コロナ禍を経た2023年、年間興行収入が549億1500万元(約1兆1000億円)に上った中国映画市場。そんな中、日本映画「
映画ナタリーでは中国の映画市場を知るべく、上海国際映画祭のプログラマーやWeb番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデュースも担当する中国人ジャーナリストの徐昊辰に2023年を振り返ってもらった。「すずめの戸締まり」「THE FIRST SLAM DUNK」はなぜ中国でヒットしたのか? 中国におけるハリウッド映画の現状は?
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2020年~2022年は新型コロナウイルスの影響で、各国の映画市場は想像以上に厳しい状況になった。ほかの国と比較して打撃が少なかった中国の映画市場だが、年間興行収入は2019年と比べて、大きく減少。特に2022年は、他国が徐々に“withコロナ”に切り替えていった一方、中国では厳しいゼロコロナ対策が続いていたため、映画市場は壊滅的な被害を受けた。これからどうしていくべきか?という2022年末、ゼロコロナ対策が大幅に緩和され、経済活動が正常化されたことにより、緩やかに持ち直していった。今回のコラムでは、2023年の中国映画市場の総括に加え、今後の動向についていくつかのテーマにわけて考察していく。
データでわかる2023年の中国映画市場
中国映画市場の2023年の年間興行収入はトータルで549億1500万元(約1兆1000億円)。2020年の204億1700万元、2021年の472億5800万元、そして、2022年の300億5700万元を大きく超えたものの、2019年の最高水準642億6600万元(約1兆3100億円)には及ばなかった。数字だけを見ると、2023年の結果にもっとも近いのは、2017年の559億7100万元(約1兆1400億円)ということになる。
2023年の動員人数は延べ13億人。2020年~2022年のコロナ時期と比較すると、好転しているが、チケットの単価が上がっているため、動員人数は2017年の16億2000万人ではなく、2015年の12億5900万人に一番近いという結果になっている。
また、年間興行収入は2年連続北米に負け、国別の年間興行収入は2位となった。コロナ禍の2020年~2021年には、一時期、北米の年間興行収入を越えたが、通常運転に戻った後、北米市場にはやはり及ばない結果となった。そして、今後越えられるかどうかは、いささか怪しい。その理由は、中国映画市場における海外映画の不振だろう。2023年中国映画の興行収入は460億500万元(約937億円)、中国国産映画の市場占有率はなんと83.77%に上った。コロナ前の市場占有率が60~65%だったことを考えると、ハリウッド映画に対する中国の観客の関心はかなり薄くなっていると言える。
2023年の中国映画市場では、1億元を超えた映画は73本。そのうち、中国映画が50本、海外映画は23本となった。さらに10億元(約204億円)を超えた11本の映画、すべてが中国映画という結果に。つまり、2023年の中国の興行収入ベスト10はすべて中国映画となったのだ。ちなみに、海外映画の年間興行収入1位は「
「すずめの戸締まり」「THE FIRST SLAM DUNK」が連続大ヒット
“3年の約束”、これは
もちろん映画自体、新海監督の新境地とも言える素晴らしい作品だが、改めて「すずめの戸締まり」の中国での大成功を見ると、Road Picturesの宣伝も、その結果に大きく関わっているだろう。監督の中国キャンペーンの企画をはじめ、北京大学での中国プレミア、中国の人気歌手・周深さんとの主題歌コラボ、さまざまな特製チケットの制作、中国各地で開催した数えきれないほどの応援試写会など、多くのプロモーションを実施した。とにかく観客との距離を“ゼロ”にしたいという考えを軸に、観客のアイデアを取り入れ、気持ちを観察し、常に交流している。
その精神は、Road Picturesが配給した「THE FIRST SLAM DUNK」にも引き継がれた。「SLAM DUNK」は中国の30~40代にとって、特別な作品だ。多くの中国人が「SLAM DUNK」をきっかけに、日本アニメのファンとなった。そういった“ノスタルジック”な部分を最大限に使い、“試合”を切り口にして、体育館で「THE FIRST SLAM DUNK」の中国プレミアを開催した。その上、体育館で上映するために、一度限り使用する特製スクリーンを200万元(約4000万円)で制作。そこから、SNS上で連日トレンド入りが続き、劇場は“スラダン祭”となった。
記録更新、先行上映、口コミ戦略、サスペンス映画……中国映画の最新事情
2023年中国における中国映画の年間興行収入はトータルで460億500万元(約937億円)。83.77%という中国国産映画の市場占有率は、コロナ禍の影響を受けた2021年と2022年を除き、史上最高の数字となった。何より460億500万元という結果は、中国国産映画の年間興行収入記録を大幅に更新したことになる。
映画館は、2023年も例年通り、旧正月や夏休み(7月1日~8月31日)、国慶節(10月1日~7日)などの大型連休期間は、かなり賑わっていた。年間興行収入の70%が大型連休の期間に上げた収益となっている。一方、注目すべきなのは、閑散期でも話題作が続々と誕生したことだ。観客は以前よりも口コミを重視し、良質な作品や話題作であれば、どの時期でも映画館へ足を運ぶ傾向となっている。
