Eve「バウムクーヘンエンド」MVのワンシーン。

映像で音楽を奏でる人々 第11回 [バックナンバー]

アニメを観ていなかったWabokuが、いかにして新進気鋭のアニメーション作家になったのか

Eveや“ずとまよ”のMVに見られる、独特な世界観のルーツとは

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ミュージックビデオ制作をはじめ、さまざまな形で音楽に関わる映像作家たちに焦点を当てるこの連載。これまでは実写映像のディレクターから話を聞いてきたが、今回登場したのは連載初のアニメーション作家であるWabokuだ。

彼の映像の特徴は、サウンドとシンクロした細かい動きと、作り込まれた独特な世界観。これまでに手がけたEveの「お気に召すまま」、ずっと真夜中でいいのに。の「秒針を噛む」といったMVが、動画サイトで爆発的な人気を獲得してきた。Wabokuの作品がどのようにして生まれるのかを探るべく、彼に自身のルーツや制作手法などについて語ってもらった。

取材・/ 橋本尚平 ヘッダー画像 / Eve「バウムクーヘンエンド」MVのワンシーン。

アニメは「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」くらいしか知らなかった

高校時代は民俗学者になりたいと思って、その道に進む予定だったんです。姉が本の虫で、その影響で僕も小説を読んだり調べ物をするのが好きだったので。よく読んでいたのは柳田國男とか京極夏彦とか。特に水木しげる先生からは、今自分がキャラクター作りをするうえで強く影響を受けてますね。

ずっと真夜中でいいのに。「秒針を噛む」MVのワンシーン。

ずっと真夜中でいいのに。「秒針を噛む」MVのワンシーン。

もともと絵を描くことには興味はなかったんです。アニメも「ドラえもん」とか「クレヨンしんちゃん」くらいしか知らなかったし、深夜アニメもまったく観たことがなかったし。でも高校3年生の頃に、細田守監督の「サマーウォーズ」が劇場公開1周年でテレビ放送されたのをたまたま観て、それに感化されて急に進路を美術系に方向転換したんです。ただ、アニメ業界で働くのが大変だってことはその頃から耳に挟んでいたので、大学に進むのであれば奨学金をもらわなければいけないし、アニメ業界に進んだら返済がきついだろうなと考えて、それ以外の何かアニメに関わって食べていける仕事があればいいなって、ぼんやり考えていました。

大学では映像を学んだんですが、そこで初めて自分でアニメーションを作ってみて、最初は「自分にはまったく才能がないんだな」って痛感しました。周りの人と比べて圧倒的に画力もなく、絵の動かし方もわからない。今までアニメをほとんど観てこなかったので含蓄がなくて、スタートから周りとの距離が開いてたんです。でも、アニメーションを描くのって詰め将棋的な側面があって、「こういう動きをするカットだったらこう描けばいいよね」という定石を1つひとつ勉強してマスターし続けていくことで、少しずつ作り方が身に付いていくんですよ。大学1年生の頃にイチから教えてもらって学んだ知識は、いまだに仕事でよく使っていますね。

追求していた演出方法が固まった「お気に召すまま」

初めて自分でアニメ-ションを作ったのは19歳の頃。あるボカロPのMVをファンアートとして作ったのが最初でした。でもその後にアニメーションを作ることはほぼなくて、次の作品が卒業制作として作った「EMIGRE」って感じです。

新卒で就職した会社は半年くらいで辞めて、フリーランスを何カ月かやったあとに作家事務所に入りました。その事務所は「映画祭に出品して名を上げよう」という、会社を挙げてのプロジェクトみたいなことをやっていて、僕も出品するためのショートアニメーションを2本作ったんです。そしたら、そのショートアニメや卒業制作をたまたま観てくださったボカロPのルワンさんが「一緒にやりませんか」と声をかけてくださって。当時まったくと言っていいほど自分への仕事が入ってきてなかったので、面白いことができそうだなと思って「ハイタ」のMVを作らせてもらいました。僕がMVを作ったのはこれが最初です。

