イラスト / 徳永明子

映画と働く 第21回 [バックナンバー]

物書き:SYO / 仁義の世界で書いて、書いて、書き続ける表現者の心構え

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1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。

第21回となる今回は、映画監督・藤井道人の作品に多数協力し、昨今は「近畿地方のある場所について」「ひゃくえむ。」「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」「愚か者の身分」「ミーツ・ザ・ワールド」「イクサガミ」「スキャンダルイブ」「兄を持ち運べるサイズに」といった作品のオフィシャルライターを務めるSYOが登場。“物書き”と名乗る理由、原稿料についての考え、意識が変わったというある俳優との出会いなどを語ってもらった。

取材・/ 小澤康平 題字イラスト / 徳永明子

SYOの履歴書

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自分の名前で勝負してみたい

──まずは書く仕事をするようになった経緯を教えてください。

両親がグラフィックデザイナーと銀細工作家なので、ものを作る仕事をしたいとは昔から思っていました。僕が子供の頃はインターネットを駆使して個人が活躍している時代ではなかったですし、田舎で生まれ育った自分が一番おしゃれでかっこいいと思うものが映画だったんです。両親が日常的に古今東西の映画を見せてくれたことも本当に大きかったですね。福井から上京後は映画や舞台を勉強する大学に行って、卒業したあとはふらふらしながら2年くらい小説や演劇方面の創作活動をしていたんですけど、なかなかうまくいきませんでした。さすがにそろそろ就職しなきゃいけないというとき、「なんで上京したんだっけ?」と考えていたら、「そうだ、映画の仕事をしたかったんだ」というところに立ち返って。そのあと就職活動をする中で、映画雑誌の編集プロダクションに雇ってもらえることになりました。それが2012年の秋です。リスクを取って僕のような新卒でもない未経験者を採用してくれて、感謝しかありません。そこで文章の書き方や編集の仕方といった雑誌の作り方を教わりました。

SYO

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──どのくらい働いたんですか?

3年です。そのあとは映画のWebメディアに転職して4年働いたんですが、最初の編プロでの仕事を含め、自分で記事を書いても名前が載ることはなかったんです。それは全然悪いことではなくて、社員のプライバシーを守るという会社のポリシーにのっとっているんですが、両親から受け継いでしまったクリエイター魂と言いますか、不遜にも自分の名前で勝負してみたいという気持ちを抱いてしまって。ただ、僕自身がライターさんに発注する立場だったので、だいたいのギャランティの相場も知っていましたし、いきなりフリーランスになっても食べていくのは相当厳しいと思い、ライターの仕事をしながら働ける会社に転職しました。1年ダブルワークをして、フリーランスのギャランティだけでもギリギリ生活が成り立つんじゃないかという未来が見えてきたので、家族に了承してもらったうえで2020年の7月に独立しました。正直、フリーランスの大変さを知っている両親からも妻からもかなり反対はされたんです。コロナ禍真っただ中、しかも第1子が生まれる直前での独立は相当危険な賭けだったと思うので、ブレーキをかけてくれて感謝しています。おかげで勢い任せにならずに済みました。

──独立してみて、実際生活はどうでしたか?

ありがたいことに1年目からなんとか食べてはいけました。でも僕がうまくいったのは実力があったからではなく、ただただ運がよかった、人に恵まれたからだと思っています。先ほどお話しした、お世話になった3つの会社の上司や同僚が何かと気にかけてくれて、独立前から連載を持たせてもらえていたり、憧れの雑誌だった装苑の編集者さんが早くから目をかけてくださったりしていましたから。そして、再現性のない成功体験と言えるかもしれないんですが、コロナ禍で仕事が増えたという事情があって。どういうことかと言うと、“3密”(密閉・密集・密接)を避けるために出演者や監督にインタビューする機会が激減し、公開延期になる作品も多かったりして、映画メディアが掲載する情報の数が減ってしまっていたんです。そうなるとメディアは「自宅で見られるお薦め映画」や「各動画配信サービスの特徴」等々オリジナルの記事を作らないといけなくて、その流れで「一緒に何か企画しましょう」と声を掛けていただくことが増えました。とはいえ独立前から知ってくださっている方を除けばまだまだ無名でしたから、新人に任せるのに躊躇していた方も多かったかと思います。

