塚本晋也×ユーロスペース支配人・北條誠人がミニシアターの10年を振り返る
「この世界の片隅に」「侍タイ」などのヒット、コロナによる打撃…ミニシアター業界が経験したさまざまな出来事
2025年11月5日 12:05 4
2015年にスタートした映画ナタリーの10周年を記念し、映画にまつわるさまざまな10年を紐解く特別企画がスタート。第1弾となる本記事では“ミニシアター業界の10年”をテーマに、映画監督・俳優として活動する
塚本は、全国のミニシアターを紹介する動画企画「街の小さな映画館」を発信していたことでも知られる大のミニシアターファン。今回は2015年以降のミニシアター業界に着目し、東京のミニシアターの代表的存在であるユーロスペースの北條と、ミニシアターが歩んできた10年の道のりや業界が抱える課題を語ってもらった。
取材は、塚本と北條のミニシアター愛があふれる時間に。ミニシアター文化をこれからも残していくために、私たちができることとは?
取材・
そもそも「ミニシアター」とは?
大手シネマコンプレックスの系列から外れた、独立した映画館を指す言葉。座席数が小規模な映画館がほとんどで、独自の基準で上映作品を選定している。そのためシネコンでは上映されにくいドキュメンタリーやアート作品、若手映画監督の作品がスクリーンにかかることが多く、映画文化の多様性を支える存在だ。1980年から2000年代には東京・渋谷を中心に“ミニシアターブーム”と呼ばれるムーブメントが起こり、若者を中心に支持を集めた。ブームが下火になったあとも、変わらずさまざまな作品を世に送り出し、映画ファンを楽しませている。
塚本晋也(ツカモトシンヤ)プロフィール
1960年生まれ、東京都出身。1989年に「鉄男」で劇場映画デビューし、以降は「東京フィスト」「KOTOKO」「斬、」「ほかげ」など数々の監督作を発表。監督、主演、脚本、編集、撮影、製作の6役を務めた2015年公開の「野火」では、第70回毎日映画コンクールの監督賞や男優主演賞などさまざまな映画賞を獲得した。俳優としても活動し、近作に大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」、映画「シン・仮面ライダー」などがある。出演した映画「宝島」は全国で公開中。
※塚本晋也の塚は旧字体が正式表記
北條誠人(ホウジョウマサト)プロフィール
1961年生まれ、静岡県出身。映写技師として1985年にユーロスペースの前身「欧日協会」に入社。1987年から支配人を務める。ユーロスペースを運営するうえで心がけているのは、将来につながる仕事をすること。
ミニシアターかわいらしいな、素晴らしいな
──塚本さんによる動画企画「街の小さな映画館」が、2025年6月にフィナーレを迎えました。2021年にスタートした本企画は、塚本さんがさまざまなミニシアターに足を運び、それぞれの魅力を伝えるものです。始めるきっかけは塚本さんの監督作「
塚本晋也 2015年の公開当時、「野火」を上映してくださるすべての劇場さんに行ってみよう!という話になりました。全部はさすがに難しいかと思っていましたが、とにかく行ってみたら劇場の個性がとても豊かで。あまりに面白い体験だったので、皆さんにぜひ観ていただきたい、知っていただきたいと思っていました。その後コロナ禍になって、まず頭に浮かんだのは「ミニシアターが大変だ!」ということ。当時は公共交通機関を使って移動することも感染リスクが高いと言われていたので、ミニシアターのようなタイニーハウスを(宿泊もできるように)トラックに乗っけて、劇場を回って、動画を作って、皆さんに観てもらったらミニシアターへの興味につながって面白いんじゃないかと作戦を考えたんです。
──毎回、更新を楽しみにしていました。記念すべき第1回は、ユーロスペースでしたね。
塚本 ユーロスペースさんは「野火」のメイン劇場だったので、まず最初に取材させていただきました。初めてだったので非常に手探りで、ちょっとご迷惑をおかけしちゃいましたが(笑)。
北條誠人 私たちはずっと映画館で働いているから、映画館は日常の風景じゃないですか。だから最初は「何を撮るんだろう?」と不思議でしたし、塚本監督がどこを切り取ってくれるのか楽しみでした。撮影のときは、意外と凝るんだなと思いました。何度もテイクを重ねて、カットにもこだわっていました。「街の小さな映画館」は劇場ごとに全然違うように見えるのが面白かったです。やはりそれぞれ撮り方を変えて、工夫していたんですか?
塚本 実は、撮り方は変えてないんです。あえて同じように撮影することで、劇場の個性を際立たせています。北條さんがそう言ってくださったのは、劇場さんの個性が豊かな証拠ですね。
「街の小さな映画館」第1回 東京・ユーロスペース
──フィナーレ動画では、塚本さんが「ミニシアターのことを考えない日はなかった」とお話しされていて、ミニシアターへの思いを感じました。フィナーレを迎えたお気持ちはいかがですか?