※動画は現在非公開です。

MVを公開してから、これを観た人が新しい案件を依頼してくれるということが急増したので、当時「ハイタ」にはすごく手応えを感じていました。ただ、1年で作る本数が一気に倍くらいになったので、体力的にはキツかったですね(笑)。

アニメーション制作というのは時間がかかるものなので、その間にモチベーションを維持し続けるのは大変なんです。1人だけで作ると2、3カ月はかかるので、絵コンテに従って進めていても、時間が経つにつれて「もうここは省いてもいいかな」みたいな気持ちになってカットするところも出てきたりして。長期間やる気が高い状態でいるのって難しいんですよね。最近は業界のやり方に則って、僕が絵コンテを切って何人かの作画担当に描いてもらうようになったんですけど、背景は今でも僕が全部鉛筆で描いてます。「線の感じが好き」って言ってくれる方が多いから、そこはできるだけ崩したくないんですよ。

僕はあまり「アニメ-ションならではの表現をしよう」とは考えていなくて、逆に実写に近付けようと思ってるところがあります。例えば、実写ってアニメと比べてカット割りが多い印象があるので、それをアニメに取り入れることを試したら面白いんじゃないかなって。それで「ハイタ」以来、カット割りをたくさん入れる演出を追求していたんですが、それがEveさんの「お気に召すまま」あたりでようやく固まった気がします。

「お気に召すまま」と並んで、過去の作品の中で一番思い入れが深いのが、ずっと真夜中でいいのに。の「秒針を噛む」ですね。「お気に召すまま」で“実写っぽい演出”の完成形までたどり着いた実感があったんですが、それと対極的に「秒針を噛む」は、「動かすカットをなるべく少なくしながらどこまでできるか」に挑戦したMVなんです。演出でごまかしてるのであまりそう思われてないんですけど、よく観るとキャラクターはあんまり動いてないんですよ。

キャラクターの動かし方は、ゲームやお笑い芸人からの影響も

僕が作るアニメーションに共通するキーワードは“退廃”と“寂しさ”なのかなと思ってます。ヒビの入った崩れかけの建物をよくモチーフとして使っているんですが、それはSTUDIO4℃の森本晃司さんや、田中達之さんのようなアニメーターが機械やヒビ割れを多用していることからの影響ですね。

高校の頃に3年間ずーっと「ファイナルファンタジーXI」というオンラインゲームをやってたんですけど、今になって考えると、キャラクターの動かし方はそこから影響を受けてます。当時は意識してなかったんですが、キャラクターのモーションを担当したのが金田伊功さんという業界屈指のアニメーターの方で、「この動きカッコいいな」と思いながらゲームをやっていたことが今すごく身になってる気がします。空気感の演出に関しては「ワンダと巨像」からの影響も大きいです。“巨大なもの”って作品の世界観にケレン味を与えてくれるスパイスなので、作品の中で1度は出したいんですよ。

日常の中で「あ、これ面白い動きだな」と思ったものは覚えておいて、キャラクターの動かし方の参考にすることが多いんですけど、そういう意味ではバラエティ番組からの影響もあると思います。お笑い芸人の方って面白い動きをされる方が多いので。実際、Eveさんの「トーキョーゲットー」では野性爆弾のくっきー!さんの動きが参考になりました。

「トーキョーゲットー」については、Eveさんから世界観のイメージを聞かせてもらったときに「和のテイストがあるといいかもね」という話になったんです。でも、いわゆる和風にするのではなく僕らしさを盛り込んだほうがいいんじゃないかと思って、日本でも中国でもない、どこの国なのかわからないけどちょっとオリエンタルな感じ、というイメージで仕上げていきました。MVの制作では、もらった曲を聴いて「これはこの国っぽいな」と思い浮かべて要素を入れることはよくありますね。

常に重要視しているのは“キメ”

