生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。
このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。
第5回に登場するのは
取材・
最初から好きだった役なんてない
──伊礼さんは歌もさることながら、演技力の高さにも定評があります。特に“人間の弱い部分”を見せるのがお得意だなと感じるのですが、役作りではどういった導き方をされているんですか?
そう言っていただけてうれしいです。法則は特にないんですが、例えばミュージカル「エリザベート」のルドルフ役では最初、姿勢やしゃべり方といった外側ばかりを取り繕って作っていたんです。でもそれがすごく薄っぺらく感じてしまって。ルドルフは最終的に自死を選びますが、そんな人が薄っぺらいはずがない。いろいろな思いがあふれて、でもそれを処理できずに、逃れようとする。どんな立場の人間にもある、すごく弱い部分を引き出すのが役者の仕事なんじゃないかなと、ルドルフを通して思ったんです。以来、役に当たるときに、その人の弱いポイント、隠された感情、行動の裏側や根っこを探るようになりました。ミュージカル「レ・ミゼラブル」のジャベールもきっと、彼が悪役だからジャン・バルジャンを追い詰めるのではない。家庭環境のコンプレックスが引っかかりを持たせているのでは?とか、過去に捕らえられなかった囚人と重ねてしまっているのか?と想像して、何が一番“劇的”かと考える。それは自分の中で勝手に(役のバックボーンを)作ることなのですが、そうすることで僕自身が役を受け入れられるようになるんです。実は、これまで演じてきた役で、最初から好きだった役ってないんですよね(笑)。ルドルフだって「なんで自殺するの? バカバカしい」と思ったし。でもそうやって考察して自分に落とし込むことで、今では大好きになれた。ミュージカル「グランドホテル」のフェリックス・フォン・ガイゲルン男爵もそう。盗みはするし女たらしで、どうしようもない男だけど、彼には“そうせざるを得ない理由”があった。役者がそこを見せなきゃと思うんです。
──「レ・ミゼラブル」では伊礼さんの役への解釈が、第27回読売演劇大賞の男優賞ノミネートという評価につながりました。
全編音楽で紡がれる作品で芝居が評価され、男優賞にノミネートしていただいたのはすごくうれしかったです。ちなみに、「レ・ミゼラブル」のオーディションも芝居で通ったんですよ。
──また泣いちゃったとか?
いや、オーディションで毎回泣くわけじゃないですから!(笑) このときは、歌の良し悪しではなく、ジャベールの切迫した空気感が良かったみたいで。憧れの役だったので、即OKをいただけたこともうれしかったです。僕、いわゆる“悪役”が好きなんです。きっかけはアルゼンチンで見たアニメの「バットマン」でしたが、彼も基本的には複雑な家庭環境で、挫折や屈折があり、活動を始めるというドラマがある。男性の隠された弱さというか、そういうところを今後、表現していきたいなあと思っています。
環境を変えたいから、トップを目指す
──昨年からコロナの影響で、演劇界にとって停滞の時期が続いています。さまざまなアーティストが“表現の場”を求めて配信公演などに取り組む中、伊礼さんは「舞台芸術を未来に繋ぐ基金(みらい基金)」の賛同人代表になるといった、どちらかというと業界全体を視野に入れた活動をされていたように感じます。その理由を教えていただけますか?
お声がけいただいたからということもありますが、そういった活動は前からしたいと思っていました。僕は最初から憧れや夢があってこの業界に入ったわけではない。そういう人間からすると、古くからある業界の“悪しき習慣”がよく見えるんです。当人たちがあずかり知らぬところでの不公平さとか、忖度、歪み。好きだったら黙秘してしまうかもしれないけど、僕には疑問だった。それに、役者のパフォーマンスが落ちたときのことを考えて常に代役を立てるみたいなリスクヘッジは職業として必要だし、それはスタッフだって同じ。こういった古い体制のままでは皆が疲弊してしまうし、時代が変わりライフスタイルが変わる中で、若い子たちが育つ環境が作れないのではないかなと感じる部分があったんです。でも、僕が今の立場のまま「変えたい!」と主張してもその言葉は通らないから、一度、役者としてトップに立つ必要があるなと。そういうこともありミュージカルの大作「レ・ミゼラブル」や「ミス・サイゴン」に挑戦しました。もちろん、根底には(その作品を)“やりたい”気持ちはあるんですが、自分のためだけにやる仕事って面白くないし、みんなが気持ちよく仕事できたほうが未来につながるから。
──クラウドファンディングやYouTube配信などを行った「みらい基金」は社団法人・未来の会議へと発展しましたが、手応えはいかがでしたか?
