ドキュメンタリー頭脳警察公開記念イベントで貴重発言続々

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映画「ドキュメンタリー頭脳警察」の公開を記念したイベントが、東京・シアターN渋谷にて11月7日から7日間にわたって開催された。

PANTAと鈴木慶一。

PANTAと鈴木慶一。

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左から日野研二、PANTA、仲野茂。

左から日野研二、PANTA、仲野茂。

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あがた森魚とPANTA。

あがた森魚とPANTA。

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頭脳警察の40年間に及ぶ闘争に迫った実録映画「ドキュメンタリー頭脳警察」のワンシーン。東京・シアターN渋谷にて11月7日より公開中。

頭脳警察の40年間に及ぶ闘争に迫った実録映画「ドキュメンタリー頭脳警察」のワンシーン。東京・シアターN渋谷にて11月7日より公開中。

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11月10日イベントレポート

4日目となった11月10日は、トークゲストとして元アナーキーで現在SDRでも活動する仲野茂と、THE BACILLUS BRAINS(THE日本脳炎)の日野研二、そしてツアーから戻ったばかりのPANTAが登場。頭脳警察を意識してバンド名を日本脳炎にしたという日野が頭脳警察に出会ったのは高校生のときとのことで「『誕生』を初めて聴いたんですが、まだガキで良さがわからなかった。だけどセカンドを聴いたとき、歌詞にぶっ飛んだ。『マラブンタ・バレー』とか。こんなことを歌っている日本のロックバンドがいたことが衝撃で。ピストルズやダムド一色だったのがぶっ飛んで、俺も日本語でロックやろうと決意しました。今の音楽活動も頭脳警察の影響はかなりデカイです!」とやや緊張の面持ち。実際にPANTAさんに会った感想として「PANTAさんのほうを向けない。こんなに緊張するとは……」と語ると、場内はあたたかな笑いに包まれた。

一方で、中学1年生のときに頭脳警察の曲に出会ったというシゲルは「『ふざけるんじゃねえよ』を聴いてぶっ飛びました! 当時は歌謡曲やフォークが主流。ロックは大人のイメージで、いきなり頭脳警察に出会っちゃったから。それで俺もロックやりたいと思って。頭脳警察は憧れです! アナーキーの詞の半分くらいはPANTAからパクッてます!」と堂々と告白。頭脳警察ファンの間で不買運動が起こったPANTAのソロアルバム「KISS」がリリースされた直後にPANTAと対談した際のことを振り返り、「俺許せなくて。憧れ故に。でも会いたくてしょうがなくて。そしたら対談のときにスコーピオンに乗ってPANTAが颯爽と現れて。それで対談の間中、俺はPANTAのメットを被ってずっと沈黙してました」と話した。

PANTAはTHE BACILLUS BRAINS(THE日本脳炎)の映像を動画サイトYouTubeで観ていたとのことで、「かなり怒鳴りたてるね」とコメント。すると日野は「そういう暴力的な衝動は頭脳警察の影響を受けてますね。『戦慄のプレリュード』とか頭から離れない!」と語った。どうして頭脳警察を再開することにしたのかシゲルが質問すると、PANTAは「結成から40年を迎えて、それまでセレモニーみたいなことはやってこなかったけど、40年目くらいはいいかなと」「19の時からこの歳になるまで一緒にやってられるってだけで幸せだよね。ロックミュージシャンに感謝って言葉は似合わないけど、ありがとうという気持ちでいっぱいだよ」と答えた。

司会者から映画の感想について尋ねられると、日野は「本でしか知らなかった頭脳警察の当時の映像も垣間見れて良かった。60を迎える年齢になってもギターを弾いて人前で叫べるという、そんな歳の取り方に憧れます。ブレがない人だということを映画を見て確認できました」と絶賛。しかしシゲルは「すいません! まだ見てません!」と話し、場内は爆笑に包まれた。

最後にPANTAは後の世代のミュージシャンに向けたメッセージとして「19で頭脳警察を始めたときからずっとコピーを拒否してきたんです。全部日本語で歌う、誰のマネもしない、下手でもいい、でもやり続けると。ところが30になったある日、ロダンの言葉に出会った。『模写を恐れてはいけない。模写はその人の手を動かす前に心を問うからだ』と。模写をするなではなく『恐れてはいけない』という言葉に愕然とした。俺は実は臆病だったんだと思い知った。好きなんだからしょうがない。真似して真似して真似しまくってそれで終わってもいいじゃないかと。もしかしたらその人と対峙するときが来るかもしれない。もしかしたらそこから自分らしさが芽生えてくるかもしれない。それ以来、若手のミュージシャンには思いっきりコピーしろよと。180度考え方が変わりましたね。それが原点としてあります」と語った。

