Febbへの追悼曲「Changes」の制作経緯
──そして、「HIKARI」のリリースから約1年後の2018年2月15日に
もともと、「Changes」のビートは、JJJと話し合って、2017年のクリスマスに何か配信しようということになり、作り始めたものだったんですよ。でも、ビートができてから、JJJのラップが完成するまでに時間がかかってしまって、その間にFebbくんが亡くなったことで、またさらに時間がかかってしまった。それでラップを録り始めたのが2018年の4月か5月あたりだったかな。そのときは最初のヴァースだけだったんですけど、それを聴いて、Febbくんのことを歌っているのを初めて知ったというか、ものすごく心を揺さぶられたことを覚えていますね。
──その最初のヴァースから曲の完成まで、さらに時間がかかったと。
そうこうするうちに、アルバムの締切が近付いてきて、そろそろヤバいと。それでJJJに連絡したら、「2ndヴァースのビートを変えたいんだよね」って。そこでJJJの家で一緒に作業して、JJJ自身でビートを組んだり、フックにも追加で音を足したりしつつ、ラップを録っていきました。JJJがありのままの思いを僕のビートに乗せてくれたのがうれしかったし、名義上、僕の曲ではあるんですけど、JJJが僕のビートに乗せてくれた曲だなって。
STUTS - Changes feat. JJJ (Official Music Video)
──それ以前の作品で、JJJさんがここまでストレートでエモーショナルな曲を作ることはなかったですもんね。
それだけFebbくんの存在がJJJにとっては大きかったんだなと改めて思いますね。僕があまり会っていなかった時期のJJJをよく知る日本横丁さん(aka Kazuhiko Fujita)に話を聞いたら、JJJはFebbくんと出会ったことですごく変わったみたいで、周りを蹴散らす勢いで「俺たちが一番でしょ」というムードになっていったと。実際、2010年から2011年にかけてのJJJは僕から見てもガラッと変わったという感覚があって、その変化はFebbくんとの出会いが大きかったんだろうし、彼が亡くなったことでJJJの中には本当にいろんな感情が渦巻いていたんだと思いますね。
初めてのラップも真っ先に聴かせた
──その後、2017年の2nd「HIKARI」から3rdアルバム「MAKTUB」完成まで6年かかっていますが、2019年には、JJJさん、STUTSさん、
「PRISM」は「Eutopia」が出てからわりとすぐあとにFNMNLさんの企画で作った曲で、Friday Night Plansさんを紹介されたのもFNMNLさんからだったと思います。ビートに関しては最初から2人の共作として進めて、僕が基本となるビートを組んで、JJJが自分のヴァースの後半部分のビートを組んだんですけど、すごくいい曲ができたなという手応えがありました。
Friday Night Plans, JJJ, STUTS - PRISM
その後、「Voyage」まで2年半のブランクがあるんですけど、その間にもJJJとは頻繁に会っていました。僕は自分から誘うのが苦手なので、特定の人と毎日毎週会ったりとか、そういう友達付き合いではなく、大事な人と会いたいときに会うという感じなんですけど、僕がJJJの家に行ったり、逆にJJJが僕の家に遊びに来たり。その時期の出来事で印象深かったのは、2020年にリリースしたミニアルバム「Contrast」で、僕が初めて自分でラップした「Vapor」と「Seasons Pass」という2曲を作って。そのリリースがあまりに不安だったので、完成して真っ先にJJJに聴いてもらったら、「いいじゃん」って言ってくれて、すごく安心したのをよく覚えています。
STUTS - Seasons Pass (Official Music Video)
2人でドライブしながら曲を聴いて、「やりたいことはなるべく早くやったほうがいいよ」とも言ってくれて、背中を押してくれたんですよね。
何でも相談に乗ってくれる「保護者」
そういうやりとりもありつつ、僕の3rdアルバムにはJJJに絶対参加してもらおうと思っていたんですけど、その収録曲「Voyage」はもともとJJJのアルバム用に作ったものだったんですよ。でも、その後の作業がなかなか進まなかったので、自分のアルバム用に引き取らせてもらって。僕のビートでJJJと誰かがラップでやり合う初めての曲としてBIMくんを迎えて作ったんです。
STUTS - Voyage feat. JJJ, BIM (Official Music Video)
──その「Voyage」のMV撮影のために伊豆大島の三原山を訪れたことが、JJJさんの3rdアルバム「MAKTUB」収録曲「Mihara」のリリックにつながったんですよね?
