本作は、2017年に「KYOTO EXPERIMENT2017」の1プログラムとして初演され、第62回岸田國士戯曲賞を受賞した神里雄大の作品。神里がアルゼンチンに11カ月滞在し、南米各地を取材して書いた物語を、アルゼンチンの俳優・ダンサーや日系移民の家系生まれでブラジル育ちのダンサーたちが立ち上げる。
万国旗が吊るされた会場には、二段ベット、簡素なベンチ、ボートのような台、棺のような箱とさまざまなものが所狭しと配され、観客はそのどこでも好きな場所に座ることができる。やがて会場奥の黒いカーテンが開くと、書割の車に“乗った”男女が姿を現した。微動だにせずじっと前を見つめる女に、男は一方的な会話を繰り広げ、2人が母子であることが明らかになる。男は詩的な言葉を用いて、過去や宇宙、父親の死について語り、母をなんとか車外へ連れ出そうとするが、母はまったく動く気配を見せない。やがて男は父の遺言に従って、遺灰をチリのバルパライソの海へ撒きに行くが、それを手伝いに来た男たちの珍妙なやり取りに振り回されていき……。
俳優たちはときにコミカルな演技を交えながら、膨大なセリフを強靭な身体から淀みなく放出する。スペイン語で語られるセリフは、英語・日本語字幕で読むのとは異なる軽やかな印象を残し、この作品が持つ“幅”を感じさせた。
またシーンが進むにつれ、望遠鏡やメガネなど場内に点在するさまざまな“もの”が、セリフの中に登場した“もの”であることが明らかになり、劇世界と現実世界がリンクしていく。さらにペットボトルの水の腐敗、皆既日食、生と死、夢と現実、世界の終焉などさまざまな事象の境界線が、きっぱりと分けられるものではないことが、グラデーションで描かれた書割の青空のもと、語られるのだった。
ゲネプロ後、今回の上演について神里に話を聞いた。神里は「京都での初演から、いろいろな段階を踏みながら俳優とやり取りを重ねてきました。シンプルな作品なので、演出家としては俳優たちの生理に寄り添って、僕は“器”を作ることに集中し、中身はある程度俳優たちに任せて作っています」と語る。また「今回は客席の空間を重視していて、いわゆる普通の客席では得られないような観劇体験をしてもらえればいいなと思っています。つまり座る場所や誰が近くにいるかってことで、だいぶ印象が変わると思うので、それを楽しんでもらえたら」と会場を見渡した。
さらに神里は、「京都公演のあと、ブエノスアイレスで公開稽古をやって、身近な人に観てもらったことで俳優たちも自信がついたようですし、実際にその公開稽古はよかった」と振り返り、「今はまだ、ちゃんと字幕が出るかなとか、システム的な不安はありますが(笑)、初日前って感じはしないくらい落ち着いています」と穏やかな表情を見せた。公演は8月25日まで。上演時間は約1時間25分。
なお8月23日14:00開演回は、沖縄を拠点に活動するラテンロックバンド・DIAMANTES(ディアマンテス)のボーカル・アルベルト城間を迎えたアフタートークが行われる。
神里雄大 / 岡崎藝術座「バルパライソの長い坂をくだる話」東京公演
2019年8月21日(水)~25日(日)
東京都 ゲーテ・インスティトゥート 東京
作・演出:
出演:マルティン・チラ、マルティン・ピロヤンスキー、マリーナ・サルミエント、エドゥアルド・フクシマ
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