かねこきわの

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第19回 [バックナンバー]

サウンドエンジニアは普段どんなことをやっているのか

かねこきわの「チョコレートムンク」を題材に中村公輔が徹底解説

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うまい下手よりも、かねこきわのらしさを重視した「ねむるプリン」

「ねむるプリン」の完成版を聴いてもらうとわかると思いますが、ピッチ補正的なものは多少していますが、大幅にはやっていません。それでも「ねむるプリン」のデモと完成版を比べてみると、かなり上手になっているように聞こえると思います。ミックスに興味のある方は、このあたりでボーカル修正の超絶テクニックが出てくるのではと期待するかもしれないですが、実はこれ、ほとんどモニタの返し方でうまく歌えていたりするんですね。具体的にはバックの演奏のバランスを、録音するときからある程度ちゃんと取っておく、歌いやすい音量で自分の声をヘッドフォンに返してあげる、これだけでかなりピッチもニュアンスも改善します。オケのバランスが悪くボーカルが入るスペースがないような状態だと、ほかの楽器にマスキングされてボーカルが聞こえたり聞こえなかったりします。歌を単なる素材として押さえるだけという考えだと、このあたり雑にやりがちですが、たったこれだけのことで結果は大きく変わってくるのです。あとは自分で機材を操作して録るのと、人に録音してもらっているのとでは、気持ち的な安心感が変わってきますね。「音が割れないように」とか「トラブルが発生しないように」と気を使う必要がないというのもありますし、単純にコンピュータに向かって歌うのと人に対して歌うのとでは、歌自体が変わってきます。それ以外では、Aメロのこの箇所だけボーカルを大きな音で返すとか、歯切れが悪かったり余裕がなくてアップアップするようなところではリバーブを余分に返すなどして、歌いやすくすることで、歌っている本人が気付かないうちに歌い方を変えるようにコントロールしていたりします。それだけでは改善しそうにないところだけ、相談して歌い方自体を変えてもらったりしています。

例えば「ねむるプリン」の冒頭で「ベッドの中プレゼントを待ちかまえてる」という歌詞がありますが、これがデモだとちゃんと歌おうとするあまり、“待ちかまえてる感”が希薄になってると思うんですね。曲のど頭で特に大切な部分なので、「えー? ホントに待ちかまえてるの? 待ちかまえてる感じが全然しないなー」とか言って、内容に沿った気持ちで歌ってもらうことにしました。本人が録音していると、どうしてもうまく歌わなくてはという意識が先にきて、硬くなってしまいがちです。でも実際はうまい下手よりも、かねこさんらしいかどうかのほうが重要で、ファンはそこにしか付かないと思うんですね。ソフトを使ってピッチをもっとガチガチに修正することもできたんですが、本人らしさ、うわずっていてかわいいとか、明るく聞こえるといったメリットを取りました。このあたりの判断は本来ディレクターが行うことで、ディレクターがいればお任せしますが、今回は本人と僕だけで録音していたので兼任する形をとりました。余談ですが、この曲の導入部に「ねむるプリン……プリン……プリン」とリフレインする箇所があって、普通はディレイというやまびこのように繰り返すエフェクターを使うんですが、デモでは本人が全部口でやっていて、それがかわいいと思ったので本番でもやってもらいました(笑)。気付いた方はいたでしょうか?

「ねむるプリン」の編集画面。グリッドに対して、バスドラムをジャスト、エレピを前に、ベースを後ろに配置。これにより立ち上がりの遅いエレピがバスドラムと同じタイミングに聞こえ、バスドラムのアタック音の直後にベースがつながるため、グリッドに沿っているよりもきれいに聞こえる。

「ねむるプリン」の編集画面。グリッドに対して、バスドラムをジャスト、エレピを前に、ベースを後ろに配置。これにより立ち上がりの遅いエレピがバスドラムと同じタイミングに聞こえ、バスドラムのアタック音の直後にベースがつながるため、グリッドに沿っているよりもきれいに聞こえる。

