「頭の中をのぞいてみたい」とは、時折聞かれる、観客から創作者らへの賛辞の言葉。令和の演劇界において、長期的な視点から綿密な物語を編むことのできるクリエイターの1人、劇作・演出家の
第4回は、劇作・演出家の
カンパニー形成には正解がないけれど…
末満健一 今回は劇作家の方をゲストにお招きしたかったのですが、劇作家の知り合いがあまりにも少なかったので、僕の舞台を観てくださっているという青木豪さんに来ていただきました。
青木豪 うれしいです(笑)。末満さんの作品は、昨年の「LILIUM -リリウム」の再演(参照:TRUMPシリーズ15周年の幕開けを飾る、“新約”「LILIUM」スタート)と、田村芽実さんが出ていた「Equal-イコール-」(参照:“今しかないこの輝きを見て欲しい”、田村芽実&めがね「Equal」開幕)を配信で観たり、「舞台『刀剣乱舞』維伝 朧の志士たち」(参照:刀ステ「維伝」幕開け、陸奥守吉行役の蒼木陣「未来につながる作品に」)を観たりしていました。この前の「イザボー」(参照:“最悪の王妃”演じる望海風斗のキュートさがこぼれ落ちる、ミュージカル「イザボー」開幕)は配信期間が間に合わなくて、良いところで時間が来てしまって。最後のちょっと前まで観ました。
末満 ありがとうございます(笑)。僕は、青木さんの舞台をそんなにたくさん観させていただいているわけじゃないんですけど、最近のものでは「十二夜」(参照:青木豪演出「十二夜」東京公演が幕開け、主演・前山剛久「本当に幸せ」と感慨)とか、だいぶ昔に大阪でグリングの公演も拝見させていただきました。あとは青木さんが脚本を書かれた劇団☆新感線「鉈切り丸」など。なので、何から聞いたら良いかな……豪さんは劇作家として先輩なので、僕の悩みを聞いてもらおうかな?
青木 あははは。
末満 僕はずっと関西の小劇場でやってきたんですけど、その頃は周囲の演劇関係者から「(作風がマンガ的だったので)あんなものは演劇じゃない」って言われていたんですよ。東京に出てきたら「東京の演劇じゃない」って言われて。2.5次元舞台でも「2.5じゃない」、最近やったミュージカルでも「ミュージカルのやり方じゃない」と、常に「じゃない」「じゃない」と言われ続けてきたんですよね。豪さんは劇団四季をはじめ、いろいろなカンパニーやジャンルで仕事をされていて、すごいなと思うのですが、例えばカンパニーごとの作品づくりでは何を意識されているんですか?
青木 何を意識してるだろう?(笑) スタッフチームを自分で選べる作品と、すでに決められている作品があるので、TPOに合わせて自分のスタンスも毎回変えているかな。
末満 スタンスを変えられるのってすごいですね。スタンスってある種の拠り所でもあるじゃないですか。それを変えるのは簡単なことじゃないです。歌舞伎や宝塚歌劇もそうですけど劇団四季も長い歴史の中で培われたものがありますよね。
青木 劇団四季は小学生の頃から好きだったんですよ。歌舞伎も蜷川幸雄さんの舞台も昔から好きだったし、高校の終わりからずっと観ていた劇団☆新感線も含めて、好きな人としか仕事をしていないのかもしれないですね。苦手だと感じる仕事の現場は淘汰されていっています。
末満 自然に残った現場が、豪さんに合うところということですか?
青木 うん。劇団四季についても「母音法でセリフのしゃべり方が決まってるから大変だったんじゃない?」って、僕から悪口を引き出そうとする人たちによく会うけど(笑)、もともと好きだったからすんなりと受け入れられたし、セリフ術についての共通言語が劇団員の間でしっかりできているから、僕が理解すれば、例えば「十六分音符で喋って欲しい」とか「休符を入れて欲しい」って提案するとすぐにできるので、意思疎通をするのはむしろ楽でした。逆に初舞台の人がいる座組みのプロデュース公演で、お互いに共通言語がない状況では、“探る”っていう作業が一番大変ですよね。
末満 確かにそのあたりは難しいですね。舵取りを誤れば遭難してしまいますし。劇団四季には外部の演出家を呼ぶという印象がなかったので、「恋におちたシェイクスピア」で豪さんが演出をされたときは、すごい事件が起こっているなと思いました。
青木 51年ぶりだったみたいです。福田恆存さん以降、初めて呼んだ外部の日本人演出家だと聞いて、歴史だなあと思いました。
47歳の末満健一、今、劇団をやりたくてしょうがない
青木 大阪で「演劇じゃない」と言われた頃はどんな芝居をしていたんですか?
