アーティストの音楽履歴書 第11回 [バックナンバー]

長谷川白紙のルーツをたどる

気鋭音楽家の土台を作ったエレクトロニカ、ジャズ、現代音楽との出会い

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アーティストの音楽遍歴を紐解くこの企画。今回は、11月に発売された1stフルアルバム「エアにに」が好評を博している長谷川白紙のルーツに迫った。

取材・/ 柴崎祐二

日常的に音楽に触れ、作曲もしていた幼少期

実は中学に上がるまでの記憶がほとんどないんです。小学校の頃の記憶もごく一部を断片的にしか思い出せなくて……家族も特別音楽が好きだったというわけでもないんですが、4歳からピアノを習わされていたらしいので、日々音楽には触れていたんだと思います。だから、クラスでも「あいつは音楽ができる」みたいに思われていたらしく。当時のことを母親がたまに話してくれるんですが、どうやら小学生の頃から作曲らしきことはやっていたみたいです。特に作曲を教えるピアノ教室に通っていたわけではないんですが。和音の羅列を弾いて「自分で作った曲」とか言っていたらしい。だから、「音楽に向かわせる決定的なきっかけはこれだった」というふうにはなかなか言えないんです。あくまで、たくさんの経験が折り重なって今に至っていると思っていて。でも、その中で「音楽は能動的に聴くものなんだ」と気付くきっかけになったのは、中学1年生の頃に音楽に詳しい先輩の家で、モーリス・ラヴェルの「ハイドンの名によるメヌエット」というピアノ曲を聴いたことが大きかったと思います。和音の感覚とメロディにとても魅力を感じたんです。

今になって考えると、古典と前衛の程よいバランス感というか。和音的にもジャズっぽいところや現代のポップスに通じるようなところのある曲が多いから、そういうところに惹かれたのかもしれませんね。

サカナクションで知ったエレクトロニカの世界

初めて買ったCDはサカナクションの「シンシロ」です。中学の先輩がサカナクションの話を盛んにしていたので存在は知っていて、実際にYouTubeで曲を聴いて「これはCDが欲しい!」と思ったんです。その当時はいわゆる邦ロックが盛り上がっている頃で、周りはロックバンド的な文化に対して熱中している感じで。対して私は、根っからの天の邪鬼なのでその逆で(笑)、サカナクションの中にあるエレクトロニカ的な要素のほうに惹かれていきました。その当時、山口一郎さんがインタビューでエレクトロニカについて言及しているのを読んで興味を持ったというのもあります。サカナクションを通じてAOKI takamasaさんやミニマルテクノを知って、いろいろ興味が広がりました。

そこからは日々自分の耳に入ってきた音楽を調べたり、ネットで「エレクトロニカ おすすめ」とか検索して、「2ちゃんねる」のスレッドで紹介されているものを片っ端からYouTubeで聴いていったり。その中で、rei harakamiさんやアイ・アム・ロボット・アンド・プラウド、エイフェックス・ツイン、Boards of Canadaといったアーティストを知って熱心に聴くようになりました。前作「草木萌動」でカバーしたYMOもその時期に知ってファンになりました。

長谷川白紙「草木萌動」ジャケット

長谷川白紙「草木萌動」ジャケット

オリジナリティへの目覚め

その頃はrei harakamiさんのコピーのようなことをやりながら、分解系レコーズのイベントに曲を持ち込むようになったんです。そんな中、トラックメーカーのNyolfenさんはいろいろと相談に乗ってくださったりして、とてもよくしていただきました。Nyolfenさんは本当にすごい音楽家だと思いますし、ずっと尊敬しています。