三原山で泊まった宿で「これ最近作ったビートなんだよね」って「Mihara」のビートを聴かせてくれたんですけど、そのときにリリックを書いていたんだと思います。「Voyage」の撮影旅行はいい思い出ですね。確か、あのときは僕からの相談事があって、JJJに話を聞いてもらったんですよ。その頃、JJJは「俺はSTUTSの保護者だから、なんでも相談してよ」ってよく言っていて(笑)、自分が大事な決断をする際には話を聞いてもらいましたね。
Mihara
──「MAKTUB」収録の「心 feat. OMSB」もSTUTSさんが相談事を持ちかけたことがきっかけになって生まれた曲だと聞きました。
そうですね。また別の相談事があって、話を聞いてもらったんですけど、ひと通り話が済んだあと「それを曲にしようよ」って言ってくれて。「何か問題と戦える系のビートが欲しい」ということだったので「どんなビートなんだろう」と思いつつ(笑)、何曲か送った中からSTUTS Bandで鍵盤を弾いてもらっている高橋佑成くんとベースの岩見継吾さんのセッションをサンプリングしたビートをJJJがピックアップしてくれたんです。
JJJ - 心 feat. OMSB (Prod by STUTS)【Official Music Video】
──この曲のビートとラップ、リリックからJJJさんとSTUTSさんが音楽家としても友人としてもいい関係を続けてきたからこその深みや温かさを感じます。
人生の中での大きな決断や悩み事があったら、JJJには必ず相談していましたし、JJJが言ってくれると、すごく安心するというか、これで大丈夫なんだと思えたし、いろいろ気付きを与えてくれる存在だったので、本当にありがたかったですね。中高の同級生とか仲のいい友達はいるんですけど、同世代で同じ音楽をやってる者同士でしか共有できない悩みもあって、そういうことも相談できるし、音楽以外のことも何でも話せる存在がいるというのは自分にとってめちゃくちゃ大きかったです。あと自分に子供ができてから「Changes」を一緒にライブで披露するときには、絶対僕の目を見て「その命に送るはピース&乳母車」と言ってくれたり(笑)、その後本当にベビーカーを送ってくれたり、子供の名前を考えようとしてくれたりとか、毎回彼の温かさを感じてました。
──しかも、同い年で、お互いが試行錯誤しながら、キャリアを重ねていくところを間近で見ていたわけですからね。
でも、僕からしたら、JJJは同い年で対等な間柄というより、ヒーローのような存在だったんです。ああいうカッコいい音楽を作りたいなと思うような存在……だから、すごく尊敬していましたね。
JJJがすべてを曝け出した最後のアルバム
──そんなヒーローのような存在が苦悩しながら作り上げた「MAKTUB」という最後のアルバムを聴いて、どんなことを思われますか?
