末満健一

末満健一の脳内雑談部屋 第1回 [バックナンバー]

対談者 / ヨシモトシンヤ(音響家)

アラフィフの末満健一が今後の演劇人生で目指すものは

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ミュージカル「ダーウィン・ヤング」で見た絶妙なトライアングル

ミュージカル「ダーウィン・ヤング 悪の起源」ゲネプロより。

ミュージカル「ダーウィン・ヤング 悪の起源」ゲネプロより。

ヨシモト 「舞台『鬼滅の刃』」とかムビ×ステの「漆黒天」「浪花節シェイクスピア『富美男と夕莉子』」とか。「富美男と夕莉子」は面白かったなあ。

末満 直近の作品だと「ダーウィン・ヤング」。シンヤはこれまでにシアタークリエで仕事をしたことがあるって聞いてたけど、いわゆる東宝ミュージカルと呼ばれる作品は初めて?

ヨシモト 初めてだった。

末満 予測はしていたけど、同じ東京の演劇界でもこれまで俺がいた場所とはいろいろな進め方や作法、キャストやスタッフの取り組み方も違う。“こんなにも畑が違うんだ”という印象を受けて、すごく新鮮だった。それは一種のカルチャーショックで、それを一緒に体験してくれる人がいて良かったよ。1人であの状況だと混乱したまま終わっていたと思う。

ヨシモト そうね(笑)。スエケン周りのテクニカルスタッフはみんな同じような気持ちだったと思う。

末満 俺は初めて東京に来た時はまだ知り合いのスタッフも少なくて孤軍奮闘するしかなかった。「ダーウィン・ヤング」をやってみて強く思ったのは、「この10年で仲間が増えたぞ」ということ。初めての東宝さんの現場で、生バンドで、ミュージカルの音楽監督さんもいらっしゃる、その中に違う界隈から呼ばれて、シアタークリエに乗り込んで韓国ミュージカルをやるのなら、自分のスタイルをきちんと持ち込まなければ意味がないと考えていた。そこで、音響のヨシモトシンヤや照明の加藤直子ちゃん、舞台美術の田中敏恵さんら俺の普段の現場を知ってくれている人たちがいてくれたことで、俺の色も残りつつ、韓国ミュージカルの匂いもして、東宝ミュージカルの肌触りもあるという、“良いトライアングル”がつくれたと手応えがあった。「面白いものができた」と思えるものになったことにすごく安堵したし、周りのみんなのおかげだと感謝している。その後も方々から「評判がすごく良いみたいですよ」というのを伝え聞いて、何とか自分が参加した意義のようなものも感じられたし、東京の“末満組”のスタッフさんたちの頼もしさを改めて確認できたことは大きい出来事だった。

ヨシモト 俺はもちろんこれまでシアタークリエ、帝国劇場、日生劇場でいろいろなミュージカル作品を観てきたけど、今回の「ダーウィン・ヤング」では、よく言われるミュージカル作品での“セリフから歌に移る音のボリューム感”の推移をあまり感じさせないところを目指したのね。それがうまくつくれた曲と、曲によっては頭から突き上げるように音を鳴らす曲とがあって、全体で良いバランスが取れた気がしてるかな。

良い作品りに必要なのは“時間と環境”

末満 2.5次元舞台をメインにやっている音響家がシアタークリエと東宝ミュージカルに適応するためにあたって、意識したことはあった? お客さんは音響と言っても、深い、テクニカルな部分ってあまりわからないと思うから、せっかくなのでこの機会に教えてもらえれば。

ヨシモト 2.5次元舞台って意外と生オケが少ないの。俺はバンドを舞台に乗せた「血界戦線」やピアノとバイオリンだけのミュージカル「憂国のモリアーティ」とか、生楽器のある作品は好きでやっているけど、音をパソコンや再生機でテープ出しするものが多いんだなってあらためて気が付いた。本来ならバンド専用の音響さんがいると思うんだよね。俺もマイクのレベル感の調整や音をまとめるのが難しく感じたけど、ミュージカル作品では個々が粒立っているテクニカルがいないと大変なんだろうなと感じた。今回の経験であらためて感じたのは、東宝ミュージカルも2.5次元舞台も、音響に等しく必要とされるのは“総合力”なんだということ。音を使って観客に舞台を届けるうえで、その点では何も差はないと思った。

末満 「ダーウィン・ヤング」での経験から、何かしら今後の現場にフィードバックできることはありそう?

ヨシモト うーん、2.5次元舞台でも生楽器をもっと入れても良いんじゃない?

