 
                                                    2010年代のアイドルシーン Vol.15 [バックナンバー]
日本のアイドルダンス文化、何がどう変わった?(中編:鞘師里保インタビュー)
ダンスの本質や日本のアイドルが持つ独自性を語る
2025年10月30日 20:00 59
フォーメーションダンスが特に大変だった楽曲は
さて、鞘師加入後の
「それまでは『自分の感じたままに踊る』という表現が多かったのですが、2012年のフォーメーションダンス以降は、『作り上げられた表現に全体で合わせる』という感覚に変わりました。フォーメーションを整え、それをアートとして届ける方向にシフトしたのです。そして、そのダンスに多くの注目が集まったことに、非常に驚きました」
複雑なフォーメーションを作るにあたって、現場のメンバーたちも苦労が絶えなかった。「最初のうちは信じられないくらい筋肉痛になりましたね」と鞘師も笑いながら当時を振り返る。特に大変だった楽曲は52枚目のシングル「Help Me!!」(2013年)だという。
モーニング娘。「Help me!!」(Dance Shot Ver.)
「メロで小田(さくら)が『♪こ~ころじゃ~』と歌う部分では、縦1列から2つのチームに分かれ、縦と横の軸を使ったフォーメーションを作ります。縦の移動だけでも大変なのに、横にも大きく動かなければならず、苦労しましたね」
なぜモーニング娘。がダンス面で一気に注目を浴びるようになったかと言えば、フォーメーションダンスに革新性があったからということになるだろう。人々はそれまで見たことがない動きに度肝を抜かれたのである。ただし、実際に現場で汗を流していた鞘師は「フォーメーションダンスで急にモーニング娘。がレベルアップしたわけではない」と強調する。
「それ以前もすごくクオリティが高いことをやっていたことは、ファンの方だったらご存知だと思います。『ダンステクニックがすごい!』という評価ではなかったかもしれませんが、『LOVEマシーン』のダンスはポップで多くの人が真似できるのと同時に、ダンスメソッドに沿ったアート性の高さも備えていた理想的な振付だったと思います」
モーニング娘。「LOVEマシーン」MV
ここで鞘師は、ダンサーで振付師でもある菅原小春の名前を口にした。ダンスシーンの最重要人物である菅原のことを以前から尊敬していた鞘師だが、ある日、偶然にも菅原のInstagramのストーリーで「LOVEマシーン」や「恋愛レボリューション21」の振付を称賛する書き込みを見つけたのだという。菅原による分析は「親しみやすいと同時に、実はものすごく練られている」というもの。以前から同じことを感じていた鞘師は「わが意を得たり!」と、その場で静かに喜びを爆発させた。なお、「LOVEマシーン」も「恋愛レボリューション21」も振付を担当したのは夏まゆみ氏である。
日本のアイドルは特殊
鞘師がダンスについてここまで構造的にわかりやすく解説できるのは、おそらく普段から人一倍ダンスについて深く思考しているからだろう。ここから、いよいよ今回の主題でもある「アイドルのダンスが世の中で注目されるようになった理由」について踏み込んで話してくれた。
「アーティストやアイドルの楽しみ方が変わったことは大きいように感じています。ネットやスマホで誰でも何度も動画を観られるようになり、見た目のインパクトが重要になりました。特にダンスは動きで感動を伝えやすく、短い縦動画では『キメ顔や技の一瞬』が印象に残るため、歌をじっくり聴くより視覚的な魅力が重視される場面が増えたように思います」
もっとも鞘師自身は、この変化には一長一短があると感じているようだ。動画で“映える”ことを第一に考えすぎるあまり、実際のライブにおけるダイナミズムが疎かになることもある。とはいえ、このネット時代の流れが止められるものでもないことも重々理解している。またネットカルチャーの台頭とともに、日本のダンスを変えたものとしてよく挙げられるのがK-POPからの影響。ただし鞘師はそのK-POPからの影響について、決してシンプルな話ではないと語る。
「私たちがフォーメーションダンスを始めた頃、すでにK-POPは人気で、少女時代さんやKARAさんが注目を集めていました。ただ、フォーメーションやダンサーのような振付が本格的に広まったのはそのあとで、個人的にはEXOさんがダンスを大きく変えたと思います。メンバー全員が踊れ、大胆なフォーメーションを取り入れていたからです。でも、日本にはK-POP風のグループもあれば、独自スタイルを貫くグループも多くあり、“K-POPからの影響は?”と聞かれるととても難しい話だなと思います」
ここまで一気に語ると、少し間を置いてから言葉を続けた。
