彩の国さいたま芸術劇場 PR

彩の国さいたま芸術劇場の“ゴールド”な挑戦|ノゾエ征爾、岩井秀人、菅原直樹が語る「高齢者演劇」の現在

2018年、埼玉・彩の国さいたま芸術劇場は高齢者と立ち上げる演劇作品を複数準備している。はえぎわ・ノゾエ征爾が演出を手がけるゴールド・アーツ・クラブの本公演、ハイバイ・岩井秀人が構成・演出するさいたまゴールド・シアター番外公演「ワレワレのモロモロ ゴールド・シアター2018春」、そして岡山に活動拠点を置く「老いと演劇」OiBokkeShi主宰の菅原直樹が演出する徘徊演劇「よみちにひはくれない」浦和バージョンだ。いずれの公演にも大きな関わりを持つのは、故・蜷川幸雄が06年に創設し、今年で活動12年目となる高齢者演劇集団、さいたまゴールド・シアター。現在は67歳から92歳まで36名の団員が所属し、海外公演も行うなど精力的に活動を続けている。少子高齢化が進む今、老いは高齢者だけの問題ではない。そのことを、演劇という表現手段を使って、より楽しく身近に考えていこうと、さいたま芸術劇場は模索し始めている。すべての指揮を執る彩の国さいたま芸術劇場の業務執行理事兼事業部長の渡辺弘氏と、プロジェクトを動かすノゾエ、岩井、菅原の3人に話を聞いた。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 宮川舞子

高齢者演劇は蜷川さんのレガシー

──2018年度の彩の国さいたま芸術劇場のプログラムには、秋に開催される「世界ゴールド祭」をはじめ、高齢者と取り組むプロジェクトや地域の人の連携を考えたものが多数ラインナップされています。これまでプロの俳優による、世界を照準にした作品を多数発表してきたさいたま芸術劇場が、新たな一歩を踏み出したと感じます。

渡辺弘 それは、明らかに蜷川さんのレガシーだと思います。蜷川さんのレガシーがこういう形に発展したと。ノゾエさんには、2016年に蜷川さんが本当は自分で演出するはずだった大群集劇、1万人のゴールド・シアター2016「金色交響曲~わたしのゆめ、きみのゆめ~」(以下「1万人のゴールド・シアター」、参照:「1万人のゴールド・シアター」大団円、「蜷川さんありがとう」)を、脚本のみならず演出も急遽引き継いでいただくことになりました。岩井さんには、実はずっとさいたまゴールド・シアターに書いてもらおうと思っていて、蜷川さんも「アイツか、一応俺の教え子だからな」なんて言ってたんですけど(笑)、やっと今年関わってもらえることになって。蜷川さんが遺してくださったゴールド・シアターっていう原型が、発足から12年かけてやっと今、こういう形で花開いたんですね。そうした中で昨年、「世界ゴールド祭 キックオフ!」(参照:シニア世代のアート活動を考える「世界ゴールド祭 キックオフ!」9月に開催)を行い、今年「世界ゴールド祭」を開催することになったのですが、高齢者の方たちと関わっていくうちに、日本中、世界中にいろんな取り組みがあるんだなと僕もわかってきて。その中で菅原さんの活動が非常に目を引いたんです。それで菅原さんに会いに行き、僕もちょっとワークショップ(以下WS)に参加したんですけれども(笑)。

左から岩井秀人、ノゾエ征爾、菅原直樹、渡辺弘氏。

岩井秀人 蜷川さんが今生きてらしたら、いくつなんですか?

渡辺 82歳ですね。

──さいたまゴールド・シアターが創設されたとき、「蜷川さんが同世代の方と劇団を始めるんだ」と感じたことを思い出します。と思うと、ずいぶん若い作り手たちにバトンが渡されましたね。

渡辺 そうですね。ノゾエさんは蜷川さんの半分のお歳で、高齢者が1600人も出演する「1万人のゴールド・シアター」を引き受けてくださり、とても大変な思いをされたと思います。

岩井 よくやったよねー。

ノゾエ征爾 やらざるを得なかったんですよ。

一同 あははは!(笑)

渡辺 はっきり言って、自分の人生の中でもこんなに手探りでやった演目はなかったです(笑)。さいたまスーパーアリーナで、ずっとみんなで徹夜して、こんな異常なこと、自分の歴史の中でもないことで。

岩井 だってノゾエくん、その仕事の中で何か1つでもそれまでやったことってありました?

ノゾエ いやあ、20年のキャリアが1つもかすらなかったですね(笑)。

岩井 (笑)。大抵、少しはそういう経験を理由に仕事ってやると思うから、まずさいたまスーパーアリーナで何もできないって思うし、おじいちゃんおばあちゃん相手で何もできないって思うし、その人数じゃ何もできないって思うし。

一同 あはははは!(笑)

左から菅原直樹、渡辺弘氏。

渡辺 でも、ノゾエさんはとても柔らかくしたたかに、高齢者たちを導いていくんですよ。その姿を見てすごいと思ったんです。もちろん本当に大変だったと思いますよ。蜷川さんだってゴールドの演出をするときは相当気を遣いながらやられてましたから。でもノゾエさんは、柳のようになんとかしながら、上演に持っていっていた。それを見て、ノゾエさんや岩井さんというこれから演劇界の中枢を担っていく世代の人たちに託したいなって思ったところもあるんですよね。菅原さんは、2人よりちょっと若いのかな?

