「頭の中をのぞいてみたい」とは、時折聞かれる、観客から創作者らへの賛辞の言葉。令和の演劇界において、長期的な視点から綿密な物語を編むことのできるクリエイターの1人、脚本家・演出家の
第3回では、昨年6・7月に上演され、末満が潤色・演出を手がけたミュージカル「ダーウィン・ヤング 悪の起源」のプロデューサー・鈴木隆介が対談相手を務める。鈴木はミュージカル「ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド」、ミュージカル「この世界の片隅に」など、さまざまな舞台作品のプロデュースを担当するほか、“三銃士企画”として社外の同い年のプロデューサーと共に舞台を制作。さらにはスターの原石を見つけるためのオーディション「東宝シンデレラ」「TOHO NEW FACE」にて2022年に新設されたミュージカル部門で審査員を務めている。「ダーウィン・ヤング」以来、久しぶりの再会となった2人が、今後の舞台界を牽引する俳優像について語り合った。
「末満がまたお気に入りの俳優をキャスティングしている!」は、たまたまなんです
末満健一 鈴木さんとはミュージカル「ダーウィン・ヤング」でご一緒しました。今回のトークテーマは“俳優”ということで。鈴木さんは舞台プロデューサーとしてキャスティングにも関わられていらっしゃいますよね。
鈴木隆介 まず、東宝には演劇部という部署がありまして、その中のプロデューサー室でプロデューサーが企画・キャスティングを、企画編成室が年間のラインナップを担当しています。プロデューサーは公演を立ち上げる際に、キャラクターやキャリア、集客力などを総合的に企画編成室と相談してキャスティングを決めています。キャスティングについては、僕らが演出家とアイデアを出し合い、企画編成室にも確認を取りながら決定していくという流れです。企画編成室は年間の上演ラインナップを把握していて、主要なキャストのスケジュールを把握していますので、連携が大切です。私もプロデューサーになる前、10年ほど企画編成室(当時は企画室)にいたのですが、海外や日本の映画畑で言う、キャスティングディレクターやキャスティングルームの仕事を想像していただくと近いかもしれません。
末満 舞台界ではその辺りの仕事をプロデューサーが兼任されることが多いのかなと思います。でも東宝のような大きな会社では舞台の分野でも分業されているんですね。読者の皆さんは意外に思われるかもしれませんが、僕は2.5次元舞台や規模が大きい作品のキャスティングには、実はあまり関わっていないんですよ。「末満がまたお気に入りの俳優をキャスティングしている!」なんて言われることもあるけど(笑)、たまたまそうなっているだけで。ほかの演出家はどうなんですか?
鈴木 僕らが制作する舞台の演出家はそういったタイプの方も多いと思います。いずれにせよ、出演者を決める前に、演出家に相談は必ずします。「このキャストご存じですか?」といった感じで。
末満 そう聞かれることはよくありますね。僕は、例えばオーディションでキャストを決めるとき、「この作品における役にはちょっと雰囲気が合わない」とか「相手役との掛け合いやバランスが合わなさそう」と感じたら、「ほかの人にもあたってみてほしい」という希望をプロデューサーに伝えることは多いです。演出家である僕は作品を軸としているので、集客を軸にキャスティングを考えることはありません。鈴木さんはプロデューサーとして、キャスティングの際に舞台俳優のどのような部分を見ていますか? まあ、総合的にだとは思うのですが。
鈴木 そこはまさに個々のプロデューサーのカラーが出るところかもしれませんが、全体の傾向としては華やかで規模が大きい作品を上演することが多いので、知名度や人気があるかどうか、旬な人かどうかということは大事な要素だと思います。「ダーウィン・ヤング」を例に挙げると、この作品はミュージカルだったので、まずはお客様に満足していただける歌唱力を持った方を前提に選び、そこから作品のキャラクターにハマるかハマらないかを考えました。役を作り上げていく作業や調整は、主に稽古場で演出家が担うものなので、そこは演出家の判断も大事になってくるわけです。また、若い俳優の場合は“伸び代”も見ていますね。伸び代にも、稽古期間中の1・2カ月の短期的なものから、3年後、5年後にどういう俳優になっていくかという長期的なものまであって。数年後の伸び代は、その時点でのキャスティングには大きく影響はしないかもしれませんが、長い目で見て、これからもずっと仕事をしていきたいと思う俳優はたくさんいらっしゃるので、そのことも想像しながら考えていきます。
芸能の仕事とは“巡り合う運”
末満 作品に合わせて俳優に出演を依頼するキャスティングとは別に、オーディション形式でキャストを決めることもありますよね。鈴木さんにとって、オーディションをする、しないの基準はどこにあるんですか?
