佐藤隆紀

ミュージカルの話をしよう 第13回 [バックナンバー]

佐藤隆紀の、受け止める強さと明るさ、そして探究心(後編)

コロナ禍の声帯レボリューション

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生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。

このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。

第13回に登場するのは“シュガー”の愛称で親しまれる佐藤隆紀前編では佐藤が、音大へ入りオペラ界へ進むか否かの葛藤からミュージカルと出会い、そして男性ボーカルグループ・LE VELVETSに入るまでを明かした。後編では、ミュージカル出演を重ねる中でぶつかった芝居の壁、音域の壁を、佐藤がどう乗り越えてきたかを語る。

取材・/ 大滝知里

「やってみよう」の精神で、公演中に芝居を高めるシュガー

──なぜ、LE VELVETSでデビューしてからミュージカル界に足を踏み入れることになったのでしょうか。

グループ活動について方針転換があって、それまで個人の仕事を受けていなかったのですが、個々での活動もするようになったんです。それでミュージカル「タイタニック」(2015年公演)に出演しました。歌は楽譜通りに歌える自信があったんですけど、芝居がまあ、大根もいいところで(笑)。癖のある言い回しで、「本当カイ? 夕食のために着替えなくて良いのカイ?」みたいな、周りも「おい、ヤバいのいるぞ」という感じになって(笑)。これはまずいと、みんなにアドバイスを求めて回りました。未来優希さんにはセリフをちゃんと相手に投げかけることを教わりましたし、歌に関しては鈴木壮麻さんに“泣き”を入れないようにと教わりました。壮麻さんは「“泣き”が入ると歌のベクトルが一瞬自分(佐藤)に向いてしまうように聴こえる」とおっしゃっていたのですが、つまり技術を聴かせる歌唱になっていたんですね。当時はその意味がわからなくても「はい、わかりました!」と、言われた通りにとりあえずやっていました。そうやってたくさんの役者さんや演出家さんのアドバイスをいただき、体で覚えていったんです。

──共演者から芝居のノウハウを学んできたんですね。

そうです。2作品目のミュージカル「エリザベート」(2015年公演)ではフランツ・ヨーゼフ(オーストリア皇帝)役を演じたんですけど、エリザベートに「扉を開けて」と懇願するシーンで、城田優くん、山崎育三郎くんに「シュガー(佐藤)、なんであんなデカい声で歌うの?」と言われました。オペラ畑の人間は、3階席まで届かせないとダメだと思ってしまうのですが、そうすると扉1枚隔てたところにいるエリザベートに対して、「エリザベートオ、開けてくれえ!」とありえないような声量で言っている感じになってしまうんですよね。そこを指摘されて、確かに……と。常に状況を考えてお芝居をしないとダメなんだなと思いました。わらにもすがる思いだったので、観劇後のお客さんのSNSで「表情がない」と書いてあったら次の日は表情を少し変えてみる、「年を取ったあとの動きが機敏」とあったら動作に変化を付けてみる。そうするとちゃんと反応があるんですよね。最初は「なるほど、やってみよう」の精神だったのに、やるごとに気持ちが乗っかっていくことを実感して、みんなに育ててもらいながら公演中に高めていけました(笑)。

──「ちぇ!」とならないところが佐藤さんの良さですね。

「太っている」とか書かれても「そうです。ごめんなさい、いつか痩せます」って、落ち込むことはないです。そう思えるのも、LE VELVETSが大変だった時期にファンの皆さんがいてくれること、応援してくれることのありがたみを感じたからなんですよね。この頃から「お客様に感動してもらいたい」と思うようになりました。そこでようやく大学の同級生が言っていた「人を歌で感動させたい」という言葉の意味を理解したんですよ(笑)。

ミュージカル「エリザベート」(2015年公演)より。(写真提供:東宝演劇部)

ミュージカル「エリザベート」(2015年公演)より。(写真提供:東宝演劇部)

発声改革で生まれ変わった2021年の“佐藤バルジャン”

──ミュージカル俳優としての転機となった作品は何でしたか?

1作品ごとに学ぶものが違います。ミュージカル「スカーレット・ピンパーネル」(2016年公演)で演じたロベスピエールは、自分にないものを出せる振り切った役で、初めてお芝居の楽しさを知ることができましたし、ミュージカル「キューティ・ブロンド」(2017年公演)では演出の上田一豪さんに、うまくやろうと思わず“理解してその場に立つ大切さ”を教わって、ナチュラルに舞台上にいることができました。ミュージカル「マタ・ハリ」(2018年公演)では、用意していたラドゥー大佐像が演出家の石丸さち子さんのそれとはズレていることを知り、一晩でガラリと役作りを変えて稽古場に持っていき、「君は昨日、どんな素敵な夜を過ごしたんだ!?」と驚かれたことも印象に残っています。

ミュージカル「キューティ・ブロンド」(2017年公演)より。(写真提供:東宝演劇部)

ミュージカル「キューティ・ブロンド」(2017年公演)より。(写真提供:東宝演劇部)

──ミュージカル「レ・ミゼラブル」(以下、レミゼ)では2019年にジャン・バルジャン役に抜擢されました。現在は2021年公演のツアー中ですが、この作品に関わられてどんなことを感じましたか?

