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山口百恵のシングルベスト「山口百恵PLAYBACK 1973-1982」アナログジャケット。

解説

音楽偉人伝 第3回

山口百恵(前編)

デビューからの3年間、その移ろいはまるで蝶のよう

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日本の音楽史におけるアーティストの功績を音楽的な側面からたどる本連載。2人目に取り上げるのは、わずか7年半あまりの短い芸能生活の中で数々の伝説を残したスーパースター山口百恵。短いながらも濃密な彼女の歴史を前後編に分けてお伝えする。まずは前編、14歳でデビューを果たしてから「横須賀ストーリー」を歌うようになるまでの約3年間を追う。

文 / 久保田泰平 編集・構成 / 木下拓海 画像提供 / ソニー・ミュージックダイレクト

巻き返しの一手、“青い性”路線

1971年秋に始まった日本テレビ系のスカウト番組「スター誕生!」。歌手になりたいと夢見る者なら誰でも応募することができたこの番組は、放送開始当初から評判を呼び、単に“歌が上手、可愛い、カッコいい”だけでは測れない豊かな個性を持った歌手を多数輩出していった。山口百恵もその放送を毎週楽しみにしていたそうだが、あるとき出演していた同い年の少女に感化され、中学2年の夏に同番組へ応募ハガキを出す。書類選考と予選会を経て、番組での最終予選に進んだ百恵は見事合格。数週間後に行われた決戦大会でも十数社がスカウトのプラカードを挙げ、こうして歌手・山口百恵のストーリーは始まっていった。時に、13歳の冬。

1973年春、1stシングル「としごろ」でデビュー。同じく「スター誕生!」をきっかけにデビューした同い年の森昌子、桜田淳子とは“花の中三トリオ”と呼ばれ、やがて映画共演も果たすことになるのだが、冒頭で述べた百恵が「スター誕生!」を観ていて感化された“同い年の少女”とは、森のことである。“恋する気持ちのめざめ”をハツラツとしたメロディに乗せて歌った「としごろ」は、14歳の新人として世間一般に好印象を与える楽曲ではあったが、しかしほかの女性アイドルと比べてとびきり個性が際立っていると言うまではなく、実際セールス的にも大きな成果は生まれなかった。そこで早々に路線変更を図ったスタッフは、2枚目のシングルに「青い果実」を用意。「あなたが望むなら 私何をされてもいいわ」……歌い出しからセンセーショナルなこの楽曲で、百恵は世間に大きな衝撃を与える。

15歳の夏、「ひと夏の経験」

この大胆で早熟な“青い性”路線は、その後の百恵の世界観の肝となっていくのだが、清純な中学3年生が際どい歌詞を歌うことに対して「下品」「意味がわかって歌っているのか?」といった声も上がった。しかしながら、そもそもはスタッフのアイデアから生まれた路線ではありつつも、成長真っただ中の十代の百恵はいつしかそれを自らのものとして独特の雰囲気を醸し出していき、そして1974年にリリースした5枚目のシングル「ひと夏の経験」でその極みを迎える。「あなたに女の子の 一番大切なものをあげるわ」。時に、15歳の夏。

こうして女の子アイドルの基本形の正反対を歩みながら、独自の世界観を築き上げていった百恵。しかしその一方で、歌番組でのトークや雑誌のグラビアなどでは親しみやすいキャラクターを覗かせていた。よその女の子とは違うことをアピールするわけでもないごく自然な佇まいは、逆にアイドルよりもアイドルらしく、お茶の間からの好感を集めることになった。

ちなみに「ひと夏の経験」が発表された1974年は、女の子のほうから別れを切り出す「ちっぽけな感傷」、死をも考えるシリアスな恋愛模様を歌った「冬の色」も発表し、特に後者は初のオリコンシングルチャート1位のヒット作にもなっている。さらに映画「伊豆の踊子」では初主演を果たし、女優としても大きな一歩を踏み出したのだが、ここで共演した三浦友和とはその後も映画、テレビドラマでたびたび共演し、世間では“ゴールデンコンビ”として定着。やがて本物の愛を育んでいくことになる。

早熟少女からの脱却

16歳を迎えた1975年、百恵は4枚のシングルを発表する。中でも9月にリリースされた「ささやかな欲望」は、とても物寂しいメロディを持った別れの曲で、“離れたくはないけれども離れなくてはいけない”という複雑な感情を声にしているのだが、その表現力たるや高校2年の女の子とは思えないほどの切実ぶり。この楽曲は彼女の代表曲として挙げられることは少ないかもしれないが、もはや他の追随を許さない存在感をはっきりと示した曲であると言えるだろう。

同年12月発表の「白い約束」は、それまでほとんどのシングル曲で作曲を手掛けてきた都倉俊一に代わって三木たかしが書いたもので、並の歌手なら地味な曲にもなりかねない難しい楽曲を見事にエンタテインさせている。百恵はその傍らで女優業でもさらなる飛躍を見せ、白血病に冒されたヒロインを演じたTBS系のテレビドラマ「赤い疑惑」では、日本国中から「百恵ちゃん、死なないで」といった声が上がるほど視聴者をその世界に引き込んだ。その勢いは海の向こうにまで飛び火して、中国でも大ヒット。百恵は、中国でもっとも知られる日本人女優にまでなったのだ。

すべてが順調のように見えた17歳の百恵。しかし当初打ち出していた“青い性”路線によって定着したイメージに、彼女自身が徐々に違和感を抱くようになっていたと言われている。いつまでも“早熟少女”を続けるわけにはいかず、そこで心機一転すべく作詞家に阿木燿子、作曲家に宇崎竜童を起用。こうして両者初顔合わせで作られた楽曲は、13枚目のシングルとして発表される。それが「これっきり これっきり もうこれっきりですか」でおなじみの、「横須賀ストーリー」だ。

キャッチーなフレーズと、オールディーズ調のノリのいいテンポ。それまでの翳りある少女のイメージから打って変わって、強く、潔く、“ワルな匂い”すらも感じさせる女性像へと一変させたのだ。セールス面でも約66万枚という自身最高を記録し、以後、阿木&宇崎は鉄板コンビとして活躍するようになる。

こうして新たな扉が開かれた山口百恵。高校卒業を目前に控え、彼女の顔にはうっすらと大人のオンナの表情が見え隠れしていた。

<つづく>

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久保田泰平

音楽ライター、編集者としてさまざまな媒体で執筆中。FMおだわらで隔週月曜日に放送される“野球と音楽をつなげる”がテーマのラジオ番組「NO BASEBALL, NO LIFE. supported by Full-Count」に出演している。

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