鈴木 私の場合は“1・2年以内に上演する”という、割と差し迫った状況が多いので(笑)、作品の要となる方は、こちらの中でも選択肢が限られてくるんです。なので、オープンにオーディションをすることはなかなか難しくて。ある程度人選を絞ってから限られた人数を呼んで、その人に作品を担ってもらえるか、こなせるかを判断します。オールキャストオーディションで海外演出スタッフがすべての役を見るミュージカル「レ・ミゼラブル」のような作品とは真逆ですね。理想は演出家が全部に目を通して決めるのが作品にとって一番良いと思います。でもそれも、応募者の中に適した人材をどれだけ集められるか次第なので、やはり早いタイミングで動くことが大事ですね。
末満 規模は違いますが、「LILIUM -リリウム 新約少女純潔歌劇-」という作品をフルオーディションでやったときに僕も、「人が来なかったらどうしよう?」と思いました。ミュージカルであれば、歌えて、踊れて、芝居もできて、さらに性格も良くて集客力もあるみたいな(笑)、全部そろっている人がもちろん良いんですが、すべてを満たす人をオーディションで発掘するのは難しい。そこで、歌唱審査でふるいにかけたうえで僕が何を重要視するかというと、先ほども少し言いましたが、役に合うかどうか。若い俳優から「オーディションを受けても受からない」という話をよく聞きますが、それは自分に合う役に巡り合えば受かるんですよ。それくらい、合うか合わないかが判断基準になるところがあって、とどのつまり、芸能の仕事って“巡り合う運”なんじゃないかなと。
鈴木 そうですよね。あと、オーディションにも歌って終わりのものや、演出家とコミュニケーションを取りながら演じてもらうものなど、いろいろな形がありますが、後者の場合は言われたことを理解してトライできるかどうかという、ちょっとしたことが大事だなと感じます。上手にできるかどうかはさておき、稽古場でコミュニケーションが取れるかどうか。演出家からの投げかけで表現が大きく変わる方もいれば、ほとんど変わらない方もいて。そこはすごく見ていますね。
末満 オーディションの短い時間で判断するのって、すごく難しいんですよ。今は物足りなくても、たった一言のアドバイスで相手に変化があれば、稽古場で一緒にモノ作りができるという確信を得られるし、変化がないと選考外になってしまったりする。その一方で、無名でスロースターターな良い役者さんもいて。観客として客席にいて、舞台上で演技をしているその子と再会したときに「この人はこんなに良いお芝居をするのか」という発見があったりするんです。オーディションのときにパッとできて、そのあと劇的な変化がない人もいれば、どんどん良くなる人もいて。千差万別な俳優をカンパニーのバランスを考えながらいかにキャスティングするかというのは、大変なことだなと思います。
意図的にチームを作った「ダーウィン・ヤング」
鈴木 2022年に「東宝シンデレラ」「TOHO NEW FACE」でミュージカル賞が創設されて、審査員として参加したのですが、同じオーディションでも、まったく違う視点を持っていると感じました。そこでは選考対象の十年後を想像していて、今ここで審査している内容だけではないんです。個人の成長や変声期前の声がどうなるかなんて想像したこともありませんでしたし、僕にとっては賭けのようにも思えたのですが、“育てる”という長期的な視点で周りの審査員たちが選んでいく様子を見て、勉強になりましたね。末満さんにも継続してお仕事をしたいとか、作品を通じてこの俳優をもっと伸ばしていきたいというような付き合い方をされる方はいるんですか?
