ももいろクローバーZと共演するマーティ・フリードマン。(撮影:増田慶)

2010年代のアイドルシーン Vol.11 [バックナンバー]

海外から見た日本のアイドル(後編) ~ マーティ・フリードマンが掘り下げる「日本アイドルの特殊性」

「言葉の壁を越えてみたら、宝石まみれだった」

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ヘタウマの魅力

アイドルを音楽面で特殊たらしめている要素として、つたないボーカルも外せないはずだ。もちろん日向ハル(フィロソフィーのダンス)、柏木ひなた(私立恵比寿中学)、MAINA(ex.大阪☆春夏秋冬)などボーカリストとして高い評価を受けている者もいるものの、マーティは「マライア・キャリーやアデルみたいなアイドルって日本ではなかなか出てこないじゃん」と指摘。だが、それこそが日本のアイドル文化の大きな特徴だと位置付けている。「応援したくなる要素がないとアイドルとしては厳しい」というのだ。

「日本のアイドルには歌がまったく上手じゃない人もいるけど、声を聴きたくなるかどうかってそれとは別問題なんですよ。アイドルの場合は逆に上手すぎると、応援したくなくなっちゃう。ピッチが微妙だったとしても、『がんばれ、がんばれ! ……ああ、今回は無事に歌えたね』というのがファンの楽しみ方の1つ。残念ながら、海外の人はそのよさがわからないんですよ。上手じゃないけど、世界でその人しか持っていない声の魔法ってあるでしょ? アメリカ人は、その魔法を楽しむことができない。ヘタウマの魅力に気付かないんです。ヘタウマの魅力ってすごく繊細なバランスで成り立っているから、それを楽しめるようになったら音楽リスナーとしてすごい幸せなことなんですよ」

ここでマーティは「もしもAKB48の『ヘビーローテーション』をほかのアイドルが歌っていたら、あそこまでヒットしなかったはず」と仮説を打ち立てた。高橋みなみをはじめとするメンバーの声、楽曲、アレンジという組み合わせが絶妙だったからこそ、ミラクルが起こったのだという。

「まねきケチャなんかはメンバーの何人かは歌がうまくて、ほかは普通。1つのユニットの中で、歌唱力が高いメンバーとそうでもないメンバーが一緒にやっているというバラエティ感覚を楽しめるのは日本だけなんです。海外だと『アメリカン・アイドル』みたいな番組に慣れていて、高音で歌ったら猿みたいにパチパチ拍手するじゃん。でもそれは完全に腕だけで、僕自身は盛り上がれないです。だから『アメリカン・アイドル』は日本で人気がないし、日本の歌番組はそれとは雰囲気が違うじゃないですか」

マーティは華原朋美の歌を例に出しながら、“ヘタウマの美学”をさらに構造的に解説していく。誤解なきように補足すると、華原の歌唱力自体は「実はかなり上手」とマーティも太鼓判を押しているのだが、論点はそこではない。小室哲哉のプロデュースは、華原の下手な部分をあえて直さず取り上げるところに凄味があるというのだ。

「ヘタウマというのは、ただの下手糞とはまた違うんですよね。日本のアイドルプロデューサー……特にA級クラスのつんく♂さんやヒャダインさんなどは、表面的な“下手”の中に魔法の原石を見つけ、それを磨くのが抜群に上手なんです。原石をバーッと豪華にして素晴らしい曲に仕上げるのは本当に職人の業。本当にただの下手な人たち……例えばカラオケボックスでトイレに行くとき、いろんな部屋の前を通り過ぎるじゃん。そこで聞こえてくる下手糞な歌は完全なる下手糞(笑)。いくらプロデューサーに腕があっても直せないし、日本人のリスナーも許せない。華原さんだけじゃなくて、ZARDだって同じですよ。坂井泉水さんのピッチをオートチューンで直したら魔法が薄くなってしまう。そういう部分を大事にするのが、一流のプロデューサーだと思います」

音楽的にヘルシーな環境

では、なぜ日本では下手なものも「味がある」と評する価値観が根付いているのか? なぜ海外ではヘタウマの美学が理解されづらいのか? そうマーティに尋ねたところ、「すごくいい質問だね。でも、少し考えさせてください」と下を向いて黙ったあと、自身の考えをとつとつと述べ始めた。

「日本の一般人は、ほかの国よりも人生の中で音楽を大事にしているんだと思います。音楽を深く楽しんでいる。もちろん海外にも熱狂的な音楽ファンはいるけど、音楽にまったく興味ない人も非常に多いんですね。そのときに一番流行っているアルバムをときどき買うようなタイプ。でも日本だったら誰に聞いても……例えばタクシーの運転手さんでも熱狂的な音楽ファンの部分を持っているんですよ。このことをさらに分析すると、たぶん日本はみんなある程度、音楽や楽器の教育をされたことが大きいんじゃないかな」

つまり音楽的リテラシーが高いため、稚拙なボーカルを楽しむ余裕があるということだろうか。音楽の教育水準が高いだなんて日本人自身にはまったく実感できないのだが、マーティが育ったアメリカでは状況が大きく異なっているのだと主張する。