もっといけると思っていましたね(笑)。ただ、お客さんが僕らを信じて応援してくれたのは大成功だったなと感じます。目標金額の半分ほど集まって、150人ほどの方を支援することができた。ただ、平時の雰囲気に戻るのが想像以上に早かったので、そうすると賛同人たちも自分の仕事を優先してしまいますよね。僕はどっちも大切にしていきたいタイプなので、僕ができることはたかが知れているかもしれないけど、影響力のある役者が1人いて誰かのきっかけになれるのなら、今後もこの活動に関わっていきたいと思っています。僕としてもプレッシャーだし、気が引き締まりますよ。第一線で活躍していないと意味がないから。
オーバーチュアを超える俳優に
──伊礼さんは今年でデビュー15周年を迎えます。ミュージカルはもちろん、「今は亡きヘンリー・モス」や「Paco~パコと魔法の絵本~from『ガマ王子vsザリガニ魔人』」「あわれ彼女は娼婦」「嵐が丘」など、ストレートプレイを中心に活躍された時期もあり、近年はCDも出されました。さまざまな活動の中で思う、ミュージカルの魅力は何でしょうか。
「ミュージカルの話をしよう」なのに、ミュージカルの魅力を語ってなかったですね(笑)。僕はミュージカルでオープニングのオーバーチュアが一番好きです。名曲が全部アレンジされて、メドレーとして出てくるんですが、それにたまらなく興奮する。ストレートプレイに出るときはピンと糸が張ったような緊張感に武者震いしますが、ミュージカルは幕開きが立体的で、“3Dのように飛んでくる!”というイメージなんですよ(笑)。 “役者が出てなくてもこれだけ感動するんだぞ、わかってんのか?”という気持ちで、自分が出るときは臨んでいます。音楽を乗り越えて、役がステージ上で生きているのを観て、初めてお客さんが感動すると思うので、歌唱力も芝居力も、どちらも持っていたいんです。
──15年の俳優人生を振り返って、その道のりは伊礼さんにどのように映りますか?
そうですねえ、いろんな人に迷惑をかけながら育てていただいたなって感じはします。僕、学校にまともに行かなかったり、引きこもっていたりした時期があるので、作品や役に人生を教えられているんですよね。役を通していろいろな人生を擬似体験することで救われているし、演じる役が自分のメンターみたいになってくるんです。僕は人生でメンターをずっと探していて、“現れないなあ”と思っていたんですよ。でもよく考えたら、与えられた役や作品が僕にとってのそれだった。そう思うようになって、ずいぶん楽になりました。今回はどんなことを教えてもらえるんだろうという気持ちで、いつも挑んでいます。出会ってきた作品や役が先生であり、師匠であり、僕の財産なんですよね。
プロフィール
1982年、神奈川県生まれ。沖縄県出身の父とチリ出身の母を持ち、幼少期をアルゼンチンで過ごす。2006年、「ミュージカル『テニスの王子様』」で舞台デビュー。以降、ミュージカルやストレートプレイなど幅広く活躍する。主なミュージカル出演作に「エリザベート」「スリル・ミー」「グランドホテル」「王家の紋章」「ビューティフル」「ジャージー・ボーイズ」「レ・ミゼラブル」など。2019年には藤井隆のプロデュースでミュージカル・カバーアルバム「Elegante」を発表。2020年には「舞台芸術を未来に繋ぐ基金(みらい基金)」に賛同人代表に(2021年名称が「社団法人 未来の会議」に変わり、伊礼は理事に就任)。3月に東京・小劇場楽園にて自主企画「The Dumb Waiter ダム・ウェイター」が、5月から10月にかけてミュージカル「レ・ミゼラブル」が控える。浦井健治とのCD「スタートライン」&「fullmoon」をリリース予定。
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