塚本 最初はもっともっと、多くの劇場を回ろうと思っていました。でもひそかにけっこう大変なんですよ(笑)。フィナーレを迎えて、ちょっとホッとしています。34館分の動画を観ていただくだけでも、それぞれの劇場に個性があることが伝わるはずです。建築物としてミニシアターを見ても、魅力的で面白いですよ。「街の小さな映画館」は自分にとって、かわいいお宝がたくさん並んでるような感じ。ミニシアターかわいらしいな、素晴らしいなって改めて思いました。
北條 大切なコレクションですね。
塚本 「野火」も今年で、公開から10年を迎えました。毎年メールで劇場さんに上映のお願いをしていましたが、劇場さんもプログラムを組むのが大変だったと思いますし、このタイミングでひと区切りしようと思っていたんです。もちろん「野火」は、今の世の中にとっても必要な作品ですから、これからは違う形を模索してきます。
「街の小さな映画館」フィナーレ動画
「この世界の片隅に」「侍タイムスリッパー」ヒット作に恵まれた10年
──今回はミニシアター業界の10年についてお話を伺いたく取材をセッティングさせていただきました。2015年からの10年で、印象に残っているミニシアター業界のニュースはありますか?
北條 わりとミニシアターからヒット作が出た10年だったと思います。「野火」や、その翌年に公開された「
塚本 僕の映画は自主制作なので、ミニシアターのような、特別なものを上映してくださる映画館じゃないとなかなかスクリーンにかからないんです。だから僕にとってミニシアターは欠かせないもの、一緒に空気を吸っているような存在です。シネコンとの線引きがあいまいになっている点については、僕はそこまで実感がありませんでしたが、ミニシアターとシネコンで作品が縦横無尽に行き来できるのであれば、素晴らしいことですね。
──北條さんは、なぜミニシアターとシネコンのすみ分けに変化が生まれたのだと思いますか?
北條 お客さんの映画の見方が少し変わってきたのかな。もちろん、ミニシアターに足を運ばずにシネコンを中心に映画を観ている方はいますけど、面白いと聞いた作品なら劇場にこだわらず観に行く人が増えていると思います。それはおそらくSNSで作品の評判が広がるようになったからかと。昔は新作映画の情報収集といえば、いつも行っている映画館に置いてあるチラシやポスターでした。だいたいその劇場で上映する作品のチラシを置いていますから、気になった映画を観るために、同じ映画館に通うケースが多かったと思います。今はSNSで作品がバズることもありますから、口コミが大きな風になっていると思います。
コロナ後のミニシアター、“応援し疲れ”なんて言ってられない!
──なるほど。第48回日本アカデミー賞で最優秀作品賞に輝いた「侍タイムスリッパー」は、口コミで評判が広がり上映館が増えていきましたよね。塚本さんの印象に残ったミニシアター業界ニュースはありますか?
塚本 この10年でミニシアターの皆さんがよくおっしゃっていたのは、コロナ禍を経て年齢層の高い人がミニシアターに足を運ばなくなったということです。その代わり、若い人が来るようになったという声もありました。コロナ禍ではどの劇場も経営が厳しかったと思いますが、壊滅的なダメージを受けたミニシアターもあれば、意外にも「いつもお客さんがたくさん来るわけじゃないので、あまり変わらなかった」と言う方もいたり。
北條 やっぱり10年のうち直近の5年は、ミニシアターにとってもコロナが大きなトピックスになりました。休業要請もありましたし、再開してからも時間制限や感染症対策が必要になり、本当に大変でした。そんな中で「ミニシアター・エイド基金」では約3億3000万円もの支援金が、「ミニシアターを救え!」というオンライン署名活動では約9万筆が集まって。私たちの仕事が、多くの人たちに支持されていることを感じた期間でもありました。
塚本 10年前といえば、フィルムからDCP(Digital Cinema Package)へ上映形式の変更が本格化した時期でしたね。ただでさえ切り詰めて経営していたミニシアターですから、デジタル映写機を買うのに皆さん苦労していました。フィルム映写機は丁寧に使えばいつまでも持ちますが、DCPの寿命は10年と言われています。今まさに買い替えの時期で、悲鳴が上がっています。北條さんがおっしゃっていたように、コロナ禍にミニシアターを応援する動きが盛り上がりましたが、そのときに応援する力を使い切ってしまった映画ファンもいますよね。皆さん、“応援し疲れてる”ところがあるので、これからが大変かもしれません……。ただ“応援し疲れてる”なんて言ってはいられませんね! ミニシアターはいろいろな映画を与えてくれる多様な文化の中心的存在。ミニシアターがなくなったら、映画文化がとてもシンプルになってしまいます。根気強く、応援し続けなきゃいけません。
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塚本晋也tsukamoto_shinya @tsukamoto_shiny
ミニシアターのことをユーロスペースの支配人北條さんとお話しました。ご一読を!
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