確か中3の頃だったと思うのですが、分解系レコーズのオーナーの矢向(直大)さんに、「ほかのアーティストの真似だけをしていても、そのアーティスト以上にはなれないよ」とアドバイスをもらって。すごく納得するとともに「自分は今まで何をしていたんだろう!」と衝撃を受けて……そこから今まで聴いてこなかったような音楽を調べて、よりディープに聴いていくようになりました。

diskunion新宿ジャズ館に入り浸った高校時代

高校に入った頃からdiskunionの新宿ジャズ館に通うようになって、ジャズを聴き始めるようになりました。2階の中古売り場に行って、気になるジャケットのものを買って。その中でも衝撃的だったのが、ブラッド・メルドーの「The Art Of The Trio」のシリーズです。それまでジャズというと、なんとなくおしゃれでムーディな音楽という印象だったのですが、メルドーの作品は信じられないパッセージのピアノソロが延々と続くみたいなもので、「ジャズってめちゃくちゃ刺激的な音楽なんだ!」と開眼して。このアドリブがすごいとかこのフレーズがイカしているとかそういう聴き方じゃなくて、純粋にサウンド的な興味で聴いていった感じですね。やっぱりエレクトロニカを通ってきたからそういう聴き方になったのかもしれません。

音楽を単なる物理的現象として捉えなくなってきたのもその時期からです。ジョン・ケージの主張に出会ったのも大きいと思います。実際その頃、風邪をひいているときにライブへ行ってみたら、大好きなアーティストのはずなのに全然よく感じられなくて。でものちに健康な状態でCDを聴き返したら素晴らしく感じたり。音楽というものが再現性をもった物理的なものなだけなのだとしたらこのことは説明がつかないし、やっぱり音の波が私たちによっていかに知覚されるかということまで含めて音楽ということなんだなと強く思ったんです。

それと、昔から音楽を聴くときに机を指でタカタカ叩きながら聴くのがクセだったんですが、この時期もっと速く叩ける方法を編み出して(笑)。例えばジャズを聴きながら自分で勝手に「ここにこういう音が入っていたらいいのに」と、フィルインや5連符とかを足してポリリズムにしてしまう、みたいな。だから、そうやって自分の脳内で自然と補完された音が鳴っているっていうことも含めて、音楽は知覚や認識から独立しているものではないんだなと思ったんです。

そういうふうに音楽と接するようになってから、リズムの構造やコードのつなぎ方を自覚的に捉え直して、どうやったら面白いものになるのかなど、いろいろと考えるようになりました。そんな中、2016年8月にSoundCloudへアップした「肌色の川」という曲で、初めて自分のスタイルが見えたように思います。いろんな要素のコラージュや非合理的な接着などを用いて、具体的な音楽表現と自分が根源的にやりたいことを結び付けることができたと感じました。

タイ料理屋での体験で固まった音楽思想

西洋の言語の発音と違って、アジア各国の言葉って音声的な構造において日本語とそこまで遠くないものだと思うんですけど、それを身近で聴くのが好きで一時期タイ料理屋さんによく行っていたんです。あるとき、近くの席のタイ人の方の話に耳を傾けていたんですが、その方々が店を出る直前になって、「あれ!? これってもしかして関西弁?」と気付いたことがあって。その瞬間めちゃくちゃ鳥肌が立ってしまったんです。自分が今まで聴いてきた“音”というものの概念が根底から覆される体験。日常的に触れているはずの“日本語という音”すら選別、理解できていなかったんだとしたら、いわんや音楽をや、と。ここで自分なりの思想が改めて固まったんです。「やっぱり音楽は、耳で聴いているように思えて脳が形作っているものなんだ」と。

ジェイコブ・コリアーから影響を受けた2017年

2017年頃によく聴いていたのは、ジェイコブ・コリアーですね。その話をすると、「多重録音とかマルチプレイングの部分に影響を受けているんですか?」とよく聞かれるんですが、むしろハーモニーやリズムの感覚に強い驚きを感じました。それまで自分がまったく聴いたことのないものだった。アフロ系のビッグバンド、Letieres Leite & Orkestra Rumpilezzもこの時期に知りました。和声の連結も衝撃的で、今、改めて聴くとすごくハイコンテクストな音楽だということが分かります。