末満 もともと惑星ピスタチオという劇団に役者として所属していたんです。2000年に劇団が解散したときに、僕には“解散”という出来事があまりにもつらくて、解散をもう二度と経験しないですむように自分のユニットを作ろうと。それでメンバーが自分1人だけで公演ごとに出演者を集めるプロデュース形式のユニットであるピースピットを始めました。作風で言うと“エンタメ系”とよく言われていました。所属していた劇団の作品が、“宇宙をまたにかけた逃亡劇”とか、“音速で走るランナーたちの物語”とか、どうやって演劇でやるの?という設定を身一つで表現するという挑戦的な演劇でした。その影響は受けていたんだと思います。自分で脚本と演出をやるようになってから「じゃない」「じゃない」と言われ続けながらも数だけはたくさんやらせてもらいましたけど(笑)。そういう僕からすると、豪さんは多彩なカンパニーで作品を手がけられていて、すごくご苦労されているんじゃいなかと。
青木 いやいや、劇団をやっているときより、今のほうが気持ちは楽ですよ。
末満 僕は今年で48歳なんですけど、豪さんは47歳のときにグリングを解散されたんですよね?
青木 そう、2014年に解散しました。でも、休止公演「Jam」は2009年だったので、最後の公演は僕が43歳のときでしたね。だから、結婚で言ったら「Jam」から解散までは“別居”。2014年にふと、「これはもう戻ることはないな」と思って、すべてを畳んだ感じです。
末満 僕は今、豪さんがグリングを解散した年齢と同じくらいなんですけど、逆に劇団をやりたくてしょうがないんです。身辺整理をして、劇団活動に戻ろうかと思うくらい。商業演劇で出自や演劇に対する考え方が違う人たちを、同じ方向にまとめて作品を作ることも面白いんですが、「今、劇団をやったら何ができるんだろう?」と考えてしまって。劇団形式でしかやれないこともありますし。いざ劇団旗揚げしておいて2・3年で終わる可能性もありますけどね(笑)。実は昨年、執筆中だったものも含めると新作を7本くらいやったんです。どれもすごいボリュームで、その繰り返しに疲弊した……のかな。
青木 全部新作で? それは大変ですね。そんなにたくさんの作品を書かれている中で、僕がすごいなと思うのは、1つひとつの物語の世界観がすごくしっかりしていること。例えば「TRUMPシリーズ」には繭期があって、その世界の中で人が生きているマップみたいなものの輪郭がはっきりとしている。僕は1つの世界を考えることがなかなかできないから、末満作品を観るといつもうらやましいなと思うんです。執筆するときは、ご自身の頭の中に描きたい世界が1つ、確実にあるような感じなんですか?
末満 そうですね。でも、世界観が書きたいものの根幹ではなく、書き進めるうちに僕は“生死の話”に行き着いてしまうんですよね。手を替え品を替え、毎回同じことを語っているなというふうには思います。だからせめて外側だけでも違うものにしようと世界観にこだわっているのかもしれません。最近ではそのどうしても滲み出てきてしまう思想のようなものを、原作がある作品に意図せず重ねてしまうことがしんどくなってきていて。それに、シリーズばかりをやっていると、たまに何も関係ないオリジナルをやったときに、お客さんに見向きもされないんですよ。「そんな暇があったらシリーズの続きを書け」と言われているようなジレンマはあります。シリーズものは固定のお客さんがついてくれてとてもありがたい反面、そこに縛られてしまうという、諸刃の剣なところがあるんです。
青木 確かに、そうですよね。
物語を作ることが苦手、青木豪の執筆動機は“役者”
末満 豪さんが観てくださった「イザボー」は、ミュージカル好きが高じて、自分も本格的にミュージカルに挑戦したかったという経緯があります。日本のミュージカル界は大多数が海外からの輸入モノなので、まだ誰も知らない歴史上の人物をモチーフにして日本が世界初演となるオリジナルミュージカルをやりたいなと。10年ほど前に“ジャンヌ・ダルクが生きていた”という実際にあった詐欺事件を題材にしたミュージカルを作ったときにイザボーという人物を知ったんですが、すごく興味深い人生を送られた方だったので、いつか誰かがやりそう、いや誰もやらないでくれ!と10年間願い続けて、結局誰もやらなかったから僕がやることができました(笑)。難しい題材でしたが、公演直前にジャンヌ・ダルクを主人公にした舞台が同じ劇場(東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場))で上演されていたので、お客さんが周辺歴史を予習してくれていた状況でした。偶然に助けられつつ、「イザボー」の数奇な物語を届けることができました。今はMOJOというプロジェクトで「オリジナルミュージカルの創作をがんばりたい」と思っています。
