鈴木慶一が語る「テクノ歌謡は僕らの砂場だった」(画像ギャラリー 1/13) 前へ 次へ 書籍に掲載される鈴木慶一インタビューの続きでは、1980年以降のことが話題に。おしゃれ番長・野宮真貴が1981年にリリースしたシングルに関する話から、「初音ミク」の印象まで、幅広い話を読むことができる。 [記事に戻る] 次の画像 江利チエミ「ウスクダラ」収録のアルバム「渡辺祐の発掘王 Fujiyama-Pops編」ジャケット。 この画像のタグ 野宮真貴 この記事の画像(全13件) この画像のほかの記事 鈴木慶一サントラ作品集にやくしまる「MOTHER」カバーも 北野武のR-15映画「アウトレイジ」で鈴木慶一が音楽担当 × 3 この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。 0 0 1 シェア 記事へのコメント(8件) 読者の反応 3 8 大滝詠一bot @each_bot 鈴木慶一「みんなオリジナルを作って発表し終わった後に、サウンドは違うけど、すごく日本的な景色を描こうとしたんだよね。我々の歌詞はもともと日本語だし、その着地点として無国籍音楽もあった」(2008) https://t.co/u4msKKXW56 コメントを読む(8件)
大滝詠一bot @each_bot
鈴木慶一「みんなオリジナルを作って発表し終わった後に、サウンドは違うけど、すごく日本的な景色を描こうとしたんだよね。我々の歌詞はもともと日本語だし、その着地点として無国籍音楽もあった」(2008)
https://t.co/u4msKKXW56