吉田豪

渋谷系を掘り下げる Vol.7 [バックナンバー]

吉田豪が語るアイドルソングとの親和性

「渋谷系は無価値なものに価値を与える文化」

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安達祐実のアルバムにニック・ヘイワード

──東京パフォーマンスドールでアイドルとして活動していた市井由理さんのアルバム「JOYHOLIC」も、時代の空気を反映した作品として外せないですよね。朝本浩文さんやヒックスヴィルASA-CHANGがプロデュースを手がけていて、菊地成孔さんやかせきさいだぁさん、小泉今日子さんも作詞作曲で参加しています。

名盤ですよね。ただ、先行シングル「Rainbow Skip」の時点で最高だったのに、EAST END×YURIが売れすぎてそっちの活動が本格化しちゃったから、アルバムリリースがかなり遅れたっていう。この前も、SHOWROOMの「豪の部屋」で菊地さんと「JOYHOLIC」について相当語りましたよ。

──いわゆる職業作家ではない人たちが寄ってたかって作り上げた名作がいくつもあって、それは近年の花澤香菜さんをはじめとする声優アーティストにまで脈々とつながっている気がします。

安達祐実のアルバム「Viva!AMERICA」にHaircut 100のニック・ヘイワードが楽曲提供してる、みたいな(笑)。デビューアルバム収録の「どーした!安達」でヘロヘロのラップを披露してた時点でもクレジットを見たら作詞が森若香織、作曲が福富幸宏で衝撃を受けたんですけど、まさか3rdアルバムであそこまでに到達するとは思わなかったです。

──THE COLLECTORS、かの香織、カーネーションなど、ニック・ヘイワード以外の作家も豪華です。

高浪敬太郎、ムッシュかまやつサニーデイ・サービス、朝本浩文……そしてこっちにも菊地成孔参加という。まだ音楽業界に予算があったんでしょうね。アイドルとは全然関係ないんですけど、ボクが渋谷系的な文脈で一番評価してほしいのが、NICKEY&THE WARRIORSのNICKEYなんですよ。

――え?

いつかNICKEYを小西康陽さんにプロデュースしてほしい。それがボクの夢です。パンクのSHEENA & THE ROKKETS的な、凶悪なメンバーを従えたデビュー当時のイメージが強いと思うんですけど、ある時期からビジュアルも変わって、60年代のガールポップのカバーとかも増えてるんですよ。今のNICKEYのビジュアルもある意味渋谷系っぽいし服のセンスも以前とはだいぶ変わっていて、かなりかわいい美魔女で。ピチカート・ファイヴを再結成するんだったらフロントはNICKEYでもいいでしょ、ぐらいな感じなんですよ(笑)。

──昔のパンキッシュなイメージしかないので意外です。

今もパンクではあるんですけどね。ソロもいいけど、NICKEY&THE WARRIORS名義で発表してる「DO I LOVE YOU?」がまた素晴らしい作品で。これ、ジャケから完璧じゃないですか?

NICKEY&THE WARRIORS「DO I LOVE YOU?」

NICKEY&THE WARRIORS「DO I LOVE YOU?」

──本当だ!

森本美由紀さんのイラストで、NICKEYは森本さんのモデルをやってたんですよね。曲もロネッツの「DO I LOVE YOU?」、シルヴィ・ヴァルタンの「あなたのとりこ」のカバーとかやってて。小西さんに届いてほしいなー。

山口由子に捨て曲なし

あと、渋谷系っぽい文脈で、あんまり語られてない作品を話していいですか? ヤンマガアイドルオーディションから生まれたA-Chaって3人組アイドルがいたんですけど、元メンバーの山口由子の後期ソロがとにかくよくて。アルバムまるまる捨て曲なしで、この「Fessey Park Rd.」というアルバムはパワーポップの大物ブラッド・ジョーンズがプロデュースを手がけてます。この時期の彼女は本格的に渋谷系的な音楽をやってるんだけど、そっち系の人から完全にスルーされた作品ですね。当時の「米国音楽」とかが、どうせならこのへんまで拾ってくれていればよかったのに!