末満 歌モノだったら考える余地はあるかもね。でも素晴らしい生演奏もそうでない生演奏もあるしね。生楽器も決して万能ではなくて良し悪しがあるから、打ち込みが必ずしも悪ではない。それに生楽器入れたら、ただでさえ少ないリハーサル時間が足りなくなってしまう。

ヨシモト まあ、確かにスケジュール感で言えば、どこもギリギリだもんね。

ミュージカル「ダーウィン・ヤング 悪の起源」ゲネプロより。

ミュージカル「ダーウィン・ヤング 悪の起源」ゲネプロより。

末満 日本の演劇興行における劇場入りしてからのリハーサル時間の短さは改善していくべき課題だと考えている。ロングラン公演の根付いていない日本で、劇場リハーサルに時間を取れない予算事情もわかるんだけど、それにしても状況としてはブラックと言っても過言ではない。例えば、開幕して1・2週間で楽日を迎えるという短い期間の公演が多いけど、その中でキャスト、スタッフ、関係各所に予算を使うとなると、どうしても仕込み日やリハーサル時間が削られてしまう。そうすると音響、照明、美術なんかのスタッフ側にしわ寄せが来るじゃない。みんな食事すらできないくらい切迫した時間の中で、何とかクオリティを保とうと身を削っている。日本でも海外のように2週間や1カ月、劇場でリハーサルできる興行形態を模索したいよね。すぐには無理でもその問題改善を目指して、スタッフさんの労働環境を良くしていかないと。優秀なスタッフさんたちがいつ潰れてもおかしくないし、若手育成もままならない。そうなるとこの国の演劇の裏方界隈は先細っていくばかりで将来が暗澹としたものになる。裏方あっての舞台なんだから、そこは本当にどうにかしたい。

ヨシモト 集中力の欠如は、けがや事故にもつながるし、ミスが増えて結局時間がかかることにもなる。でも、「自分にはこれくらい時間が必要です」と申告しずらい状況もあるから、皆が束になって、声を上げて変えていかないと。

末満 それには労働組合が必要だけど、そうすると仕事がもらえなくなるかもしれないという。板挟みだよね。スタッフの労働環境を守るために、音響も照明も段取りの少ない会話劇ばかりにするっていうのも1つの案だけど、日本のすべての演劇が会話劇になるってことは、多様性が死ぬっていうことだからなかなか踏み込めない。多種多様な演劇が、より良い環境でつくられる、そのための思考と行動を続けていきたいね。

ヨシモト スタッフ側としても面白い作品、良い作品をつくりたいと思う気持ちは一緒だから、キュー(音響や照明などのきっかけ)を減らすことは望んでいないしね。そう言えば、最近上演されたとある2.5次元舞台の作品では、稽古が2カ月あったらしいよ。演出家がバタバタするのが嫌だからという理由で。場当たり・仕込みの時間もたっぷりあったみたい。

末満 え、それで通るの? だったら俺も言う!(笑)ってまあいつも言ってるんだけど通らないんだよね。その要望が通った公演があったというのは我々にとって希望の光だね。実際、そういった創作環境を徐々に改善していくために、「舞台『刀剣乱舞』」では「禺伝 矛盾源氏物語」から事前稽古というのを初めてもらって。それ以前は、「殺陣をやったことありません」という役者がいることも少なくなくて、本稽古のはずなのに基礎練習に時間を取られて芝居の稽古がなかなかできない、みたいなこともあった。だから「禺伝」からは本稽古の前に、殺陣の基礎訓練やけがをしないための身体の動かし方などをレクチャーしてもらった。本稽古をもっと綿密にやりたいという気持ちがあって。

ヨシモト 最近のスエケンからは役者をけがから守るという強い意志を感じるよ。朗読劇とか、何なら舞台をやらないほうが良いという話までしているよね。

末満 舞台上には機材やら舞台美術やらがたくさんあるからね。舞台に人が乗ったら、けがをするリスクはゼロにできない。だったら役者を極力動かさない、という方法も考えるけど、お客さんが観たいのは殺陣やダンスやパフォーマンスだったりもするから、やっぱり訓練と準備の時間は必要だよね。あとは、2.5次元の舞台から革靴をなくすとか。ビジュアル撮影で革靴を履いていても、舞台では革靴に見えるスニーカーにする。それでだけで革靴の堅さで足を潰す子がいなくなる。そういう細かなことも含めて、できることから働きかけていきたい。

