吉田豪

渋谷系を掘り下げる Vol.7 [バックナンバー]

吉田豪が語るアイドルソングとの親和性

「渋谷系は無価値なものに価値を与える文化」

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秋山奈々、そして第1期トマパイ

──豪さんが小西さんにおススメした秋山奈々さんについてもお話を聞かせていただけますか?

まず秋山奈々ぐらい作り手の電波が出ている歌手っていないんですよ。デビューシングル「わかってくれるともだちはひとりだっていい」が彼女のいじめ体験をモチーフにしたPICOの書き下ろしの超名曲で、カップリングがPICOのカバーで、2ndシングルがhalの「tiptoe」のカバー。「ボクのハートは直撃するけど、それがどこに届く?」と思いながら、でもボクがちゃんと騒がなければって思ってました。

──(笑)。

相当がんばって騒いだ記憶があります。今でも覚えてるのが、2ndシングルのときに「MUSIC MAGAZINE」でインタビューしたら、同じ号のアイドルレビュー欄でとあるライターが酷評してて。それに対して「9割がクソのアイドルポップの中でいい曲を探して褒めるのがお前らの仕事だろ!」って珍しく編集部にメールして文句を付けたんですよ(笑)。いいものをけなしてどうするって。で、他誌で書いてたアイドルレビューとかを見せて「だったらボクがアイドルのレビューをやる!」って言って、それでアイドルレビュー連載が始まったんです(笑)。人生で唯一のプレゼンですね。

──そういうきっかけだったんですね(笑)。

「MUSIC MAGAZINE」で連載がスタートしたのは秋山奈々のおかげ。彼女の1stシングルは人生ベスト10に入るぐらいの傑作だと思いますよ。

秋山奈々「わかってくれるともだちはひとりだっていい / 夜明け前」(吉田豪私物)

秋山奈々「わかってくれるともだちはひとりだっていい / 夜明け前」(吉田豪私物)

──2010年以降、現行のアイドルシーンにつながる部分で言うと、やっぱりTomato n' Pineバニラビーンズの存在は大きいですよね。

バニビの2ndシングル「ニコラ」がリリースされたときは「大変な曲が来た!」と思って拡散しまくりました。正直デビュー当時は“北欧”がコンセプトなわりにはスウェーデン要素が足りないだろと思ってましたけど(笑)。カジくんにようやく仕事を頼んだと思ったら作詞だけとか、いちいちズラしすぎだったんですよね。あと2010年以降だとボクの中で大きいのがPANDA 1/2なんですよ。ネオ渋谷系と呼ばれたtetrapletrapの名曲「VECTOR」が「PANDA!PANDA!PANDA!」に生まれ変わっているという。本当に素晴らしいユニットだと思ったからPANDA 1/2は惜しかった。藤岡みなみさんのその後の音楽活動もだいたい好きなんですけどね。

──トマパイについてはいかがでしょう。

たぶんボクは第1期トマパイのことをいまだに引きずり続けている唯一の人間だと思うんですよ(笑)。「トマパイいい!」と言ってる人って、皆さん2期の話しかしてないですよね。でも、奏木純が在籍してた第1期が本当に素晴らしいんですよ。1stアルバムは奇跡的な名盤だと思うんですけどね。

吉田豪

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──ジェーン・スーさんがプロデュ―サー的に関わっていたり、あの洗練された音作りはagehaspringsの人たちが狙ってやってたんですかね。

でしょうね。最初の取材のときにジェーン・スーさんが現場にいていろいろ話した記憶はありますけど。いまだにボク、ジェーン・スーさんとちょっと距離があるんですよ。アイドル運営の人として知り合ってるから(笑)。

──なるほど(笑)。

どうしても同業者的な接し方ができない(笑)。いまだにトマパイの“中の人”として接してるんで。トマパイのデビュー時に「10年に1度、奇跡の2人組が現れる」ってキャッチコピーをジェーン・スーさんが作っていて。「70年代のピンクレディー、80年代のWink、90年代のPUFFY。そして、00年代のTomato n' Pine」……最後は活動が短かすぎるだろうって。

──(笑)。

第1期トマパイはインストアもほぼやってないんですよね。HMVでのインストア映像がネットに上がってるぐらいで、ボクも生で観れてないんですよ。「あなたたちの音楽は本当に素晴らしいから、ぜひ続けてほしい!」って言いに行くためだけの取材をやって、2人とも「わかりました」って言ってたんだけど、そのインタビューが2人組トマパイとしての最後の活動だったんです(笑)。そんなショックな出来事があり。それからは「そうか、ライブとかイベントとか、ちゃんと行かなきゃいけないんだ」と思って、より現場に足を運ぶようになったんです。“第1期トマパイ観れなかった問題”はボクの中でかなり大きかったです。

──へえー。

ちなみにジェーン・スーさんがトマパイについていまだに反省してるのが、「ガールズの自由さを尊重した結果、本当に誰も言うこと聞かなくて大変なことになった」っていうことで(笑)。

──(笑)。

2人組の時代からそう。奏木純はのちにミスiDにエントリーしたんですけど、オーディション直前に「家族旅行があるから行けない」って言い出して(笑)。で、審査員が全然集まれない日に1人だけ来て、それに対応したのがボクと審査委員長の小林司さんだけだったんです。その場でリクエストしてトマパイの「Unison」を歌ってもらったりして、ボクら2人は高まったんだけど、おっさん2人がいくらほかの審査員に魅力を熱く語ったところで空回りするだけなんですよ。結局、ほかの審査員には全然届かなくて、でもこれで結果を出せなかったら芸能界を引退するって言ってたから、ボクが個人賞を出したんです。芸能界に留まってほしいがためだけに。そしたら直後にサッカー選手との結婚を発表して引退。自分の無力さをこんなに思い知ったことはないです。

──(笑)。ほかに、いわゆる渋谷系的なキーワードのうえで引っかかるアイドルはいますか?