また、Road Picturesと同様に、中国の各映画会社は、作品をヒットさせるために、さまざまな宣伝プランを考えた。2023年の映画宣伝の特徴としてまず挙げられるのが、先行上映を実施する作品が一気に増えたことだ。特に話題作や口コミで評価の高い作品は、公開前に中国全土で大規模な先行上映を行い、そこから観客の反応を見つつ、SNSで話題を作っていった。例えば、Netflixで全世界に配信され、興行収入35.23億元(約718億円)を記録した中国映画「妻消えて」もそういった作品の1つだ。昨年6月下旬に中国で公開された同作は、夏休み前の封切りということで、当初はメガヒットを期待されていなかった。しかし、先行上映に参加した観客から火がつき、映画の内容だけでなく、作品にちなんだ恋愛問題などかなり幅広い話題で、映画の認知が広がっていた。宣伝サイドも観客の感想を引用したり、関連ショート動画をたくさん作ったりと、さらに話題を作っていった。それがコロナ禍以降、映画を観に行かなくなった層まで届いたのだ。
「妻消えて」の大成功により、中国映画市場も一気に復活。7月からスタートした夏休みには、話題作が連続で大ヒットした。教育も兼ねた映画と言われるアニメ映画「長安三万里」は、3時間弱の尺にもかかわらず、子供から大人までが一緒に映画を鑑賞。作品を観ながら唐詩を暗唱したり、唐の時代について勉強したりと、親子が交流できる作品となった。同作は社会現象となり、興行収入18.24億元(約371億円)を記録している。
また、サスペンス作品も絶好調だ。6月に封切られた「妻消えて」に続き、8月公開の「孤注一擲」も大きな話題を呼んだ。「妻消えて」と同様に、先行上映や口コミを活用したが、「孤注一擲」最大の勝因は予告編だ。合計7つの予告編が用意され、8分の映像素材が使われた。7つの予告編は観客の反応に合わせ、観ている側のテンションが次第に上がっていくように作られており、そのピーク時に映画を公開するという戦略を取った。予告編の合計再生回数は1000万回を超え、興行収入は38.48億元(約783億円)を記録。旧正月に封切られた超大作「満江紅」「流転の地球2」に次いで、2023年の年間興行収入ランキングで3位に入り、中国歴代興行収入ランキングでも11位にランクインした。
近年、中国サスペンス映画やドラマは、なぜ人気なのか? それはやはり、女性観客と深く関わっているだろう。女性が共感出来るものという切り口で、何本かの名作サスペンスが誕生した。いわゆる昔の香港発の犯罪映画よりも、「妻消えて」のように恋愛要素も入っているサスペンス映画のほうが、今の中国で幅広い層に受けている。一方、従来の男性中心に描かれる香港アクション映画、ハリウッド映画はどんどん影響力が乏しくなり、中国では大きな危機に直面している。
ハリウッド映画の終焉!?
最後に、2023年中国におけるハリウッド映画の現状にも触れたい。一言で言うと、悲惨。現時点で転機が訪れる様子も全く見えない。3年間、コロナの影響を大きく受けた中国の映画市場では、2023年に入ってから、以前よりも多く、そして早くハリウッド映画が公開されるようになった。一部のR指定作品などを除き、基本的にすべてのハリウッド大作が、北米と同時に封切られている。しかし、「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」が2392万元(約4.9億円)、「リトル・マーメイド」が2651万元(約5.4億円)、「ナポレオン」が2788万元(約5.7億円)、「ウィッシュ」が4259万元(約8.7億円)、「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」が5030万元(約10億円)……と、話題作が大コケの連続。海外映画の年間興行収入で1位を記録したのは「ワイルド・スピード/ファイヤーブースト」だが、興行収入は9.84億元(約200億円)とシリーズピーク時の3分の1になってしまった。
なぜハリウッド映画は不振なのか? 一番大きな要因は、新鮮味がないことだろう。シリーズものばかりで、例え技術面では世界最先端と言っても、ストーリーが面白くなければ、観客が減るのは当たり前だ。配信と劇場の関係、ハリウッド・ストライキの余波……未来が全く見えない。だから、「すずめの戸締まり」「THE FIRST SLAM DUNK」の中国・韓国での大ヒットは、大きな事件と言ってもいい。もしかしたら、近いうちに、東アジアの映画勢力図は大きく変わるのではないだろうか。日本映画界にとっても、大きなチャンスが訪れるかもしれない。
中国の年間興行収入ランキング(2023年)
1.「満江紅(原題)」45.44億元(約925億円)
2.「流転の地球2」40.29億元(約820億円)
3.「孤注一擲(原題)」38.48億元(約783億円)
4.「妻消えて」35.23億元(約718億円)
5.「封神第一部(原題)」26.34億元(約536億円)
6.「八角籠中(原題)」22.07億元(約450億円)
7.「長安三万里(原題)」18.24億元(約371億円)※アニメ
8.「熊出没·伴我“熊芯”(原題)」14.95億元(約304億円)※アニメ
9.「堅如磐石(原題)」13.51億元(約275億円)
10.「人生路不熟(原題)」11.84億元(約241億円)
中国における海外映画の年間興行収入ランキング(2023年)
1.「ワイルド・スピード/ファイヤーブースト」9.84億元(約200億円)
2.「すずめの戸締まり」8.07億元(約164億円)
3.「THE FIRST SLAM DUNK」6.6億元(約134億円)
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そのほかの作品の興行収入
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※1元=20.363円で計算
※2024年1月14日(日)時点の情報
(データ参照元:灯塔专业版)
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