yasu2000

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第20回 [バックナンバー]

あいみょん、TENDRE、藤原さくら、Nenashi、U-zhaanらを手がけるyasu2000の仕事術(前編)

黒人の出すグルーヴが気になり渡米、現地でエンジニアに

3

804

この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。

  • 96 436
  • 272 シェア

あいみょんのレコーディングで活躍したコッパーフォン

──TR-808をキックに足すようなこともミックスでやっているんでしょうか? あいみょんさんの「朝陽」では、キックのローエンドに何か足している感じがしたのですが。

いろんなジャンルでTR-808を足す率は高いですけど、この曲ではLinn Drumを足していますね。やっぱりレコーディングで録れないローがあると思っていて、ピッチ違いのサンプルライブラリを持っているので曲に合わせて使っています。たまに外のスタジオで録ったドラムに、うちのスタジオで録ったキックを重ねることもありますね。生ドラムにリズムマシンを合わせるときは、両方のサステインの長さを同じにしたり、AVID Pro Toolsに入れてから波形を見て一番タイミングのいい場所に置いたりだとか、細かく調整しています。

──この曲では歌詞の途中、「分かってよ」の部分で急にモジュレーションがかかっていますが、これはオーダーがあってやったんでしょうか?

あいみょんさんは、アレンジャーの関口シンゴのイメージを信頼して任せている部分があるんですね。なので、あいみょんさんに聴かせる前に、彼と僕でミックスの話し合いをしています。それで、レコーディングのときにPlacid Audio コッパーフォンという、テレフォンボイスのような声が録れるマイクを使ったんです。何かに使えないかなと思って、メインのマイクと一緒にずっと録音しておいたんですよ。「分かってよ」の部分は最初それをうっすら混ぜていたんですけど、本人にこのエフェクト感をもっと出してほしいと言われて、かなり前面に出しました。あいみょんさんの直感力はいつも柔軟で素晴らしいです。僕はプラグインじゃなくて、こういう変わったマイクを使って変化をつけるのも好きなんですよね。

レコーディングで使用したPlacid Audio コッパーフォン。

レコーディングで使用したPlacid Audio コッパーフォン。

──ほかの曲でもボーカルに歪みがかかっているような音が多いですが、これはコッパーフォンでやっているんですか? それともほかに何か工夫されていますか?

MPCの経験があってか僕はビンテージな音、ノイズが多い音が好きなので、録音するときのレベルを大きめに録って、アナログ的な歪みを加えたりしていますね。ミックスのときにも、Thermionic CultureのCulture Vultureという真空管のディストーションがあるんですけど、それを使うときもあります。プラグインのテープシミュレーターも2、3個かけることがありますね。こういう歪みとディレイをセットで使って厚みを出したりしています。

──「朝陽」では、ヒップホップ要素とロック要素を足すことを意識されたそうですが、具体的に教えていただけますか?

この曲は歌詞がけっこう過激なので、サイケデリックの要素が必要なんじゃないかと思ったんですよ。The Doorsのような、空気が揺れている感じというか。それで主にボーカルのリバーブに、オートパン(周期的に左右に定位が変わるエフェクト)をかけて、残響音が揺れているようにしました。ヒップホップの要素というのは、ちょっとラップ的なしゃべり口調のパートがあると思うんですけど、それとビートを前に出すというか。バンバン来る歌詞とグルーヴを際立たせる箇所があって、それに続いて空気が揺れている1970年代っぽい音像を対比させるミックスっていうのは、自分にとってチャレンジでした。ですが、ご本人に気に入ってもらえてよかったです。やっぱりプロデューサー、アレンジャー、歌い手さんの理想を崩さないようにしつつ、その中で自分が出したアイデアがみんなの考えとバチっと合って、OKが出たときはうれしいです。

──こういうときは攻めようとか、チャレンジングなことをするときの自分ルールみたいなものはありますか?

一緒に長くご一緒させていただいていて、この人はこういうのが好きだろうって傾向をつかんだら攻めてみたり、「好きにミックスしていいよ」って言う人の曲では自由にミックスしたりします。攻めたことをやって不採用になるのは、歌詞が聞こえないから歌をもっと前に出してほしいとか、ベースをもっと聴かせたいとかが多いですよね。そういう基本的な枠からはハミ出ないようにしたうえで、攻めるようにしています。

yasu2000

yasu2000

日本人のグルーヴと黒人のグルーヴが融合したTENDREの歌い方

──TENDREさんの「DOCUMENT」では、アナログ的な歪みやテープっぽい質感を意識的に使ってミックスしていると感じました。エレピのピッチが揺れている感じは、テープのワウフラッター(回転ムラによって発生する揺れ)を積極的に使って生み出していますよね。

それはTENDREさんの指示ですね。古い録音機などで録った音源だと音が揺れていたりすると思うんですけど、おそらくそういうのを演出されたんだと思います。TENDREさん自身もAPPLE Logic Proで打ち込みとかミックスをされてるので、数値まで教えてくれます。この曲はレコーディング直後から本人とミックスしていく流れだったので、2人でいろいろ話し合いながらアイデアをダイレクトに音に反映させていきました。

──エレピを歪ませて倍音を伸ばしながらも、高音をあとからカットして丸くしている感じがしますが、どのような処理をしたんでしょうか?

