第80回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞した「
本作は音楽家の
濱口はまず本作の共同企画者であり、音楽を手がけた石橋のコメントを代読。石橋は「各映画祭などで称賛を得て話題になっていた濱口さんが、まるで何も起きなかったかのように、何もないところから新しいことにチャレンジされるということは並大抵のことではなかったと想像します。そしてまったくどうなるのかわからない企画に協力してくださったプロデューサーの高田(聡)さん、キャストやスタッフの皆様の努力も決して尋常ではなかったと思っています」と関係者への感謝と称賛をしたためつつ、受賞については「『今まで以上に地道に仕事をしろ』と言われていることなのだなと感じており、その先にまた素晴らしい出会いやチャレンジが待ち受けているのだと信じていますし、この映画がもたらした体験は、まさに心からそのように信じることができるような体験でした。音楽家として新しい試みへ踏み出す力をくださいました」とつづっている。全文は下記の通り。
これを受け、濱口は「ほとんど付け加えることがないぐらい、私もまったく同じような気持ちでいます」と吐露。続いて「いただいたメッセージの中で十分に感謝されていない方が1人いらっしゃいます。それは石橋英子さんご自身です。何よりも石橋さんの音楽が、もしくは石橋さんが続けてきた音楽活動というものが、自分自身にとっても導き手になってくれたような気がします。自分が今まで体験したことがないような映画作りができたような気がしています」と感謝した。
石橋が濱口にライブ用の映像を依頼したのはおよそ2年前。濱口曰く「内容はどのようなものでもいい」というところから、1年ほどやり取りを重ねたそう。濱口は「そうは言っても、石橋さんが求めている映像があるのではないか?と思って。自分としては腹の探り合いみたいな局面もありました。そして1年ぐらい前に石橋さんが、どうも私が作る物語や映画であれば、なんでも受け入れてくれる用意があるとわかって、ようやく映画作りの軸が定まった」と述懐。「その自由は荒野みたいなもので、何か限定性が欲しい。石橋英子さんの音楽に合わせて作るのであれば、その音楽が生まれている場所の近くで撮るのがよいのではないか?と考えました。そこで実際に彼女の音楽と合うような素材がないか探し始めて、そこにとても豊かな自然があった。それが最初の題材になりました」と明かした。
「悪は存在しない」は長野県の町で自然の秩序に従ってつつましく暮らす父娘の巧と花を軸にした物語。ある日、巧の家の近くで都会に住む人々に快適な「自然への逃避」を提供するグランピング場の建設計画が持ち上がる。コロナ禍のあおりで経営難に陥った芸能事務所が政府からの補助金を得て、その設営を計画。しかし、このプロジェクトが町の水源に悪影響を及ぼすことが明らかになり、その余波は父娘の生活にも及び始める。
濱口は、物語の起点を「自然を撮ると決めたんですけど、単純に自然を撮っているだけでは、長く観ていることは難しい。ある程度、人間が関わってこないといけない。その場で人間の関わりを取材していき、この映画の中で描かれている出来事と同じようなことがあったと知りました。都市から来た人間がレジャー施設を作ろうとして、ただ、それがとてもずさんな計画だった。本当に現代的な話。それで1つの物語にしていくことを決めました」と説明。そこから脚本を執筆し、2023年の2月・3月に撮影を行い、石橋が編集された映像を観て楽曲を制作した。
濱口は、石橋とのコラボレーションについて「音楽自体は撮影前に何曲かいただいていてイメージもあった。テーマソングに関しては、石橋さんが映像を観て作ったもの。手紙のやり取りのように音楽と映像を実際にやり取りしながら、それが最終的に1つの作品になっていきました。自分にとって音楽的にセッションしているような感覚で進められて、本当に得難い体験だったと思います」と語った。
