舞台「言の葉の庭~The Garden of Words~」東京公演より。

松田誠のスタオベ図鑑 Page8 [バックナンバー]

卓越した清らかさで、期待と信頼を集める演出家アレクサンドラ・ラター

作品と人に対する深いリスペクト、それが人を動かす

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「ミュージカル『テニスの王子様』」「ミュージカル『刀剣乱舞』」など、演劇界に常に新風を巻き起こして来た演劇プロデューサーの松田誠。彼が“思わず立ち上がって拍手を送りたくなる”人、もの、場所を紹介する「松田誠のスタオベ図鑑」のPage8では、11月19日に閉幕した舞台「言の葉の庭~The Garden. Of Words~」の演出を手がけたアレクサンドラ・ラターを紹介。2013年に出会って以来、彼女のまっすぐな人柄とクリエイターとしての熱意に何度も驚かされてきたと話す松田が、彼女に賭ける期待を語る。

構成 / 熊井玲

愛情と熱意で夢を現実にした演出家

今回は演出家のアレクサンドラ・ラターさんについてお話ししたいと思います。彼女はイギリスのWhole Hog Theatreというユニットのメンバーで、2013年に出会ったときはまだ大学を卒業したばかりでした。彼女は日本のマンガやアニメ……特にジブリ作品が好きで、ぜひ「もののけ姫」を舞台化したいと考えていました。そこで、「こういう作品にしたい」というイメージを仲間たちと創作してビデオに収録して宮崎駿さんに送ったそうです。で、許諾を得た、という伝説の持ち主です(笑)。その映像を僕も観たのですが、「もののけ姫」を舞台化したいという熱意がめちゃくちゃこもっていて、いろいろ工夫もされていました。例えば「もののけ姫」のテーマである“人間と自然の共存”を、彼女はもののけを発泡スチロールやペットボトル、ビデオテープなどの廃材を使うことで表現していました。作品の芯をきちんと捉えてそれを自分なりの表現に変換している。作品に対する真摯な姿勢が、宮崎さんにも刺さったのではないかと思いました。

「Princess MONONOKE~もののけ姫~」より。(c)Polly Clare Boon

「Princess MONONOKE~もののけ姫~」より。(c)Polly Clare Boon

そしてまずはロンドンで初めての上演を行いました。その後東京でもぜひやろうということになり、日本テレビが招聘し、ネルケプランニングにも声がかかりました。僕が彼女と出会ったのは、そのときです。会ってすぐに感じたのは、アレックスさんは本当に心が綺麗で、まったく濁りがない人だということ。彼女のそういった人柄や作品に対する愛情、リスペクトが宮崎さんや鈴木(敏夫)プロデューサーにも伝わったのだろうと思います。

「Princess MONONOKE~もののけ姫~」より。(c)Polly Clare Boon

「Princess MONONOKE~もののけ姫~」より。(c)Polly Clare Boon

余談ですが、「Princess Mononoke~もののけ姫~」上演後にカンパニー全員でスタジオジブリに行けることになり、幸運なことに宮崎さんにもお会いできたそうです。で、本番を観られなかった宮崎さんが「舞台ではどんな感じだったの?」とおっしゃった。するとヤックル役の俳優がアシタカ役の俳優をおんぶしてパペットの代わりにそこにあったスリッパでヤックルを表現して、その場でちょっと演じてみせたんです。それを見た宮崎さんは、感動して涙ぐんだそうです。そういったエピソード1つとっても、アレックスさんのクリエーションに対する真っ直ぐさ、清らかさがカンパニーや作品に大きく影響しているんだなあと感じました。

「Princess MONONOKE~もののけ姫~」より。(c)Polly Clare Boon

「Princess MONONOKE~もののけ姫~」より。(c)Polly Clare Boon

「もののけ姫」を経て始まった新たな関係

その後、アレックスさんから「日本に残りたい、日本で演劇の勉強がしたい」という相談をされ、ネルケがサポートをすることになりました。さまざまな援助をする代わりに彼女にはこちらがお願いしたい仕事が出てきたらやってもらうということになりました。そして2017年に「トリスタンとイゾルデ」の演出をお願いすることになったんです。