スクエアプッシャーからの影響を論じられることも多いんですが、実は初めて聴いたのはけっこうあとになってからで。ジャケもアーティスト名もなんとなくそれっぽいし、最初はメタルのアーティストかと思っていたくらいで……(笑)。実際に聴いてみると、「ああ、確かに近い」って。それと、プログレッシブロックも聴いていないわけではないんですが、1970年代のプログレ全盛当時における演奏の複雑性が録音技術の限界もあって極めて1回的で肉体的なものだとするなら、私の場合はDAWによって再現性が完璧に担保されている中で都度立ち止まりながら緻密に組み立てていくという感じなので、根本的な部分の発想法が違うんだろうな、とは思ってます。

音大で知った現代音楽の面白さ

以前は現代音楽って「ドバーン! ガシャガシャー!」みたいなものだと単純に認識していたのですが(笑)、大学で勉強するにつれて、例えばピエール・ブーレーズやヤニス・クセナキス、ゲオルク・フリードリヒ・ハースとか、楽曲を支えるアイデアを最後まで貫徹することが極端な成果を生むということに衝撃を受けて。例えば音列主義というような語法や、音のテクスチャーを数式で編み出すとか、微分音の構造分析とか、そういうものをサウンドへ昇華していくやり方がポップスにおいても見直されたら面白いだろうなと思いました。

一方で長谷川白紙名義での創作においては、頭で考えた語法を理知的に組み立てていくだけじゃなくて、ピアノの前に座って体を動かすように即興的にメロディを紡ぎ出すことも意識しています。それが自分の音楽においていわゆるポップス性を担保してくれていると思っていて。だから、特定の語法やアイデアは、あくまで自分にインストールするOS的なものなのだと考えています。去年リリースした「草木萌動」からはそうしたことを意識していましたし、最新作の「エアにに」は、より突き詰めた実践の成果だと思っています。

長谷川白紙「エアにに」ジャケット

長谷川白紙「エアにに」ジャケット

最近衝撃を受けた作曲家

最近知った音楽ですごく衝撃を受けたのは、日本ではまだあまり知られていない現代音楽作家なんですけど、ヤン・エスラ・クール(Jan Esra Kuhl)という作曲家です。イェルク・ヴィトマンのコンサートに行ったときに演奏されていて知ったのですが、なんというか、それまでの常識にないまったく新しい和声語法だと思いました。現代音楽界に限らず、「和声やハーモニーの語法はすでに20世紀で研究され尽くされているし、今後は新しいものはなにも生まれない」という言説がある意味常識化しているかと思うんですが、ヤン・エスラ・クールの曲にはそこを超えるような可能性を感じます。導音がそれぞれの配置において時代のコラージュになっているというか……和音の解決の方法がロマン派から近代から現代のそれぞれを行き来しているような感覚です。

あと最近すごいなと思ったのは、9月にMaltine Recordsから作品をリリースしたさよひめぼうさん。「なんなんだこれは……!」と思いました。それと、昔は苦手だったメタルも聴いています。特にCar Bombというマスコアバンド。めちゃくちゃ変拍子を使うんですけど、例えばラテンとかアフロみたいに、1つの環境をリズムでどう分けていくかという発想というより、もう変拍子自体が前景的に存在しているというような。今までの自分の体験にはない感覚だったので、面白いです。

長谷川白紙

長谷川白紙

長谷川白紙

1998年生まれのシンガーソングライター。2016年頃よりSoundCloudで発表していた音源が注目され始め、2017年にMaltine Recordsからアルバム「アイフォーン・シックス・プラス」を発表。2018年12月に初のCD作品「草木萌動」をリリースし、ライブ活動も精力的に行う。2019年11月に1stフルアルバム「エアにに」をリリースした。また自身の活動と並行してMaison book girl、春ねむり、ゴスペラーズの楽曲のリミックスを手がけたり、崎山蒼志の2ndアルバム「並む踊り」に参加したりと幅広く活躍している。

長谷川白紙(@hsgwhks)|Twitter

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細馬宏通(『フキダシ論』) @kaerusan

「ハイドンの名によるメヌエット」は,ラヴェルの作品の中でひときわ好きな曲だが,長谷川白紙が中学生のときにこの曲に衝撃を受けたという話を読んで,おお!となった. https://t.co/9SPbXI6Kid

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