DJ、選曲家としても知られるライター・青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、“映画音楽”の観点から作品の魅力を紹介する連載がスタート。第1回で取り上げるのは、日本で2018年に公開された「
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グレン・ミラーが流れるロマンチックなワンシーン
会話を通じたコミュニケーションが絶たれた者同士の気持ちの動きを、いかに観客に伝えるか。「シェイプ・オブ・ウォーター」は、それを音楽で見事に表現した作品である。
舞台は1962年のアメリカ。政府の極秘研究所で清掃員として働くイライザ(サリー・ホーキンス)は、研究所に運ばれてきた不思議な生き物を偶然目にしてしまう。この生物は言うなれば半魚人で、アマゾンの奥地から連れて来られた。彼の地では神のように崇められていたそうだ。その半魚人がなぜアメリカにいるかといえば、国家が絡む研究プロジェクトの実験材料にされるためである。冷戦真っ只中、加えて宇宙開発競争が過熱していたことがこのプロジェクトの背景にある。
イライザは子供の頃から声を出すことができず、他者とのコミュニケーションは基本的に手話だ。一方の“彼”(半魚人には名前がないので便宜上こう呼ぶ)も呻き声だけで人間の言語は話さない。だが、両者がディスコミュニケーションかと言えばさにあらず。彼がつながれているプールで、イライザはゆで卵をプールの縁に置き、手話で彼にこう伝える。「卵」。彼はそれをつかんで水中へ。いつしか彼もその動きを覚えて、卵の殻を見ながら「卵」と手話をする。ある日、イライザはポータブルレコードプレイヤーをプールに持ち込んでレコードをかけた。グレン・ミラーの「I Know Why (And So Do You)」だ。そして、彼に向かって手話で「音楽」と話すと、彼もそれを真似て手話で「音楽」と言う。実にスイートな歌詞を持つこの曲を聴きながら、イライザはサンドイッチを、彼はゆで卵を食べる。なんともロマンチックな食事シーンである。
こうした交流を繰り返し、イライザと彼は言葉を交わさずとも距離を縮めてゆく。あるときなどは、イライザがレコードの音楽に合わせて掃除用具のモップを絡めたダンスを彼に披露するのだが、これに限らず本作ではダンスがそこここに見られるのも特徴である。
イライザの隣人で老画家のジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)の部屋にあるテレビに流れる「小連隊長」(1935年公開)のビル・“ボージャングル”・ロビンソンとシャーリー・テンプルのタップダンス、あるいは同じくテレビ画面の中のミュージカル「Hello, Frisco, Hello」(1943年公開)でアリス・フェイが電話の受話器片手に歌う「You'll Never Know」。物語の後半、彼を研究所から奪い、自宅で匿うイライザが彼と結ばれるシーンで流れるマデリン・ペルーの「La Javanaise」(ご存じセルジュ・ゲンスブールのカバー)は、事後イライザが仕事へ向かうバスの車窓を伝う雨垂れが戯れ、ダンスして1つになる美しい映像へと引き継がれてゆく。極めつけは、彼を桟橋から海へ還す前、イライザの思いの丈をオーケストラをバックに彼女と彼が歌い踊るモノクロの美しいミュージカルに仕立てた場面で、ここでは「あなたには 決して分からない 私がどんなに あなたを愛しているか あなたには 決して分からない どれほど深く 私が想っているか」という歌詞の「You'll Never Know」が再び引かれている。
音楽とダンスと手話に導かれて迎えるエンディング
さて、これまで既存曲やテレビ画面中の音楽に言及してきたが、話をアレクサンドル・デスプラによるオリジナルスコアに移すと、オープニングのタイトルバックで流れるテーマは、口笛による郷愁を帯びた主旋律を、優雅で浮遊感のあるストリングスが支えるもの。中盤から顔を出すバンドネオンの音色が懐かしくもほろ苦い印象を与える、まさに本作のテーマにふさわしい曲だ。このテーマは、「Elisa's Theme」では朗らかに、「Elisa And Zelda」では明るいワルツに、「The Silence Of Love」では緊張感のある低音の前奏を付けて、「Underwater Kiss」ではリリカルなピアノを主として──といったように変奏され、作中で繰り返し聴かれることとなる。
このほか、研究所から彼を連れ出すシーンの緊迫感とイライザたちの強さを、10分以上にもおよぶ曲「The Escape」で表しているのは圧巻だ。こうして、音楽とダンスと手話──すなわち会話以外のコミュニケーションに導かれて迎えるエンドロールにはもう一度「You'll Never Know」が流れ、映画は優しい余韻と共に幕を閉じる。
最後に映画そのものについて少しだけ述べておくならば、1962年のアメリカを舞台にした本作は、当時のアメリカ国内外の状況を念頭に置いて観るとより深みが増すはずだ。冷戦、宇宙開発競争は先に述べたが、黒人や障がいを持つ人、同性愛への差別、フランチャイズ式チェーン店の進出、ノーマン・ロックウェルのイラストのごとき“理想の家庭像”、テレビの普及と映画産業の衰退……こうした要素が随所に盛り込まれているからだ。そうした中で、言葉を発することができない女性と異形の者がお互いの思いを信じて結ばれるという作品が「シェイプ・オブ・ウォーター」なのである。
「シェイプ・オブ・ウォーター」
日本公開:2018年3月1日
監督:ギレルモ・デル・トロ
音楽:アレクサンドル・デスプラ
出演:サリー・ホーキンス / マイケル・シャノン / リチャード・ジェンキンス / ダグ・ジョーンズほか
配給:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
- 青野賢一
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東京都出身、1968年生まれのライター。1987年よりDJ、選曲家としても活動している。1991年に株式会社ビームスに入社。「ディレクターズルームのクリエイティブディレクター兼<BEAMS RECORDS>ディレクターを務めている。現在雑誌「ミセス」「CREA」などでコラムやエッセイを執筆している。
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ちなみにこの連載、月イチ更新の予定です。お付き合いいただけたら幸いです。/シェイプ・オブ・ウォーター | 青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.1 - 音楽ナタリー https://t.co/HCL8VwbIN0