JJJの作品の中ではすべてを包み隠さずさらした一番の作品だなって。「言いたいことは何もない」というのがJJJの初期の基本スタンスだったと思うんですけど、このアルバムは言葉がすごくえぐってくるというか、深いところまで悩んでいたことがひしひしと伝わってきますね。近くで見ていて、あのとき話していたことが、こういう形で消化されているのかと思うところもある一方で、JJJの歌詞は一聴しただけで何を言ってるのか、すぐにわかるものではないので、まだ全部読み解けていない部分もあると思います。
JJJ - Beautiful Mind (Prod by Febb)
深い悩みを感じる一方で、それが音楽として消化されていくような感覚もあって、ただつらい出来事を歌っているというより、最終的にポジティブに変換される何かがあるような本当に素晴らしい作品ですね。ビートも「HIKARI」よりさらに洗練されていて、あれだけのボリュームがあるのにアルバムを通しで聴けるのもすごいし、それぞれが別のベクトルで1曲1曲に思いが込められていて、JJJの人生そのものが表現されているアルバムだなと思います。
KID FRESINOとともにJJJへの思いを乗せた「hikari」
──そして、1年前の2025年4月13日にJJJさんが亡くなり、その3カ月後にリリースされた
声が掛かった段階でどういう曲にしたいのか、そういう話はまったくなく、音だけが送られてきて、2ndヴァースにビートを入れてほしいという要望と、それ以外にも何か入れられる音があったら入れてミックスしてほしいという話だけ。でも、最初に聴いたときに「これはJJJのことを歌うんだろうな」と感じて、自分なりにFRESINOくんの思いが乗せられるようにがんばろうと思いました。もともとのバンドの素材が素晴らしかったので、僕がやったのは2ndヴァースのビートプログラミング、それから曲全体に少しホーンの音を追加したりとか。最後のフックにはよく聴くと「Changes」のフックと同じパーカッションの音も入っているんですけど、そうやって自分なりに感じるままに手を動かしました。
KID FRESINO - hikari (Official Music Video)
ただ、FRESINOくんがラップを書いてきたとき、歌われている光景の中には僕が見た光景もあったし、FRESINOくんがあそこまでストレートに表現しないといけなかったという思いも伝わってきて、本当に泣きましたね。ミックス作業では曲を何十回、何百回と聴くんですけど、プレイバックのたびに何回も泣いていたので、ミックスするのが本当に大変でした。でも絶対に悔いが残らないように、みんなが納得する形で仕上げたかったので、泣きながら僕ができることをやり切りました。
──語る言葉は尽きないと思いますが、こうして18年にわたる親交を振り返っていただいたうえで、改めてお伺いしたいんですけど、STUTSさんにとって、JJJさんとはどんな存在だったんでしょうか?
本当にたくさんの思い出があって、自分にとっては本当に心の支えで親友だったなって思います。今は会って話したりはできないんですけど、亡くなった今でも支えられている気がするんです。この前のツアーでJJJとの曲を演奏させてもらったときも一緒にライブしているような感覚になったし、やっぱり、そばにいてくれているんだなって、本当にそう思えるんですよ。そして、そう思っているのは僕だけじゃなくて。JJJがその存在を最初に世に知らしめたDaichi(Yamamoto)くんなんかも同じように感じているんじゃないかな。FRESINOくんがラップをし始めたのもJJJがきっかけですし、僕がSPACE SHOWER MUSICからこうやってアルバムを出して今みたいに活動できるようになったのもJJJが参加してくれて、JJJの担当の井坂さんが1stアルバムを担当してくれたから。周りで同じように思っている人はたくさんいると思います。本人は友達の輪を広げるタイプではなく、むしろ、真逆な人だったんですけど、心の奥底には「みんなでアガっていこう」「友達をアゲていこう」という気持ちがすごくあって、残した作品はもちろんのこと、JJJの思いや縁でつながったみんなの関係の中でJJJは生き続けているんだと思います。
プロフィール
JJJ(ジェイジェイジェイ)
1989年生まれ、神奈川県川崎市出身のトラックメイカー、プロデューサー、MC、DJ。febb as Young Mason、KID FRESINOとFla$hBackSを結成し、2013年にデビューアルバム「FL$8KS」をリリースする。ソロアーティストとしては、2014年に1stアルバム「Yacht Club」を発表。2017年に2ndアルバム「HIKARI」、2023年に3rdアルバム「MAKTUB」をリリースし、いずれも高い評価を得ている。2025年4月13日に35歳の若さでこの世を去った。
STUTS(スタッツ)
1989年生まれのトラックメイカー / MPCプレイヤー。自身の作品制作やライブ活動と並行して、数多くのアーティストのプロデュースやコラボレーション、テレビ・CMへの楽曲提供など活躍の場を広げている。2016年4月に1stアルバム「Pushin'」、2018年9月に2ndアルバム「Eutopia」、2022年10月に3rdアルバム「Orbit」を発表。2026年11月7日に東京・日本武道館で活動10周年のアニバーサリー公演「Alone with」を開催する。
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STUTS @STUTS_atik
ナタリーにて、JJJとの出会いや色んな思い出をお話しさせてもらったインタビューが公開されました。
インタビュアーは小野田雄さん(@OND74 )です。
色々あった1年でしたが、JJJとの18年間の思い出を沢山お話しできて、セラピーを受けてるような時間でした。
ぜひご覧下さい。
https://t.co/9lySv0mp3X