「はっきり言って、アメリカの音楽教育は恐ろしくひどいです。日本の人は誰しも楽器を触ったことがあるし、ある程度、どうやって音を出すかわかるじゃないですか。心の中に音楽の夢みたいなものがあって、音楽を全体的に楽しんでる。だからうまくないとダメという考えがなく、心が広いのかもしれない。海外の人にヘタウマの素晴らしさを理解してもらうのは、すごく難しいと思う。深すぎる。これはもう音楽の話とかじゃなくて、比較文化論になるくらい繊細なところだから」

熱の入った解説はさらに続く。

「きちんと説明すれば、『なるほど!』ってうなずいてくれる人も中にはいますよ。僕が海外のミュージシャンに日本のアイドルの曲を聴かせると、最初は『マーティ、これは変態すぎてわかんないよ』とか言うんですけど、『この合いの手を聴いて。このポリリズムを聴いて。シンセのシーケンサー聴いてみて。面白くない? このオカズ(ドラムのフィルイン)も聴いて。普通のポップな曲なのに、このオカズ入れるのはカッコよくて変態じゃない?』と説明すると、『なるほど!』ってなりますから」

ここまで言及されてきたように、日本のアイドルは1曲に含まれる情報量が多い。そのため、海外のリスナーにとっては処理するのが困難というのがマーティの見立てである。この問題は楽曲だけでなく、日本文化のあらゆるところに感じるそうだ。

「『NHK紅白歌合戦』を観ると、次から次へとアーティストが出てくるじゃないですか。あんなのアメリカじゃ考えられないですよ。音楽ジャンルがめちゃくちゃ広いうえに、目がチカチカするような演出が次から次へと……目のご馳走状態。それに比べると、アメリカのグラミー賞とかは地味で仕方がない。曲の間のトークも長いしね。『紅白』なんて50組近くアーティストが出てきて、それぞれがまったく別の演出じゃん。しかも生放送。日本人はその情報レベルに慣れているから、違和感なく受け入れられるんだと思います」

日本は「音楽的にヘルシーな環境」だと感じることがマーティはあるという。したがって「ガラパゴス」「古臭い」と揶揄する意見はピンと来ないらしい。こうした見方は本質を捉えていないというのだ。

「アイドルではないけれど、米津玄師さんなんてすごく日本的なメロディなのに、大人っぽいコードを使ってジャズっぽい演奏をしていたりする。そこには深くて新しい解釈があるんです。これが世界で理解されないのは、やっぱり国語の壁が大きいですよね。それでも運がいいと、由紀さおりさんみたいに海外で発見される。由紀さんの場合はPink Martiniのメンバーがたまたまドーナツ盤を発見して、『これは新しくておいしいぞ』と感じたわけですよね。このへんは完全に運の世界で、もしかしたら由紀さんじゃなくて小柳ルミ子さんがアメリカで流行ったかもしれない」

BABYMETALが大ブレイクした理由

LADYBABYやPassCodeなど海外で人気に火が付いた日本のアイドルはいくつかいるが、中でも突出して成功したのはBABYMETALだと断言できるだろう。BABYMETALが大ブレイクした理由はどこにあるのか? メタルシーンのど真ん中にいるマーティだからこそ、客観的にこの現象を見つめていたようだった。

BABYMETAL

BABYMETAL

「彼女たちの何がオリジナルかというと、初めてガチメタルをやったことなんです。BABYMETALの前からアイドルがアルバムの中にメタルの曲を1、2曲入れることはあったけど、BABYMETALはすべてが超メタル。女の子が3人並んでバックバンドがメタルを演奏するなんて、海外のメタルファンから見たら完全にジョークだと思われちゃうんですね。でもサウンドを1秒でも聴いたら、これはガチ中のガチと気付くはず。サウンドがガチすぎて無視できない。そもそも日本人からしたら、女の子がメタルをやること自体にはそれほどオリジナリティを感じないんですよ。昔から浜田麻里さんとかもメタルをやっていましたし。だからなんでBABYMETALがここまで海外で人気なのか伝わりづらいかもしれない。だけど海外だとかわいい女の人はメタルが大嫌いだと相場が決まっているから、日本の女の子がメタルを歌ってると、ものすごくオリジナリティを感じるわけですよ」

そのうえでBABYMETALがなぜ時代を突破したかというと、やはり運と確かなクオリティがあったから──マーティはそのように断言する。

「クオリティがそこまで高くなかったらレディー・ガガはBABYMETALを発見しなかったかもしれないし、代わりに方向性は違っても同じくクオリティの高い楽曲を持つ放課後プリンセスを発見していたかもしれない。もちろん僕は放課後プリンセスが大好きですよ。僕がレディー・ガガみたいな超大物だったら、アメリカで放課後プリンセスを紹介しているかもしれないですし。もっとも放課後プリンセスはアイドルらしいアイドルだし、BABYMETALはガチメタルだから、単純に比べることはできないですけどね」