山口由子「Fessey Park Rd.」(吉田豪私物)

山口由子「Fessey Park Rd.」(吉田豪私物)

──ジャケット写真の感じなんて完全にそれっぽいんですもんね。

そう。ある時期からの山口由子の作品はどれも本当に素晴らしくて。ワーナー・パイオニアからソロデビューした頃は映画「ビー・バップ・ハイスクール」にヒロインで出演して、きうちかずひろ先生が作詞した「ビーバップ・ドリームス」という曲を歌ったりのアイドルっぽい路線だったんですけど、マーキュリーミュージックに移籍してからこんなに素晴らしいソロシンガーになったのに、メディアにちゃんと評価されることなく、BOOKOFFのバーゲン棚に並べられてることへの憤りをボクは常に感じています(笑)。そして、まったく評価されないということで言えば、DREAM DOLPHINも。「ハッピーハンドバッグに挑戦」というコンセプトでシングルをリリースしてるんですけど。

DREAM DOLPHIN「Happy-Doo-LuLu-dee!」(吉田豪私物)

DREAM DOLPHIN「Happy-Doo-LuLu-dee!」(吉田豪私物)

──ハッピーハンドバッグは1990年代に局地的に流行ったクラブミュージックですね。

DREAM DOLPHINは、フジテレビの番組「今田耕司のシブヤ系うらりんご」に出演してた「うらりんギャル」の岡本法子って子のアンビエント系ユニットなんですけど、これも完全にバーゲン棚の常連で。すさまじい数のリリースがあってほぼ環境音楽なんですけど、このシングルは歌モノですごいよくて。でもまあ、このジャケじゃまず買わないですよね(笑)。あと、忘れちゃいけないのが高嶋ちさ子。

――あっ!

高嶋ちさ子が90年代半ばにチョコレート・ファッションってユニットを組んでいて、インストで「君の瞳に恋してる」とか「夢見るシャンソン人形」とかThe Style Councilの「Shout To The Top」をカバーするという、スーパーのBGMみたいな感じの音楽性なんですけど、yes, mama ok?が楽曲提供した「イングリッシュマフィンのおまじない」って曲がとにかくよくて。

――「The Tower」というゲームの主題歌でしたね。

のちにyes, mama ok?も「THE CHARM OF ENGLISH MUFFIN」というタイトルでセルフカバーしてるんですけど、こんないい曲を歌っていた人が子供のゲーム機をバキバキに破壊するようになるんだから人生わからないですよ(笑)。

早すぎてアイドルバブルに乗り損ねたCHIX CHICKS

2000年代に入ると、これまたまったく語られてない人でJenny01(ジェニーワン)っていう人がいるんですよね。インディ時代はシューゲイザーっぽいサウンドにウイスパーボイスを乗せた、すごく変わった音楽をやってたんです。それがメジャーデビューした途端、まったく方向性の違う渋谷系っぽいサウンドになって。大人に違う音楽性を押し付けられたのかと心配になるぐらいなんですけど、むしろそれが素晴らしくて(笑)。

──本人としては納得してないかもしれないけど。

あまりにも好きすぎて、未発表音源がもらえるインストアイベントにも行きましたよ(笑)。ちょっと1曲目を聴いてくださいよ。ボク、大好きなんで、この曲。

(PCで楽曲を聴く)

──最高ですね。適当にディグった中に入っていたら一番うれしいやつですね。

でも誰1人、Jenny01について話ができる人がいないっていう。その後、須永辰緒プロデュースの音源を最後にリリースはなくなっちゃったみたいですね。

Jenny01「Ladymade」(吉田豪私物)

Jenny01「Ladymade」(吉田豪私物)

あと、渋谷系の流れで絶対に語りたいのがCHIX CHICKS。グループの成り立ちから完璧に渋谷系というか。ティーンズジャズグループの原宿BJ Girlsとして始まり、アルバムを3枚とフレンチポップのカバー集のソロアルバムとかを出したあと、CHIX CHICKSに改名して渋谷系っぽいサウンドになっていくんですよ。それが2008年ぐらいで、ちょうどPerfumeが注目され始めた時期と重なるんですよね。だからtofubeatsとかが参加したテクノっぽいリミックスとかも出したりして。ボクはピチカートすぎる「Break up to make up」というDVDシングルのジャケで完全にやられて。しかもJackson Sistersの「Miracles」をカバーしてるんですよ。

CHIX CHICKS「Break up to make up」(吉田豪私物)

CHIX CHICKS「Break up to make up」(吉田豪私物)

──「Miracles」はまさに渋谷系の時代、フリーソウルのクラシックですよね。

ラストアルバムのタイトルが「Retro Soul Revue」なんですけど、これまたモロにピチカート(笑)。あと1、2年がんばってくれたらアイドルバブルが来て報われたはずなのに……ここで力尽きちゃったんですよね、2009年ぐらいで。ちなみに今アニソンシーンで活躍しているGARNiDELiAのメイリアはCHIX CHICKSの元メンバーですよ。

