第38回東京国際映画祭が行われている本日10月30日、映画監督の
李相日「観客に求められる作品が記録を作っていく」
2人は映画人同士の交流の場「国際交流基金×東京国際映画祭 co-present 交流ラウンジ」で対談。実写邦画で22年ぶりに興行収入100億の大台に乗った「国宝」は10月26日時点で166.5億円まで到達し、歴代1位の「踊る大捜査線 THE MOVIE2/レインボーブリッジを封鎖せよ!」の173.5億円という記録の更新が期待されている。まず現在の心境を聞かれた李は「(成績も)他人事のように聞いてしまいます」と口にしながら、「他人事だと思えば、いつか記録は更新されますし、観客の皆さんに求められる作品が記録を作っていく。時代時代で求められているもの、その要素がなんだったのかを振り返るのはだいぶあとだと思っています」とあくまで冷静に語った。
山田洋次が語る「国宝」の“劇的な構造”
「国宝」は歌舞伎役者の家に引き取られた立花喜久雄の50年に及ぶ一代記。
山田は本作の魅力を「劇的な構造」と表現し、「2人の男の話になってんのね。これが柱でしょ。普通、2人の男が主役だと、その間に必ず女性が介在する。この映画の中心はそうじゃなくて、別のもの、芸という問題、血筋という問題。どうしようもない不条理なものがどーんとあって、お互いが苦しむ。それを劇のモチーフにしてるのが、この映画が非常に優れているところ」「どうしようもない問題で苦しむドラマっていうのがね、この映画が普通の作品と違う、重たい芯を持っている理由じゃないかと僕は思う」と説いた。
李は2人のライバル関係を軸にしたのは原作者である吉田修一の発明であるとしつつ、「それをどう着地させるか、どう展開させていくか。よくあるのは嫉妬、足の引っ張り合い。でも真ん中に芸がある以上、お互いが芸に身を捧げて、その苦しみを分かち合うというか。嫉妬よりも、2人をつなぎ合わせていく美しさが終盤に訪れてほしいなと思ってました」と明かす。さらに「お互いの人生が本当にシーソーのように、どちらかが上昇してるときは、どちらかが地べたを這う。それが入れ替わりのように訪れてくる。2人が自分だけではどうしようもできない人生のしがらみに絡め取られて、最終的には2人がたぶん同じ風景を共有する。それがさらに女形というミステリアスな存在で表現されることで、より何か芸の高み、美しさが強調されていくのかなと思います」と言葉にした。
田中泯は笠智衆に近付ける人
対談では、女形の人間国宝・万菊を演じ、助演の中でも異様な存在感で評判を呼んでいる
山田は当時を「彼は舞踏の人だからものを言わないんだけども、しゃべってる声を聞くと、とてもいい声なんだよね。舞踏家だから、体も自由に動く。だからキャスティングしたんだけど」と回想。その芝居に関しては、率直に「これがまた下手くそで下手くそで、どうしようもないのね(笑)。何日もリハーサルして、一言一言を植えつけるようにして作ったのがあの映画だった。それから僕もいろんな映画で観ているけど、全然進歩しない。ついこの間会ったときも『見事にあなたは20年前と同じ芝居してるね』と。でも、それがあの人の値打ちですね」と持論を述べる。
この発言に李は「そう言える人は世界に山田監督しかいない(笑)。下手くそというのはどういうところなんですか?」と質問。山田は「つまり、棒読み、あるいは田舎芝居みたいな言い方をするのね。でもね、それで20年もやってくると
山田が「よく、あの人をキャスティングしたね。最初からそう思ってた?」と尋ねると、李は「いえ、もちろん下手くそだなんて思ってなかったんですけど、山田さんのおっしゃるように、その存在感ですよね。存在感と体。独特の肉体の動き方をされるので、そこが組み合わさったときにやっぱり魔力のような魅力がありました」と語る。「国宝」での演出に関しては「例えば声のトーンとか、手の動かし方とかを少し提案して、何かこう探ってもらう。もうそれで十分だったと思います」と振り返った。
最初は4時間半!「国宝」を形作った1つのルール