そんな中で転機となったのは独立前、映画「水曜日が消えた」の舞台挨拶映像付き上映会で、中村倫也さんに1対1の対談形式でインタビューをさせてもらったこと(※編集部注:コロナ禍だったため、事前に収録した舞台挨拶・インタビューがスクリーンにかけられた)。プロデューサーの櫛山慶さんや配給・宣伝のご担当者さんは倫也さんや僕と同世代で、自分が過去に書いた倫也さんの記事も読んでくださったうえで抜擢してくださいました。トップ俳優と新人ライターを対談させるってどんだけチャレンジングなんだ!と今でも思います。僕はあまり緊張しないタイプですが、このときばかりは会場に向かう道中のトイレでプレッシャーに耐えられなくなり、吐きかけましたから(笑)。ただ収録本番は倫也さんのおかげでめちゃくちゃ楽しかったですし、“お倫だち(中村倫也のファンの総称)”の皆さんも温かく受け入れてくださり、一気に知名度が上がったことがその後のキャリアの支えになりました。先日も倫也さんと取材でお会いしましたが、この人に成長した姿を見せたい!というのが大きなモチベーションになっています。

また、2020年は「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が大ヒットした年でもあるんですが、マンガ・アニメをリアルタイムで追っていた自分のところにたまたまお声掛けが続いたということもありました。

──「鬼滅の刃」をしっかり追っていたことが仕事につながったんですね。

会社員時代に「鬼滅の刃」の編集者さんにお話を聞く機会に恵まれたりと、不思議な縁を感じます。僕自身は意識的に動いていたわけではなく、ただ少年ジャンプが好きな定期購読者だっただけですが(笑)。実は「鬼滅の刃」に限らず、マンガやアニメに新しいチャンスを与えてもらうことが僕は多いんです。なぜか「呪術廻戦」好きのライターとして「日曜日の初耳学」にテレビ出演したり、「名探偵コナン」「僕のヒーローアカデミア」「岸辺露伴は動かない」「THE FIRST SLAM DUNK」等々、好きが高じてお仕事を任せていただきました。「ひゃくえむ。」「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」もそうです。

──仕事を増やす、もしくは維持するために意識的にやったことはありますか?

1つひとつの仕事にちゃんと向き合うという普通のこと以外には、特にないんです。自分はこういう仕事をしているくせに人見知りで、自分からあまり「仕事を取りに行くぞ!」みたいなアグレッシブなことができなくて……。ただライターを続けていく中で、作品のオフィシャルライターに選ばれるようにならなくては、と考えるようにはなりました。公式のライターをやっていると早くから作品に関われたりエンドロールに名前が載って、そこから派生して同じ作品の別の仕事につながることが多いので。こんな性格でもコツコツがんばっていると、皆さんちゃんと見ていてくださるんですよね。本当にありがたいです。倫也さんにも「最近オフィシャルライター多いね」と言われましたから(笑)。

──最近だけでも「近畿地方のある場所について」「ひゃくえむ。」「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」「愚か者の身分」「ミーツ・ザ・ワールド」「兄を持ち運べるサイズに」など数多くの映画にオフィシャルライターとして携わっていますね。

ただただ光栄です。僕はなんでも上手に書けるタイプではありませんし、自分の感性が各作品に何かしら必要と思ってもらえたから、仲間に加えていただけたのかなって。ただ、自分が特別仕事を多く抱えているわけではありません。僕はイベントのMCや映画情報番組のナビゲーターもやらせていただいているため、人目に付きやすい可能性があるのですが、メディアには出ないけど自分では到底及ばない数のお仕事をされている先輩方もたくさんいらっしゃいます。

仕事場でのSYO

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インタビューは表現者同士の共同作業

──「オフィシャルライターになるにはどうすればいいですか?」と聞かれたらどう答えますか?

選んでいただかないことには動けないため決まったルートというか方法論があるわけではないですし、正直言って向き不向きが大きい仕事ではあります。映画について書くのが好きな方でも、作品をフラットな立場で論ずる評論家タイプの方もいれば、インタビューが得意な人、自分のように内側に入って作品の魅力を言語化するのが向いている人もいるでしょうし。場合によっては数年レベルで1つの作品に関わることもありますし、今がまさにそうなのですが、公開前にはどうしても立て込んで忙殺されてしまい、ほかの仕事をお受けできないこともあるため、まずはいい面と悪い面を知っていただいたうえで「本当に目指したいのか?」を判断してほしいなと思います。

ただ、そうですね……あくまで自分の経験則で言うと、オフィシャルライターはチームの一員なので、作品の内容はもちろんのこと、監督や出演者さんとの相性は見られている気がします。やっぱり、感性が合っている人と仕事したいじゃないですか。僕の場合は藤井道人監督と5・6年ご一緒させていただいていますが、始まりは「同世代で馬が合うライターがいる」というところからでした。中野量太監督や大友啓史監督には「君の文が好き」と言っていただけて、ご一緒する機会をいただけました。杉咲花さんや綾野剛さん、松本まりかさん、安田顕さん、井浦新さんといった方々も励みになる言葉を下さいました。

──なぜ一緒に仕事をしたいと思ってもらえたと感じますか?

