共生共創事業「IKIZAMAミュージックでぃなーしょー」レポート、“食事”のエピソードを通して共有し合う多種多様な“IKIZAMA(生き様)”

神奈川県では、“ともに生きる社会かながわ”を実現するため、文化芸術の分野において“ともに生きる ともに創る”を目標に、年齢や障がいなどにかかわらず、子どもから大人まで、すべての人が舞台芸術に参加し楽しむことができる「共生共創事業」を実施している。

このたびステージナタリーでは、「共生共創事業」2025年度のプログラムの一環として実施された、精神障害を考える演劇ワークショップ・プロジェクト「IKIZAMAミュージックでぃなーしょー」と「音の探検隊2025」の様子をレポート。本記事では、3月1日にArt Center NEWで行われた「IKIZAMAミュージックでぃなーしょー」について紹介する。「IKIZAMAミュージックでぃなーしょー」では、演出家の多田淳之介、音楽家の西井夕紀子や、精神疾患のあるメンバーが参加するOUTBACKプロジェクトが熱いパフォーマンスを披露した。

取材・文 / 興野汐里撮影 / 橋本貴雄

「IKIZAMAミュージックでぃなーしょー」公演レポート

“見えづらい障害”について考える、2年目のテーマは“食事”

「共生共創事業」の一環として実施されている「精神障害を考える演劇ワークショップ・プロジェクト」は、精神疾患を抱える人たちの声や表現を発信する活動グループ・OUTBACKプロジェクト、演出家の多田淳之介、音楽家の西井夕紀子が精神科病院を訪れ、入院患者とワークショップを行う企画。ワークショップ参加者のエピソードをもとにしたオリジナルのパフォーマンスを創作し、“見えづらい障害”とされている精神障害について来場者と共に考えることを目指している。3月1日には、精神障害を考える演劇ワークショップ・プロジェクト「IKIZAMAミュージックでぃなーしょー」がArt Center NEWで実施された。2年目の開催となる今回の公演では“食事”をテーマにしたディナーショー仕立てのパフォーマンスを2部構成で披露した。

「神奈川県共生共創事業」精神障害を考える演劇ワークショップ・プロジェクト「IKIZAMAミュージックでぃなーしょー」チラシ

「神奈川県共生共創事業」精神障害を考える演劇ワークショップ・プロジェクト「IKIZAMAミュージックでぃなーしょー」チラシ

みなとみらい線新高島駅直結の芸術複合施設・Art Center NEWには、約160名の観客が集まり、“ディナーショー”の開演を今か今かと待っていた。舞台中央のアクティングエリアを挟むように、舞台下手と舞台上手にプロジェクターとモニターが設置され、上手には西井らミュージシャンの演奏ブースが設けられている。開場中には、J-POPに造詣が深い多田が舞台下手のDJブースに立ち、往年のヒットソングをかけて会場を盛り上げていた。

“ディナーショー“というコンセプトにちなんで、入場時、観客に楽器として使用できるプラスチック製のスプーンとフォークが配布された。また、客席の後ろには紙コップにビーズを入れてオリジナルのマラカスを作ることもできるコーナーが設置された。OUTBACKプロジェクトメンバーの歌唱や演奏に合わせて、観客がスプーンとフォーク、マラカスを用いて自由に音を出すことができるのも「IKIZAMAミュージックでぃなーしょー」の特徴の一つだ。

個性豊かな10名、OUTBACKプロジェクトメンバー登場!

手製のマラカスを手にして席に座ると、客席の照明がフッと落ち、イベントの進行役を務めるOUTBACKプロジェクトの中村マミコが登場した。中村は、多田、西井らと共に行ってきた「精神障害を考える演劇ワークショップ・プロジェクト」の2025年度の活動を説明したのち、明るい声色でOUTBACKプロジェクトメンバーを呼び込む。2024年度のプロジェクトで制作された楽曲「牛丼マーチ」を、西井率いるバンドメンバーが演奏する中、色とりどりの衣裳に身を包んだOUTBACKプロジェクトメンバーがステージに姿を現すと、客席から大きな拍手が送られた。