末満 いますね。特に自分が携わった作品でデビューしたような子たちとは継続して絡むようにしています。もちろん、その俳優は自分の作品以外にも仕事をしているから、こう考えるのはおこがましいですが、たまに一緒に作品を作る中で、ほかの現場にはない視点や、演劇や表現を多角的に見られる感性が培われていったら良いなと。
鈴木 「ダーウィン・ヤング」で言えば、矢崎広さんが、末満さんにとって“線”で捉えている俳優なのかなと思いました。初めて参加する俳優にはない土台や信頼関係が出来上がっていて、こんな関係性って良いなって(笑)。
末満 矢崎くんとは「舞台『鬼滅の刃』」を経て、「ダーウィン・ヤング」でご一緒するのは3回目でした。以前から知り合いだったので、「ダーウィン・ヤング」という日本初演の韓国ミュージカルで、キーパーソンとなるニース・ヤングとして彼が支柱になってくれたことは大きかったと感じます。レギュラーメンバーで固めてしまうキャスティングは一概に良いとは言えませんが、信頼している人を呼んで、手堅いところは手堅く、さらに新しい子を投入して各々の表現を混ぜ合わせていけたら素晴らしいものになる。「ダーウィン・ヤング」は韓国ミュージカルと関西小劇場のミックスで、どんなものができるだろう?と、キャスティングに関しては鈴木さんと相談しながら、意図的にチームを作ったところがあります。それこそ、Wキャストで主人公を演じた大東立樹くんと渡邉蒼くんは、オーディションでお互いに“正反対”の印象を受けたんです。その個性がそれぞれのダーウィンになると思いましたし、ビビッドで若い感性と、良い意味での不安定さが十代の少年が殺人を犯してしまう経緯とマッチした。稽古場で2人がどんどん変化していく様子に心を動かされました。
鈴木 わかります。すごく優秀な2人で、私自身、オーディションの現場ですでに(ダーウィン役を演じるに)「十分だ」と思っていたんです。でも稽古中さらに進化し続けました。役に入り込みすぎて壊れてしまうんじゃないかと心配になるくらい。自分の限界を決めない姿勢が変化に幅を持たせていましたし、本番でも毎公演完全燃焼するという、こちらをハラハラさせるスリルがありましたよね。一方で、座組みにはダーウィンの祖父役の石川禅さんという、ミュージカル界で長年トップランナーを務められていながら、本当にチャーミングな方もいました。言い古された言葉ですが、禅さんは一番、“恥をかいても厭わない”という気持ちで思いっきり稽古場で果敢にトライしてくださるんです。
末満 禅さん自身、「背中を見せたる」と思っていたのかわからないですけど(笑)、毎回違うことを試して、周りに示してくれていましたね。その姿に感化されて自発的に挑戦する子も出てきたのが、面白い現象でした。矢崎くんも、禅さんとのシーンでは自分が想定していた芝居の情感や響き方とは違うものをその場で感じて受け取っていたみたいで、良い時間を過ごしたんじゃないかな。まるで師匠と弟子のような構図でしたね。
求められるものが多くなった今、必要とされる俳優は…
末満 いつの時代も、制作チーム的にも観客的にも、良い歌を歌って、お客さんを呼べる俳優は、ありがたいものだと思うんです。そのうえ社会同様、舞台にも多様性が求められ、俳優はいろいろなタイプの芝居で、ジャンルを越境しながら仕事をしなくてはならなくなった。会話劇もストレートプレイもミュージカルもやって、ギャグやシリアスもできると同時に、2.5次元舞台ではキャラクターになりきれて、違う演出家の舞台では“個”から発出される人物像を演じられる……求められるものが多いので、広い視野を持った俳優が必要とされています。例えば井上芳雄さんはミュージカルで大活躍されながら映像にも出ていて、行く先々できちんと評価されているようにお見受けしますが、きっと行った先で「ミュージカルのようなしゃべり方の芝居をするな」なんて言われていないと思うんですよね。でも、井上芳雄さんが日本の演劇界のすべての舞台に出演することはできないので、彼のようにいろいろな作品の中で柔軟に自分を表現できる俳優が、今後増えていってほしいなと思います。
鈴木 そうですね。