ジャン・バルジャンはまだ早いと思ってたんですよね。音域も自分にとっては高いし、やるならジャベールだと。2017年公演でもオーディションを受けているんですけど、落ちたんです。2019年公演のときにクリエイティブチームに「うまく歌わなくていいから、感情を見せてほしい」と言われて、その通りに歌ったらボロボロで、落ちたなと。でも、やるだけやって大満足の気持ちでいたら、受かっちゃって。そこからは不安で不安で仕方がありませんでした。2019年公演では喉も壊しましたし、芝居もうまくできなくて、毎朝起きて「今日も大丈夫かな、高音出るかな……」と思っていました。それに、2019年公演では「独白~Valjean's Soliloquy」のキーを最終稽古の段階で下げることになったんです。喉が心配だから、と。それがものすごく悔しくて。歌で遅れをとるということイコール自分の存在価値がなくなるような気がして、カーテンコールでは毎回、「今日もすみませんでした」という思いで頭を下げていました。

──え、そんな……!

もちろん自分なりに精一杯やっているんですけど、目指すジャン・バルジャンは、芝居はジョン・オーウェン=ジョーンズ、歌はアルフィー・ボーだったので、足元にも及ばなかった。なので、そこから2年間、めちゃくちゃ練習しました。今まで高音を出すには声帯の張力を高めた状態で息を通して振動させないといけないと思っていたんですが、「CHESS THE MUSICAL」(2020年公演)で共演した高音の出るルーク(・ウォルシュ)は“緩めて出す”という真逆のことをしていた。そのとき、「自分は発声を考え尽くしてきたと思っていたけど、まだ高音を出す糸口があるのか?」と思えるようになったんです。2020年のコロナの時期を“発声改革”に充てようと、毎日スタジオで発声と向き合いました。そうしていくうちに、緩めながらも閉める場所を見つけたんですよ。すると、今まで以上に声量も出せるし、高音も出る。「これはすごい!」と(笑)。その発声方法を体に染み込ませ、微調整しながら、今年のレミゼに挑みました。最初の頃はブレがありましたが、高音が楽に出るようになったことで、芝居を深められるようになったと思います。今回はコロナで稽古がチーム分けされていたこともあり、自分なりのジャン・バルジャンを見つけられた感じがすごくあります。でもそれも、2019年に先輩方のジャン・バルジャンを観てきたという土台があったから。今回、初めてスタートラインに立てた気がしています。

ミュージカル「レ・ミゼラブル」(2021年公演)より。(写真提供:東宝演劇部)

ミュージカル「レ・ミゼラブル」(2021年公演)より。(写真提供:東宝演劇部)

歌い手として自分がある、というだけ

──ミュージカル作品に出演し、成長される中で、佐藤さんにとってLE VELVETSはどのような場所なんでしょうか。

ミュージカルは僕にとって個人の戦場。自分を評価してもらえるし、失敗すれば自分の責任になるので、すごく楽しいです。一方でLE VELVETSは、グループとしての聴かせ方や旋律を割って歌うといったことを考えるので、個人としての色は弱くなる。でも、グループでしか出せない音や魅力があるんです。どちらの場所にも立たせてもらえているのは、僕にとって本当にありがたいことですしどちらか1つを選ぶことはできません。ファンの皆さんに求めてもらって、グループに育ててもらったおかげで今があるので。「こっちのほうが自分にとって得だから、もう1つを捨てよう」とか、欲を持つとすべてが離れていっちゃう気がしますね(笑)。よく神社に行くんですけど、今朝もおみくじを引いたら末吉で「与えられたお役目と真摯に向き合いなさい」って書いてありました(笑)。ただ歌い手として自分がある、ということだと思います。

豊かな歌声で魅せるLE VELVETS。

豊かな歌声で魅せるLE VELVETS。

──そんな佐藤さんが思う、ミュージカルの魅力はなんですか?

楽しい。観ていても、歌っていても楽しいですよね。やっていてつらいことも多いですが、それを乗り越えたときは心から楽しいと思えるし、自分が客席で観ていても、眠くなったりしないですもん、ミュージカルは(笑)。いただいたお仕事は天からの授かり物だと思っているので、これからも自分に与えられた役やお仕事を一生懸命にやっていきたいなと。ただ、いつか、世界レベルのものをお届けできたらと思っています。僕がニューヨークに行ってミュージカル「リトルマーメイド」のセバスチャンを観て心震えた感動を、日本の人に、自分の歌で感じてもらいたい。そこにたどり着きたいですね。

ニューヨーク滞在時に先生と。

ニューヨーク滞在時に先生と。

プロフィール

1986年、福島県生まれ。男性ボーカルグループ・LE VELVETSのメンバー。2008年にメジャーデビュー。2015年、「タイタニック」でミュージカルに初出演する。その後、音楽活動と平行して舞台出演が続き、主なミュージカル出演作に「エリザベート」「スカーレット・ピンパーネル」「キューティ・ブロンド」「マタ・ハリ」「CHESS THE MUSICAL」など。2019年、ミュージカル「レ・ミゼラブル」にジャン・バルジャン役で出演。現在、同作の2021年上演版に出演中。2019年に好評を博したLE VELVETSコンサート「WORLD MUSICAL」の進化版「WORLD MUSICAL 2」が、10月21日に東京・かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール、23日に大阪・メルパルク大阪 ホール、11月21日に東京・Bunkamura オーチャードホールで開催される。

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