うちのスタジオのRhodesを使っているんですけど、けっこうマメにメンテしないと歪みが乗るので、蓋を開けて接触不良を直しながら録音しました(笑)。もちろんプラグインも使っていて、Slate DigitalのVTMみたいなテープシミュレーターをかけたり、同じくSlate DigitalのVCCというコンソールをシミュレートするプラグインを使って、レベルオーバーで赤ランプが点灯するかしないかくらいのところに設定して歪ませました。ギリギリ音が潰れないでテープの持ち味が出るような際どいところを攻めて音作りをしています。

──そのあたりのプラグインは僕も好きでよく使いますが、キャラクターが濃すぎませんか?

僕はテープシミュレーターを使っていても、完全に通った音にはしていなくて、薄くして混ぜているんですね。何段にもテープを通すんですが、1個1個は薄くブレンドしているだけなんです。最後のところはアナログでやりたくて、MANLEYのVariable-Muというコンプを通して、Pro Toolsに戻してからiZotope Ozoneで処理するみたいな、アナログと現代の音のハイブリッドみたいな感じで処理しています。

──なるほど。TENDREさんはインタビューで、オケと言葉の噛み合いを突き詰めたという話をされていたんですが、具体的にはどのような感じだったんでしょうか?

TENDREさんはスタジオに来た時点で曲の完成度は半分くらいで、来てから楽器の弾き方を考えたり、録音しながら変えたりしていくスタイルなので、過程を隣で細かく見させてもらいました。あらゆる楽器を操って、頭の中のイメージをどんどん形にしていく、才能の塊ですね。さらにレコーディング中に歌詞を変えていって、例えば「このリズムにはワードは3つがいい」「その3つをどんな言葉にしよう?」という感じで、リリックを構築しているようでした。普段からフリースタイルをしているラッパーはトラックを聴いて、すぐに歌詞を書き始めるスタイルの方がわりといますけど、歌モノで1日でオケを構築してから歌詞を書き上げるのは本当にすごいですね。あと、TENDREさんの歌い方ってけっこう特殊で。黒人の歌い方ってレイドバックしていて、遅れているかいないかのギリギリのところを攻めてくる感じなんですけど、その要素もありつつ、日本人の手拍子のようなグルーヴが混ざっていてどこか和む感じがします。

──それは言い方が適しているかわからないですけど、音頭っぽい感じということでしょうか?

言葉で説明するのは難しいですね。音頭をそのままやると、ちょっといかにもな感じになると思うんですよ。歌謡曲とか演歌とか僕も好きですけど、その要素が濃すぎると全部持っていかれる気がして。TENDREさんのリズム感は、その両方のいいところを足したような絶妙なグルーヴなんですよね。ベーシックはブラック、歌い方もソウルフルなんですけど、軸となるリズムが日本人っぽくて、そこがいいなと。origami PRODUCTIONSに所属しているアーティストも、mabanuaや関口シンゴ、Shingo Suzukiのグルーヴは、ブラックミュージックに寄りすぎてない、日本人のグルーヴを生み出していると思っていて。音を入れている場所だとかフレーズはブラックミュージックと一緒なんですけど、演奏の波形をコンマ何秒まで拡大していくと、そこに日本人のグルーヴが見えるんですよね。シンプルな中にそういうアーティストの癖が出ている音楽が僕は好きなんです。だから、タイミングをあまりガチガチに合わせないで聴かせたいと思うんですよね。

<後編に続く>

yasu2000

yasu2000

yasu2000

1999年、DJとして渡米。現地でエンジニアリングに興味を持ち、The Institute of Audio Researchに通う。卒業後ブルックリンにあるブッシュウィックスタジオで2年間働き、ニック・ハードのアシスタントなどを務めたのち、2005年に帰国。その後、origami PRODUCTIONSが手がけるbig turtle STUDIOSのハウスエンジニアを務める。これまでに担当したアーティストはあいみょん、JUJU、藤原さくら、向井太一、GLIM SPANKY、Uru、TENDRE、Awesome City Club、U-zhaan、Nenashiら。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

バックナンバー

この記事の画像・動画(全9件)

読者の反応

  • 3

yoshio03 @philippe_sugo

やはり😏ボーカルが歪み成分多く聴こえる理由が載ってた
あいみょん、TENDRE、藤原さくら、Nenashi、U-zhaanらを手がけるyasu2000の仕事術(前編)(2/2) | エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第20回 https://t.co/ymFboihMwi

コメントを読む(3件)

あいみょんのほかの記事

リンク

このページは株式会社ナターシャの音楽ナタリー編集部が作成・配信しています。 あいみょん / TENDRE の最新情報はリンク先をご覧ください。

音楽ナタリーでは国内アーティストを中心とした最新音楽ニュースを毎日配信!メジャーからインディーズまでリリース情報、ライブレポート、番組情報、コラムなど幅広い情報をお届けします。