これはあくまで推測ですが、自分自身もクリエイターだと思ってインタビューをしているからかもしれません。そもそもクリエイター一家に生まれていますし、そうとしか生きられないのですが。「ライターは裏方に徹するべき」という信条で素晴らしい仕事をされている方もたくさんいますが、僕はインタビューを表現者同士の共同作業だと思っています。藤井さんをはじめとする監督陣、倫也さん、満島ひかりさん、オダギリジョーさん、斎藤工さん、横浜流星さん等の俳優陣といった自分を引き上げてくれた方々は、例えば「僕は物作りでこういう悩みを抱えてるんですが、どう乗り越えましたか?」みたいな質問をすると、喜んで答えてくれるんです。これはもう生まれついた性分なので他の選択肢がないのですが、こちらが表現者・クリエイターという姿勢で臨んでいるからこそ、相手も本気で答えようとしてくれている気はします。

──映画ライターではなく“物書き”と名乗っているのも、そういう意識があるからでしょうか?

いや、それはまた別でして。大学生のときからずっと愛聴しているミュージシャンの長澤知之さんとお仕事をさせていただく機会があったんですが、映画ライターという肩書だと「なぜミュージシャンと映画ライターが?」と感じる方もいると思うんです。映画が大好きで、映画に関わりたいと思って始めた仕事ではありますが、音楽・マンガ・アニメ・小説などの分野でもチャレンジしていきたいと思うと、映画ライターという肩書は仕事の幅を狭めてしまう気がして。いろいろ考えるのが面倒になってしまって、「物を書いてるから“物書き”でいいや」みたいな感じはあります(笑)。名刺交換のときに「かっこいいっすね」と茶化されることもありますが、今のほうが肩書に縛られず、自分のやりたいことをやれている感覚があります。

恩を与えてもらったら、恩を返す

──書く仕事を続けてきて、もっともよかったと感じることはなんですか?

倫也さん、藤井さんといった、常に愛情を与えてくれるトップクリエイターに出会えたことです。家族や友達とは違う、同じような志を持った仲間と一緒に働けるのはこの仕事の醍醐味です。

──逆につらかったことは?

去年過労で倒れてしまったのですが、タイトなスケジュールで畳みかけてくる仕事量です……。体調管理がなってないと言われたらそうなんですが、昔からお世話になっている編集者さんから依頼される案件だったり、気になっていた映画の仕事だったりすると、ちょっと忙しくてもやりたいという気持ちが強くて。あとはやはりオフィシャルライターは代わりがいない立場なので、どんな状況でもやるしかないんですよね。それに、先ほど「人に恵まれた」とお話ししましたが、なんだかんだ“仁義”で成り立っている世界な気はしています。恩を与えてもらったら、恩を返すという。倒れてしまったら本末転倒なので、自分に仕事を振ってくれた人に迷惑を掛けないためにも、体も心も壊さないように自己管理していかないといけないんですが。

──お子さんもいらっしゃいますよね? 育児と仕事の両立はうまくいってますか?

上の子がもうすぐ5歳、下の子は2歳になりました。両立は大変ですが、子供が生まれる前って平気で朝4時とかまで仕事をしていたので、子供がいないほうが、今ボロボロの状態になっていた気がします。生まれてからは完全に朝方になって、平日は子供を保育園に連れて行ったあとに仕事をしてますし、休日は午前中に集中して原稿を終わらせて、午後は家族で遊びに行くなどメリハリも付けられる。一緒に映画も観てくれますし、「お兄さんが崖を登る映像があるんだけど観てみない?」と言って「M:I-2」(「ミッション:インポッシブル」シリーズ2作目)を見せたらすごい面白がってくれて、「パパこれできる?」って(笑)。先日は一緒にジェームズ・ガン監督の「スーパーマン」を観て「空飛びたいねえ」と夢を語り合いました。やっぱり子供はかわいいですし、毎日のように笑わせてくれて気持ちを引っ張り上げてもらっています。

子供たちと過ごす癒やしの時間

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mii❀ @floweringhana

「仕事を見たときに、藤井さんはどう思うだろう? 花さんはどう思うだろう?」と考えるSYOさん、萌歌ちゃんの「杉咲花さまならどうするか」を思いだす
尊敬する映画人に花ちゃんをあげてくださってること、その思いにファンのひとりとして胸が熱くなります
https://t.co/7zilFhHZpt

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