青木 僕は、末満さんのように自分のプロジェクトを持ってないんですよね。やりたいことの構想を事務所で話したりはしますが、「来年、仕事大丈夫かな? 再来年は大丈夫かな?」と思っていると、ありがたいことに仕事をいただけたりする。それで、来た仕事を必死でやっていくうちに、時間が過ぎちゃっているんです。僕が一番本数を持っていたのは、蜷川さんが「ガラスの仮面」をミュージカルにしたとき(編集注:2008年に上演された彩の国ファミリーシアター「音楽劇 ガラスの仮面」。北島マヤ役の大和田美帆、姫川亜弓役の奥村佳恵がオーディションで選ばれた)。僕にとっての初めてのミュージカル作品で、蜷川さんに「青木くん、今年は何本?」と聞かれて、翌年の分も書いていたので「9本です」と答えたえら、「すごいね、でも俺10本だから。勝ったね」とおっしゃられて。そんなこと僕と勝負しなくても良いんじゃないかなと思いました(笑)。
末満 演出で10本? 天上人の会話ですね(笑)。
青木 蜷川さんは70歳を過ぎても絶えず年に10本前後やられていましたから、すごいですよね。話は戻りますけど、僕は末満さんの劇世界がきちんとあって、それを書かれていることがうらやましいんです。僕は物語を作ることが苦手なのと、言ってしまえば物語にあまり興味がないんですよ。観た映画の結末もすぐに忘れちゃうし、映画「スター・ウォーズ」を観て、「わ、このキャラとあのキャラ、そういう関係なんだ!」って3回驚いたことがある。話の筋を覚えないから、舞台の脚本を書くときも、役者さんありきで、その人がどうだったら面白いかと物語を考えていくんです。
末満 役者ありきの書き方というのも良いですよね。「TRUMPシリーズ」は有難いことに思いもよらずシリーズ化することができたので、作品の世界観の中に役者をはめ込むような罪悪感もあって。ただ、後世に残るようなオリジナル作品を作りたいという欲があるから葛藤しています。役者さんありきという切り口から戯曲を書けるのは、正直うらやましいです。5年くらい前に初めてブロードウェイに行ったときに、上演されている作品のクオリティの高さや、新作・旧作がバンバン上演されているという状況にカルチャーショックを受けたんですよ。僕は20年くらいこの業界にいて、おそらく300本以上作ってきたけど、そのほとんどが1回で終わっていく。作品を使い捨てにせず、末長く大事にできるオリジナル作品を作りたいんです。今年の春に上演された豪さんの「あのよこのよ」(参照:「あのよこのよ」開幕、安田章大「頭を空っぽにしていただける時間を提供出来たら」)には、原作はないですよね?
青木 完全オリジナルです。原作も史実もないところから作ったのは、音楽劇「マニアック」(参照:「マニアック」東京で開幕、古田新太「ちょっといい作品になっちゃったな」)以来、5年ぶりですね。「マニアック」は、古田新太さんが「豪ちゃん、怒られる芝居作ろうよ」っておっしゃって、何をしたら怒られるかをひたすら考えて作りました(笑)。
末満 あははは(笑)。
青木 末満さんは、執筆中の気分転換に何をしますか?
末満 別の作品を書きます。今やらなくてもいい作品を書き始めたりしますね。仕事からの現実逃避が別の仕事なんです。
青木 そうなんだ(笑)。僕は書いている途中で別の作品に手を出すのは難しいなあ。こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、なるべく書きたくないの。最近は午前中に映画を観てインプットするという楽しさを覚えたんですが、前はだいたい3時か4時までお酒を飲みながら書いていたんですよ。それで早朝に事切れる。だから午前中は使い物にならないことが多くて。“青木B”にならないと書けないんです。
末満 そうなんですね、先輩がそんな感じでちょっと安心しました(笑)。でも僕は、いつか豪さんに「TRUMPシリーズ」を書いてほしいなともくろんでいるので。コロナ禍のときに僕以外の6人の作家さんで「黒世界 ~リリーの永遠記憶探訪記、或いは、終わりなき繭期にまつわる寥々たる考察について~」(参照:shared TRUMP作家陣発表!中屋敷法仁、ハライチ岩井、葛木英ら6組参加)というオムニバスをやったんですが、それがすごく楽しくて。ぜひ豪さんにも書いてもらいたいなと。
青木 うわ、それめっちゃ緊張する。「なるべく書きたくない」って言ってるのに(笑)。末満さんは脚本と演出だったらどちらが好きですか?