11月11日イベントレポート

5日目の11月11日は、PANTA&HALの名盤「マラッカ」をプロデュースした鈴木慶一(ムーンライダーズ)とPANTAが登場。まずはふたりの出会いにまつわるエピソード、1971年に慶應義塾大学の学園祭で起こった通称・三田祭事件の真相からトークがスタートした。

PANTA「昔、鈴木慶一とは敵対関係にあると思い込んでいました。はっぴいえんどなどとは全く違う組織だと」

慶一「すり込まれてましたね。やはり三田祭事件のことが大きかったんでしょう」

PANTA 「三田祭という慶応大の学園祭で頭脳警察が遅刻してしまって、ライブ時間がないと言われたので帰ろうとしたら、駐車場でTOSHIが『このまま帰るのか?』と。それもそうだと踵を返したところ、ステージサイドで黒ヘル軍団が腕組んではちみつぱいの演奏が終わるのを待ち構えてた」

慶一「はちみつぱいは何だろうと思いつつ無事演奏は終わって、次がはっぴいえんど。そこへ頭脳警察が乱入した」

PANTA「自治体がふたつあったことが原因だったんだけど、この事件には後日談があって、『あの騒ぎを鎮めたのは俺だ』と言ってるのが遠藤賢司。『あの騒ぎで一番被害を被った』と言っているのが吉田拓郎」

そんな関係だったふたりが、フライングドッグのプロデューサー平田国二郎の仲介で再会。そして話は名盤「マラッカ」に。

慶一「PANTA&HALが出来上がったサウンドを持っていたから、それをどうするかというのが難しかった。頭脳警察より複雑な音楽をやっていたので、その複雑さをどうやってシンプルにするかと」

PANTA「当時フュージョン、テクノの嵐が吹き荒れていたから、意識したのはハードじゃなくて“ハードネス”ということ。そこを力説していた」

慶一「音のハードじゃなくてね」

PANTA「それと古代の中近東、アラブからの流れをシルクロードにしようかオイルロードにしようか迷っているんだけどどう思う?と慶一に聞くと、『それはマラッカでしょう!』と」

慶一「海が向いているんじゃないかと思ったんだな」

PANTA「“マラッカ”というキーワードで慶一と強く結ばれて良かったなと思います」

ふたりの出会いや名盤誕生の裏話が聞けたところで、最後は今回の映画について。

慶一「すごくシンプルにPANTAとTOSHIは付き合ってるなと。この映画は、PANTAとTOSHIの付き合い、PANTAと菊池琢己の付き合い、このふたつが浮かび上がっている。それが一緒になったのが今の頭脳警察。面白い三角形だなと思う」「ステージは荒っぽいイメージがあると思うんだけど、映画ではいい人なところばかり映っていて、いいのかなと(笑)。TOSHIはもっといい人に映ってる」「この映画はロックっぽさで埋め尽くされていないよね。ロックっぽくないところが垣間見えるときにすごくドキッとする。パブリックに出ないPANTAの別の面が映り込んでる」

PANTA「パブリックイメージを守ろうと思ったらカッコつけなきゃいけないけど、そんなのどうでもいいから」

慶一「カッコばかりつけてると大変。憂鬱になっちゃうよね。その点、俺たちは楽でいいね(笑)。かつての頭脳警察はカッコつけなければならなかったけど、どうでもいいと思えてきた?」

PANTA「薄らいできたね。それよりもロックって楽しいぜって感覚でやってる。時代が移り変わる中でいろいろな奴が戦線離脱していく。そんな中、ふたりでやってられるだけでいいんじゃないかと。初期衝動で好きだったものを今でもやってられる。こんなに幸せなことはない。この幸せを思いっきり享受しなければなと思います。だからピリオドが打たれるまでやってもいいんじゃないかと」

また、同じ劇場で公開されている「あがた森魚ややデラックス」の竹藤佳世監督とあがた森魚が登壇。あがたが「PANTAさんは歌がうまいよね!」と発言すると場内は爆笑に包まれ、竹藤監督も「今日はヘルメットと鉄パイプは持ってこなかったんですが、気持ちだけ乱入ということで」とやや挑発気味にコメントした。続いてメディアアーティストの八谷和彦も引っ張りだされ、「僕は普段のPANTAさんのほうをよく見ているので、映画を見てこんなにかっこいい人だったんだ!と思いました」と盛り上げた。

■映画『ドキュメンタリー 頭脳警察』予告編

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