「ロミオ&ジュリエット」稽古場レポ&アレクサンドラ・ラターとキャストがつづる“今、この舞台に懸ける思い”

多くの人に愛され続ける、若くピュアな恋人たちを描いたシェイクスピア「ロミオとジュリエット」が、芝居とムーブメントを織り交ぜた新たな演出で立ち上げられる。演出を手がけるのは、2013年にアニメーション映画「もののけ姫」をもとにした舞台「Princess MONONOKE~もののけ姫~」で注目を集めたアレクサンドラ・ラター。ロミオ役には高い身体能力と豊かな表現力が魅力のTHE RAMPAGE・長谷川慎、ジュリエット役には繊細さと大胆さを併せ持つ北乃きいと、さまざまな表現スタイルを持つ多彩な顔ぶれがそろった。

ステージナタリーでは、そんな気になる「ロミオ&ジュリエット」の稽古場に潜入。1月の寒さを忘れるような、熱い稽古の様子をレポートする。さらに特集の後半では、長谷川、北乃、ラターをはじめ、ティボルト役の中尾暢樹、パリス役の小松準弥、ベンヴォーリオ役の石川凌雅、マキューシオ役の京典和玖に、今この作品に取り組むことへの思いを聞いた。

取材・文 / 中川朋子[P1]撮影 / 藤田亜弓

熱を帯びていく「ロミオ&ジュリエット」稽古場レポート

新生「ロミオ&ジュリエット」を創造していくカンパニー

「ロミオ&ジュリエット」初日まで1カ月を切った1月上旬。稽古場に足を踏み入れると、スタッフやキャストたちが活発にやり取りをする声が早くも聞こえてきた。舞台装置が点在するアクティングスペースで軽く身体を動かしたり、話し合ったりしているキャストの表情は、マスク越しにも生き生きと輝いていた。

「ロミオ&ジュリエット」稽古の様子。

「ロミオ&ジュリエット」稽古の様子。

稽古場の一角には、シェイクスピアの作品や生涯、彼が生きた時代を解説する分厚い書籍「シェイクスピア ヴィジュアル事典」(新樹社)と、レオナルド・ディカプリオやクレア・デインズが出演した映画「ロミオ+ジュリエット」のDVDなどの関連資料が複数置かれており、カンパニーが“シェイクスピア漬け”になっている様が感じられる。

この日、稽古場には総勢21名のキャストが勢ぞろいした。カンパニーがまず取り組んだのは、本作のエピローグ、キャピュレット家の霊廟の場面だ。アクティングスペースには舞台装置が4つ置かれ、中央手前の装置にはロミオ役の長谷川慎、ジュリエット役の北乃きいがスタンバイしている。日本での生活が長い演出のアレクサンドラ・ラターが、流暢な日本語で「じゃあ皆さん、頭からやってみたいと思います!」とキャストに声をかけると、それまでの和気あいあいとした雰囲気から様子が一変し、それぞれの役の顔つきに変わった。

北乃演じるジュリエットは、長谷川演じるロミオがジュリエットが死んだと思い、悲劇的な結末を迎えたと知って、泣き崩れる。そしてロミオの頬を撫で、美しくも悲痛な声でジュリエットの慟哭を表現した。やがて2人を囲むように、ジュリエットの両親でキャピュレット夫妻役の若杉宏二と紺野まひる、ロミオの両親でモンタギュー夫妻役の鈴木省吾と美羽あさひらが姿を現してエピローグが始まると、ステージは厳かな空気に包まれた。

シーンが終わると、ラターは両手でサムズアップして「とても良い雰囲気でした!」とキャストたちを労い、続けてキャスト数名ずつに声をかけて、身振り手振りを交えながら、動きのタイミングやセリフの間について細かく演出をつけた。ラターは日本語と英語の両方を駆使して、キャストたちに自身のイメージを伝えようと言葉を尽くす。またラターが北乃と向かい合わせに立ち、拳銃を使うタイミングや動きを、実際にやってみせる場面も。ラターの動きを見た北乃はうなずきながら、「さっき私、動き出しが少し遅かったですよね。もっと音楽を聴いてタイミングを合わせます!」と、明るく応えた。