「トリスタンとイゾルデ」は「ロミオとジュリエット」の元になったと言われるギリシャ神話で、騎士トリスタンとマルク王の妃となるイゾルデの悲恋を描いた物語です。キャストはオーディションで選出し、皆さん本当に良い方ばかりでした。しかしアレックスさんの中で次から次へと演出でやりたいことが出てきてずっとトライを続けているので、稽古が予定通り進まずなかなか大変で(笑)。みんなアレックスさんのやりたいことをなんとか形にしようと協力してくれるんだけど、時間的に間に合うのか怪しくなってきてしまいました。とうとう僕から「アレックス、何かを取捨選択しないとこのままでは間に合わないよ。一度整理しよう」と声をかけて、皆で試行錯誤して結果的にはとても素敵なお芝居になりました。そのときのアレックスさんの粘りとチャレンジ精神は目を見張るものがありましたね。

次にアレックスさんから持ち上がったのが「言の葉の庭」の舞台化というアイデアでした。「新海誠さんの作品かあ、ハードルが高いと思うよ」と言ったら、「もう舞台化の権利を取ってきました!」と(笑)。アレックスさんは自分で企画書を書き、自分で新海さんの事務所に連絡を取り、思いを伝えたそうです。正面からぶつかって、ちゃんと人の心を動かすのがすごいですよね。コロナで時期がずれたりましたが、2023年7月にロンドンのPark Theatre、11月に東京で上演できることになりました。

そして「言の葉の庭」東京公演が実現

舞台「言の葉の庭~The Garden of Words~」ロンドン公演より。(c)Piers Foley

舞台「言の葉の庭~The Garden of Words~」ロンドン公演より。(c)Piers Foley

「言の葉の庭」のクリエイションに入る前にもう1本演出を経験したほうが良いのではないかと思い、今年の1月にシアターコクーンで上演された「ロミオとジュリエット」の演出をお願いしました。若いカンパニーの一体感がある、とても瑞々しくて素晴らしい作品でした。その時もやっぱりトライが続いてスケジュールが厳しくなりギリギリでしたが(笑)。しかし時間や予算など制限を考えて最初からその範囲で創作していくのではなく最後の一瞬まで上を目指す姿勢は見習うところが多いし、信頼できると改めて感じました。

舞台「言の葉の庭~The Garden of Words~」ロンドン公演より。(c)Piers Foley

舞台「言の葉の庭~The Garden of Words~」ロンドン公演より。(c)Piers Foley

ちなみに「ロミオとジュリエット」では、千秋楽後にアレックスさんが出演者全員に丁寧な手書きの手紙を渡していてみんな感激していました。どんなに優れた演出家で、どんなに面白いものを作る人だとしても、本質的には人間性や原作や役者、スタッフに対するリスペクトが重要だと思います。その点、アレックスさんはとにかくリスペクトの人で、人のことを悪く言っているのを聞いたことがありません。そういうところが彼女の魅力であり、彼女が信頼され、愛されるゆえんかなと思います。

そうそう、鈴木プロデューサーに会いに行くとき、アレックスさんは必ず何か小さな手土産を持っていって「つまらないものですが」と言って鈴木さんに渡すんです。イギリスに帰ったときは、僕にも必ず手書きのカードを送ってくれたり、ビスケットを買って持ってきてくれたりします。アレックスさんのそんな心の清らかさと純粋な創作意欲があれば、“この人はもう少し経験を積んだら、ほかの人には作れない、とんでもないものが作れるんじゃないか”とこちらがワクワクしてしまいます。

舞台「言の葉の庭~The Garden of Words~」東京公演より。

舞台「言の葉の庭~The Garden of Words~」東京公演より。

「言の葉の庭」ロンドン公演に僕は立ち会えなかったのですが、現地に行ったスタッフに聞いたところ初日から非常に盛り上がっていたそうです。日本語をセリフと文字で上手に織り交ぜていたり、パペットを使った繊細な演出なども高い評価を得ていて、すでに英国の演劇賞にいくつかの部門でノミネートされています。「言の葉の庭」東京公演も大好評のうちに幕を下ろしたとのことです。アレックスさんの今後の国内外でも活躍を楽しみにしています。

松田誠(マツダマコト)

松田誠(左)とアレクサンドラ・ラター。

松田誠(左)とアレクサンドラ・ラター。

演劇プロデューサー。一般社団法人 日本2.5次元ミュージカル協会の代表理事。2022年6月にネルケプランニング代表取締役会長を退任し、現在はフリーとして幅広く活動。

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読者の反応

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熊井玲 @rei720

松田誠さんの「スタオベ図鑑」では、アレクサンドラ・ラターさんをご紹介していただきました。松田さんがアレックスさんのお話をされるときの優しい表情、本当に大切に思われてるんだなあと伝わってきてほっこりします。それにしても有言実行なアレックスさん、すごいです!
https://t.co/eTVEs9Bh27

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