンバーは少なかったです。「いや、うまいです」とか、「当たり前じゃん。だって私たち、下手糞に作られているんだから」と開き直っているメンバーもいたくらいで。
──そういえば、「ベルハーはメンバーに練習させない」という噂もありました。
田中 そんなことないですよ! それ、よく言われるんですけどね。結果としてああいう稚拙な感じだっただけで。
田家 田中さんはメンバーに対してめちゃくちゃ熱血指導していますよね。ゆるめるモ!のメンバーは、それを見ていつもうらやましがっていました。僕が何ひとつ指示しないものだから(笑)。
田中 いくらステージでデタラメやっているだけのように見えても、うまくなろうという努力を怠ってはダメだと思うんですよ。そこはメンバーにも絶対に勘違いしてほしくなかったですね。
「楽曲派だからセールスは度外視」ではない
──マニアックな音楽性をメンバーはどうやって咀嚼しているのでしょうか? 「私は
本間 tipToe.を始めたときに集まってきた子は、サブカルチャー好きが多かったんです。「アイドルを始めます。運営はカメラマンやギターロックに明るい人たち」と発表した時点で興味を持って手を挙げるような層ですからね。そうなると自然にロック少女みたいな子が多くなるわけです。ジャンルによっては、僕なんかより詳しい子もいましたし。ところが第1期が終わって第2期のメンバーになると、tipToe.が初期よりもアイドルとして認知していただけるようになったのもあって、普通のアイドル志願者が増えたんですね。まあそれはそれで面白いから、僕としては全然アリで新しいtipToe.を作っていきたいと思ってるんですけど。幸いなことに第1期も第2期もメンバーが自分たちの曲を大好きだと言ってくれることが多くて、その点で恵まれてるなと思います。
田中 このへんはメンバーによって温度差もあるんですけど、ベルハー初期の頃はロックっぽい曲に抵抗感を示して「こんな曲を歌いたかったわけじゃない! これはアイドルじゃないです!」とか泣かれたこともありました。顎下10cmくらいまで鼻水を垂らしながら大号泣して。
田家 そんなことがあったんですね(笑)。
田中 だけど、その号泣した子はステージではやり切るタイプだったんです。最終的には本人も納得してくれたから、すごくよかったですけどね。
──最後にお伺いします。皆さんはご自身のプロジェクトで最終的に何を目指しているのでしょうか? 楽曲派と呼ばれるアイドルは、ときに「売れる」とか「利益を出す」以外の部分に力を入れているようにも見えるのですが。
齊藤 自分の関わっているグループの誰かが「フジロック」のステージに立つこと。僕はこれを目標としています。そして一度アイドルから離れたとしても、彼女たちが再び音楽をやりたいと思ったときに実際にやれる場を整えておくこと。これも僕の使命だと思っていますね。
本間 例えば地方のラジオでtipToe.が流れたとき、それをたまたま聴いた普通の中高生が「もうちょっとがんばろう」と一念発起する……みたいなところまで持っていきたいですよ。つまりそれはtipToe.のメジャー化という話になるでしょうね。だからこそ、楽曲は誰にでも届くように極力ポップにするよう徹底させているんです。
田家 目標に関しては、ゆるめるモ!を始めたときから変わっていませんね。自殺を考えている人が思いとどまるような音楽を作っていきたいです。1人でも多くの人にメッセージが届けばいいなと考えながら活動していますし、自殺した人の報道を見ると自分の無力さに打ちひしがれます。本間さんと一緒で、やっぱりそのためには売れる必要が出てくるんですよ。「楽曲派だからセールスは度外視」ということは決してないです。
齊藤 うん、それは僕も同じですね。「届けなくちゃいけない」という使命感があります。
田中 僕は自分の手がけるグループがある程度セールス的に見込めるようになったら、大手プロダクションやメジャーレーベルに送り出していきたいんです。ずっと自分のところで囲う気はないし、作家さんやフォーマットも含めて全部をお渡ししたい。自分が作ったグループが大手の力でもっとメジャーになっていく様子を見るのが今の夢ですね。「田中さん、さよなら」って笑顔でメンバーからバイバイされたいです。
齊藤 渋い! さすがに最後はカッコよく締めるなー(笑)。
- 小野田衛
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出版社勤務を経て、フリーのライター / 編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆を行っている。著書に「韓流エンタメ日本侵攻戦略」(扶桑社新書)、「アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実」(竹書房)がある。芸能以外の得意ジャンルは貧困問題、サウナ、プロレス、フィギュアスケート。
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