末満 ケースバイケースですけど、僕の場合は書くまでがしんどいんです。書かなきゃいけないのに「今は書くときじゃない、自分の中でそこまで高まっていない」とか思ったりして。だから締切も守れませんし、逆に頼まれていない台本が上がったりします。良いこととしては、頼まれていないのに書いた台本にはシリーズものもオリジナルものもあるので、何か緊急事態が起きたときに「これどうですか?」と出せる玉を持っているということですね。
青木 素晴らしいですね(笑)。
劇作家の孤独な作業は、初日の幕が開き、観客の顔を観て報われる
末満 豪さんは書けないときの解決策はあるんですか?
青木 人に話すことかなあ。とあるマンガ家さんのエッセイの中に、マンガ家さんも編集者やほかにブレインがたくさんいて、実は困ったときに相談しているというようなことが書いてあって、意外と全部1人で書いているわけじゃないんだなって思いました。そのブレイン、劇作家にも欲しいなと。
末満 欲しいですね。以前、MONOの土田英生さんとお話しする機会があって、土田さんも書けないときには「誰かに話す」とおっしゃっていました。的にボールを当てる壁打ちみたいに、何かを話したら何かが返ってきて、ラリーのような対話から解決策が生まれるって。僕は相談したいときに近くに相談できる人がいない場合は、落語みたいに自分で質問して自分で答えるっていうやり方をするようになりました。「お前これどう思う?」「いや、それはね」って。もちろん同じ脳みそだから、良いキャッチボールにはならないんですけど(笑)。
青木 書くって孤独な作業ですよね。その孤独な作業が浮かばれるのにはいろいろな段階があると思うけど、僕は、役者陣が初めて本読みする声を聞いて「大丈夫かも」って思えた瞬間に、少しだけホッとします。
末満 ああ、なるほど。僕は、本読みのときは針のむしろ状態で……。チープなセリフ書いちゃったなとか、成立してないなとか、語尾はこれじゃなかったなとか、細かいことが露呈されてチクチクと刺さるんです。台本を書けた瞬間には開放感があって、提出するときは気持ちが重くて、読み合わせでは針のむしろ。だから公演初日が終演したときが一番、報われる感じがあります。
青木 そうかもしれない。お客さんの顔を観て、満足そうだったら「良かったな」と思いますよね。
末満 そうですね。ただ、マンガ家や映画監督のドキュメンタリーを観ていて思いますが、人は誰しもそれぞれ孤独を抱えながら生きているけど、作家はそれをネタに本を書くから、孤独がより鮮明になる気がします。逃げ切られないのかなって。結婚したり子供ができたりして作風が丸くなっていく同業者をたくさん見てきましたが、自分は何かが満たされたり、充実してしまったら、面白いものが書けなくなるという自信があります。不幸な自分を切り売りするっていうと嫌な商売のように思えますが。そんなことないですか?
青木 僕はね、結婚してからバイトを辞めて、劇作家として食えるようになったんです。独身のときは物書きとしてお金をもらったことがほぼなくて。だから、結婚してダメになるのとは逆の人間ですね。でも面白いのが、自分が不幸だとすごく幸せな物語を書きたくなって、幸せだと「こんなはずない」と思って悲劇を書きたくなる。
末満 僕が「これはひどい話だなあ」と思った「鉈切り丸」を書いたときは幸せでした?
青木 幸せだった(笑)。
末満 じゃあその理屈で言うと「IZO」(「いのうえ歌舞伎☆號『IZO』」)のときも幸せでしたよね?