この日のイベントでは、統合失調症やうつ病、摂食障害、醜形恐怖症などの障害を抱えながら表現活動をしているOUTBACKプロジェクトのメンバー10名がメインアクトを務めた。OUTBACKプロジェクトメンバーは、出演のみならず、ドラム演奏、衣裳のスタイリング、チラシやビジュアル類に掲載されたイラストを担当するなど、それぞれの得意分野を生かした形でイベントに携わっている。

実体験を歌に、「高島屋の正面玄関まで行かれない」

第1部は、えっちゃんが自身の体験談をもとに作詞した「高島屋の正面玄関まで行かれない」で幕開け。えっちゃんがリードボーカルを務めた同曲では、ワークショップ前にJR横浜駅西口にある横浜高島屋に1人でたどり着くことができなかったというえっちゃんの苦労や、周囲の人や駅員の助けを借りながら少しずつ前に進む彼女の様子が、西井が作曲したポップな音楽で紡がれる。中村と共にイベントの進行を務めた多田は、えっちゃんをはじめOUTBACKプロジェクトメンバーに作詞意図を丁寧にヒアリングし、彼らが楽曲に込めた思いを観客に伝える重要な役割を担った。

続いて披露されたのは、「紫雲会横浜病院の歌」。OUTBACKプロジェクトメンバーは、2024年度の事業から横浜市神奈川区にある紫雲会横浜病院を訪問しており、「紫雲会横浜病院の歌」では同病院を訪問した際の出来事をもとにしたエピソードがつづられる。OUTBACKプロジェクトメンバーはみな、山の上に建つ紫雲会横浜病院のロケーションが非常にお気に入りだそうで、「バスで登る小道くねくね 山の上のホスピタル ふりむけば墓 墓 墓 BOCHIってる」「嗚呼 楽園ホスピタル紫雲会」といった歌詞にその思いが表れていた。ここで、紫雲会横浜病院の入院患者3名とスタッフ1名がステージに登場。ワークショップを通じて交流を深めてきたOUTBACKプロジェクトメンバーと紫雲会横浜病院の入院患者たちは、互いに手を振り合ったり、言葉を交わしたりして再会を喜んでいた。

中村が、「精神障害を考える演劇ワークショップ・プロジェクト」に関わった神奈川県職員をはじめとするスタッフを呼び込むと、ステージ上はさらににぎにぎしさを増す。続くコーナーでは、ワークショップのウォーミングアップで実施したレクリエーションを実践。OUTBACKプロジェクトメンバー、紫雲会横浜病院の入院患者ら登壇者たちは、フォークダンスをするように、さまざまな人と交流しながら、「お茶を飲みに来てください」「はい、こんにちは」「いろいろお世話になりました」「はい、さようなら」と歌いつつ身体を動かした。

また、“食事”というテーマにかけて、中村が観客に「今夜食べたい晩ご飯は何ですか?」と質問すると、客席から「ギョウザ!」「シュウマイ!」といった元気な声が挙がる。この回答を踏まえて、メンバーは“ギョウザチーム”と“シュウマイチーム”に分かれ、車座になり手を広げてギョウザの羽を表したり、蒸されたシュウマイから湯気が立つ様子を身体で表現。登壇者が協力して作った“ギョウザ”と“シュウマイ”が完成すると、観客は手を合わせて、大きな声で「せーの、いただきます!」と“食べ物”に感謝を述べた。

続いて、川崎市多摩区にある慶神会武田病院の職員2名、横浜市港南区にある神奈川県立精神医療センターの職員1名とデイケアメンバー3名が登壇。これら2つの病院では、“食事”にまつわる詩を書くワークショップが実施され、神奈川県立精神医療センターの患者が紡いだ詩をOUTBACKプロジェクトメンバーが代読した。患者たちの詩には、好きな食べ物や嫌いな食べ物を巡るエピソード、幼少期の食卓の思い出、摂食障害と向き合う苦しみなど、彼らが抱える切実な思いがつづられている。またこのコーナーでは、慶神会武田病院の職員がバイオリン演奏で参加したり、紫雲会横浜病院の患者がピアノ演奏やそれぞれの十八番を披露するパフォーマンスも行われ、会場を大いに盛り上げた。なお、慶神会武田病院の入院患者が書いた詩は第2部の終盤で披露された。

