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パンチライン・オブ・ザ・イヤー2019 (後編) [バックナンバー]

星野源、SALU、Fuji Taito、dodo、KEIJU……いよいよ2019年最強のパンチラインが決定

言葉という観点からシーンを振り返る日本語ラップ座談会

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ハードなバックグラウンドを持ったFuji Taitoと、それとは真逆のdodo

二宮慶介 俺は最初に言った舐達麻とMall Boyz以外だと、Fuji Taitoの「Top freestyle」も選びました。遅めで不穏なビートの上で成り上がることをラップしている曲なんですけど、その中に「売れなくても死なないが / 死んだやつらが許すと思うか」というリリックがあって。

二木 ああ、これはパンチラインですね。

二宮 自分が売れなかったとしてもきっと死ぬことはないけど、死んだ奴らは俺のことを許さないだろう、という。このフレーズから彼のハードなバックグラウンドが浮かび上がるんです。

斎井 壮絶な生い立ちなんですよね。

二宮 ブラジル人とのクォーターで、群馬県大泉町のブラジル人街で10代の頃から犯罪をしながら生きてきた過去があって。

斎井 僕もFuji Taitoの「トリハダ」の「みんな死んだ みんな死んだ / すべて俺のせいにしたいのもわかるけどFuck」ってラインを選ぼうか迷ったんですよね。Fuji Taitoっていう名前は本名じゃなくて、弟のように彼の面倒を見ていた先輩の名前らしいんですよ。その先輩はまだ少年法に触れない年齢だったFuji Taitoを犯罪仲間としてスカウトしたようですけど、山小屋で脱法ドラッグを作っていて、いくら儲けるという目標が達成できなくて死んじゃったらしくて。

Gen 殺されたんですか?

斎井 死んだとしか言っていないのでそれはわからないです。

二宮 「トリハダ」のリリックはたぶんその件ですよね。あの曲は俺もすごいなと思った。

斎井 だから「Top freestyle」のリリックは、「自分の面倒を見てくれた先輩の名前を受け継いで活動しているのに、もし売れなかったら先輩は俺のことを許さないだろう」という意味なんでしょうね。

二宮 最近ライブを観たんですけど、新曲では全然韻を踏んでないですよ。踏まないまま1曲全部歌い切ったりして。韻を踏むとグルーヴ感が出る一方で、聴き心地がよくて耳に残らなくなるから、もしかしたら言葉を聞かせるためにあえて踏んでないのかもしれない。

二木 「トリハダ」はFuji Taitoのヴァースの鬼気迫るフロウが他に類を見ないものでしたよね。痺れました。

二宮 俺はFuji Taitoみたいに、普通じゃ経験できない、嘘だろってくらいハードコアな経験をしてる人の曲が好きなんですけど、次に選んだdodoはそれとは真逆のタイプです。決してハードな生活を送っているわけでなく、普通である自分に悩み、弱さをつぶやいて曲にしている。その中でも「im」の「俺は君が好き / だって俺は君が好き」というバースはパンチラインだったなと。これは好きな女の子に向けた幸せな恋愛ソングで、超ピュアな青年の、うれしくて仕方ない気持ちがあふれてるんですよ。dodoはけっこうキャリアが長くて、もともと童貞キャラで自分がモテないことを自虐的に歌ってたんですが、たぶんそのあたりの環境が最近大きく変わったんじゃないかな。

斎井 彼のような“そのへんにいる気さくな子”みたいな人は、シーンにはほかにいないですよね。

Gen YouTuberみたいな雰囲気だけど、ラップはちゃんとしてますね。

二宮 そうですね。とにかく固い韻を踏みまくるオーソドックスなスタイル。しかもこういうテーマのリリックなのに、ひたすらセルフボーストをするんですよ。言葉遊びを多用した曲が多いんですが、彼はワードチョイスにユーモアがあるので、彼のそういうセンスをリスナーが楽しめるようになってきたのかなって。

Gen 周りが変わったってことですか? 彼自身が変わったわけではなく?