菅原直樹 34歳です。お二人は同世代ですか?

岩井 僕が74年生まれ。

ノゾエ 僕は岩井さんの1つ下。

渡辺 ゴールド・シアターの第1回公演は岩松了さんの書き下ろし「船上のピクニック」(07年)で、そのあと清水邦夫など既存の戯曲を挟みつつ、現代作家の書き下ろしに挑戦してきました。第3回公演ではケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下KERA)さんの「アンドゥ家の一夜」(09年)、第4回公演では松井周さんの「聖地」(10年)と、だんだんと若い人と関わるようになっていたので、今回の3人にお願いすることは、僕の中では自然な流れなんです。

とにかくほかに前例がない(ノゾエ)

──「1万人のゴールド・シアター」を経て、60歳以上を対象とした芸術クラブ活動、ゴールド・アーツ・クラブが今年発足しました(参照:ゴールド・アーツ・クラブが始動、ノゾエ征爾によるWS成果発表も)。ノゾエさんがゴールド・アーツ・クラブを引き受けることにしたのはどのような思いからだったのでしょうか?

岩井 え? 何を引き受けたの?

ノゾエ征爾

ノゾエ 「1万人のゴールド・シアター」に参加した1600人の中からまだやりたい人がいるだろうってことで、クラブを立ち上げてみようという話になったんですよ。で、どのくらいの人が登録するのかと思ってたら1000人くらい登録があって(笑)。その演出を今、僕はやってるんです。

岩井 わー! それは面白いですね。

ノゾエ 「1万人~」のときは、とにかく僕らも初めてで何がなにやら、とにかく初日に間に合わせるみたいな感じでなんとか成立させなきゃという思いだったんですが、もうちょっと付き合ったらどうつらくなるだろうかとか(笑)、そういうことも含めてまだ関わってみたいなと思って。

渡辺 それで今年の2月に、800人のメンバーが2班に分かれてモリエールの「病は気から」をやったんです。ノゾエさんがちょうど昨年の秋にSPACで「病は気から」の潤色・演出を手がけられていたので、病気の話だし高齢者にぴったりだなと思って。

岩井 えっ……と、どういうことですか?

ノゾエ わかんないですよね(笑)。

岩井 何もイメージがつかない(笑)。 

ノゾエ ですよね(笑)。さいたま芸術劇場の大ホールでやったんですけど、舞台上に乗せられるぎりぎりの人数を舞台に上げてみようと思って、400人で。

渡辺 (舞台写真を見せながら)こうして真ん中にベッドがあって、病気の主人がいて……。

岩井 全員すごい笑顔じゃないですか。

菅原 すごい光景ですね(笑)。

ゴールド・アーツ・クラブ「ノゾエ征爾演劇ワークショップ2018 成果発表『病は気から~レ・若さを歌おうラブル~』」より。(撮影:宮川舞子)

ノゾエ あははは!(笑) 僕がアーツ・クラブの演出をお引き受けしたのは、とにかくほかに例がないってことなんです。前例がないから、比較もされようがないですし……。「1万人~」のときに、参加者から「セリフがなかった」って不満の声がすごくあったので、2月の発表会では1人ひと言くらいは単独で何か言ってもらおうと思って、セリフを400くらいに振りました。そうしたら喜ぶんですよね、皆さん本当に(笑)。

渡辺 やっぱりみんな表現したいという欲求がものすごくあって、セリフが言いたいとか、真ん中に立ちたいとか、そういう強い思いがあって。

ノゾエ プロじゃ絶対に言わないわがままも言うし、逆にプロじゃ絶対に喜ばないようなことで喜んでくれたりもする。まあ……僕自身にとってもある意味、非日常に連れて行ってもらえて、現実逃避の部分もあるのかな?(笑)

ゴールドは創作の過程が面白い(岩井)

──岩井さんはさいたまゴールド・シアター番外公演として「ワレワレのモロモロ」高齢者バージョンの構成・演出を手がけられます。「ワレワレのモロモロ」は出演者たちが実際に体験したエピソードをもとに出演者自らが台本を書き、岩井さんが構成・演出するシリーズです。これまでに高校生編や俳優編などさまざまな形が誕生していますが、高齢者編は初めてですね。

岩井秀人

岩井 5、6年前くらいから6、7都市で「ワレワレのモロモロ」をやってきて、でもこれまでの参加者の平均年齢って30歳もいってないと思うんです。今回ゴールド・シアターで、というお話をいただいて、絶対面白いなと思って受けましたね。高校生でやっても面白いものが作れるんだから、これだけ生きてる人だったらすごいことになってるんじゃないかと思って。

ノゾエ 実際にやってみてもそう?

