菅波栄純(THE BACK HORN)

令和のアーティストとSNS 第4回 [バックナンバー]

菅波栄純(THE BACK HORN)が伝える、SNSの真実

バズを狙う必要はない

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一番コストを支払っているのは見てるだけの人

──動画を作る上でGOサインを出す基準みたいなものはどう考えていますか?

それがけっこう面白いポイントで。ミュージシャンが「曲を作ってるだけだと広がらないからSNSをやろう」と思って始めたときに、曲の宣伝だけ投稿しても見てもらえないんですよ。みんな宣伝臭を嗅ぎ取るんだと思うんですけど、それはムードとして実際にあって。なので、ほかのことを投稿しようと考えたときに、「投稿することなんか何もないよ」と思うかもしれないんですけど、そこが考えようによっては一番面白いところで。ミュージシャンにとって最大の武器は音楽ですけど、自由に使えなかったりするんですね。

──権利の都合上で。

そう。ある意味最強の武器を封じられた状態でやることになるのがミュージシャンにとってのSNSなんです。だからミュージシャンのみんなに考えてほしいのは、自分が一番苦労せずできることをやってみてほしい。それを1つひとつ投稿してみて、ファンの反応を見てほしいんですよね。

──油淋鶏弁当を食べている動画でも全然いいわけですね(笑)。

あの動画はファンの人のリクエストでやったんですよ。油淋鶏弁当とは指定されてないですけど、「モグモグ食べてる動画が見たい」って言われて(笑)。「えー!」と思ったけど、公開してみたらけっこう人気で。ちょっと派生して話すと、SNSをやるからには、その目的は何かという話にやっぱりなるじゃないですか。結果を見て評価をしていくことになると思うので。それに関して思ってるのは、俺らミュージシャンは別にバズらなくていいんです、実は。

──そうなんですか?

俺はバズったことと曲が売れることの相関関係はかなり怪しいと思ってます。正直、あまり関係ないと思う。今から言うことは新自由主義の考えに近いんですけど、人気のある人がより人気者になってくれたほうが経済は安定するんですね。SNSでもそういう前提はあります。だけどそれだと平等感がないので、Twitterとか既存のSNSには人気のある人がより人気が出るというアルゴリズムと一緒に、表面的にみんなにチャンスがあるように見せかけるためにギャンブル性を入れてあるんです。ギャンブルは誰しも平等であると言える。それこそ毎日パチンコ屋に通っていたら1回は当たるようになってるみたいなもので。誰しもバズるチャンスはあって、だからと言ってそのバズったことに意味があるかというと、そんなにないんですよ。そういうふうにできてるから。

──人気者はさらに人気者になっていくし、そうでない人もチャンスがあるように見える。

そういうふうにできてるんです。ちなみに見てるだけの人はノーコストでやれるのかというとそんなことはなくて、実は一番コストを支払っています。なぜかと言うと、フィードを更新していく作業って、スロットマシンでレバーを引くのと同じなんですよ。次に何が出てくるかわからないまま、何かを期待して、得にもならない情報のために画面をスクロールしている。「見るのは無料だから得にならなくてもいいじゃん」って考えるとそれはSNS側の思うツボで、なんのコストを払っているかと言うと、それは時間です。スキマ時間に見てると言っても、1日10分を6回やったら60分ですよね。1時間あったら俺は1曲作れるので。SNSを見てるだけの人は時間というコストを一番消費しているんです。プレイヤーになって投稿するようになれば、投稿を作るコストは出てくるけど、その投稿を人に見てもらって承認欲求が満たされるなり、ちゃんとバックがあるので。

──今はSNSから仕事につながるケースも増えていますね。

プレイヤーはその分のリターンがあるんです。SNS側からしたら、本当は全員プレイヤーになってほしいんだと思います。俺は今ゲーム理論の本を読んでいるんですけど、例えばポーカーをやるときに、ルールをまったく守らない人が入ってきちゃったら、ゲームとして完全に崩壊しちゃうんですね。ゲーム理論を適用させるにはプレイヤー同士のリテラシーが同じじゃないと成り立たない。だからSNS側はみんながプレイヤーになって、同じ土俵に立ってもらいたいと思ってるはずです。

SNSの仕組みは頭に入れておいたほうがいい

──投稿を見てるだけの人が一番コストを支払っているという話ですが、さまざまな新しい情報が得られるというのはリターンにはならないんですか?