青木 めっちゃ幸せなときに書いた(笑)。いのうえひでのりさんに「映画みたいにもっとアップのようなシーンを書いて良いよ」って言われたので、相手の目を切るというシーンを書いたんだけど。それ、幸せ絶頂のときです。防衛本能みたいな感じなのかな。不幸なときは本当の不幸がやって来るから、少しでも幸せなことを考えようとするのかもしれない。
末満 なるほど。僕は書くものに悲劇が多いんですが、悲劇を書くとメンタルがそっちに引っ張られちゃうんですよ。だとすると、そうか、今こそ幸せな物語を書いたら良いんだ。幸せな物語を書いたのは、10年以上前が最後だもんなあ。
青木 (笑)。
末満 いや、本当に同業者との接点がないし、脚本を書いている人、演出している人の友達がいなさすぎて、自分だけがおかしいのかなと思っていたんですが、失礼な言い方かもしれないけど、おかしいのは自分だけじゃなかったんだと(笑)、お話を聞いていて思いました。
青木 良かった、良かった。僕も同業者としゃべるのはすごく久しぶりで。赤堀(雅秋)くんとは彼の作品に僕が出て、そのあと僕の作品に赤堀くんが出てもらってということがあって、お互い劇団をやってた頃は割としゃべってたし、あと劇団桟敷童子の東憲司さんとは、こういう取材でお話ししたのがすごく楽しくて、親しくなりました。東さんとは接点がまったくないようで、実は好きな芝居が似ていたり、東さんが蜷川さんの「タンゴ・冬の終わりに」を観て感激して紙吹雪を持ち帰った話をしてくれたりして、この人とは話ができる!と思ったんです。紙吹雪は演劇好きのロマンだから。もう数年に1回くらいになってしまったけど、今でも困ると東さんに電話して「つらいんですけど」って言うと、東さんは「僕もつらいよ」って返してくれる(笑)。ここのところは劇作家さんとだいぶしゃべっていなかったので、今日は楽しかったです。
末満 コロナのあおりでアフタートークもだいぶ減りましたしね。ちょっと病みそうになったら、豪さんとの飲みをセッティングさせてもらおうかな。
青木 ぜひどうぞ(笑)。飲みながらだと余計に盛り上がると思います。
プロフィール
青木豪(アオキゴウ)
神奈川県出身。1997年に劇団グリングを旗揚げ。2014年の解散まで全18公演の作・演出を務めた。現在はプロデュース公演や他劇団への脚本提供、演出を手がけている。2009年、HTBスペシャルドラマ「ミエルヒ」(脚本)で第47回ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、2010年にNHK-FMシアター「リバイバル」(脚本)でABU賞を受賞。2011年に「往転-オウテン」(演出)で第66回文化庁芸術祭新人賞を受賞。2012・2013年に文化庁新進芸術家派遣制度によりロンドンに留学した。近年の作品に、「あのよこのよ」(脚本・演出)、歌舞伎「極付印度伝 マハーバーラタ戦記」(脚本 / 2017年、2023年)、劇団四季「恋におちたシェイクスピア」(演出)・「バケモノの子」(演出)、劇団☆新感線「ミナト町純情オセロ~月がとっても慕情篇」(脚本 / 2020年、2023年)、椿組2024年夏・花園神社野外劇「かなかぬち~ちちのみの父はいまさず~」(構成演出)、舞台「両国花錦闘士」(脚本・演出)など。「舞台『応天の門』」(演出)が12月に控える。
末満健一(スエミツケンイチ)
1976年、大阪府生まれ。脚本家・演出家・俳優。関西小劇場を中心に俳優として活動したあと、2002年に自身の脚本・演出作品を発表する場として、演劇ユニット・ピースピットを旗揚げ。2011年、脚本・演出を手がけたTAKE IT EASY!「千年女優」の再演以降、活動の場を東京にも広げる。2019年には、自身が手がけるライフワーク的作品「TRUMPシリーズ」が10周年を迎えた。「TRUMPシリーズ」のもととなった「TRUMP」は現在「ヤングエース」(KADOKAWA)にてコミカライズ連載中で、2021年6月には単行本第1巻が発売された。手がけた舞台作品に「浪花節シェイクスピア『富美男と夕莉子』」(脚本・演出)、「ムビ×ステ『漆黒天 -始の語り-』」(作・演出)、「舞台『鬼滅の刃』」シリーズ(脚本・演出)、「舞台『刀剣乱舞』」シリーズ(脚本・演出)、ミュージカル「ダーウィン・ヤング 悪の起源」(潤色・演出)、オリジナルミュージカル「イザボー」(作・演出)など。「TRUMPシリーズ」のテレビアニメ版「
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neji @schneehoppli
劇団四季『恋におちたシェイクスピア』のことも少し語られています。
(彰孝さんウィルと紗衣さんヴァイオラのお写真も) https://t.co/4s24AM2a8Q