岩井 そうですね。価値観がぐるんぐるん変わった時代を生きてきた人たちだから。まあそれが表現できる人とできない人はいますけど、やっぱり面白い。ただ計算外だったのは、全員手書きで台本書いてきたってことです。

一同 あはははは!(笑)

岩井 手書きにもいろんな種類があって、めちゃくちゃ達筆すぎて読めない人もいるし、単に字が汚くてぐちゃぐちゃで読めない人もいて。

──最初から台本を書いてもらったわけではないんですよね?

岩井 そうですね。最初は原稿用紙1枚ちょっとぐらいの作文でした。その中で、例えば最近冷蔵庫を買い換えたって話があって、なんだか面白い気がしたから、「旦那さんとはどんなやり取りをしたんですか」「古い冷蔵庫が一番印象に残ってる景色ってなんだと思いますか」って、書いてくれた百元(夏繪)さんとやり取りを重ねたところ、台本になるかもなと思って。でも構成は僕がやりますけど、言葉は絶対に本人に書いてもらったほうが面白いので、それはやってもらっています。

──稽古を拝見しましたが、自分たちの話だけに出演者も自分の意見を譲らず、やり取りが面白かったです(笑)。

岩井 そうそう(笑)。「ワレワレのモロモロ」では創作の過程が面白いと思っていて、特にゴールドの人たちと関わるとそれが強くなると言うか。俳優との関わりって「本番どうする」みたいなことをずっとやっていく作業ですけど、ゴールドの人たちとは本番の話なんてしてる暇がないんです! 「あ、そこが今痛いの? え、大丈夫?」みたいな。

ノゾエ そうなんですよねえ!

岩井 でもそれがすごく面白いような気がしてて。蜷川さんももしかしたら、そういうことが面白かったのかもしれないって思ってるんです。

さいたまゴールド・シアター番外公演「ワレワレのモロモロ ゴールドシアター2018春」
さいたまゴールド・シアター番外公演「ワレワレのモロモロ ゴールドシアター2018春」

2018年5月10日(木)~20日(日)

埼玉県 彩の国さいたま芸術劇場 NINAGAWA STUDIO(大稽古場)

構成・演出:岩井秀人
出演:さいたまゴールド・シアター ユニット

渡辺弘(ワタナベヒロシ)
1952年栃木県出身。1980年より情報誌「シティロード」の編集など演劇ジャーナリストとして活動。84年に銀座セゾン劇場の開場準備に参加し、制作業務を担当する。89年にBunkamura開業準備に参加し、シアターコクーンの運営、演劇制作を手がけ、2003年には長野・まつもと市民芸術館の開業準備に携わりプロデューサー兼支配人として運営、制作業務を担当する。06年より埼玉・彩の国さいたま芸術劇場の業務執行理事兼事業部長。
岩井秀人(イワイヒデト)
1974年東京生まれ。劇作家、演出家、俳優。2003年にハイバイを結成。07年より青年団演出部に所属。12年にNHK BSプレミアムドラマ「生むと生まれるそれからのこと」で第30回向田邦子賞、13年「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。8月から9月にかけてハイバイ15周年記念「て」「夫婦」の同時上演、11月から12月にかけてフランス・ジュヌビリエ国立演劇センターにて「WAREWARE NO MOROMORO」を発表予定。NHK Eテレ「オドモTV」にレギュラー出演中。
ノゾエ征爾(ノゾエセイジ)
1975年岡山県生まれ。脚本家、演出家、俳優。99年にユニットとしてはえぎわを始動、2001年に劇団化。全公演の作・演出・出演を行う。12年「○○トアル風景」で第65回岸田國士戯曲賞を受賞。劇団外での活動も多く、近年の主な作品に「1万人のゴールド・シアター2016『金色交響曲~わたしのゆめ、きみのゆめ~』」(脚本・演出)、「気づかいルーシー」(脚本・演出・出演)、SPAC「病は気から」(潤色・演出)、ニッポン放送「太陽のかわりに音楽を。」(演出)、文学座「鳩に水をやる」(脚本)など。また09年より世田谷区内の高齢者施設や障がい者施設を巡る世田谷パブリックシアター@ホーム公演に携わり、脚本・演出・出演を担当している。
菅原直樹(スガワラナオキ)
1983年栃木県出身。俳優、介護福祉士。青年団に俳優として所属(現在は休団中)。前田司郎、松井周、多田淳之介、柴幸男、神里雄大の作品などに出演する。2010年より特別養護老人ホームの介護職員となり12年に岡山に移住。14年より認知症ケアに演劇手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開し、同年岡山県にて「老いと演劇」OiBokkeShiを設立する。これまでの作品に「よみちにひはくれない」「老人ハイスクール」「BPSD:ぼくのパパはサムライだから」「カメラマンの変態」「ポータブルトイレットシアター」。なおOiBokkeShi×三重県文化会館による3年間のアートプロジェクト「老いのプレーパーク」が進行中。