1988年生まれ、現在34歳の大美賀は濱口の監督作「偶然と想像」に制作として参加。「悪は存在しない」にも当初はスタッフとして参加する予定が、急遽、主演に抜擢された。大美賀は「最初はシナハンのときにドライバーとして参加していたんですが、そのときの流れで自分が出ることになりました。出る側の経験はほとんどなかった。それが可能になったのは、スタッフや共演者、現地で協力してくれた皆さんが作り上げた環境のおかげだと思っています。この場を借りて感謝したいです。ありがとうございました」と謝辞を述べた。そして録音として参加した松野泉による「まれにあるご褒美のような現場」という言葉を紹介し、「僕も本当にそう思いました。準備・撮影と楽しいことでいっぱいでした」と充実感をにじませる。記者から山での生活における自然な身のこなしに関する質問が飛ぶと、「まき割りや山を歩いているときの視点、そういうものを現地の方に教えていただきました」と答えた。
2021年の「ドライブ・マイ・カー」でカンヌ国際映画祭の脚本賞やアカデミー賞の国際長編映画賞に輝き、当時は忙しく過ごす中で「疲れたので、しばらくは休みたい」ともこぼしていたという濱口。そこから2年で新作長編を発表したことに関して「自分の中では、このプロジェクト自体が休むことと変わらないというか、回復するプロセスだった。映画を作りながら、単にアウトプットするだけではなく、インプットをするような映画制作が必要だったと思っています。この『悪は存在しない』は結果的にそういう作業だった」と語る一幕も。一方で「この映画が自然と癒やしの映画として行き渡ると、詐欺になります(笑)。自然の映画であることは間違いないんですが、癒やしがあるかと言われると……。癒やされる時間帯もあると思いますが、癒やされるだけではないと思います」と含みを持たせて話した。
よりいっそう世界的な評価を高めた濱口に、今後、海外で映画を撮る可能性はあるのか問う質問も。濱口は「海外とのコラボレーション。これはずっと興味があります。ただ、こればかりは、信頼し合える人たちと出会えるかが大きな要素。誰かと出会うことによって映画を作ってきた。その誰かが自分を導いてくれるような感覚が常にあります。石橋英子さんも、ここにいる大美賀さんもそうです。自分にとっては『この人に付いて行けば大丈夫だ』と思える人と出会えるかがすべて。それが海外の人であれば、海外で撮る可能性も十分ある。そういった出会い自体が簡単なことではないですが」と話した。
「悪は存在しない」は2024年ゴールデンウイークの劇場公開を予定。「GIFT(ギフト)」は10月にベルギーで開催されるゲント国際映画祭で初披露される。それ以降、石橋によるライブパフォーマンスとともに世界各地で上映を予定。
石橋英子 コメント全文
このたびは「悪は存在しない」が本当に素晴らしい賞をいただき、驚きと喜びの気持ちでいっぱいです。
私がライブ用の映像を濱口さんにお願いしたことから始まった企画ではありましたが、濱口さんやキャストやスタッフの皆様、ロケ地などで協力してくださった皆様のご尽力で、このような素晴らしい映画になったこと、またそこに至るまでのプロセス自体が、すでに私にとっての宝物のようでした。
すでに各映画祭などで称賛を得て話題になっていた濱口さんが、まるで何も起きなかったかのように、何もないところから新しいことにチャレンジされるということは並大抵のことではなかったと想像します。そしてまったくどうなるのかわからない企画に協力してくださったプロデューサーの高田(聡)さん、キャストやスタッフの皆様の努力も決して尋常ではなかったと思っています。
今年の冬にロケハンをしていた濱口さん、主演の大美賀さん、カメラマンの北川(喜雄)さんと鍋をつついたことが昨日のことのようです。
賞をいただいたということは「今まで以上に地道に仕事をしろ」と言われていることなのだなと感じており、その先にまた素晴らしい出会いやチャレンジが待ち受けているのだと信じていますし、この映画がもたらした体験は、まさに心からそのように信じることができるような体験でした。音楽家として新しい試みへ踏み出す力をくださいました。
演奏で参加してくださったジム・オルークさん、山本達久さん、美央さん、内田麒麟さんにも感謝いたします。ありがとうございました。
eikoishibashi @Eiko_Ishibashi
会見に寄せたコメント全文を掲載してくださってます。ありがとうございます。 https://t.co/xh7ElplGgg