ヨシモト 徒党を組んでね。スタッフを育てることも考えていかなきゃいけないし。今、舞台やエンタメ業界でいろいろな作品、コンテンツが乱立する中で、環境の悪さで引き起こされている人材不足の問題は深刻ですよ。だから、若い人たちが入ってきやすくて、才能が育ちやすくて、長く続けていけるようなフォーマットがある演劇業界を作らないと。俺なんかはずっとこの形で働いてきたから、どこかに慣れや諦めがあるけど、もう時代が違いますから。

末満 海外の舞台を観に行くと、あまりのクオリティの高さに慄いてしまう。でも同時に、手が届く世界だとも思った。そこに手を届かせるためには自分のスキルをはじめ、いろいろ環境を整えていかなければいけないんだけど、それを形にすることを残りの演劇人生のテーマにしようかなと考え始めてる。老い先短い演劇人生で、今の仕事を続けながら好きなことだけやって50歳くらいでパッと終わろうと思ってたけど、自分がいろいろな仕事に関わらせていただく中で欲が出てきた。後進の育成とかもそう。飲み屋なんかでしゃべってるとさ、昔は演劇界にもすごい才能の人間がたくさんいたのに、今はどこに行ったんだみたいな話になるじゃない? たいてい、才能がある人はゲーム業界に行ってるなんて話を聞いたこともある。これはアニメ業界でも言われてることで……話変わるけど最近出たゲームの新作がものすごいクオリティでさ。才能ある人ってみんな任天堂に行ってんのかなって思うくらいに。日本発のコンテンツで、革新的でクオリティの高い、面白いものが世界中で通用している。3日間で世界累計販売数が1000万本以上も売れてるんだよ?

ヨシモト スエケン、今、ティアキン(Nintendo Switch用のゲーム「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」)の話してる?(笑)

末満 うん(笑)。こちらが海外に行ってコツコツやらなくても、日本発信で海外展開できるならすごいことだよ。ということを任天堂から学びました(笑)。生身の人間が観客の目の前で演じなければならない演劇は、また違った闘い方をしないといけないけど。でも自分のつくるエンタテインメントで多くのお客さんたちを楽しませながら、キャストやスタッフを養っていけたら良いよね。海外からすると、日本のライブエンタテインメントはたぶん後進国。少なくとも日本のライブエンタテインメント、ライブに限らずかもだけど、海外展開できているものは、なくはないけど極端に少ない。俺は自分の作品は世界中の人に観てもらいたいから、そこを闘っていきたいよね。アラフィフになって、ペースを落としつつ、でも意義とテーマを持ちながら、やれるところまでやってみようと。その日暮らしじゃなくてね。まあ、だからシンヤも長生きしてください(笑)。仕事はいっぱいつくれるから。

ヨシモト はい(笑)。仕事、いっぱいください。

プロフィール

末満健一(スエミツケンイチ)

1976年、大阪府生まれ。脚本家・演出家・俳優。関西小劇場を中心に活動し、2002年に演劇ユニット・ピースピットを旗揚げ。2011年、活動の場を東京にも広げる。2019年には、自身が手がけるライフワーク的作品「TRUMPシリーズ」が10周年を迎えた。手がけた舞台作品に「浪花節シェイクスピア『富美男と夕莉子』」、「ムビ×ステ『漆黒天 -始の語り-』」、「舞台『鬼滅の刃』」シリーズ、「舞台『刀剣乱舞』」シリーズなど。ミュージカル「ダーウィン・ヤング 悪の起源」の兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール公演が、7月2日まで上演。また、新作オリジナルミュージカル「イザボー」(作・演出)の上演が2024年1・2月に控える。

ヨシモトシンヤ

大阪府生まれ。音響家。ビジュアルアーツ専門学校大阪卒業後、関西小劇場を中心に音響の経験を積む。上京以降は有限会社カムストックを経て、2019年に株式会社サクラサウンドを設立。これまで手がけた作品に、「ミュージカル『薄桜鬼』」シリーズ「ミュージカル『黒執事』」シリーズ、「舞台『刀剣乱舞』」シリーズ、「ミュージカル『ヘタリア』」シリーズ、ムビ×ステシリーズの舞台「GOZEN-狂乱の剣-」「死神遣いの事件帖 -鎮魂侠曲-」「漆黒天 -始の語り-」、「舞台『鬼滅の刃』」シリーズなど。

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末満健一 @suemitsu

いつもお世話になっているステージナタリーさんで、期間限定の対談企画を連載せていただくことになりました。何卒よろしくお願いいたします。

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