譜面に書けない部分を詰めていった「哀しい予感」

「哀しい予感」でも行ったのは主に歌い方のディレクションでした。本人が頭の中の楽譜に書いてある音符を歌ってしまうようなところがあり、それはそれで間違いではないんですが、このようにストリングスが流れるような曲調だと、ぶっきらぼうに聞こえてしまいます。例えば冒頭の「ローソクを揺らすエピローグ」では、デモの時点では「ローソクを」で1回区切り、「揺らす」の最後の「す」をしっかり伸ばし切る感じで歌っていました。それよりも区切らないでひと息で歌い切り、最後も息を抜いていくような感じで自然に消えていくほうが、比べてみると楽曲に合っているような感じがしませんか? カラオケなどで歌うときには、アーティストが歌ったお手本があるので真似していけば上手に歌うのは簡単ですが、イチから楽曲を作るとなると、こういう細かいニュアンスをすべて決めていかないといけないので、ただ歌うのとは似て否なる作業なんですね。経験を積むと聴き取りの解像度が高まって、ニュアンスや音色込みの作曲ができるようになるんですが、最初からそこまで深く意識が届いている人は少ないので、一緒に考えながら成長していくことが多いですね。あとこの曲に関しては、オケがかなりアップグレードしているように聞こえると思いますが、音色自体は大して変えていません。音量のバランスを細かく調整した結果こうなっているだけです。アマチュアの方は何かプロが使っている特殊なエフェクターがあるんじゃないかとか、スペシャルな技術があるんじゃないかと考えがちですが、一番基本かつ重要なのが各楽器の音量バランスを細かく取っていくことなんですね。もちろん最初からできていればほとんど何もしないこともありますが、先に挙げた図のようにボーカルを子音母音まで細かく音量のオートメーションを書いていくことも多いですし、楽器もそれぞれ音量を上下させることが多いです。この曲のストリングスは、生でやっていたなら指揮者が音量のコントロールをして、そこまでいじらなくても最初からいい感じに仕上げてくれていると思います。今回は打ち込みなので指揮者は不在のため、指揮者がやっているようなことをミックスでやっている感じです。アレンジとしてはデモの段階で完成していますが、それを譜面通りやるのと、譜面に書けない部分を詰めていくのとで、こういう差が出てくるということですね。指揮者が変わると演奏が変わるように、エンジニアによって楽曲に対する解釈に違いが出るので、音が変わってきます。また人によってはデモのほうが、自分の頭の中で別な解釈をして聴けるからいいと思う人もいるかもしれません。なお、デモと完成版を比べて、完成版のほうが音が小さいと感じるかもしれないですが、これはプラットフォームの仕様なのであしからず。ストリーミングのほうが少し小さめに出力されています。

「哀しい予感」の編集画面。アタックが鋭いピアノよりも、立ち上がりがゆるやかなストリングスのスタート位置を前に設定。これにより同時に鳴っているように聞こえる。

「哀しい予感」の編集画面。アタックが鋭いピアノよりも、立ち上がりがゆるやかなストリングスのスタート位置を前に設定。これにより同時に鳴っているように聞こえる。

ミックスは未処理に近い「椿」

この曲もギターとボーカルを録音した以外は、取り立てて大したことはしていません。ギターの録りのマイクはボーカルと同じくNEUMANN U47を使っています。僕は普段あまりこのマイクでアコギを録ることはないんですが、今回は奥行き感がちょうどよかったので採用しました。あとでこねくり回すより、川上で音を決めたほうが音抜けがよくなるので、これもマイクを選ぶだけ選んで、ミックスは未処理に近いです。指を移動したときにキシキシ鳴るスクラッチノイズが大きい箇所をノイズ除去ソフトで下げたくらいですね。曲の最後のほうにおじいさんっぽい話し声のナレーションが入るんですが、これはピッチシフターでピッチを落としています。ピッチを落としたときの感触がソフトによってけっこう違うので、どれが一番作品のイメージのおじいさんに近いか悩みましたね。曲中になんで急に小芝居が入ってくるんだという感じですが、かねこさんはYouTubeで1人3役を演じるラジオ「ヘルシーなんちゃらステレオ」というのをやっていて、僕はもともとこのシュールすぎる世界観のファンでした。楽曲を聴いて、アルバムを買って、さらに深掘りしたいくらい興味を持った方は、さらにディープな世界がありますよ!

※動画は現在非公開です。

かねこさんの音源を題材に、エンジニアが何をやっているのか解説してきました。今回は録音した素材がほとんどボーカルばかりでしたが、生楽器の録音が増えると、同じような工程をドラムやベースなど、各楽器で細かくやっていくことになります。また音楽によっては、激しく音色を変えるようなエフェクトをかけたり、質感を脚色したりすることもあります。すべては一緒にやる人と楽曲次第で、1つとして同じやり方になることはありません。同時にアーティストも、どのエンジニアとやるかによって、作品が全然違ってくると思います。以前、使うマイクもマイクの立て方も、機材もすべて指定してほかの人に録ってもらったことがあるんですが、自分が録音するのとはまったく違う音になりました。エフェクトも重要ですが、おそらくそれ以上に頭の中で考えていることや、音楽の趣味のほうが作品の仕上がりに大きく影響を及ぼすのだと思います。これを読んだことで、音楽への理解が深まったり、自分で作品を作るときのヒントを得てもらえれば幸いです。もし僕と一緒にレコーディングしてみたいという方がいたら、いつでも声をかけてください。連絡お待ちしています!

かねこきわの

岡山県出身のシンガーソングライター。2015年に東京・mona records主宰のオーディション企画「モナレコ女子!2015」で楽曲賞を受賞し、2019年には1年間毎月新曲をSoundCloudでリリース。2020年8月に1stアルバム「チョコレートムンク」を発表した。また、さとうもかと共にユニット・moca & canonとしても活動している。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。連絡先:info@kangaroo-paw.com

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中村 公輔 Kangaroo Paw @KafkaParty

見てくれている人が多いみたいなんで、興味があったらこちらの記事読んでって!

新人のレコーディングで録音ボタン押すだけじゃなくて、こんなことやってるってのを解説してます。

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第19回 https://t.co/UVPWQwXN7f

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