175分ある「国宝」の本編尺に関して、山田は「もっと長かったって、本当ですか」と質問。李は「いわゆる最初のつなぎ。撮影した素材をつないだときは4時間半ありました。歌舞伎のシーンも今のだいたい倍ぐらい。でも自分の作品は、毎回、1時間以上オーバーしてますね」と打ち明ける。これには山田も驚きつつ、「あなたの場合そうかもしれいないね。黒澤(明)さんなんかも納得のいくまでキャメラを回して回して、めちゃくちゃ長くなったりする。きっとあなたもそういうほうなんでしょうね。うん、それでもすごいな、4時間半」と納得していた。
MCから上下巻ある原作小説をドラマシリーズにする選択肢はあったのか問われると、李は「(映画として)スクリーンで観たかった」と回答。「確かに原作を忠実に映像化すると8時間、10時間のドラマとして見せることはできると思うんですけど、スクリーンで見せるときに何を選択するか」を重視したそう。原作との違いについては「顛末を見せないで展開させるのは、1つルールのように決めていました。特に後半、年代が飛べば飛ぶほど、あの人はどうなったか?とか、この関係性は10年経ってどうなったか?という帰結を見せない。もう過ぎたものとして、次の喜久雄と俊介の人生を中心に進んでいく。削られたというか、見えない部分は観客の皆さんが埋めていく前提。そういったダイナミズムを作ろうと思っていました」と話した。
山田は「つまり観客はストーリーを見てるわけじゃないのね。ドラマを見てるわけでね。非常に激しくフラッシュバックしたり、画面が先に飛んでいったり。いつもああいうスタイルなの?」と質問を重ね、李は2016年の映画「
山田は「国宝」に関して話が止まらず、「観客がね、ワクワクしたと思うのが舞台の撮り方。斬新と言うより、普通はしないやり方、約束事を破ってるわけ」と歌舞伎を撮影する手法にも言及。「国宝」には舞台と客席を分ける一線を超え、舞台側、壇上から客席を撮るようなカットがあることに触れ、「役者の側から、役者の気持ちを捉えながら映す。当然、映画の観客もこっち側(壇上)に来ちゃってるわけ。俳優越しに舞台の観客が見えていて、今演じてる俳優の感情までを、映画の観客に伝える。それはとても珍しいわけね。観客にとっても面白かったんじゃないのかな」と伝えた。
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山田からの質問が続く中で、李は山田が「
山田組の現場を何度か見学しているという李は、山田が必ずカメラの隣から一番近くで俳優を見ていることに言及。「どこをもっとも注視してるんですか」と尋ねると、山田は「僕が見てるよってことが大事なんですよ。俳優は、ものすごくレンズと監督を意識してるんです。それは被写体にならないとわからない。一度、冗談みたいに『俺が演じてみるから』とやったことがあるのね。そのとき、ギョッとした。こんなにキャメラと監督の存在が気になるのか、と。だから、そこに監督がいるのはすごく大事なこと。それがずっと僕の中に教訓としてある。どうしようもないときは、ちょっと離れてモニタで見ることもありますけど。今の監督は隣の部屋でモニターを見ながら『よーい、はい』と叫んでる。あれはね、ちょっと納得いかない。僕が役者だったら、嫌だなと」と語った。
第38回東京国際映画祭は11月5日まで開催。映画「国宝」は全国で公開中。「TOKYOタクシー」は11月21日より全国ロードショーされる。
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「お互いの人生が本当にシーソーのように、どちらかが上昇してるときは、どちらかが地べたを這う。それが入れ替わりのように訪れてくる。2人が自分だけではどうしようもできない人生のしがらみに絡め取られて、最終的には2人がたぶん同じ風景を共有する」
山田洋次
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