「日本のアイドル文化はすでに海外に届き、ある程度受け入れられているということを前提とした場合、無理に海外のスタイルに合わせる必要はないと考えられます。一方で、例えばモーニング娘。はサウンド面でさまざまな音楽ジャンルからの影響が見受けられますが、そのうえで独自性を感じる理由は、楽曲の構成はもちろん、おそらく日本語特有の語感や、楽曲に合わせて作られる振付によって最終的に異なる印象になるからです。もしすべての曲を英詞で歌っていたら、ダンスもより洋楽寄りになっていたかもしれません」
こうした視野の広い発想ができるのは、グループ卒業後、海外でダンス修行を重ねてきた経験によるところも大きいはずだ。実際、留学先ではハロプロ加入時とは別の意味でカルチャーショックを受けることもあったという。
「アメリカで最初に驚いたのは、人々のダンスがまったくそろっていなかったことです。先生の指示通りに踊らないのに、『素晴らしい!最高!』と褒められていて、最初は戸惑いました。しかし、それによって、自分のスタイルで踊ることの大切さや、ダンスで自分を表現する面白さを改めて実感しました。本来のストリートダンスはそういうものですよね。もちろん、日本の指導者もアメリカのダンスの知識を持っており、留学経験者も多くいます。楽曲構造やサウンドの違いを踏まえ、日本独自のアイドルダンス文化が作られているのだと思います」
振付師・鞘師里保
帰国後の鞘師は、少し間を挟んだあと、2020年にソロ活動を開始。その後は“歌って踊れる本格派アーティスト”として幅広い支持を集めつつ、今年6月にエイベックスからメジャーデビューを果たした。
その一方で2024年には振付師としてもデビューを果たした。AKB48の新劇場公演「ここからだ」の中で14曲目「緞帳を上げてくれ!」の振付を一任されたのだ。それまで自身のソロ楽曲の振付を考えることはあったが、グループのコレオを担当するのは初めてのことだった。
【新公演開幕】 M14「緞帳を上げてくれ!」 【AKB48 18th Stage「ここからだ」より】
「カッコよさとかわいさのバランスを意識しつつ、フォーメーションダンスも取り入れました。振付を作る中で自然とYOSHIKO先生の影響を受けていたことに気付き、多くの学びがありました」
普段のおっとりとした口調からは想像できないが、AKB48メンバーに対する鞘師の指導は“熱血”だった模様。「せっかく直接振り入れをさせていただく機会をいただいたので、AKB48の皆さんには単なる振りの動きだけではなく、表現というかニュアンスを伝えることを重視しました」とスタジオでのやりとりを思い入れたっぷりに振り返る。
「私が皆さんに強くお伝えしたのは、『曲をカウントで取らないでほしい。音で取ってほしい』ということ。どういうことかというと、通常、ダンスレッスンというのは“ワン・ツー・スリー・フォー! ファイブ・シックス・セブン・エイト!”という感じでカウントに合わせて踊っていきます。でも実際の楽曲は4分音符なり8分音符が均等に並んでいるわけではなく、フレーズやメロディの途中に“バン!”とアクセントが入るんですね。その“バン!”に合わせて体を動かすことが、ものすごく大事なんです」
楽曲を歌ったり演奏したりする際は、抑揚を付けて感情やニュアンスを乗せることが求められる。この抑揚という概念がダンスにおいても非常に重要になるのだという。
「アクセントやニュアンスを付けることで、初めてダンスに人の心が入るわけですね。そうしないと、見ている人に響かないんだと思います」
AKB48の若きメンバーに、アクターズスクール広島、YOSHIKO氏、夏氏から受け取った“イズム”を注入していく現在の鞘師。日本のアイドルダンス文化の正統継承者ともいえる彼女の証言から、2010年代に起きたダンス革命の実態が浮かび上がってきたのではないだろうか。だが、このテーマについて結論を出す前に、さらに多角的な検証を加えていきたい。YOSHIKO氏や鞘師とは別の形でアイドルに深く関わり続けた振付師の竹中夏海氏はどのように考えているのか? 後編では竹中氏へのインタビューを掲載する。
- 小野田衛
- 
            出版社勤務を経て、フリーのライター / 編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆を行っている。著書に「韓流エンタメ日本侵攻戦略」(扶桑社新書)、「アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実」(竹書房)がある。芸能以外の得意ジャンルは貧困問題、サウナ、プロレス、フィギュアスケート。 
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˗ˋˏ 略してコグマ|ファスト飯探究家 ˎˊ˗ @kogure
“AKB48の若きメンバーに、アクターズスクール広島、YOSHIKO氏、夏氏から受け取った“イズム”を注入していく現在の鞘師。” / “日本のアイドルダンス文化、何がどう変わった?(中編:鞘師里保インタビュー) | 2010年代のアイドルシーン Vol.15 - 音楽ナタリー コラム” https://t.co/WkjphQd0xh