二宮 dodoはまったく変わってないんですよね。童貞キャラや少々気持ちが悪い自虐(笑)はなくなったけど、ライミングとか言葉のユーモアは当初からまったく変わってない。なのに2019年後半くらいからYouTubeも再生回数に一気に火がついて。

斎井 最近の曲は素直な気持ちで聴けますよね。実は僕も、申し訳ないけど昔は彼のよさがわからなかったんです。跳ねっ返りが強すぎて、聴いててつらい気持ちになるというか。

二宮 「俺のことなんて理解できないだろ」みたいな(笑)。

斎井 でも「out of ma biz」の「『これひでえ』って『それひでえ』って俺否定しないぜ」というフックを聴くと、彼は変わったんだなと思いました。

二宮 あともう1つ、茂千代の「一心不乱」から「こだわりが過ぎて時代遅れ / 夢は変わらずにそこにおって」を選びました。茂千代のよさって、絶対にくじけないで立ち上がり続けるところだと思ってて。そこに共感できるし、聴いていて元気が出るんです。「一心不乱」のこのバースで彼は、時代遅れだってことを自分でも認識しているけど、夢があるから変わらずに続けると言っている。さらにその前のバースでは「こんなところで止まってられない / 周りを気にして見つかるわけない / 待てど暮らせど奇跡は起きない / 見逃してるだけ奇跡に罪ない / よそ見すんな最善を尽くせ」とも言っていて。要するに「奇跡が起きてないのは周りじゃなくて自分が悪い。でも自分は変わる気はないしこれからも続けるだけ」という、ものすごく実直で不器用な男なんですよ。

二木 大阪のベテランラッパーですよね。

二宮 いわゆる“さんぴん世代”ですね。これが収録された「新御堂筋夜想曲」は3年ぶりのアルバムなんですけど、同世代のベテラン勢がフルアルバムをパッケージで出せない中、リリースし続けているのはリスペクトしたいです。

二木 僕ももう1曲だけあります。KANDYTOWNのラッパー・KEIJUの「get paid」ですね。端的に言えば、仲間とお金についての歌です。この曲は冒頭、「嘘みたいになりたいよ 金持ちに」という、ヒップホップで言ういわゆるメイクマネーの定型のようなリリックで始まる。でも実はこれが振りなんです。フックに差しかかると「お金は大事にならないからいい / 大事なものは減ったら増えない」という歌詞が聴こえてくる。最初は「ん? どういうこと?」ってなりました。

二宮 矛盾してますね(笑)。

Gen 「減ったら増えない」って、一聴しただけだと言葉のサラダみたいですよね。

二木 音楽ライター・猪又孝さんのインタビューによると、このリリックをKEIJUは、母親との電話での会話から着想を得て書いたそうです。「お金は増えていても、大事な周りにいる人たちは減っていくばかりだからね」と母親に言われてフックを思いついたと。この手のお金と仲間の話になると、「金より仲間だ」あるいは「仲間と金を儲けるぞ」というふうに単純化した表現になりがちじゃないですか。そういう表現や考え方が悪いということではないですし、この曲を聴く限りはKEIJUの考え方がそこからものすごく遠くにあるとも感じられない。でも何よりも「お金は大事にならないからいい」というのは表現として巧みですよね。だから、選びました。

斎井 切り方が絶妙なんですよね。聴いても、口ずさんでも意味がわからなかったけど、文字にして並べたときに発見して驚きました。あとこの曲、最初の「嘘みたいになりたいよ 金持ちに」の部分が、あきらめたようなすごく疲れ切った声なんですよね。本当は無理なのに「がんばれますよ」って言ってるみたいな。

二木 確かに、最初の部分はあきらめたような、疲れ切ったような歌い方をしてますね。それはとても重要な指摘ですね。

いよいよ2019年のパンチライン・オブ・ザ・イヤーが決定!

Gen 皆さんの話を聞いていると、それぞれ見方が違うから面白いですね。友達とでもこんな話しないですよ(笑)。

二木 今日いろいろ話しましたけど、2019年を象徴するようなパンチラインはどれでしょうか? 個人的な意見を率直に言えば、選べません(笑)。ただ、音楽ナタリー編集部としては選考もお願いしたいとのことですので。

斎井 やっぱ舐達麻の「LIFE STASH」かな。それかMall Boyzの「Higher」な気がしますけど。

二木 斎井さんが挙げたKOHHの「ロープ」の「見えないロープに縛られてる俺たち / 全然見た目は違うけど同じ」もありましたね。

Gen でもやっぱ「たかだか大麻 ガタガタぬかすな」かな。すごいシンプルだけど。

二宮 それになっちゃいますよね、どうしても(笑)。2019年は薬物で逮捕される人のニュースが多かったじゃないですか。そのたびに頭の中にこのフレーズが出てきますからね。