放課後プリンセス

放課後プリンセス

いろんな人に日本の音楽を聴いてほしくて仕方ない

これまで多くのアイドルたちと共演を果たしてきたマーティ。そこで初めて気付いた点も多かったという。総じて感じるのは、とにかく日本のアイドルはハードワーカーだということ。ももクロのさいたまスーパーアリーナ公演では、目を丸くするような出来事もあったそうだ(参照:ももクロ「ももクリ」で1年の総決算、来年はさらなる頂へ / ももクロ「ももクリ2021」は10年前のオマージュ満載、2年ぶりの開催に思わずあふれた涙)。

ももいろクローバーZ「ももいろクリスマス2021 ~さいたまスーパーアリーナ大会~」に出演したときのマーティ・フリードマン。(撮影:上飯坂一)

ももいろクローバーZ「ももいろクリスマス2021 ~さいたまスーパーアリーナ大会~」に出演したときのマーティ・フリードマン。(撮影:上飯坂一)

「ももいろクリスマス2021 ~さいたまスーパーアリーナ大会~」でももいろクローバーZとコラボするマーティ・フリードマン。(撮影:高田真希子)

「ももいろクリスマス2021 ~さいたまスーパーアリーナ大会~」でももいろクローバーZとコラボするマーティ・フリードマン。(撮影:高田真希子)

「あの日、僕はゲストでギターソロを2曲で弾いたんです。その中で演出上、覚えなきゃいけないことがあまりにも膨大だった。僕が参加した短い時間の中でも『火が出るから、ここには立たないでください』みたいな決まりごとが山ほどあって、頭が混乱しましたね。だけど、セットリストは全部で25曲くらいあったんですよ。彼女たちはそれを2曲じゃなくて25曲やっているわけだから、これはとんでもないなと感動しちゃって(笑)。あとAKB48と共演して思ったのは、やっぱり圧倒的にかわいいなということ。よくAKB48は『クラスで3番目にかわいい子』とか言われますけど、やっぱり街を歩いている子のかわいさとはレベルが違うんですよ。僕自身、ビックリしましたから。リハーサルのときはすっぴんで私服だったんですけど、それでも完全に違う。メンバーは何十人もいたんですけど、顔だけじゃなくて、雰囲気や立ち方や動き方やオーラがかわいかった。プロのかわいさですよね。僕はメタルって音楽ジャンルじゃなくて生き様だと考えているんですけど、それで言うとAKB48からはアイドルという生き様を感じました」

℃-uteのレコーディングも非常に印象的なスタジオワークだったと振り返る。スタッフのディレクションが細かく、1人のミュージシャンとしても刺激を受けたというのだ。

「ロックのプロデューサーだったら僕が何を弾いても素晴らしいと言ってくれるんですよ。もちろんアイドルの現場でも褒めてくれるんですけど、それに加えてアイデアをどんどん出してくれるんですよね。『この合いの手どうですか?』とか小さいアイデアなんだけど、『なんで自分はそういうことを思いつかなかったんだ!』とハッとしました。やっぱりアイドルの音楽は情報量が多いし、スタッフもただかわいい女の子に歌わせているわけじゃなくて、楽曲を大事にしているんです。すごく全体的に物事を考えている。目の前にあるサウンドや楽曲のことだけじゃなく、聴かせ方や魅せ方やストーリーを含めてプロデュースしているというか……」

最後にマーティは自身が日本の音楽に夢中になった経緯を振り返りつつ、今後、日本アイドルが世界に広がっていく可能性について言及した。

「結局、僕も日本の音楽の大ファンになったからこそ、自分もそこに入りたいと思って日本に住み始めたわけじゃないですか。それで言葉の壁を越えてみたら、宝石まみれだったんです。だから、いろんな人に日本の音楽を聴いてほしくて仕方ない。今、そういった傾向が海外で少しずつ強くなっているのを感じるんですよね。アメリカのアニメファンが主題歌を聴いて『この曲いいじゃん!』って感動したり。そういう感じで海外の人たちが邦楽を“発見”している最中なんだと思います」

YouTubeやSNSの普及によって、外国の音楽が身近な存在になったのは事実だろう。コロナ禍の影響で海外からの反響が大きくなったというのは、取材をしていると現役のアイドルからよく聞く話だ。一方で竹内まりやや大貫妙子といった70~80年代のシティポップが海外の音楽ファンに“再発見”される現象も近年の大きな潮流の1つ。日本でも知る人ぞ知る存在だった松原みきの楽曲「真夜中のドア~stay with me」(1979年発表)が世界のクラブで大盛り上がりしている光景を、いったい誰が想像しただろうか。BABYMETALにしたって、もともとはさくら学院の課外活動・重音部として始まった派生ユニット。のちに世界を震撼させる存在になるとは、当の本人たちだって考えていなかったはずである。

音楽に国境はないと言われる。しかし現実には音楽的嗜好の違いに加えて、契約上のビジネスリスクなど複雑な問題も絡まって、日本人アーティストの海外進出は難しいとされてきた。CDからストリーミングに主流が移り、メジャーなレコード会社と契約しなくても自由に音源が流通するようになった現在、その“壁”は壊れつつある。近い将来、日本のアイドルたちが世界の音楽ファンを熱狂させ、K-POPのように席巻する日が訪れるかもしれない。

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小野田衛

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