AIも使いこなす、天才作詞・作曲家登場

第2部開始前のブレイクタイムでは、OUTBACKプロジェクトメンバーのサシくんと、神奈川県職員による神奈川県PRコーナーが展開。サシくんが作詞・作曲を手がけた「神奈川をたべる」では、横須賀の海軍カレー、湘南の生しらす、芦ノ湖のワカサギ料理、横浜発祥のサンマーメンなど、神奈川県の名物や名産が紹介された。中村がサシくんに「すごく良い曲ですね! この曲はどうやって作ったんですか?」と質問すると、サシくんは淡々と「AIで作った(笑)」と答え、会場の笑いを誘う。そんなユーモアたっぷりのサシくんは、実は高い作詞・作曲能力があり、食べ物のおいしさ、食べ物への感謝を伝える懐メロ調のオリジナルソング「千変万化」も歌唱した。

第2部では、OUTBACKプロジェクトメンバー1人ひとりにフィーチャーしたパフォーマンスが披露された。まずは、朝ぴょんが作詞した「おろしポン酢の湯豆腐」で幕開け。朝ぴょんが母に対する愛憎をつづった「おろしポン酢の湯豆腐」では、ピョートル・チャイコフスキーの「白鳥の湖」のメロディに乗せて詩とレシピが交互に朗読・歌唱され、朝ぴょんが詩のパートを、株式会社マルティネスとシェーンがレシピのパートを担当した。そんな3人の様子を穏やかな笑顔で見守りながらキーボードを演奏する西井。西井はOUTBACKプロジェクトメンバーが書き上げた詩の雰囲気に合わせて、童謡のような優しい楽曲から、患者たちの不安な心を表すようなナンバーまで、幅広い音楽性の楽曲を制作し、OUTBACKプロジェクトの屋台骨を支えている。

シェーンが作詞した「餃子の歌」では、シェーンが子どもの頃に兄弟と餃子を作った際の回想や、母の手料理に関する思い出が芝居と朗読によって紡がれ、ゆゆが作詞した「ゆゆの胃袋」では、摂食障害を抱えるゆゆの胃が、過食期と拒食期とで膨らんだり縮んだりする様子が、OUTBACKプロジェクトメンバーによるダイナミックなパフォーマンスで表現された。

“食事”のエピソードを通して共有し合う、多種多様な“IKIZAMA(生き様)”

次のナンバーは、2024年度に実施された「ありがとう県民ホール<共生共創フェスティバル>精神障害を考える演劇ワークショップ・プロジェクト『IKIZAMAミュージックぱーてぃー』」で制作された「病院のうた」。讃美歌を思わせる荘厳なメロディに始まり、ラップ調へ変化していく「病院のうた」では、「入院中のごはんは さばばっかり さばさば」という印象的なフレーズが登場したり、「入院なんて大嫌い!!!」といった本音が飛び出しつつも、「安心 安全 みんなの病院 安心 安全 ありがとう」と、いつも彼らがお世話になっている病院への感謝が述べられた。また、慶神会武田病院の患者がつづった、つらい入院生活に彩りを添える“食事”や、“家族と食事”に関する詩をあやみちゃん、くにくく、のぺ、りっちゃんらが朗読。

続いて、りっちゃんの実体験をもとにした「りっちゃんの高校時代のご飯」が披露され、家庭の事情でご飯を食べることができなかったりっちゃんを高校の先生が救ったエピソードが、OUTBACKプロジェクトメンバーの心温まる芝居により表現された。最後に、OUTBACKプロジェクトメンバーが順々に「今夜食べたい晩ご飯」を発表。約2時間30分におよぶパフォーマンスを終えたOUTBACKプロジェクトメンバーは、達成感に満ちあふれた表情を浮かべながら、ステージをあとにした。

終演後、中村は公演について「“食事”について考えたとき、多くの場合はお腹も心も満たされる行為を思い浮かべるのではないでしょうか。けれど、人によって、また時によっては、食べるという行為がとても苦しく、つらいこともあります。今回のプロジェクトを通じて、食べるという営みの中に多種多様な“IKIZAMA(生き様)”を感じることができました。そして、それらを音楽に乗せることで、その日集ってくださったお客様と、過去の記憶を共有したり、新たなイメージを共に作り上げることができたように思います。食事は、生きている限り日々営み続ける行為です。3月1日は、そんな日々のささやかな行為を共に讃え合い、祝福し合う時間になったと思っています」と語った。