Gen あんまりラップに興味ない人も知ってたりしそう。

二木 ミーム化したのはデカいですよね。

斎井 やっぱ「たかだか大麻」じゃないですか? 長い時間さんざんグダグダ言ってきたのに、結局最初の話題ですけど(笑)。

二木 「パンチライン・オブ・ザ・イヤーは『たかだか大麻 ガタガタぬかすな』に決定!」ってドカーンと出るのかな……すごい時代になりましたね。

 

 

 

 

 

Genaktionが選んだパンチライン

舐達麻「LIFE STASH」
たかだか大麻 ガタガタぬかすな / 収穫前の開花 裁判前にしてくれ現金化

MEGA-G「Rap is outta control」
たとえ世界をロックしてる人気者の / ジーン・シモンズが不謹慎にも / ラップの死を願ってDisをしても / 誰もお前のケツにはキスをしねえ

韻踏合組合「イカれてる イっちゃってる 異ノーマル feat. NIPPS, 漢, Moment Joon
偽モンキチガイの敵は所詮マトリ / 俺の敵は日本の偏見と日本の総理

プロフィール

USラップの解説ブログ「探究HIP HOP」管理人。ディスクレビューやコラムなどを掲載したZINE「Hip Hop Anti-GAG Magazine Vol. 1」「Hip Hop Anti-GAG Magazine Vol. 1.5」がSNSで話題になった。

斎井直史が選んだパンチライン

KOHH「ロープ」
見えないロープに縛られてる俺たち / 全然見た目は違うけど同じ

Moment Joon「令和フリースタイル」
定番の質問「日本に何しに?」 / 今答えは「お前を殺しに」 / そんなの聞かれない日本が / 見たいならば君だってMy people

CIRRRCLE「Mental Health」
Castle in the sky. I'll catch you when you fall.

BASI「これだけで十分なのに(BASI REMIX)」
本当に足りないものなんて実はそんなないんじゃない?

星野源「さらしもの(feat. PUNPEE)」
この輝きは僕のじゃなくて / 世の光映してるだけで / 身の丈じゃないプライドは君にあげる受け取って / 捨てといて

プロフィール

ヒップホップライター。OTOTOYにて「パンチライン・オブ・ザ・マンス」を連載中。

二宮慶介が選んだパンチライン

舐達麻「LIFE STASH」
おれは輩とは違うラッパーだクソ野郎 / たかだか大麻 ガタガタぬかすな

Mall Boyz「Higher」
誰も見たことのない景色だけを見る / 俺は子供の頃からずっと天才でいる / 1人空高く上空の上で生きる / 成し遂げて死ぬ 成し遂げて死ぬ

Dodo「Im」
俺は君が好き / だって俺は君が好き

Fuji taito「Top freestyle」
売れなくても死なないが / 死んだやつらが許すと思うか

茂千代「一心不乱」
こだわりが過ぎて時代遅れ / 夢は変わらずにそこにおって

プロフィール

ストリート誌の編集者としてキャリアを開始。T.R.E.A.M.の事務局員として「田中面舞踏会」をはじめとしたパーティの主催や、コンピレーションアルバム「T.R.E.A.M. PRESENTS ~田中面舞踏会サウンドトラック~『LIFE LOVES THE DISTANCE』」のプロデュースなどを行う。2019年には雑誌「DAWN」を創刊させた。

二木信が選んだパンチライン

RYKEY×BADSAIKUSH「Roots My Roots」
間違ってる事を正しいと歌わない俺は

Moment Joon「TENO HIRA」
このクソチョンこそ日本のヒップホップの息子

SALU「KURT」
幸せに音楽を続ける / 自殺しないKurt Cobain

田島ハルコ「ちふれGANG」
つまらん男に買ってもらうためにソフレ / なるより自分で買うちふれ / ワープアで非正規とか肩書きなら気にしねえ / そもそもこんな社会許さねえ

KEIJU「get paid」
お金は大事にならないからいい / 大事なものは減ったら増えない

プロフィール

1981年生まれの音楽ライター。単著に「しくじるなよ、ルーディ」、編著書に「素人の乱」(松本哉との共編著)など。漢 a.k.a. GAMI著「ヒップホップ・ドリーム」の企画・構成を担当。

※記事初出時、本文に誤りがありました。お詫びして訂正します。

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