重要なのはテクプリですよ。「チョコレート☆ディスティニー」というタイトルと曲調で“出来損ないのPerfume”みたいな感じで笑われてたのが、その後すごくいい進化をして。解散ライブでボロ泣きしたなあ。ボクはリリー・フランキーさんが「週刊プレイボーイ」で連載してる人生相談の聞き手と構成を担当してるんですけど、その収録とテクプリの解散ライブの時間が重なっちゃったんですよ。それで「どうしてもテクプリが観たいんです!」と編集担当者に言ったら、「じゃあ今日は遅れて来てもいいですよ」って言ってくれて。それで「やったー!」って観に行ったら、リリーさんが収録に2時間遅刻してきて余裕で間に合ったっていう(笑)。あきらめないでよかった。テクプリは本当によかったなー。だってシングルのタイトルが「渋谷Twinkle Planet」ですよ。タイトルからして渋谷系じゃないですか。で、そのプロデューサーだったトベタ・バジュンさんのソロアルバムで、テクプリの曲を野宮真貴さんが歌うという奇跡も起きて。

吉田豪

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──あとPerfumeと言えば、中田ヤスタカさんはそもそも渋谷系的なムーブメントが失速した2000年代中頃に出てきた “モロ渋谷系”という印象でしたよね。途中から完全に独自のスタイルを築いていきましたけど。

そうなんですよ。CAPSULEに関しては2nd、3rdアルバムぐらいがピンポイントに大好きで。ちょっとトイポップ感がある時期のCAPSULEと、あの頃の中田ヤスタカ仕事は全部好きです。結局、いい音楽って誰が歌ってもいいはずなんですよね。ボクが常々ボヤいている、「アイドル好きは声優を聴かなすぎ、声優好きはアイドルを聴かなすぎ問題」っていうのがあるんですけど。曲を作ってる人が同じなんだからどっちも聴きましょうよ、みたいな。かわいい子がかわいい声でいい曲を歌ってれば全部いいじゃないですかっていう。そういう意味では、アーティストだろうがアイドルだろうが全部等価だと思うんですけどね。

ディグ文化はここにもある

──最後に「豪さんが思う渋谷系とはなんだったのか」という大きな質問をすると、どういう回答になりますか?

ザックリ言えば、ディグ文化ですよね。ボクがBOOKOFFで100円のCDをディグりまくるのもたぶん同じような感覚で、要するに無価値なものに価値を与える文化というか。視点の文化。今でこそだいぶ熱が冷めましたけど、一時期はどうかしてるってぐらいBOOKOFFで掘りまくってましたから。全国のBOOKOFFを回って何時間もバーゲン棚で粘って、なんのデータもないCDのブックレットを確認して(笑)。でも、たまにその中に奇跡があるんですよ。それこそボクが監修したオムニバス(「ライブアイドル入門」)にも収録しましたけど、ギャル向けのコンピレーション盤に入ってる相対性理論のカバー(L-mode Feat. Stylish Heartの「LOVEずっきゅん」)なんか絶対に誰も気付かないですよ(笑)。自分でもよく気付けたなっていう。「このタイトル……まさか!」だけで(笑)。相当がんばらないと奇跡は起こらない。

──本来ディグの喜びから生まれたような文化だからこそ、文脈に沿って系統立てたところだけしか見ずに話すのは本末転倒な感じもするんですよね。だからこそ、ひとくくりに「これが渋谷系」と定義できるものがないのかなと。

ムーブメントではあるけれど音楽ジャンルではないですからね。知られざるアイドルソングを掘りまくった結果、「コンピ盤を出しませんか?」って話が来たことがあったんですよ。「喜んで!」って選曲まで考えて50曲ぐらいのリストを出したんだけど……一部のレーベルから全然許可が出なくて、結局企画自体流れちゃったんです。またコンピ盤を作りたいという思いはすごくあるんですよね。

──サブスクにない音源もいっぱいあるからこそ、文脈外の楽曲を集めたコンピ盤があると本当にいいなと思います。特に90年代の楽曲はいろんな事情で埋もれてしまっている楽曲が多いから……。

本当そうですよ。南波(一海)さんがタワレコで作っていたローカルアイドルコンピもすごく好きなんですけど、あれは本当にいいものも悪いものも入りすぎていて(笑)。だったら厳選した1枚でいいんですよ。5枚もいらないですよ、ボクらっていう(笑)。また作りたいなあ、アイドルコンピ。最後に作ったのがハロプロのやつなのかな? 渋谷系声優&アニソンコンピとかも作りたいし。Jenny01とかCHIX CHICKSとか絶対に今こそ再評価されるべきですよ!

吉田豪

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※記事初出時、本文に誤りがありました。お詫びして訂正します。

吉田豪

1970年、東京都出身のプロインタビュアー&プロ書評家。徹底した事前調査をもとにしたインタビューに定評がある。「人間コク宝」シリーズ、「元アイドル!」、「サブカル・スーパースター鬱伝」など多数のインタビュー集を手がけている。また執筆活動に加え、テレビやラジオ番組への出演、イベントの司会など多方面で活躍している。

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読者の反応

吉田光雄 @WORLDJAPAN

ボクは渋谷系について「今でも大好きだからこそ、流行りものとして消費して、その後まったく聴かなくなる人が多すぎることに憤ってる」と公言してるんですけど、恥ずかしいのはその音楽そのものじゃなくて、ブームに流されやすくてすぐ過去を否定するあなたですよ、という。
https://t.co/42YCVEOy5N

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