ラター演出の真骨頂、ムーブメントで魅せる

次にカンパニーは、物語序盤の登場人物たちの関係性を描くシーンの稽古に取り組んだ。まずスタッフが、このシーンの見せ方について説明。続けてラターが「このパートは“sophisticated”な(洗練された)感じで、カッコよく作っていきたい」と語り、キャストたちの動きと舞台装置の動きが複雑に交差するスタイリッシュなシーンを立ち上げていく。その動きはやがて、 “一代で財を成した”モンタギュー家と、伝統を重んじる上流階級のキャピュレット家が、暗黒の街・ヴェローナで対立する様へと展開していくのだった。

稽古場の奥からスッと姿を現したロミオは、物憂げなまなざしで自身の苦悩を表現。一方のジュリエットは、立ち姿やキリリとした表情から芯の強さを表した。コンテンポラリーの動きで踊る人々の間から飛び出してきたのは、ジュリエットの従兄ティボルト役の中尾暢樹。中尾はキッとにらみつけるような表情で、血気盛んなティボルト像を示す。ジュリエットの婚約者・パリス役の小松準弥は、キャピュレット夫妻に向かって一礼し、ノーブルな動作でカリスマのオーラをまとったキャラクターを立ち上げた。さらにロミオの友人であるベンヴォーリオ役の石川凌雅とマキューシオ役の京典和玖は、息ぴったりのハンドシェイクをしてうなずき合い、モンタギュー陣営の“チーム感”を醸し出した。

歩み寄ろうとするロミオとジュリエットを、モンタギュー側の人々とキャピュレット側の人々が引き留めようとするシーンも。ロミオとジュリエットは、動きを止められ視線を交わすしかない状況で、2人の切ない恋心を表情だけで表現した。

この日は、その後もこのシーンの稽古が繰り返し行われた。ラターが、登場人物たちの立ち位置や表情、動作に細やかな演出を加えていくと、登場人物それぞれの人物像や関係性がよりクリアに浮かび上がってくる。ラターは「まだまだ変更していくかもしれませんが、かなり形が見えてきました。皆さんありがとうございます!」と笑顔でうなずいた。

集中とリラックスが充実した稽古につながる

稽古は、何度か休憩を挟んで行われた。休憩時間中は、稽古の緊張感から一瞬解放されたキャストがそれぞれにリラックスした様子を見せる。長谷川はラターと談笑しながらフィストバンプをしたり、ニット帽を目深にかぶりながらブルゾンを口元まで引き上げた姿で北乃を笑わせたりと、周囲とコミュニケーションを取りながら和やかに過ごす。北乃は常に笑顔を絶やさず、稽古場を走り回りながら、共演者やスタッフを気遣った。中尾は1人静かに集中力を高め、小松は空きスペースでセリフと動きを黙々とおさらいする。石川と京典は、笑い合いながら一緒にダンスの振りを確認し、仲の良い“モンタギューボーイズ”さながらの空気を作り出していた。さらに長谷川と北乃が読み合わせをしたり、長谷川と石川がアクティングスペースで自主的に稽古する場面も。生き生きとしたやり取りを繰り広げるキャストの周囲には、気付くと人だかりができていた。

稽古の終盤には、それまで稽古の様子をじっと見つめていた本作のプロデューサーが、カンパニーに激励を送った。プロデューサーは以前から交流があるというラターの人柄や作風に言及しつつ、「人々が憎しみ合うことの愚かさをきちんと伝えたい」と、「ロミオ&ジュリエット」上演に込めた願いを明かす。そして、最後に「全員で千秋楽を迎えましょう!」と呼びかけると、キャストたちも「よろしくお願いします!」と応え、カンパニーの士気はますます高まっていった。

演出のアレクサンドラ・ラターが語る「ロミオ&ジュリエット」

アレクサンドラ・ラター

アレクサンドラ・ラター

──あなたが「ロミオとジュリエット」という作品に感じる面白さ、現代性はどんなところですか?