MVを作るときはまず、曲を聴いて耳に止まった歌詞の単語から連想したモチーフを絵にしているんですけど、歌詞のストーリーに沿ったものを描くんじゃなくて、あくまでも音を聴いて思いついたものを描いてるんです。そうやって絵コンテを描き起こしていったあとで、整合性を図る感じです。だから、音がたくさん鳴ってると思いつかないことが多くて。楽器が少ない曲のほうがイメージが浮かびやすいですね。

アニメーションの制作工程って、まず絵コンテを切って、それを正しいパースに描き起こしたレイアウトを作って、その上に紙を重ねて作画をするんですけど、僕の場合はレイアウトの工程がないんです。パースが決まると位置合わせが難しいので、それでのちのち頭を悩ませるくらいだったらパースは別に考えなくていいかなって。

僕がアニメーションを作るうえで常に重要視しているのは“キメ”ですね。どの作品に関しても、絶対に観ている人に「カッコいい」と思われたいんです。だから「観た人の印象に残るような場面を絶対に1個は作ろう」というのは意識しています。あと、MVではキャラクターにしゃべらせるようにしています。歌詞に合わせてリップシンクさせるのってかなり面倒くさい作業なので、やらない人が多いんですけど、自分は最近特にそれを多用しています。

将来的にたどり着きたい、人生を通しての目標

そのうち立体のアニメーションも作ってみたいんですよね。例えば「ニャッキ!」とか「ウォレスとグルミット」みたいなストップモーションのアニメーションを。ずっと真夜中でいいのに。の「脳裏上のクラッカー」でちょっとだけコマ撮りの実写シーンを入れてみたら楽しかったので、今度はこの手法で全編やってみたいです。ずっと真夜中でいいのに。のMVだったらかわいいキャラクターをいっぱい出せるから、きっとうまくハマるんじゃないかな。

アニメーション映画の監督みたいなことも、やってみたいと思ってます。いずれは。今はそれをやるべきときではないので、あくまで将来的にたどり着きたい、人生を通しての目標ですが。まあ、最初からそんなに長いものは作れないだろうし、まずはショートアニメーションを作りたいですね。Eveさんの「闇夜」のMVでMahさんと共作したみたいに、何人かの人に協力してもらって1本のアニメーションを仕上げるというのをやってみたいです。

Wabokuが影響を受けたMV

ASIAN KUNG-FU GENERATION「新しい世界」(2008年)

「新しい世界」が収録されたASIAN KUNG-FU GENERATIONのアルバム「ワールド ワールド ワールド」ジャケット

「新しい世界」が収録されたASIAN KUNG-FU GENERATIONのアルバム「ワールド ワールド ワールド」ジャケット

中村佑介さんがデザインしたジャケットのイラストが、そのままアニメーションになって動いたのがまず感動的で。しかも、曲のイメージから観る前はもっとスローテンポな映像なのかと思っていたら、情報量に追いつけないほどカット割りが速くて、映像的な快楽を強烈に感じたんです。僕の作品でカットをパッパッと割るのは、このMVからの影響はあると思います。

「新しい世界」MV視聴ページ(ソニーミュージック)

Mr.Children「フェイク」(2007年)

Mr.Childrenのシングル「フェイク」ジャケット。

Mr.Childrenのシングル「フェイク」ジャケット。

丹下紘希監督の作品ですね。僕は「お気に召すまま」や「ハイタ」のMVを作っていたときに「実写に寄せたアニメーションを作りたい」ということを意識してカット割りをしたんですが、丹下監督の「フェイク」でのアプローチはそれと逆で、早回しとか逆再生とかを使って動きをコミカルにして、全編実写なのにアニメーション風の動きにしているんです。あとはキャラクターですね。EveさんのMVを作るときに僕は“ZINGAI”というキャラクターを出すんですけど、「フェイク」にはそれに通じる不気味なデザインのキャラクターが出てくるんです。頭に被り物をしていて顔が見えないんだけど、なんとなく人間じゃないような感じがするという。アニメーションっぽい動きも相まって、不気味な世界観になってるんですよ。

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fax-kun @okadapaisenn

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