──そうだったんですか! でも本当にあと1、2年がんばっていれば、Tomato n' PineNegiccoあたりのグループとクロスする部分があったかもしれないですね。

そう、本当にもったいなかった。あと1年で「TOKYO IDOL FESTIVAL」が始まるので。TIFまで間に合えば何かが変わったかもしれないんですよ。

吉田豪

吉田豪

──ちょうどその時期に “北欧”をテーマにしたバニラビーンズも出てきて。アイドルシーンの音楽性もだんだんマニアックに多様化していきました。

Perfumeの余波があったってことですね。テクノでブレイクしたから、ほかのジャンルでもイケるんじゃないかって。ちょうどこの時期に小西さんを初めて取材して「バニラビーンズっていうスウェディッシュなアイドルが出てきたんですよ」って伝えたんですよ。あと「秋山奈々という女優がPICO=樋口康雄の『夜明け前』をカバーしてるんです!」って(笑)。でも印象的だったのが、そのときに小西さんが「林未紀は失敗だった」って言ってたことで。

──そうなんですね。

ボクは小西さんがプロデュースした「アイドルになりたい。」が大好きだったから、「よかったですよ!」って相当励ましたんですけど(笑)。カップリングのムーンライダース「マスカット ココナッツ バナナ メロン」のカバーもよかったのに。そんな林未紀が2007年か。まだまだアイドル不遇の時代でした。

──小西さん関連のアイドルソングでは、ピチカート解散後にプロデュースした深田恭子さんのシングル「キミノヒトミニコイシテル」も素晴らしかったですね。

本当に名シングル。ちなみに深田恭子の「キミノヒトミニコイシテル」はアイドルの空虚さを描ききった北野武映画「Dolls」での歌唱映像が最高なんですよ。「プリティ・ヴェイカント」感がすごい(笑)。

──(笑)。

このシングルはタイトル曲もいいんだけど、「スイミング」のMansfieldリミックスが本当に素晴らしくて。アイドル全般に言えるんですけど、シングルにしか入ってないバージョンはちゃんと買わないと全貌がわかんないっていうのがあるじゃないですか。

──そうですね。特にリミックスバージョンなどはアルバムに収録されないし、再発や配信もなくて当時のシングルでしか聴けない音源が多々あります。

そう。だからアルバムだけで満足しちゃダメなんですよ。吉川ひなので言えば、biceが提供したシングル曲「メロウプリティー」はアルバムに入ってないし、「One More Kiss」は絶対にシングルバージョンがいいし。

──ちなみに豪さん、ピチカート・ファイヴについてはどう思っていましたか?

好きですよ、もちろん。好きですけど、でもなんだろうな……ピチカート・ファイヴが好きというよりも小西さんが書く曲が大好きなんですよね。特にアイドルや女優に提供する曲が。ムーンライダースも好きだけど、あの人たちがアイドルや女優に提供した曲のほうが好きっていうのに近いと思います。

──そういえば、ピチカートに高浪慶太郎さんが在籍してた頃、高浪さん監修で女性シンガーが歌うコンピレーションがたくさん出てましたよね。そのあたりも再発や配信される可能性が低い名盤がたくさんあって。

出てました、「Season's Groovin」! アイドル冬の時代の超名作オムニバスですよ。何枚も中古で買い直しました。

──最高ですよね。アイドル畑の皆さんが歌うクリスマスアルバムで、CoCoの宮前真樹さん、ribbonの松野有里巳さん、Qlairの今井佐知子さん、さらに中嶋美智代さん、吉田真里子さんというメンツで。松野さんはこのアルバムのあと、サリー久保田さんが結成したLes 5-4-3-2-1に2代目ボーカルとして加入するという面白い動きもありました。

吉田真里子さん以外は乙女塾の人たちですね。中嶋美智代はTHE COLLECTORS「夢見る君と僕」を原曲超えするカバーをしたことで歴史に名を残したと言っていい人だと思ってます。Qlairも大好きなんですけど、解散後の全曲集にのみ収録された未発表曲が片寄明人作曲で驚きました。

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“秋山奈々、そして第1期トマパイ

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吉田光雄 @WORLDJAPAN

ボクは渋谷系について「今でも大好きだからこそ、流行りものとして消費して、その後まったく聴かなくなる人が多すぎることに憤ってる」と公言してるんですけど、恥ずかしいのはその音楽そのものじゃなくて、ブームに流されやすくてすぐ過去を否定するあなたですよ、という。
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