そこは俺の立場からは断言できないですけど、「その情報、どれくらい覚えてますか?」という話で。それと情報の正確性や深さを測るのは見てる側の人の作業になりますよね? 世の中に出るまでにいろんな人が関わってできあがる本とは違って、SNSに投稿される情報は基本的に投げっぱなしだから、もしそれが雑な文章だったら内容を翻訳するのも読む側の作業になる。俺はそれら全部がコストだと思っているので、SNSで情報を主に得るにはコストが見合わないと思うんです。

──なるほど。

ただ、これを読んでいる人に誤解されたくないんですけど、俺はSNSを否定しているわけではないです。Twitterとかが人間の本能を刺激して視聴者を集めているのを見て、俺はただ「面白い仕組みになってるな」と思ってるだけで、システム自体に別に善悪はないので。でもそういう仕組みになってることは、頭に入れておいたほうがいいと思いますね。そしてSNSは使い方が悪ければ精神的に人を追い詰めるというのも事実としてあって。THE BACK HORNの音楽はそういう心が弱った人たちのためにもあると思っているので、SNSをどんどんやっていきましょうって推奨するのはスタンスとして違うんですよね。でも俺自身はSNSが大好きという。ヤバいですよね、俺が一番わけわからない(笑)。

菅波栄純(THE BACK HORN)

菅波栄純(THE BACK HORN)

SNSはただの挨拶

──先ほどSNSをやる目的の話が出ましたが、菅波さんがSNSをやる目的はなんでしょう?

ちょっとそこに戻りましょうか(笑)。俺がやる目的はけっこう明確で、1つはファンと交流するためにやってます。あとは最初にお話しましたけど、いろんなSNSごとのノリを知るのが単純に好き。もう1つ、俺は何かを生み出す行為に中毒になっていて。もちろん作曲が一番なんですけど、何かを作ったらSNS上に置いておけば誰かが発見するかもしれないと思ってやっています。

──アーティストがSNSを始める場合、ファン層をより広げる方向と、すでにファンの人との関係性をさらに濃くしていく方向が考えられると思うのですが、菅波さんの場合は後者のイメージでしょうか?

いや、ちょっと違って、俺がSNSでやってるのは、毎日「おはよう」って声をかけるくらいの感覚に近いです。俺にとってTHE BACK HORNはすごく大きなプロジェクトなんですね。事務所やレコード会社がしっかり機能していて、一流のスタッフがいて、作品をリリースしたら大きい会場でライブもやらせてもらって、それを聴いてくれるファンがいる。そこで十分広くて深いファンベースがあるので、俺はSNSでファンとの関係性を濃くするということはあまり考えてないです。

──なるほど。挨拶するのに何か見返りとか期待しないですもんね。

「いつもありがとうね」とか、そういう挨拶程度の役割で十分。そういう意味ではTikTokとかMixChannelみたいに、完全にファン層も被ってなくて、下手したらTHE BACK HORNのこと知らない人がたくさんいる場所に行くのも、ただ挨拶しに行っている感覚ですね。カジュアルに「どうもはじめまして。何やってんの?」っていう感じ。俺が目をギラつかせて「新しいファンを生け捕りにしてやるぜ」みたいな感じでTikTokに入っていったらめちゃめちゃ嫌がられると思う(笑)。

──「悪い大人が来た」って警戒されそうですね(笑)。

そういう大人はすぐ見抜かれるし、そう思われたら終わりなので。楽曲提供とかしてると、自分の今までのノリとは全然違うところに行くこともあるんですよ。そういうときに「俺はけっこう大きいファンベース持ってるバンドの人間で」って入っていくのも嫌だし、逆に入って行けずにドアの前で覗き見してるような感じも嫌なんですよね。だから「どうもどうもー」って、ある意味軽々しくいろんなトライブに入っていける人間ではありたいとは思ってますね。

──そこで好奇心が刺激されて、結果的に曲作りなどにフィードバックされることもありますか?

ありますね。挨拶回りすることの一番の収穫はたぶん自分の脳みそが変わるということだと思います。入り浸っちゃダメっていうのがミソ。飲み会に一次会だけ顔を出して帰るみたいな感じですね。でも一次会のノリさえ見られれば「乾杯しないんだ」とか「肉から食べ始めるんだ」とか何かしら刺激されて、俺の人生のほぼすべてである作曲という行為において影響が出るはずなので。まあ、これだけSNSをやっていても“一次会にしか出ない人”っていうのが新種かもしれないです(笑)。

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YouTubeは店を1つ出すくらいの価値がある

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「ナタリー」

令和のアーティストとSNS 第4回
“菅波栄純(THE BACK HORN)が伝える、SNSの真実”

○菅波栄純インタビュー掲載

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