
中華エンタメを知る Vol. 2(前編) [バックナンバー]
「国宝」李相日から受け取った映画祭への強い思い、徐昊辰が2025年の上海国際映画祭を回想「もっと日中の映画人が交流していく必要がある」
2025年8月23日 9:30 1
日本映画を中国に届け、中国映画を日本に届ける──そんな活動をしているのが中国人ジャーナリスト・徐昊辰だ。上海国際映画祭のプログラマーとして6年間、日本映画の“今”を中国に紹介してきた彼は、中国映画の“今”を日本に届けるべく、2024年に現代中国映画祭を立ち上げた。
映画ナタリーでは、アジアの映画交流に尽力してきた彼に前後編にわたってインタビューを実施。前編では「
取材・
上海国際映画祭のコンセプトは「映画と町」
──1993年にスタートした上海国際映画祭ですが、中国ではどういった位置付けの映画祭なのでしょうか?
上海国際映画祭は中国で一番最初にできた国際映画祭です。国際映画製作者連盟に公認されている中国唯一の映画祭で、長編コンペティション部門を持つ、Aランクの映画祭なんです。カンヌ、ベルリン、ヴェネツィアといった世界三大映画祭との違いは、業界向けというより、観客に向けた見本市という側面が強いこと。各巨匠の新作がワールドプレミア上映される三大映画祭は、そこから世界配給につなげていく目的もあり、対業界的なイメージが強い。参加者も業界の人が多い印象があります。
上海国際映画祭もコンペがあるので、対業界的な意味合いもあるのですが、一般の観客に向けた映画祭という色が強いと思います。それは、中国映画市場が特殊なマーケットであるということが理由の1つです。中国では年間に上映される海外映画の数に制限があって、作品を観られる機会も多くないので、そこでしか観られない可能性のある作品を観客が積極的に観ようとするんです。映画祭で興行収入という言葉は使わないですが、毎年8億から10億ぐらいの興収を上げています。
──毎年何本ぐらいラインナップされるのでしょうか?
10日間の会期中に400本から450本ぐらいスクリーンにかけられます。上映回数は合計で1500回ほど。2025年の上海国際映画祭で使用された劇場は43館に上りました。映画祭といえばメイン会場を中心にそのエリア内で行われるものですが、上海全体で映画祭をやっているので、一番端にある映画館とその反対にある映画館はかなり遠い。東京で例えるなら、奥多摩でも錦糸町でも同じ映画祭をやっている感じです。
──町をあげて映画祭を作り上げているんですね。
映画祭のコンセプトも「映画と町」なんです。上海にいらっしゃった方に、映画とあわせて上海の町を体感してもらいたいという思いがあります。上海は“ローカル感”もありつつ、グローバルな町でもあるので、町と映画の関係を紹介できるようなイベントも開催しています。
今年一番面白く感じたのは、オフライン体験の提供を重視していたこと。映画館のスタンプラリーを開催したり、グッズのデザインを増やしたり。映画祭に参加した多くの若者が、記念品を手に入れるという体験をすごく楽しんでいました。彼らは“オンラインの時代”に生まれたうえ、コロナがあったので、オフラインでの体験は新鮮に映るんです。紙のチケットを手にしたことがない人もいるので、映画祭に参加して記念の半券を手にすることにとても魅力を感じるんだと思います。そしてその半券をSNSに載せて感想を投稿する。オフラインからオンラインへの、すごくいい循環ができていると思いました。
プログラマーは作品を自ら取りにいかないといけないこともある
──映画祭に向けて、毎年、いつ頃動き始めるんでしょうか?
正式なスタートは1月ぐらいなんですが、それだとちょっと遅いので、前の年の秋頃に動き始めます。映画祭のプログラマーというと、応募作品から上映作を選ぶというイメージを持たれることもあるんですが、実はプログラマーは、作品を自ら取りにいかないといけないこともあります。だから、制作サイドに「上海国際映画祭でやりませんか」と声をかけていく時間が必要です。そこが毎年一番大変な部分で、同時にやりがいも感じるところ。僕はマスコミの仕事もしているので、新作の情報には敏感。積極的に映画会社の宣伝担当に連絡を入れています。
──作品の奪い合いがあるんですね。
映画祭のコンペ部門では、良質な作品をワールドプレミア、インターナショナルプレミアとして上映する必要があります。上海はカンヌのすぐあとなので、どうしても“作品を取ってくる”難しさがある。映画祭の格付けという部分もありますし、世界的に見るとワールドプレミアの場所としてヨーロッパの映画祭が優先されるのは、当たり前なので。
──日本映画は毎年何本ぐらいラインナップされるのでしょうか?
50本ほどです。そのうち、旧作が10本ぐらいですね。
──海外の映画祭で日本映画が50本もかかるというのは、かなり多い印象ですし、旧作上映にも力を入れているんですね。
日本映画のラインナップが充実しているということも、上海国際映画祭の1つの特徴だと言われています。日本の旧作映画は毎年とても人気が高いのでチケットが取れないこともあるほど。上海国際映画祭は若い観客が多いので、旧作・名作を劇場で観たことがない人も多い。だから映画祭で観たいという需要に応えるためプログラムを組んでいます。
近年では4Kデジタルリマスターの上映も増えていて、今年は、小栗康平監督の「死の棘」の4Kをワールドプレミア上映しました。クラシック映画というとモノクロ映画のイメージがあるかもしれないですが、2、30年前の映画ももうクラシックと言えるので、今年は李相日監督の「フラガール」、山下敦弘監督の「リンダ リンダ リンダ」の4Kも上映しました。旧作に関しては、基本的に映画祭から日本の会社に提案しています。
──作品をセレクションするうえで、どんなことを心がけていますか?
いわゆる「映画祭っぽい映画」「アート寄りの映画」というのは、一般の観客には優しくない。せっかくのお祭りですし、一般のお客さんも楽しめるものをどんどん紹介していきたいので、カンヌに出品されたような作品もやる一方で、ドメスティックなキラキラ映画も上映するというコンセプトでやっています。大事にしているのは、深さより広さです。だから「死の棘」を上映しつつ、「山田くんとLv999の恋をする」もスクリーンにかける。観客がさまざまな日本映画に触れる機会を作りたいんです。
──キラキラ映画の中国での評価が気になります。
こういう撮り方は他国だとしないだろうという独特なところがありますから、中国の人からすると完全に異文化体験ですよね。日本だとだいたい中高生が観に行きますが、映画祭で上映されるからと、中国の年配の人が何も知らずに観にいくこともある。中にはショックを受ける人もいますね(笑)。
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