末満 上演される作品数は増えつつありますが、劇場を“ハード”、俳優を“ソフト”とすると、僕はハードとソフトのバランスがすごく悪いなって思っているんですよ。それは2.5次元舞台でもそうですし、東宝のミュージカル作品でも出演者の顔ぶれが似通っているところがある。それぞれにある程度の狭さの界隈で俳優が巡回しているといいますか。彼らにとっては仕事に困らなくて済むかもしれないけれど、それは休む暇もなくなるということで、心身共に健康な状態を保ちながら、数多の劇場の年間スケジュールを埋める公演に出演していくとなれば、偏りやゆがみが出てくるかもしれません。いつか破綻が起きてしまうだろうし、もう起きているかもしれない。“膨れ上がるもの”に対して、アップデートしていく必要があると思っています。
鈴木 そうですね。東宝の舞台作品について、出演する顔ぶれが似ているというのは僕も感じるところで、僕は単純に競技人口が少ないんだと思っています。体感としてこの10年くらいで上演されるミュージカルの本数はかなり増えたのですが、キャスティングという観点では、歌唱力やダンスの能力が必要で、誰もがすぐにやれる仕事ではない。ある程度の素養が必要なのにもかかわらず、“ミュージカル”という競技ができる選手の数が圧倒的に少ないのではないかと。井上芳雄さんのようにさまざまなフィールドで活躍される先輩たちのおかげで業界を目指す人は増えたと思いますし、今後も増えていくだろうという予感の中で、歴史ある新劇の養成学校から新しく2019年に開校された渡辺ミュージカル芸術学院のような育成機関まで、先達が築き上げてきた職能を継承していける場所が求められていると思います。その点で日本は欧米に比べて課題があるのかなと。でも、キャスティングの視点でアーティストを見ていると、舞台界の外には、歌の仕事をしたことはないけど歌がうまかったり、身体能力が高かったり、良い声を持っていたりする俳優はけっこういるんですよね。僕はそういう人に惹かれがちなのですが(笑)、競技者・鑑賞者人口が無限ではない中、幅広くご覧いただける舞台を実現するためにも、俳優の方々には強靭な肉体と柔軟な精神力、表現者としての力を常に蓄積させていくという意識や土台が求められていくんだろうなと思っています。
末満 僕が二十代、三十代の頃に比べると、今の演劇界は信じられないくらい活気があるんです。これほど商業演劇の数もなかったし、演劇で食べていける人間もいなかった。そこかしこに劇場ができている今が、戦国時代で言うなれば足利義輝が暗殺される前くらいのタイミングだとしたら、これから織田信長や明智光秀、豊臣秀吉が出てくるのか……わからないけれど(笑)、この状況は良くも悪くも加熱していくはずなので、若い舞台俳優たちの中から、まだ観たことがないような俳優が出てくると良いなと思いますよね。自分で表現できる子たちは、もうすでにYouTuberやTikTokクリエイターなどで活動を始めているかもしれませんが。
プロフィール
末満健一(スエミツケンイチ)
1976年、大阪府生まれ。脚本家・演出家・俳優。関西小劇場を中心に活動し、2002年に演劇ユニット・ピースピットを旗揚げ。2011年、活動の場を東京にも広げる。2019年には、自身が手がけるライフワーク的作品「TRUMPシリーズ」が10周年を迎えた。手がけた舞台作品に「浪花節シェイクスピア『富美男と夕莉子』」「ムビ×ステ『漆黒天 -始の語り-』」「舞台『鬼滅の刃』」シリーズ、「舞台『刀剣乱舞』」シリーズ、ミュージカル「ダーウィン・ヤング 悪の起源」など。2024年1月15日より新作オリジナルミュージカル「イザボー」が上演中。「TRUMPシリーズ」のテレビアニメ版「デリコズ・ナーサリー」(原作・シリーズ構成・脚本)が2024年に放送予定。
鈴木隆介(スズキリュウスケ)
2004年に東宝入社。演劇部企画室、人事部、演劇部企画室、帝国劇場を経て、2017年にプロデューサーとなる。近年の主な製作作品にミュージカル「FUN HOMEファン・ホーム ある家族の悲喜劇」「ラヴズ・レイバーズ・ロスト -恋の骨折り損-」「ドッグファイト」、「ダーウィン・ヤング 悪の起源」など。明治座・東宝・ヴィレッヂがタッグを組む“三銃士企画”に参加し、「両国花錦闘士」「歌妖曲~中川大志之丞変化~」を手がける。プロデューサーを務めるミュージカル「ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド」が2月から4月にかけて、ミュージカル「この世界の片隅に」が5月から7月にかけて上演される。
※初出時より、本文の内容を変更しました。
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