「ロミオとジュリエット」は世界的にとても有名で、家族のことだったり友人同士の関係だったり、若い世代や親世代とのすれ違い・食い違いがあるお話です。私が興味深く捉えているこの原作の現代性は、若い世代の人たちが社会とのつながりを失っていると感じていることです。

“若い人たちに適切な導きがなかったために起きた悲劇”は、どの時代・どの世代の人たちにも起こりうることだと思います。そして文化的なことではありますが、私が感じているのは“人々の意見というのは両極端な場合がある”ということです。モンタギュー家とキャピュレット家の激しい対立も、最終的には同じことを求めているのかもしれないのに、そこに至るまでの過程が両家で異なる、ということなのではないでしょうか。

それが、この時代にこのお話を語るうえで一番面白い見どころになると思っています。

──稽古がスタートし、キャストの様子からさらにインスピレーションが沸いたところ、演出プランが膨らんだところはありますか?

芝居とムーブメントを融合させた演出もありますので、稽古のときはキャストからのインスピレーションを大切にして、常に挑戦をしています。それぞれの俳優の才能に合わせて、アイデアを出しながら演出しています。いろいろな経験や技術を持った俳優の皆さんと一緒に仕事をすることは非常に面白いです。そして、ただ演じるというだけではなく、セリフのリズムを大切にしています。皆さんご存知の有名なセリフもありますので、そのセリフに動きを合わせることが難しいシーンもありますが、できるだけ身体を使ってセリフの意味を伝えたいと思っています。

──ロミオ役の長谷川慎さん、ジュリエット役の北乃きいさんには、それぞれどんな印象をお持ちですか?

長谷川さんはまだ演技経験が少なく俳優としてピュアな状態で、今回初めてシェイクスピア作品を演じられます。それは演出家としてはエキサイティングなことだと思っています。「何もないところからロミオが芽生える」ということを目の当たりにしています。長谷川さんは、リハーサルの過程で自信と演技力を身につけ、とても情熱的で若々しいロミオを演じてくれるものと確信しています。これから数週間、彼の演技がどのように変化していくのか、楽しみです。また長谷川さんはダンス表現が素晴らしい方でいらっしゃいますし、演技の中にある動きやダンス表現も興味深い「ロミオ&ジュリエット」をお見せできると思っています。

北乃さんはとても素晴らしい女優さんです。非常に賢く、とてもオープンな方で、心を込めて演じてくださっています。そういう姿勢、そういうエネルギーを持って接してくださる方と仕事ができるということは演出家にとって、とても喜ばしいことでもあります。そして、北乃さんは私が解釈しているジュリエットをうまく表現してくださっています。たとえ言いづらいセリフがあったとしても、彼女はそれをうまくセリフに乗せてくださっています。

そんな経験の違う2人、エネルギーの異なる2人が一緒に演じてくださっていることはとてもエキサイティングです。

──今回の「ロミオ&ジュリエット」を楽しむうえでのポイントを教えてください。

今回はおそらく、若い女性のお客様が多くご覧になられると思い、女性の観点・視点でキャラクターの設定を考えていきました。ジュリエットのキャラクターも、女性の観点からどう見えるかを考慮して丁寧に作っています。

私のようなイギリス人の演出家にとっては、「ロミオとジュリエット」をまだ観たことがない人がいるということは信じ難いことですが(イギリスのお客様は「ロミオとジュリエット」を知らない人はほとんどいないので)、そんなシェイクスピア作品や「ロミオとジュリエット」をまだ一度も観たことのないお客様に対して、観たこともないようなものを届けられるのではないか、と非常に楽しみにしています。

プロフィール

アレクサンドラ・ラター

日本とイギリスで活動する演出家。Whole Hog Theatreのメンバー。2013年に「もののけ姫」を舞台化し、ロンドンと東京で上演。日本とイギリスの両方に寄与するような作品を作るとコミットして、7年前に来日した。